高知学112 高知の村1-馬路村

「田舎」といえば市や町ではなく、「村」を連想します.

ところが今、全国的に「村」は貴重となって、1,741自治体中183しかありません.

四国では香川、愛媛には村がなく、徳島は佐那河内(さなごうち)村一つです.

一方、高知には村が六つあります.

馬路、北川、芸西、日高、大川、三原です.

順次訪ねてみましょう.

最初は馬路村です.

 

2019年7月14日 最終版

 

(滑り台で校庭へ.魚梁瀬小中学校)

 

1.高知の村

 

村の数が減少したのは、合併が進んで町や市になったためである.

ではなぜ高知で進まなかったのか.

「あいつらと一緒になれるか!」などという、いごっそう気質もないとは言えないかもしれない.

しかし基本的に高知県は広い.

東は室戸岬のはるか先で徳島県の和歌山に近い辺りから、西は足摺岬の北で愛媛県の九州が見えるところにまで広がっている.

しかもその間は、出入りの多い海岸、一歩入れば深い山々、など各地域が孤立しやすい地勢である.

詳しく見れば六つの村は、それぞれにそうなる理由がある.

 

 

2.馬路村

 

高知に来なくても「ごっくん馬路村」など、ことさらに山の村イメージを強調したゆず製品に接した方も多いだろう.

自分も20年以上前、東京にいるときから鍋には馬路のポン酢を使っていた.

馬路村の96%は山林、さらにその75%は国有林だから、馬路は「国有林の村」なのである.

2019年現在の人口は777人で、高知最小であって一時村議会の存立が議論になった大川村の407人に次ぐ.

しかし2010年から2015年までの人口減少率は18.8%で、高知でもっとも大きい.

大川村の衰退は銅鉱山の閉鎖のためであったが、馬路村は国有林政策と関係する.

 

(馬路の集落)

 

3.馬路へ

 

馬路村はもともと別の村であった、馬路(うまじ)地区と魚梁瀬(やなせ)地区に分かれている.

それぞれが林業の基地であり.営林署がそれぞれにあった.

昔、森林鉄道は海岸からまず安田川沿いに馬路に向かって敷かれ、その後さらに奥の魚梁瀬まで延ばした.

 

(元森林鉄道の鉄橋-トラックの通行で破損し修復中)

 

その後並行して奈半利川沿いにも魚梁瀬までの線路がつくられた.

現在の道路はほぼ森林鉄道と同じ道筋で、安田川、奈半利川の2ルートがある.

安田川を遡る.

 

(安田川)

 

鮎釣りのシーズン、おとり鮎や鑑札提供の看板が目立つ.

 

(直販所)

 

直販所には「ダムのない」とあるが、確かに他の川と違って安田川は雨が続いても濁らない.

上流が馬路である.

釣師へ「鮎買取ります」の貼紙があり、8時から2時までとあるので、宅配便の当日発送の時間に合わせているのであろう.

 

4.馬路

 

馬路には海岸を通る国道55号線から分かれて約30分で着く.

 

(直販所からゆず工場が見える)

 

ゆずの工場はだれでも見学可能だが、およそ考えられるあらゆる種類のゆず応用飲料、食品がつくられている.

化粧品工場もあってこれもいろいろだが、さすがに山村イメージは前面に出していないようだ.

 

(左の農協の建物が元の営林署)

 

元の営林署から奥が馬路のメインの通りである.

昔は道路というより森林鉄道の軌道敷で、線路が2本あって、便乗のお客もここで乗り降りして賑わった.

 

(馬路の川原)

 

丁度日曜で、鮎師と共に川遊びの一家がいる.

お母さんが覗き込んでいるのは魚ではなくスマホのようだ.

 

5. 魚梁瀬

 

魚梁瀬へはさらに30分山に入る.

峠から集落が見える.

 

(橋の向こうが魚梁瀬)

 

魚梁瀬ダムの建設によって昔の集落は湖に沈み、台地に移転した.

もっともダムそのものは北川村にあり、湖が馬路村魚梁瀬なのである.

 

(森林鉄道の車庫)

 

台地の一角は公園になっていて、森林鉄道の保存車庫がある.

日曜には、1,000円で一周400mの線路を2周、体験運転ができる.

 

(魚梁瀬小中学校)

 

小中学校は全校生徒17人である.

しかし木の床は美しく磨かれ、これから使うプールは汚れ一つなく清冽な水を湛えている.

今まで見た四国の学校ベストスリーを挙げるなら、この魚梁瀬、愛媛県の久万高原中学校、日土小学校だ.

 

(魚梁瀬の街路)

 

ニュータウンがつくられ、すべてが新築で移転したのが1965(昭和40)年である.

50年以上経つのだが、老朽化した家、空家が年々増えている.

 

(元魚梁瀬営林署)

 

昔の森林鉄道で搬出された木材は天然の巨木で、径も大きいが曲がりもあった.

今トラックで搬出される木材は、戦後植林されて50年以上経った森林からであり、径は小さいが真っ直ぐである.

カイワレ大根のパックを連想させる.

魚梁瀬では天然木の伐採を終了し、100年、200年そのままにして、ひたすら大きい木を育てる方向である.

今も樹齢300年以上の杉が1万本はあるらしいが、江戸初期から通算すると100万本を伐ったという.

ただそうすると生産拠点である営林署を現地に置く必要がなくなる.

魚梁瀬営林署は1999年に廃止された.

 

(黄色の建物は農協の販売所)

 

魚梁瀬に活気が見られない要因だが、それでどうだというのだろう.

 

(千本山、県境の山々は霧)

 

目の前には自分の庭に等しい池と山がある.

 

 

林道はダム湖の周囲を巡って勾配がないから、自転車で巨木の山や紅葉の谷に行ける.

安芸の高校への通学に設定されている朝6:22のバスに乗れば、高知市内で一日用を足して、19:41に山に帰って来られる.

公園に温泉があるから家で沸かす必要はない.

診療所は週2日だが、ヘリポートがあり緊急時にドクターヘリが来てくれる.

 

(観光旅館・満木荘)

 

一泊二食8,500円の旅館があるから、友人が来ても宴会ができる.

 

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(おわり)

 

2019年7月10日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一