高知学48 高知で地震を避難 1 .南海トラフ地震は100年周期でまず東海で発生

高知では、南海トラフで発生する地震、それに伴う津波の発生が確実です.

しかし南海トラフ地震が予測される他地域、たとえば静岡、和歌山と比べて、特段に危険が高いというわけではありません.

一方、この地震は100年ごとに規則的に繰り返されます.

突発的に思いもかけなかった地震が発生するのではありません.

もっとも古い記録は、日本書紀に記された684年の白鳳地震です.

それ以来、9回の地震が記録されています.

過去の地震の経過は、次回の南海トラフ地震への参考になるでしょう.

 

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これらの地震は、三つのパターンに分類されます.

2038年辺りと推定されている次回の地震も、いずれかのパターンになるでしょう.

パターンごとに、いま住む状況を踏まえ避難を考えます.

 

2016年7月31日 初版

2019年8月4日 修正版

 

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(室戸岬)

 

1.地震への対応

 

記す内容は、末尾に示す文献を基にした自分の考えである.

天気予報があっても、傘を持って行くかどうか、個人の考えである.

それと同じで、地震にどう対応するかは個人の状況と個人の判断による.

3.11でそれははっきりしている.

情報は出るが、逃げ方をだれが教えてくれるわけでもない.

 

(写真はイメージで、特定の地域の危険を示すものではありません)

 

⒉ 南海トラフ地震

 

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(室戸方面・羽根岬)

 

駿河湾から日向灘まで、沖合150km、深さ4kmの辺りが南海トラフである.

南から来た海底にあるフィリピン海プレートが、刻々移動して日本の下に潜り込んでいる.

日本があるユーラシアプレートは、それに引き込まれて沈む.

潜る、引き込まれる、その境界が細長く連なる溝状になっていて、「トラフ」と呼ばれる.

室戸岬では年間7mm沈み、海底の土地は5cm移動している.

この引き込みに耐えられなくなって、100年ごとに瞬間的に大地が跳ね上がる現象が南海トラフ地震である.

ばねの元になる震源は、境界のトラフではなく、より陸側に近いところである.

100年で70cm沈むことになるが、長年押されてきたので飛び跳ねる量は大きく、過去の地震では1mを越える.

その差が積み上がって、室戸方面の海岸段丘がつくられている.

 

3.南海トラフ地震

 

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(2009年、3.11前の石巻駅.津波ですっかり流された)

 

南海トラフ地震の特徴である.

 

1)潮岬を境に、東の東海地震と、西の南海地震に分かれる

紀伊半島、潮岬はトラフに向かって突き出ている.

そのためプレートが潜り難く、壁となって東西に分かれて起きる.

2)東海地震と南海地震は連動する

しかし同じトラフだから、両地震は連動して発生する.

3)100年ごとに起きる

白鳳地震:684年11月

仁和地震:887年8月

永長、康和地震:東海で1096年12月、南海は2年半後の1099年2月

明応地震:東海で1498年9月、南海は不明

慶長地震:1605年2月、ただし揺れは局地的で、津波だけが大きかった

宝永地震:1707年10月に東西で同時に発生、有史以来最大でマグニチュード8.6

室戸岬の隆起は後の地震では1.2mだが、2mと格段に大きい.

慶長では歪が解消されず、明応以来200年積み上がったためではないだろうか.

安政地震:東海で1854年12月、南海はその32時間後

昭和地震:東海で1944年12月、南海はその2年後の1946年12月

明応以前の間隔が長いが、古い時代で記録がないためとされ、発掘調査ではその間での地震の存在が認められている.

4)冬に起きる

9月から3月にかけて発生する(仁和は8月22日).

8月から10月にかけ、太平洋岸の潮位は高い.

その重みがトラフを押し付けるので、地震が抑制されると推測されている.

しかし、潮位が戻り始めると重みが減るので発生する.

 

 

 

5)まず東海で発生し、その後南海で起きる

歴史に残っている地震はみなそうである.

唯一、宝永地震だけが「同時発生」である.

このときの震源は潮岬の東西であるが、示し合わせたように東西同時に起こることは考えられない.

どちらかで破壊が始まり、それが波及したと考える方が自然だろう.

二つの震源間の距離を100km、破壊が伝わる速度を1km/秒とすれば、2分弱で波及する.

宝永地震は、10月28日未ノ刻に起きている.

未ノ刻とは13時から15時の間で幅があるし、正確な時計のなかった当時、分秒まではわからない.

他と同じく、まず東海で発生し、その影響で短時間後に南海が発生したのではないだろうか.

しかし東海、南海の時間差は、高知での避難に影響する.

なぜ東海が先なのか、その2で推理を述べる.

 

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(遠州灘.1988年)

 

6) 南海地震の前後に、西日本、特に近畿で地震が起きる

フィリピン海プレートは、日本の大地を西北方向に押し、移動させている.

時間が進むにつれ、陸地には歪がたまる.

地震が発生しやすくなる.

南海トラフ地震の発生により、今度は歪の分布が変わる.

それがまた地震の原因になる.

ただし、近畿一円を動かすという地震ではない.

2016年の熊本と同じく、局地的な地震である.

過去には、伏見地震、伊賀上野地震、福井地震、鳥取地震などがある.

近くなので、高知からの避難場所に関係する.

 

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(伊賀上野、安政地震の半年前に地震があった)

 

その2では、パターンごとに南海地震からの避難を考える.

 

関連記事リンク:

高知で地震を避難 2

高知で地震を避難 3

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(おわり)

2016年7月31日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学47 四万十川 その3.下流から河口の中村へ

高知を代表する観光アイテムとして四万十川があります.

四国では、高知の奥から早明浦ダムを経由して徳島まで流れる吉野川の方が長いように思えます.

しかし四万十川は山の間を緩やかな勾配であちこちと蛇行するため、それより長く約200kmあります.

四万十川の河口が中村です.

 

2016年7月 初版

2019年7月26日 改訂版

 

 

1.沈下橋

 

 

沈下橋は四万十川を代表する風物である.

流れや流下物に逆らう欄干がなく、増水のときは水面下に沈む.

降雨量が多く川の増水が頻繁な高知でよく見られる.

川幅が広かったり、谷が深かったり、橋脚の高い架橋工事が困難であった時代につくられた.

四万十川の下流は川幅が広いため、長い沈下橋が見られる.

 

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(三里沈下橋)

 

増水のときはもちろん渡れない.

しかし多少水を被ったくらいなら渡れるという.

その際のコツは、対岸のたもとの一点を見つめて歩き、足元を見ないことだそうだ.

下を見ながら歩くと、流れに惑わされ、方向を見失って踏み外す.

まあ真似しない方が良さそうだが.

 

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(内川川 古尾)

 

四万十川の支流には可愛い沈下橋が見られる.

対岸に立つ家や野良に向かう、個人的?な橋である.

上流に廃校になった小学校があった.

大きい運動場や体育館があるが、プールだけがない.

近くに居た人に訊くと「みんな川で泳いだからね」との答えであった.

 

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(内川川、竹屋敷)

 

最小の沈下橋は丸木橋の発展形である.

車で橋を渡っても、右にも左にも行けそうにない.

 

2.水難事故

 

毎年、四万十川のどこかで水難事故がある.

事故まで至らなくても、泳いでいた若者がやっとの思いで岸にたどり着き、倒れ込む姿を見る.

想像してみてもいただきたい.

沈下橋をはるかに越える激流が、川幅一杯に流れる光景を.

昔は降雨後一日で増水したが、山の保水力がなくなったので、今は半日で増水する.

それだけ流れは激しくなる.

そのような激流の状況や、川での危険の対応を記した観光パンフレットはない.

あるのは、のどかな風景、河原で無邪気に遊ぶ風景である.

しかしその中に危険が潜む.

激流で川底が削られ、急に深い淵ができて、渦が水面下に巻いている.

流された砂利が部分的に積もり、踏み込むと崩れる.

静かな川面からはわからない.

川には、人を狙って引き込もうとするカッパが住んでいると思った方がよい.

カヌーやラフティングでは、ライフジャケットを付け、インストラクターが時間をかけてティーチングを行うのだが.

 

 

3.中村

 

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(中村.朝の四万十川)

 

中村は高知県で2番目に大きい町である.

高知から中村へ特急で1時間40分、高松には2時間だからそう変りない.

東西に長い高知県の西部の中心となっている.

特に産業はないし港もない.

江戸時代から行政出先機関と商業の町であった.

今も国や県の出先合同庁舎があり、企業の出張所もある.

ホテルも多い.

そんなこともあって、夜の居酒屋は数十近いだろう.

 

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(夜の中村)

 

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(昼の中村)

 

通りごとに品の良い街灯が並んでいる.

ただ夜は良いが、昼は電柱と電線が見苦しい.

 

4.河口

 

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(四万十川の河口、遠くに中村)

 

中村は河口の町だが、実際の河口は6kmほど先である.

川幅は広く1kmほどある.

高知の居酒屋メニューの定番は、テナガエビの唐揚げとアオノリの天ぷらで、二つとも四万十川の産物である.

ところが、いまアオノリ、アオサノリは非常に不作だという.

生育には塩分が必要だが、河口に土砂が堆積し海水が流れ込まないためだそうだ.

 

5.孤独な海水浴

 

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(入野海岸)

 

中村の東、入野海岸は長い白浜と松林が続く.

遠浅で、長い波が寄せ、サーフィンのスポットである.

ただ離岸流があるため、遊泳禁止になっていた.

再チエックの結果、西の端は可能ということになり海水浴場が開かれた.

しかしだれもいない.

監視小屋の二人の若者は所在なげである.

近付くとむっくり起き上がったが、海水浴客でないと見て再び寝転がった.

その後サーファーがサメに噛まれる事故が起こってはいるが.

 

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(布漁港)

 

中村は足摺岬への入口である.

国道は山の中を通っているが、河口から海岸沿いに狭い道を辿ることもできる.

小さな漁港の傍に浜があって、女の子が一人、浮輪で水に入ったり砂を寄せたりしている.

監視のテントでラジオを聞いている男性に「一人では寂しいね」と話しかけた.

「去年までずっと兄ちゃんと二人で来ていたのだが」との答えであった.

兄ちゃんは外に行ったのか、それとも「妹なんかと」ということなのか.

 

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(おわり)

2016年7月15日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一