高知学118 日高村.高知の村3 高知市の近郊でオムライス

高知市の西は路面電車が通じている「いの町」ですが、その先、仁淀川を渡ると日高村です.

JRは高知駅から30分余り、松山に行く国道33号線と共に、日高村を東西に貫いています.

高知市の通勤圏であり、村のホームページでは「ほどよい村」と称しています.

日高村の人口は4,775人で、高知最大の「村」です.

もっとも「昨日日高村に行ってきた」というと「親戚がいるの」などと返事が返ってくるでしょう.

わざわざ行くところとは思われていません.

高知の村3、わざわざ行ってみましょう.

 

2019年11月21日 最終版

1.オムライス街道

 

(仁淀川橋梁)

 

国道33号線の仁淀川鉄橋、右が日高村方面になる.

左の橋のたもとで、瀬戸内に面した西条市からの国道194号線と合流するため、年中渋滞していた.

今はバイパスや高速があるのでそんなことはないのだが、イメージとして日高村イコール通過となっている.

 

(村の駅)

 

村当局もそれは認識していて、ドライバーを引き留めるべく「オムライス街道」と売り出している.

村内にトマトのハウス、養鶏場が多いことから、二つを結び付け「オムライス」なのだ.

村内の食べ物屋には、何かしらのオムライスのメニューがある.

 

(小村神社)

 

日高村の中心は混雑する国道33号線沿いになるのだが、その北端は仁淀川である.

小村(オムラ)神社を右折して仁淀川に向かってみる.

長い参道の神社で、奉納の幟が立っている.

 

2. 沈下橋

 

(右岸の日高村から左岸の国道194号線を見る)

 

河口に向かって左、東側になる左岸は194号線が通っている.

2車線の整備された道路だが、そうするとひたすら走るだけで、周囲を見たり車を止めたりする余裕がない.

 

(左岸の194号線から右岸の日高村を見る)

 

右岸の日高村は大体1車線であるが、集落は少なくほとんど車は通らない.

 

(名越屋沈下橋)

 

しばらく行くと名越屋(なごや)沈下橋に出会う.

これが高知市内から最も近い沈下橋である.

以前は高知市内にもあったのだが、改築されてなくなった.

沈下橋は水位の上下が激しい川に設けられる.

普通の橋であると、水面の高い場合を想定すると橋が非常に高くなって、出入りがし難い.

水量が多い時は通れないけれども、橋が水面下に沈むようにすればよい.

最近の出水で岸の竹がなぎ倒されている.

ここまで上がったのだ.

 

(ニゴイ)

 

橋から川底を見ると、大きい魚が沢山泳いでいる.

 

(河原に釣り人)

 

岸に椅子を出して川を眺めている男性に訊いた.

あれはニゴイで、小骨が多く旨くないとのことだ.

下にいる釣り人がコイを上げるかどうか見ている.

「蟹なら沢山いるよ」と渕を指す.

手のひら大の黒い影が5,6個見える.

上海蟹に近いというモクズガニであろう.

 

3.日高村の終点

 

(産業廃棄物保管場)

 

沈下橋というと四万十川の専売のように思われるが、仁淀川にもあるのだ.

両方とも同じ地質帯で、川の屈曲が激しく、河床の堆積が多くて流れは極めて緩やかである.

水はけが悪いから、大雨が降るとすぐに水面が上がる.

日高村側の岸には採石場跡があり、これを利用して産業廃棄物最終保管場がある.

巨大な倉庫である.

2011年に開設されたが、持込量が予想を上回り、予定より10年早く満杯になりそうなので次の場所が探されている.

 

(谷口)

 

日高村は谷口集落で終わり、ここから越知町になる.

どこでもそうだが、自治体の境界では俄かに道が細くなる.

 

4.台地

 

仁淀川に沿っている内に日高村の中心と離れてきた.

戻るため山越えをする.

 

(台地の茶畑)

 

山の上は傾斜の緩い台地になっている.

山が侵食された分流れ込んで、仁淀川の砂利になっているのであろう.

茶畑が広がる.

 

(グリーンフィールGC)

 

台地を利用してゴルフ場が二つある.

起伏が大きく斜面に落とすと苦労しそうだが、山の上は海岸とまた違った趣だ.

 

(錦山CCのオムライス)

 

ゴルフ場の食堂でオムライスを食べる.

やはり日高村、メニューの中心になっていて、いくつかのバージョンがある.

プレー中の昼食が一渡り終わった時間で、静かだ.

 

5.西の境界

 

(加茂小中学校)

 

日高村の主要な土地は、山に挟まれた日下川に沿って細長く伸びている.

西は佐川町に接しているが、その境界に「日高村佐川町学校組合・加茂小中学校」がある.

日高村からも行けるし、佐川町からも行ける仕組みになっている.

なぜこうなっているかだが、もともとここは「加茂村」であった.

町村合併のとき、どちらにつくかで折り合いがつかず、学校がこの形で残っている.

 

(土讃線)

 

西に土讃線が伸びているが、境界が見えるわけではない.

一般に意識として、高知市に向かう大きい流れがある.

町村合併もこの流れに沿えばよいが、たとえば日高村が佐川町に合併するなら、佐川の方が遠いから日高は「都落ち」した感が否めない.

高知市に近いいの町なら流れに沿うが、いの町の人口は21,000人で県内最大の「町」、地域は石鎚山に近い愛媛県境にまで広がる.

日高村は呑みこまれる.

 

(土佐市への道)

 

南に連なる山を越えれば土佐市である.

田んぼの中に銀杏が立つ小さな祠がある.

小さいけれども寄進された幟が翻っている.

高知学トップページに戻る

関連記事リンク:

45 高知の西、伊野、佐川

47 四万十川と中村

 

(おわり)

2019年11月18日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一