高知学108 高知東部の海岸.手結岬から室戸岬へ

高知の海岸は、太平洋に向かって丸く円を描いています.

東の端が室戸岬で、西の端が足摺岬です.

もっとも奥深いところが桂浜です.

東と西では海岸が全く違います.

東は隆起した土地で、海岸まで台地が迫り、集落や道路は海の傍にあります.

西は沈降した土地で、断崖が続き、近づき難い海岸が多いのです.

東部の海岸を辿ってみます.

 

2019年3月22日 最終版

1.手結岬

 

(手結岬)

 

海岸全体としては円弧なのだが、滑らかなカーブではなく、ところどころに少し突き出た岬がある.

手結岬はその最初で、越えるために標高50mだが小さな峠があった.

向こうに見えるクレーンは浦戸湾にある造船所で、その横の山は高知市街を見下ろす五台山である.

 

(春先の漁)

 

今日は漁船が多く、目に入るだけで36隻出ている.

春になるとシラス漁が盛んだ.

イワシの稚魚だが、2隻の船で細かい網を引いて集める.

生のものをドロメ、茹でたものをシラスと呼んでいる.

網元のスーパーの品書きでは、

「船上で氷で締め、2時間以内に持ち帰る.その後20分以内に茹でる」とあった.

 

(西分漁港)

 

ところどころに小さな漁港がある.

西分では9時半からセリが始まる.

ヒラメが何枚か上がっている.

沢山のグレ(メジナ)が箱の中で跳ねている.

 

(ノレソレ)

 

ドロメの網で揚がったレンコダイの小魚の中から、アナゴの稚魚であるノレソレをピンセットでつまんでより分けている.

ノレソレはそのまま食べるが、白魚のようなもので、味というより食感である.

あまり捕るのでアナゴが減少したとも言われるが、狙っても捕れるわけではないようだ.

子ダイには商品価値がなく、せいぜいダシにするくらいらしい.

クジラが居れば食べ尽くされそうだ.

 

(土佐カントリー)

 

港の上にはゴルフ場があり、3月に沖縄に次いで2番目の女子プロトーナメントが行われる.

 

(琴が浜)

 

西分漁港の東6kmほど、松林が続く琴が浜である.

粗い砂利の浜で、釣人の足跡があるが、左の岩の横から降りることができる.

何年か前の台風では下の砂利がすっかり流され、海底が見えて降りることができなくなった.

その後次第に砂利が積みあがって、今の姿になっている.

以前は人の背丈くらいの砂利の壁ができていたので、まだ半分くらいだ.

 

(崖のレストラン)

 

崖に突き出たレストランがある.

足場をつくり、先端に滑車のあるレール上で鉄骨を組んでいたので、何をするのだろうと思っていた.

骨組みができたところで、滑車を介してロープをかけ、ウインチで牽いて構造物を海に向かってせり出させた.

 

(安芸漁港)

 

安芸漁港の防波堤は日本一高いと謳っている.

ただしこれは津波のためではない.

津波なら港口を閉じる仕組みが必要だ.

 

(ノリのタンク)

 

新しいタンクが並んでいる.

作業中の若者に訊くと、アオノリの養殖だそうで、緑色の藻が流れに揺らいでいる.

高知大学のときから、室戸でアワビや昆布の養殖を研究していたHさんの技術のようだ.

 

(安芸中高校)

 

海岸に中高一貫の安芸中高校がある.

式典に出席したことがあるが、挨拶に混じって時折海鳥の声が聞こえてきた.

しかし津波への対応のため、高台にある工業高校に合併することになっている.

 

(安芸川)

 

この辺り、安芸川、伊尾木川、安田川と、山から直線的に急流が流れ出ている.

奥は豊かな森林である.

有機物の豊富な水が海に流れてプランクトンを育て、シラスの餌となるのだ.

鴨や鵜も中州に集まっている.

 

(伊尾木貯木場)

 

伊尾木川に沿って昔森林鉄道があった.

海岸で材木を下ろした貯木場は今も使われている.

35トン積のトレーラーで出荷しているが、昔の列車1本分はありそうだ.

ただし昔の森林鉄道の写真では、材木の形は太いものや曲がったものなど、一定していない.

今は太さもほぼ一定で、真っ直ぐである.

戦後に植林された木々が一斉に伐採されるためである.

 

(土佐湾の岬)

 

海岸に迫った台地の上は畑作地域である.

東を見ると、大山岬、羽根岬、行当岬が重なっている.

同じような形であり、一帯は徐々に海底から隆起して出来たのだ.

室戸岬はその陰でまだ見えない.

 

(化石採集地)

 

安田町の山の上にある27番札所、神峰(こうのみね)寺に向かう道の途中に「化石採集地」がある.

250万年前には海底であった、泥質の地層の中に貝殻が埋まっている.

化石といっても石のように変質しているわけではなく、土にそのまま埋まったようなものだ.

ツルハシや大きなシャベルで掘ることは駄目だが、小さなスコップで採集することは許されている.

これは昔から「石貝」として知られている.

弘法大師が漁師に貝を所望したところ、断られた.

その心根を改めるよう、食べられない土の貝にしてしまったという.

 

(室戸岬)

 

行当岬を回るとようやく室戸岬が見える.

24番最御崎(ほつみさき)寺や灯台に登るジグザグの道があるのでわかる.

 

(岬の海岸)

 

今日、岬の海は穏やかだ.

しかし水平線の先の海底にある南海トラフでは、今日もじりじりとフィリピン海プレートが日本の下に潜り込んでいる.

国土地理院が継続的に計測しているが、その運動によって室戸岬は毎年7mm沈んでいる.

次の南海トラフ地震は、2038年辺りの可能性が高いとされている.

そうすると、今海面から出ている小さな岩が見えなくなる頃だ.

地震が起きると、今度は一気に跳ね上がる.

昭和南海地震ではその量が1.1mだった.

この一帯はそれだけ高い岩場になり、波打際は大分向こうに変る.

 

(おわり)

 

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2019年3月17日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一