78 高知の観光船.のどかな浦戸湾と、スリルの足摺岬

あまり知られていないが、高知にも海の観光船がある.

浦戸湾と足摺岬で乗ってみよう.

・陸の展望台から見下ろすのと、海面から見上げる眺めは違う

・道路は必ずしも海岸を通っていないので、見る場所は限られる.

・陸では足が地に着いているが、海では波任せで揺れる

浦戸は入江なので揺れはしないが、足摺は波が荒いと欠航である.

そこが怖いという人と、スリリングだという人に分かれる.

 

2017年10月16日 最終版

 

1.浦戸湾

 

(高知市街)

 

高知市は太平洋に面しているイメージだが、実際は7km離れた浦戸湾の奥にある.

写真のアーチ型の橋の、左のたもとの先に見える森が高知城である.

かつての城下は、この橋の右奥一部だけであった.

国分川と鏡川の合流地点にあり、周囲は山と川と湿地に囲まれている.

龍馬の時代、狭い空間に様々な階級が暮らし、何かとストレスが大きかったことだろう.

 

(浦戸湾)

 

浦戸湾は、中がくびれたひょうたん型になっている.

その先に太平洋が見える.

桂浜は彼方の山の左端である.

 

2.浦戸湾観光船

 

(観光船、右は巡視艇)

 

観光船は昔、蒸気船のためにつくられた、埋立地の桟橋から出る.

向うはセメント工場だが、生産を止め、石灰石の搬出に使われている.

 

(船から見た市街)

 

湾には島や暗礁が多く、あちこちに浮標がある.

航行の妨げになるので、爆破された島もある.

 

(湾の最狭部)

 

「よさこい節」の月の名所は桂浜だが、実際は山越えで遠く、この辺りでの月見が多かったようだ.

 

(造船所)

 

昔は松林が連なっていたが、東側は埋め立てられ、造船所や市場がある.

湾内では、1メートルを越える巨大魚のアカメも釣れる.

ボラも跳ねている.

 

(クルス)

 

湾には干潟が広がっていて、大きい船は湾内に入ることができなかった.

1596年、メキシコに向かっていたスぺインの大型帆船、サン・フェリペが台風で遭難し、土佐沖を漂流した.

長曾我部元親がこの付近に誘導、擱座させる.

積荷は入手する(当時の日本で救助の際のルールであった).

乗員の事情聴取の中で、スペインは宣教師を前に立てて、領土を拡張しているという発言があった.

報告を受けた豊臣秀吉は、切支丹弾圧に乗り出し「26聖人」を磔にする結果となる.

この辺りを「クルス」と呼んでいるのは、ここに由来するとされる.

坂本龍馬は「大政奉還」が不首尾に終わった場合、クーデターも決意していた.

長崎でライフル銃1,000挺を購入し、土佐の板垣退助が率いる藩兵に届けた.

その時もここで積替えた.

暗殺の1か月余り前である.

 

(浦戸大橋)

 

湾口には1972年、東西の海岸を結ぶ浦戸大橋が架けられた.

 

(桂浜)

 

観光船は桂浜に近づく.

海から見ると大きい浜ではないが、前は太平洋である.

蒸気船が夢でなくなり、狭い城下と浦戸湾を出て、日本各地を行き来し、万国と応対する.

龍馬を始め一党は、これからの活動に胸を躍らせつつ離れたことだろう.

 

3.渡船

 

(御畳瀬の渡船)

 

浦戸大橋は車は便利だが、歩道はないに等しいし、バイク、自転車もつらい.

そのため、昔からあった湾口の御畳瀬(みませ)と種崎を結ぶ県営渡船が、今も運行されている.

1時間に1本、5分の航海で、無料である.

32番禅師峰寺と33番雪蹊寺を結ぶルートなので、お遍路さんもよく利用する.

 

(浦戸大橋)

 

(種崎)

 

津波警戒のため、桟橋の扉は常に閉ざされ、乗降の時だけ開かれる.

 

 

4.足摺岬

 

(足摺岬)

 

足摺岬の展望台には、NHKの遠隔操作カメラがあって、天気予報や台風中継でお馴染みの景色である.

海から見るとどうだろう.

漁船を利用した観光船が運行されている.

 

(海上から見た足摺岬)

 

(観光船)

 

船は漁船である.

当日の天気予報では波高1.5mで、高知の海で普通である.

縦横に揺れるが、遊園地の設備のように、悲鳴を上げるようなものではない.

船長さんによれば、凪ならば更に岬に近づけるそうだ.

 

(岩壁)

 

岩壁は荒波で侵食され、脈理が浮き出ている.

秋は磯釣りでグレのシーズンである.

 

(洞窟)

 

足摺岬には洞窟も多い.

ただ通り抜けはできない.

夕陽が洞内に一直線に射す日があるそうだ.

 

(臼碆)

 

船の先に、突き出た臼碆(うすばえ)が見える.

黒潮が最初に陸に当るところというのが頷ける.

 

関連記事リンク:

龍馬のレポート1 集団と個人

高知の海、台風と竜巻

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

 

 

77 高知の山で産業を見る.壮大な発電所と鉱山

山の産業というと林業だが.

しかし、エネルギーを生み出す発電所は、山の中に多い.

また、生活に欠かせない資源をつくる鉱山は、山の中である.

高知のこれら産業の現場は、ダイナミックである.

風力発電所、鳥形山鉱山、揚水発電所を訪ねる.

 

2017年9月29日 最終版

 

 

1.風力発電

 

(葉山風力発電所)

 

須崎から梼原に至る国道197号線で津野町を通ると、山に風車が並んでいるのが見える.

標高1,000mにあるので、60kmほど離れた自宅からも晴れた日には見え、双眼鏡では回っているのがわかる.

 

(山の上)

 

風力発電機は、1台1,000kW(1MW)のものが20基あるので、合計2万kWである.

小さいダムの水力発電に等しいが、風のないときは動かないし、強風の時は破壊されないように停止する.

一般に風力発電機の稼働率は40%以下とされるので、それなら8,oookW以下である.

1基なら400kWで、四万十川沿いに大正時代につくられた、小さな松葉川水力発電所に近い.

それに比べれば、取水や水路が要らないから簡単である.

 

(風力発電)

 

今日は風が良く、ヒュンヒュンと音を立てて回っている.

実はこの発電所は四国電力のものではなく、電力自由化に伴って大阪ガスが建設したものである.

 

(風車の基部)

 

1基が点検作業中であった.

高さは60mで、エレベータがあるという.

いま上昇中だそうで、開いた扉から電子音が聞こえてくる.

タワーの先端は揺れるだろうし、足元を見るのは、想像しただけでも怖い.

 

2.鳥形山

 

(鳥形山鉱山)

 

高知と愛媛の県境である、四国カルストに近いところに鳥形山がある.

ここは年間1,345万トンを産出する日本最大の石灰鉱山である.

石灰は高炉での鉄の生産に欠かせない.

新日鉄が採掘し、千葉の君津製鉄所に運ばれる.

 

(鳥形山)

 

鳥形山は順次上から削られ、標高1,200mのところで採掘が行われている.

自宅から平らになった山頂と、なだれた岩石がよく見える.

上ることができるが、裏からになり、採掘の現場は見えない.

 

(ゲート)

 

一帯は発破があり、危険で立入りができない.

 

(風力発電所から見た鳥形山)

 

しかし、葉山風力発電所からは、全体がよく見える.

12時、発破開始のサイレンが鳴る.

やがてドンという音と共に、白煙が上がった.

というのはウソで、5km離れているので、白煙が上がって15秒で音が届く.

 

(なだれ落ちる岩石)

 

端の方が崩され、岩石がなだれ落ちる.

180トンダンプが動いているはずだが、ほとんどわからない.

 

(須崎湾)

 

風力発電所から、須崎湾が見える.

石灰岩は須崎まで、この山々をトンネルで貫いた、24時間運転のコンベヤで運ばれる.

 

 

(積替所)

 

コンベヤは9区間に分かれていて、谷間に出たところに積替所がある.

 

3.揚水発電

 

高知から愛媛県西条に至る国道194号線、寒風山トンネルの近くに、本川揚水発電所がある.

一定出力で運転する原子力発電所を始め、使用量が減る夜間には電力が余る.

電池に充電して貯蔵する.

その電池が揚水発電所である.

水力発電所の上下に貯水池を設ける.

昼間は上から下に水を流して発電し、下に貯める.

夜になって電力が余ると、発電機をモータに切換え、逆回転させてポンプとし、下に貯まった水を上に揚げる.

本川発電所の出力は61.5万kWである.

魚梁瀬ダムの水力発電所は14.5万kWだから、格段に大きい.

普通のダムは、雨水を貯めてチビチビ使うのだが、ここでは昼間に上池をカラにしても、夜にまた満杯にできる.

本川発電所の流量は毎秒140立方メートルである.

ただ、ポンプの効率や流水の運動ロスがあるから、発電出力は、揚げるに要する電力の70%程度である.

エネルギーを使う電池だが、他にこれだけの大電力を蓄える方法はない.

 

(本川地下発電所)

 

発電所は地下300mにある.

 

(大橋ダム湖)

 

下池は大橋ダム湖で、水面下に取水・放水口がある.

壁面に水面が上下した跡が残っている.

入口から発電所まで約1km、作業トンネルが通じている.

 

(作業道)

 

地下室の長さは100m、深さは50mで、5階になっている.

地下1階は点検分解時の作業室で、2台の発電機兼モータの上端が見える.

 

(発電機の上端.手前は水車)

 

見学者のために、出力アップで不要になった水車が置いてある.

水車は25トンのステンレス鋳鋼製で、螺旋状に穴が鋳込まれ、プロペラになっている.

点検時には作業者が穴に潜り込む.

そういうと、見学の小学生は、必ず「入りたい!」というそうだ.

 

(水車の軸)

 

地下2階は発電機、地下3階では発電機と水車を結ぶ軸が見える.

その下に、案内羽根の移動機構と水車がある.

伊方原子力発電所3号機の出力は89万kW、坂出火力発電所は4基で138万kWであり、これらのバッファとなる.

一方、四国最大の西条太陽光発電所は、3.3万kW(33MW、風力発電機の33台分)である.

発電所の規模としては小さいし、夜間は発電しない.

しかし、太陽光発電所は大小各地にあるので、対応が必要となっている.

真夏の昼間、各発電所はフルに運転される.

秋口、エアコンは切られ、工場は5時に終業した.

しかし日はまだ高く、太陽光発電は続く.

そのため、吸収するよう、夕方に揚水を始めることがあるそうだ.

 

(稲村ダム)

 

車で40分山道を上がると、ロックフィルダムの上池、稲村ダムに達する.

発電所への落差は560mである.

これは黒四ダムに等しい.

ここまで水を押し上げるのだ.

 

 

関連記事リンク:

日本を支える港の須崎

四万十川を源流から上流

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

 

2017年9月23日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

76 四万十川を源流から下る-のどかな上流を窪川まで

四万十川のイメージは、沈下橋のある、ゆったりと流れる幅広い川である.

源流から始まり、南に向かう窪川までの上流、方向を変え西に向かう中流、そして南に河口に至る下流に分けられる.

イメージとして持たれているのは下流なのだが、上流、中流にもそれぞれの良さがある.

上流を探ってみよう.

 

2017年9月14日 最終版

 

 

1.源流

 

四万十川は四国最長の川で、源流点から河口まで250kmある.

しかし直線で結ぶと、たった60kmである.

それだけ寄り道をし、屈曲して流れているのである.

 

(源流の山)

 

源流点は、標高1,336mの不入(いらず)山にある.

昔、名の通り、藩が伐採を禁じていた.

国有林で、西側は森林鉄道が敷かれて伐り出された.

しかし、今も30%が自然林で、明治期の樹齢120年の造林地もあるという.

 

(源流点近く)

 

源流点には林道を上って行く.

品川ナンバーの車に出会ったが、行き違いは不得手のようで、こちらが後戻りした.

車道に碑があり、そこから25分登山道を歩けば、源流点に達する.

 

2.谷を出る

 

(山を出た四万十川.津野町中村)

 

四万十川の特徴は、甚だしく蛇行していることである.

流域の傾斜が緩やかで、かつ水量が非常に多いためである.

蛇行によって山は次々に削られ、土砂がその間に滞積する.

それが川沿いに豊かな水田をつくる.

渓谷を出たところだが、もう蛇行が始まっている.

 

(津野町の菓子工場)

 

津野町が名物にしている、菓子「満天の星」の工場がある.

町の急傾斜地でつくられるお茶も名産である.

カフェが併設されているし、高知市内にもアンテナショップがあり、町のなかなかの努力である.

 

3.沈下橋

 

(高樋沈下橋)

 

源流から10kmほどのところに、最初の沈下橋がある.

お母さんが子ども3人を遊ばせる、のどかな光景である.

ただ、これは地元の人だからできることである.

ここ2週間ほど雨が無く、さすがの四万十川の水量も減った.

普通なら砂利の河原がほとんど隠れていて、流れも速い.

第一、沈下橋があるのは、それを越える出水があるということである.

左の水田の際まで、浸かるのではないか.

10kmでもうこれだけの水量があるのだから、一帯の降雨は激しい.

それが豊かな森林と「最後の清流」をつくっている.

 

(久万秋、飲料水工場)

 

「四万十の水」の工場がある.

付近には自然の湧水があり、四万十の知名度を利用しただけのネーミングではない.

 

(長野沈下橋)

 

沈下橋の多くは、今も生活道として使われている.

アユやウナギを捕る姿が見られる.

 

(一斗俵沈下橋)

 

一斗俵(いっとひょう)は1935、昭和10年につくられた現存最古の沈下橋で、登録有形文化財である.

沈下橋はのどかに見えるが、付近での水遊びは極めて危険である.

川の中に橋脚の異物が立っているので、水中に渦が巻き、複雑な流れと深い淵ができる.

表面からはわからないので、よく水難事故が起きる.

ここでは、橋のたもとに大小二つの救命浮輪が置かれている.

 

4.小さな発電所

 

(水路橋)

 

道路に沿って、鉄製の構造物が続いている.

これは発電用の水路である.

 

(発電用水路)

 

四万十川に小さな堰があり、そこから引いている.

農業用水に近いが、現役で、電力会社の係員が点検を行っていた.

 

(松葉川発電所)

 

末端には、1925、大正14年につくられた発電所がある.

ここまでの落差は30m弱、長い水路で稼いできた.

最大出力は320kWで、多くのダム式発電所は2-4万kWだから、その1/100の、可愛らしい発電所である.

 

5.川に沿って

 

四万十川に沿って下るには、川の左岸(東岸)の道が普通であって広い.

これで十分にのんびりしているが、右岸(西岸)はさらにのんびりしている.

 

(右岸の道)

 

道は狭いが、通るのは地元の軽か、デイサービスの老人の送迎車くらいである.

行き違いに戸惑っていれば、向こうが気をきかせて譲ってくれる.

 

(暮れる四万十川)

 

川岸の草がなぎ倒されて茶色になっている.

先日の大雨のとき、ここまで水が来たのだろう.

 

 

(窪川、西川角)

 

小さな集落をときどき抜ける.

道に沿う用水路は、清冽な流れである.

民宿もある.

寂しければ、窪川の夜の街に繰り出すこともできる.

やがて、コンビニやホームセンターが現れ、窪川の町に入る.

四万十川はここで直角に流れを変え、向こうの山裾を流れてゆく.

 

(四万十川にかかる橋.手前が窪川の街)

 

高知に来て四万十川に行きたいという人は多い.

しかし、中村など下流に行くなら、一泊しないとハードスケジュールになる.

「上流」は近いし、沈下橋もあって、「ミニ四万十川」として十分に味わえる.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

四万十川と孤独な海水浴

コミュニティバス、仁淀川、中土佐、安芸

高知学トップページへ戻る

 

 

2017年9月10日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

75 コミュニティバスで高知を観光3 仁淀川町、中土佐町、安芸市

市町村が運営するコミュニティバス.

地域の状況に合わせ、それぞれに特色がある.

田舎のバスだが、昔のように女車掌はいない.

しかし買物をアシストする、おばさんメッセンジャーは乗っている.

話し好きの運転手さんがいて、格好の高知の観光となる.

31路線ある仁淀川町、緑ナンバーの中土佐町、安芸市の山奥を訪ねよう.

 

2017年8月29日 最終版

 

1.仁淀川町

 

(コミュニティバスが行く.長屋)

 

仁淀川町は、高知の山間部、仁淀川流域に広がる.

仁淀川は急流の渓谷である.

川沿いに集落をつくることは困難で、山腹に家々が集まっている.

 

(国道から見上げる寺村.火曜日にバスがある)

 

町はこの12年で人口が2,200人減少し、現在は5,650人、平均年令は60.4才である.

160ある集落は散在しているので、コミュニティバスの路線は31にも上る.

それぞれが万遍なく週に1往復で、曜日が決められている.

バスは山の集落を朝に出て、午後集落に戻る.

その間3時間ほどあって、買物、通院に充てることができる.

どこでも片道200円となっている.

 

(役場のある「大崎駅」を出るバス)

 

時刻だけ見ると、バスが1週間山の上にいるようだが、もちろんそうではない.

回送で山に行き、山から戻るのである.

これはなかなか乗るのが難しい.

事前に連絡すれば、回送バスに乗れないことはないらしいが.

帰りの便は、乗客がいないと運休になる.

町には大きいスーパーがないので、まとまった買い物は、国道を走る路線バスで、越知、佐川に出る.

コミュニティバスのダイヤはその接続が意識されている.

31路線のダイヤ、乗務員の勤務体系など、その編成は大変難しそうだ.

 

(手前の桜、向こうの宗津とも、金曜日にバスがある)

 

(ひょうたん桜)

 

厳しい地域だが、山上の明るく開けた土地で、暗い印象はない.

ひょうたん形のつぼみをつける「仁淀のひょうたん桜」は有名で、たくさんの花見客が来る.

 

2.中土佐町高樋線

 

高知県内ほとんどのコミュニティバスは、市町村がその自家用車で運営する白ナンバーバスである.

ところが、中土佐町、四万十町だけは、都営バスなどと同じ、緑ナンバーの路線バス事業になっている.

事業者は有限会社の地元タクシーである.

 

(仁淀川町営の白ナンバーバス)

 

(四万十町の緑ナンバーバス.米奥)

 

事業用なら国交省の所管で、市町村営と違い、諸手続、管理など、より面倒と想像する.

どうしてそうなっているかはわからないが、既存路線バスの支線肩代わりという位置づけなのかもしれない.

 

(大野見.コミュニティバスが路線バスに接続)

 

中土佐町は、海岸の久礼と、四万十川の上流である大野見が、合併してできた.

コミュニティバスは、それぞれの地区で独立に運行され、その間に既存の路線バスがある.

大野見発のコミュニティバスは、路線バスから乗り継いできた老夫婦の家の前で止まる.

見ず知らずの我々にも、丁寧に挨拶をして降りられた.

 

(沈下橋)

 

集落を出て、小さな沈下橋を渡る.

四万十川に沈下橋は多いが、バスが通るのはここだけだろう.

 

(スーパー、みどり屋)

 

田畑の中に1軒のスーパーがある.

どうしてこんなところにあるのか、不思議に思うが、お客は多い.

名物は鶏の唐揚げだそうで、種々の味付けの冷凍パックが店内で売られている.

おばさんが一人乗ってきた.

やがてバスは1軒の家の前で止まり、出てきた主婦に刺身のパックを手渡した.

運転手によれば、おばさんはこのバスを利用して乳酸飲料の配達をやっているが、買物のメッセンジャーもやるらしい.

バスとタッグを組んだ地域生活支援である.

 

(高樋沈下橋)

 

沿線の高樋(たかひ)に四万十川最奥の沈下橋がある.

車窓からシャッターを押すと、運転手に、停めるから降りてゆっくり撮るようにと言われた.

事業用緑ナンバーだと雰囲気が違うかと思ったが、白ナンバーと何ら変わりはない.

 

(終点)

 

まもなく終点である.

バスは3方向に運行され、それぞれが週2日、一日に3-4往復走る.

根元の部分は重なっているので、日曜を除く毎日になる.

運賃は100円.

 

3.安芸市東川線

 

高知県東部の川は、山から直線的に流れ出る急流である.

その一つ、伊尾木川を安芸市のコミュニティバスが遡る.

市の時刻表では、1時間くらいの大井までは日に5往復、2時間かかる最奥の別役までは、週2日に2往復となっている.

自分の車で通っているが、週2日にせよ、定期運行できるだけの住人がいるとは思えない.

 

(安芸市バス、奈比賀)

 

安芸市バスの色は鮮やかで目立つ.

地味な色だと、視力の衰えた高齢者には見つけ難い.

やってきたバスに乗り、運転手に「別役まで」と告げた.

動き出したバスが止まって、「それは事前に申し込まないと」という.

案の定、デマンド区間になっているのである.

終点まで行くことは、月に一度あるかないかだそうだ.

「では大井まで」と言うと、何人か居た乗客は、口々に「それは無理だ.大井から歩くと別役まで5時間かかるよ」と言ってくれる.

自分としては、このバスに乗るだけでもよかったのだが、せっかく皆さんが親切に言ってくださるので、「出直します」とバスを降りた.

デマンドの往復が2時間となると、そのために車両と運転手を手配することになる.

頼めば対応してくれるだろうが、住民でもない者が物好きで乗るのはやはり気が引ける.

 

(大井.デマンド運行のあるときは車を留置する)

 

そこで思い付いたのが、安芸市に「ふるさと納税」をすることである.

住民税を払っているようなものだから、大きな顔?で乗れるというものだ.

 

 

関連記事リンク:

最後の焼畑農業の地、椿山

伊尾木川を46km遡る

高知学トップに戻る

 

(おわり)

 

2017年8月26日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

74 高知の夏祭り、絵金、よさこい、夜須盆踊り

夏は祭りの季節である.

高知でも、8月初めのよさこい祭りをピークに、各地で祭りが行われる.

7月の赤岡絵金祭りがトップ、そして高知最大のよさこい祭り.

各地がそれに続く.

 

2017年8月18日 最終版

 

 

1.絵金祭り

 

幕末から明治にかけ、高知に絵師の金蔵(略して絵金)がいた.

江戸で狩野派を学び、高知の城下で活動したが、贋作の疑いをかけられて追放される.

やがて高知東部の赤岡に滞在し、依頼に応じ、芝居絵を多く描く.

赤岡は香宗川の河口にあり、富裕な商業の町であった.

時計、眼鏡、宝石の店が3軒あることからも賑わいがわかる.

昔からの家並があり、電柱、電線がなければ、いい町になるが.

 

(赤岡の旧道)

 

7月の夜、各家所蔵の芝居絵屏風が20点あまり、旧道沿いの店先に、ろうそくの明かりで照らされて展示される.

絵金祭りである.

 

(屏風絵の展示)

 

ただ、血飛沫が飛ぶ、など凄惨な絵なので、あまり子ども向きではない.

夜店もあるが、広場のビヤガーデン、ライブ、仮設バーなど、どちらかと言えば大人の祭りである.

 

(弁天座)

 

祭りに併せ、町内の芝居小屋、弁天座では、地域の人たちによる「絵金歌舞伎」が上演される.

三番叟などとともに、新作、絵金の生涯が加わった.

 

(ラスト、スタッフが総出)

 

着ぐるみや悪魔、外国人の侍が出たり、場面転換も早く、子どもが楽しめる歌舞伎であった.

絵に歌舞伎に、高知で一番ユニークな夏祭りである.

 

2.よさこい祭り

 

よさこい祭りは、1954年に、徳島の阿波踊りに対抗して始まった.

 

(徳島の阿波踊り)

 

当初は、いかにも阿波踊りの二番煎じであったが、1980年代にコンセプトを覆す大ブレークをした.

指揮と掛け声を行うトラック(地方車という)が先導する.

背面一杯のスピーカーから、大音響で音楽が流される.

「よさこい節」の一節を入れれば、あとはロック、レゲエ、和太鼓、何でもよし.

トラック上でバンド演奏のこともある.

 

(じかた車)

 

(踊り子さん)

 

踊りはマスゲームで、振付けは自由である.

手にした鳴子を打ち鳴らす、前進する、それだけが条件である.

衣装はチームごとに趣向を凝らすが、「よさこいファッション」というほかはない、派手かつ奇抜なデザインである.

 

(休憩中)

 

踊り、鳴り物、衣装など、基本には変わりがない阿波踊りとは大違いである.

そこが、個性を重んじ、自己顕示欲が強い?高知県民にアピールした理由であろう.

よさこいには、200チームあまり、18,000人が参加するが、ほとんどのチームは踊り子を公募する.

1チームは最大150人である.

5月、それぞれの公募の要項が、スーパーなどに置かれた掲示板、ネット、チラシで公開される.

参加費は、衣装、弁当、移動のバス代などが含まれるが、4万から2万円である.

有名であるほど高く、実績のないところは安い.

これを見比べて、自分の売り、衣装デザイン、クチコミを基にして応募する.

自分がその中でアピールできるかどうかが重要である.

チームとしての表彰はあるが、それと別に個人表彰がある.

9箇所の競演場(踊るだけの場所は他に7箇所)ごとに審査員がいて、優れた踊り子に、その場でメダルをかける.

 

(メダルをもらう)

 

有名なチームがいいかというと、そこでは目立ち難いということがある.

メダルが重なるほど、実績となり、自己のタレント性が高まるというものである.

札幌には飛び火した「よさこいそーらん」があるが、踊りのスタイルは似ていても、札幌市民がこの意識を持っているとは思えない.

 

3.手結盆踊り

 

夏祭りの三大要素は、花火、夜店、踊りである.

どれが欠けても夏祭りらしくない.

いま、盆踊りの輪に積極的に入る人は少ない.

子どもの頃、大阪の南河内に住んでいた.

古くからの集落で行われる河内音頭は、先端カジュアルウェアで踊る若い男女の交歓の場であった.

先日のテレビでは、踊りはもっぱら保存会風の人たちで、河内音頭よお前もか、と感じたのだが.

といってこれが無ければ、ただの花火大会である.

高知の夜須町・手結(てい)には、鎌倉時代の念仏踊りの流れとされる、400年来の踊りがある.

 

(手結の踊り)

 

音頭は4曲続き、それぞれに踊りがある.

歌詞にストーリーはなく、時代と共に順次フレーズがつけ加わってできたものと思われる.

音曲も民謡のようなメロディはないが、ご婦人が朗々と大声で歌い上げる.

踊りは地元で練習会があるが、学校では地域の文化として習う.

小さい子どもは友達を真似て踊る.

 

(夜店)

 

催しは海水浴場で行われるが、鉄道には臨時列車が出る.

夜店も賑わう.

航空路に近いので、花火は最終便が着陸してから始まる.

盆踊り開始から花火の終了まで、3時間近くあることも関係するだろう.

 

(花火の観客)

 

花火は海水浴場で行われる.

砂浜、階段になった護岸、ボードウォーク、芝生が観客席である.

ブルーシートで席を確保したりもするが、広いので、争ってということではない.

 

(水中花火)

 

花火は防波堤から打ち上げられるが、海面に向けて発射することもある.

水面で爆発し、波に映える.

 

(上空から)

 

近くの漁港や、丘でも見ることができるが、やはり頭上に降ってくるような至近距離に迫力がある.

 

関連記事リンク:

日本一喫茶店が多い高知

高知移住非公式ガイド2-いごっそう、はちきんとの付き合い

高知学ホームページに戻る

 

(おわり)

 

2017年8月7日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

73 高知の山奥で食べる、地鶏、蕎麦、フレンチ

山奥でゆっくり食事をしたり泊まったり、高知での候補を挙げてみよう.

・特別な食事が楽しめる

・泊まることができる

・辺りの風景が素晴らしい

・簡単には行けない

以上が条件である.

すぐに行けて、お金さえ用意できるなら、銀座や軽井沢に、いくらでも店やホテルがある.

行くことに困難が伴うから、行った先での楽しみが増加する.

しかし行った先が、「まあこんなもの」では「がっかり名所」になる.

行き難いほど、行った先に対する満足度要求レベルは高くなる.

 

2017年9月5日 修正版

 

 

1.畑山温泉

 

畑山温泉には、高知市から室戸岬に向かう途中の安芸市から、山道を40分.

一日3回のコミュニティバスを利用することもできる.

地鶏・土佐ジローの料理を提供する、3室の宿である.

 

(畑山温泉への道)

 

安芸川に沿って上流へ.

都会から来る人は、たいてい道路の狭さに驚く.

しかし、これは高知では普通である.

通行が極めて少ないから、これでよい.

 

(畑山温泉)

 

料理は胸肉のたたきを始めに、ご主人が焼いて見本を示してくれる各部位の炭火焼、鳥鍋と進んで、しめは親子丼.

 

(第2皿の炭火焼、5人前)

 

翌朝は卵かけご飯だから、土佐ジローを食べ尽くす.

飼育場は下流に、処理場は川向こうにある.

 

(安芸川)

 

畑山集落を貫く安芸川にダムは無く、いつも澄んだ水が勢いよく流れている.

7月の朝だったが、アカショウビンの声が聞こえた.

南国から渡ってきた渓流の鳥である.

 

 

(水力発電所跡)

 

上流に行くと、今は使われていない小さな水力発電所がある.

以前の勤め先で、電気系の部長が、「僕の夢は山の発電所の所長だったのだがなあ」などと言っていたのを思い出す.

 

(廃校の畑山小中学校)

 

畑山温泉の鶏料理、もちろん素材は良い.

一般の鶏は45日で出荷するが、これは150日という.

ただ、養鶏が専門のご主人、元新聞記者の奥さん、いずれももとからの料理人ではない.

しかし、この調理、盛り付け、味付けは、各地の一流の鶏料理を研究し尽くした結果ではないだろうか.

「田舎だから」、「地元食材だから」で済まさない、最高を求める姿勢を感じる.

 

2.寒風山の蕎麦

 

高知市の東、伊野から愛媛県の西条まで、国道194号線が伸びる.

県境になる標高1,763mの寒風山を、長さ5.4kmの長いトンネルで抜ける.

瓶ヶ森、石鎚山と1,900mクラスの連山である.

麓は紅葉でも、上は霧氷や雪.

10月だったが、11月になると山の上は通行止になる.

なお、標高1,500mにある山荘は、改装で2019年まで休業中である.

 

(山への道)

 

麓の山峡に蕎麦「時屋」がある.

国道に小さな看板があり、そこから折れて谷筋を遡る.

 

(国道の分かれ)

 

峡谷を行く道には人家は無く、本当にここに蕎麦屋があるのか、不安になる.

2kmほどで、林の空きスペースに止まる車が見え、谷間に蕎麦屋が現れる.

紅葉であった.

 

(蕎麦・時屋)

 

小道を下って、小体な建物に入る.

座敷と渓流に向かった縁側がある.

度々来ているらしい男性は、迷わず縁側に腰を下ろした.

 

(渓流に向かって)

 

なぜ主人はこの場所を選んだのだろう.

水は石鎚からの流れだから、もちろん良い.

しかし一番の理由は、理想の蕎麦空間をつくりたかったのではないだろうか.

都会の有名蕎麦店といっても、電線が這いまわっていたり、裏口に空き箱が積みあがっていたりする.

ここには醜いものは一切ない.

蕎麦はもちろん旨いが、空気も、渓谷も、しつらえも、出してくれるお茶も、すべて極上の蕎麦空間である.

勘定でちらと見える厨房も、白木が美しく、清潔で整理が行き届いている.

途中の長い山道は蕎麦への前奏曲なのかもしれない.

車のナンバーを見ると、高知、愛媛だけでなく、全国から来ている.

納得する.

 

3.滑床渓谷

 

山の蕎麦屋は、高知県いの町にある.

しかし、トンネルを抜けるとすぐに愛媛県西条で、伊野よりはるかに近い.

愛媛の奥座敷である.

滑床は反対で、愛媛県松野町にある.

愛媛県の観光地としては辺境で、松山から遠い.

しかし高知側からは、四万十川や天狗高原の観光とリンクするルートである.

観光は自治体の視察旅行ではないから、行政区域によらず、滑床は高知の観光地と言っても良い.

大体、流れの上は高知・愛媛県境だし、川は四万十川に流れ込む.

 

 

(夕暮れの渓谷)

 

滑床は磨かれた花崗岩の、文字通りの滑らかな岩である.

雪輪の滝は、防具を着けて滑り降りるキャニオニングの場である.

さらに奥に行けば、昔あった森林鉄道線路跡や橋台がある.

 

(雪輪の滝)

 

雪も舞いそうな12月の夕暮れで、谷川を歩いて出会ったのはハイカー一人であった.

「ケーン」という鋭い一声が響く.

シカに5頭出会った.

 

(森の国ホテル)

 

渓谷にはシャレ-風の「森の国ホテル」がある.

上高地帝国ホテルを模しているが、フェイクではなく、立派な建物である.

持ち主は松野町だが、今の指定管理者は、全国にDIホテルチエーンを展開する企業である.

紅葉や新緑の頃は混雑するが、この季節、泊り客は我々二人だけであった.

しかし二人でも手抜きはない.

暖炉には赤々と薪が燃えている.

料理は変わらず楽しめる.

ワインはよく料理にマッチしている.

先日テレビでクルーズ船を紹介していたが、その料理は「これでクルーズ?」と言いたい、ありきたりの「洋食」であった.

滑床は違う.

 

関連記事リンク:

高知でもっとも奥深い伊尾木川

山岳道路の瓶ヶ森と天狗高原

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

2017年7月18日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

72 コミュニティバスで高知を観光 2 須崎市、大豊町

「コミュニティバス」には、はっきりした定義はなく、ただ単に小型のバスを指す場合もある.

行政的には、市町村が交通空白地(過疎地)で運行する、「ローカルバス」である.

白ナンバーで安い運賃だが、無料のところもあるし、路線バスと同じ緑ナンバーの事業の場合もある.

運転は地元タクシー会社などに委託されている.

運転手は地元の人だから、道中、土地の生活事情や、名所を話してくれる.

「田舎のワンマン観光バス」である.

高知のコミュニティバスに乗ってみよう.

 

2017年7月9日 最終版

 

 

1.須崎市営バス

 

コミュニティバスの路線は、大体に山奥の集落だが、海岸にもある.

須崎市は三つの部分からできている.

駅付近の「旧市街」、高速インター付近の大型店が集積する「新市街」、入江にある漁港である.

コミュニティバスはこれらを結んでいる.

 

(スーパーの停留所)

 

一日7往復だから、高知のコミュニティバスの中で格段に多い.

Mスーパー前から湾の奥へ向かったが、レジ袋を提げた人たちで、マイクロバスの半分が埋まった.

 

(野見)

 

入江に沿って、山を上り下りして走る.

野見が漁業の中心で、ほとんどの乗客が降りた.

小中学校の大きな建物もある.

 

(野見湾)

 

静かな湾には、タイ、ブリ、ハマチなど多数の養殖筏が浮いている.

海を眺めながら、小さな漁村を回る.

運転手の話では、いま通学の生徒はいない.

小さい子が一人いるが、このバスで野見の学校に通うまでまだ大分あるね、ということだ.

 

(終点中ノ島.向こうが戸島)

 

終点で折り返しの出発まで10分くらいあるので、運転手は煙草を吹かす.

すぐ先に戸島があって、住まいが見えているが橋はない.

住民はここまで船で来て、このバスで買物に行くのだそうだ.

写真を撮って再び乗る.

途中、屈強な男たちが乗ってくる.

交わしている会話からすると、漁師さんである.

パチンコ通いにもよく利用されているらしい.

車を運転できない風ぼうではないが、夜明け前からの仕事を終え、一杯ひっかけて帰るのかもしれない.

終バスは6時前だ.

 

2.大豊町営バス立川線

 

大豊町のバスは、高知にある21市町村のコミュニティバスの中で、唯一無料である.

無料の場合は、ホテル、商店街の送迎バスなどと同じで、道路運送法の適用外になる.

ただ、バラマキ行政的となるためか、交付税の交付対象外となり、町では過疎債を財源としている.

土讃線大杉駅前から、日祝を除く、日に3往復の立川線に乗った.

 

(大杉駅前)

 

以前、同じ高知の越知町には、無料の「患者バス」があった.

通院証明書が必要だが、高齢者は皆何かで病院に行っているから、事実上全員が対象である.

厚労省の地域医療対策事業が財源である.

山の上に、住民がつくった待合所があり、かかし人形が置いてあった.

 

(越知町清助の待合所)

 

しかしこれだと、せっかく若い移住者や子どもが来ても乗れない.

そのようなことがあってか、現在は有償の町営バスに変わっている.

しかし親切である.

普通は停留所に「時間に余裕を持って来て…」と注意書きがある.

そうすると律儀な老人は、雨の日でも、5分、10分も前から待つ.

越知町では、「時間まで発車しませんので、あまり早くから待つ必要はありません」と書いている.

 

(山の車窓)

 

学校から地域スーパーにかけて、町の2km周辺での乗降が結構多い.

無料だから、気軽に利用されているらしい.

山に入るが、これは標高1,000mの笹ヶ峰を越える、参勤交代の古道である.

高知から瀬戸内へ抜ける高速道路が頭上を平行する.

高速道路から見下ろすと、下はうっとうしいだろうと思っていたが、時折高い橋脚が見える程度である.

一人残った老婦人が降りた.

いつも思うのだが、このようなところで降りる老婦人は、必ず凛とした雰囲気を漂わせている.

途中、屋根付きの橋を渡って境内に入る神社がある.

写真を撮ると運転手は、雰囲気があるところで、祭もやっている、と説明してくれる.

ガイドブックにはない.

 

(橋を渡る神社)

 

復元された昔の番所のところで街道をそれ、狭い谷筋に入る.

男性が一人歩いていて、アメゴ釣りだそうだ.

移住してきた家に小学生がいるが、寝坊して朝7時のバスに遅れると、お母さんが送る.

40分余りで終点の仁尾ヶ内に着くが、森の中に待合所があるだけで、人家は見当たらない.

上には数軒の家があるらしい.

乗客がいれば、山を上がってくれるのかもしれない.

 

(終点、仁尾ヶ内)

 

対岸にも3軒があり、高知の病院に通っていたが、今はみな入院した.

林道が先に続いていて、秋から伐採が始まり、大型トラックが行き来するという.

いま、この地域で林業に従事しているのは1軒だけらしい.

林業が衰退したので山の集落が消滅した、と考えられがちだが、逆である.

今は林道がつくられ、大がかりな林業機械によって、計画的に伐採と育成が行われる.

昔の木こりのように、山に住む必要はない.

麓の基地で段取りと連絡を終え、山に出勤する.

5時を過ぎると、山から次々に車が戻ってくる.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

市町村コミュニティバスで観光 1.香美市、芸西村

越知、黒森山の山上集落

高知学トップに戻る

 

2017年7月2日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

71 コミュニティバスで高知を観光 1.香美市、芸西村

乗り物や旅は、だれにも受けると見え、テレビに鉄道番組は多い.

路線バスの旅もある.

しかし田舎には、都会では絶対に体験できない交通機関がある.

地方の自治体が、過疎地住民のために運行する「田舎のバス」、小さなコミュニティバスである.

法令上、路線バスと違って乗客の範囲は限定され、「在住する住民およびその親族」となっている.

ただし「市町村長が必要と認める場合」には、「当該区域への来訪者等」も乗車できる.

高知では、決められた曜日に、山の集落を朝出て夕方帰る、1週間にこの1往復のみという路線もある.

これは「認め」てもらっても、部外者はまず乗れないが.

高知の県内34市町村、その21にコミュニティバスがある.

高知では普通になっている「ローカルバス」、その路線のいくつかを辿ってみよう.

 

2017年6月22日 最終版

 

 

1.コミュニティバスとは

 

(安芸市のコミュニティバス.「元気バス」とネーミング)

 

コミュニティバスにはいくつかの種類がある.

一般には、市町村が所有する「自家用車」(白ナンバー)を使って、有償で運送を行う「市町村営」バスである.

大都市のバスは、都営、市営、と言っても、「事業用車」(緑ナンバー)で行う路線バスである.

コミュニティバスの運営は自治体が行うが、実際の運転は、地元タクシーや観光バス業者に委託されている.

「自家用車」は、大型のワゴンかマイクロバスである.

自治体行政の一環であり、国交省の許認可外である.

かといって勝手に運行して、既存の路線バスやタクシーとの競合になっても困る.

そのため、自治体、住民、関係業界、運輸局を交えた「地方公共交通会議」で協議が行われる.

多少の運賃をもらっても、過疎地で採算は合わない.

交付税で賄われるから、その意味で総務省の分野である.

 

(香美市営バス.コミュニティバスの大きさはいろいろ)

 

2.香美市営バス谷相線

 

空いているのだし、一々「市町村長に認め」てもらわなくても、実際には乗れる.

総括的に「来訪者等」が認められているのかもしれないが.

普段見かけない人物であっても、運転手に「許可証は?」などと言われることはない.

第一、役場のホームページにも乗車申請書様式はない.

ただ、住民を押しのけて、ハイキングのグループが独占するなどはよくない.

空いていても、途中から法事で沢山乗ってくることもあり得る.

ワゴン車には立席がない.

その時は住民に譲って歩くことだ.

アンパンマンミュージアムのある香北町から、夕方、山の上の谷相に向かう香美市営バスに乗った.

通学を意識したダイヤで、朝1回、夕方2回、土日を除き運行されている.

老婦人が一人、小学生が二人乗っている.

どこで降りると言わなくても、ちゃんと家の前で止めてくれる.

 

(山を上る)

 

リュックを背負った老婦人が降り、次に大声で挨拶して小学生が降りた.

谷相は視界が広がり、眺めの良いところである.

 

(車窓から)

 

バスは山上をあちこち回り、終点に着いた.

ここまで20分、200円である.

バス停の標識はあるが、家は辺りに見当たらない.

すべてのコミュニティバスがそうだが、向きを変えて、直ちに折り返す.

 

(バスの終点)

 

帰りの便に乗客はない.

バスの運転は、タクシー会社が委託されている.

この車の運転手も、朝夕はバスで、昼間はタクシーという.

そのせいか、交わす会話はタクシーの感覚である.

「運転士に話しかけないで…」などの表示はない.

間合いが長いので、買い物で往復をバスの人は少なく、片道は支援のあるタクシーなどを使っているという.

 

3.芸西村営バス

 

芸西村のバスは、ごめん・なはり線の和食駅から、峠を越えて、山間の集落に至る.

行先は二つあり、それぞれ週2日、一日2回である.

 

(村営バスの出発)

 

大抵のコミュニティバスは、フリー乗降であっても、主なところにバス停標識が立っている.

芸西村は全くない.

住民は知っているから必要ない.

普段から行き来している隣村なのだが、わからない.

和食駅は広場が二つあるので、役場に電話して確かめた.

 

(村の中)

 

広いバイパスはあるが、それでは「コミュニティ」のバスにならない.

集落の路地を通る.

老男性が一人乗ってきた.

 

(峠道のすれ違い)

 

すれ違うドライバーは皆、バスの運転手と顔見知りである.

男性は今日運行のない集落から来たので、森の分かれ道で降り、置いてある自転車に向かった.

 

(道のネット)

 

途中の集落では、シカやイノシシの侵入を防ぐため、道にネットが張ってある.

通る場合は横にずらすように書いてある.

ただ、バスはこの道ではない.

 

(今日の終点・国光)

 

終点まで34分、280円である.

以前は小型車では積み残しが出て、29人乗りで運行したこともあるという.

途中の山の中に、バスの車庫だったコンクリートの土台が残っている.

今、この地域の全人口は、その定員の半分にも満たないだろう.

運転手は、この谷にも家があった、この横にも、と説明してくれるが、林に埋まってわからない.

それにしても、ワゴン車でも曲がり難い峠の道を、よく29人乗りで運行したものだ.

 

関連記事リンク:

山道の運転、山の子ども

コミュニティバス 2、須崎市、大豊町

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

 

2017年6月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

70 国道439(よさく)2.山里を巡って「よさく」の難所、杓子峠へ

徳島から四国を縦断する国道「よさく」.

山に点在する集落を通り、峠を越える.

山里体験ルートであり、「日本の原風景」だけでなく、変わりゆく今の町村の姿を実感できる.

「冒険ルート」ともされている.

1に続いて、池川から終点中村へ.

最後は、もっとも「よさく」らしい杓子峠である.

 

2017年6月11日 最終版

 

 

1.池川

 

仁淀川町は、池川町、吾川村、仁淀村が合併してできた町である.

高知の山間部一帯に広がり、高知の山里を代表すると言ってよい.

各地の集落に向かう、週1日のコミュニティバスが30路線に上る.

池川の元役場の裏を上がって行くと、鯉幟にフラフが翻り、次世代を担う子どもが育っていることがわかる.

ただ、町関係者は、生徒の調査をすると、将来もここに住みたいという比率が少ないことを嘆いていたが.

 

(池川の5月)

 

斜面では、3軒のお宅が薔薇園をつくっている.

入場料を取ることではなく、お家にお邪魔して見せていただくオープンガーデンである.

しかし、よく手入れされ、楽し気に家人の方が説明してくれる.

山を背景にしているところが、また素晴らしい.

 

(池川の薔薇園)

 

2.33号線

 

(ドライブイン引地橋)

 

しばらくして、国道33号線と合流する.

高知と松山を結び、高速道路がない時代のメインルートであった.

座席指定の特急国鉄バスが、1時間おきに走っていた.

3時間半かかるが、途中このドライブインと愛媛に入っての久万で小休止する.

さらに松山からは広島行き水中翼船が連絡して、瀬戸大橋以前の、高知-広島の最速ルートでもあった.

単調な高速道路に飽きると、ここを通る.

今も変わらずおでんが売られている、県民御用達の店である.

いつぞや、高知のスーパーで「引地橋おでんのたれ」をみつけた.

 

3.長者

 

再び439で、長者を通る.

幸せな名には伝説があるが、佐川、越知から山奥に至る往還の要所である.

「だんだんの里」の農家レストランがあるように、見上げる斜面一帯が、石を積み上げた「段々畑」になっている.

地図を見ると、これでも周辺より傾斜が緩い地域なのである.

一回では曲がり切れない道を折り返して上ると、往還沿いに家々が並ぶ.

道路からは1階、下からは3階になっている.

 

(長者)

 

水が湛えられ、田植えの準備である.

高知の平野部より2か月近く遅い.

ただ、長年の努力にもかかわらず、ついに耕作放棄地になった地域もある.

 

(田植えの季節)

 

4.山の宿

 

(午後の439)

 

道幅が狭くなって、矢筈峠を越えて梼原町に入る頃、日が傾いてきた.

この辺り、宿になかなかバラエテイがある.

囲炉裏と五右衛門風呂の古民家、農家民宿、町中に行けばシティホテルに温泉ホテルがある.

439沿いに小さな郷麓温泉がある.

 

(郷麓温泉)

 

部屋のデッキと風呂は渓流に面し、流れの音と河鹿の声が絶え間ない.

この後、439は山の中を延々と続く.

特にダム湖の縁は、昔ここにあった森林鉄道と同じく、等高線を忠実に屈曲して辿る.

ひたすらハンドルを回し続けても、周囲の風景は一向に変わらず、気力を消耗する.

ただ439は国交省だが、並行して農水省の「ふるさと林道」がある.

先は国道並みに?狭いが、2車線で長いトンネルを抜けるので短縮ルートになる.

途中、中津川には農家民宿がある.

 

(中津川)

 

5.杓子峠

 

栗焼酎が売りの大正を過ぎて、ラストコースの杓子峠で終点の中村に向かう.

入口には「通行困難!!」の警告板がある.

 

(杓子峠の入口)

 

(杓子峠へ)

 

狭くなり、よさく最後の試練である.

たしかに「国道」としては狭いが、「高知の山の道」としては普通である.

いや、むしろ広い方と言ってもよい.

これは慣れで、以前居た東京には1車線の道路などなかった(世田谷の住宅地は別だが).

20年前高知に来たとき、すれ違いができない狭い道には緊張したが、今はこれが当たり前の感覚となった.

大体このようなところでは、すれ違う車はほとんど来ない.

 

(杓子峠から)

 

大正から中村には、海岸を通る道筋が一般的で、山越えをすることはない.

山越えにしても、これも農水省による、2車線の清水東津野大規模林道が、439と並行してつくられている.

ただ工事は中止され、途中から狭くなるが、県によって拡幅工事が進行している.

おそらく今後も、439の改修工事が行われることはないであろうから、「酷道」のタイトルは安泰である.

 

(住次郎)

 

峠を下って行くと、住み家が見えてくる.

次第に広くなる.

 

(中村城址から)

 

川に沿って水田が広がる.

よさくの終点、中村の城址に上って杓子峠の方向を見る.

439は右の山裾の集落の間を通っている.

徳島からここまで、どんなところにも、人は住んでいるものだと思う.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

国道よさく1 剣山から仁淀川町

沈下橋と四万十川

高知学トップに戻る

 

(つづく)

 

2017年6月2日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

69 国道439(よさく)1.奥祖谷モノレール、京柱峠、棚田を西へ

国道439号線、通称よさく、は徳島から四万十川河口の中村まで、300kmを越える路線である.

四国の背骨の山々を貫く、四国縦断ルートである.

曲がりくねった1車線の、ガードレールもない狭い山道を、右に左にハンドルを回し続ける.

対向車があればバックしてやり過ごし、峠をいくつも越える.

日本三大「酷道」の一つとされる.

しかし、大変だ、危険だ、と言われるほど、行ってみたくなるのも人情で、なかなかの人気である.

 

2017年5月26日 最終版

 

 

1.剣山から奥祖谷

 

439号線は、徳島から山の中を走り、ようやく剣山(つるぎさん)登山口に着く.

標高は1,400mで、1,955mの剣山にはリフトがある.

この高さだから、積雪で冬季は通行止になる.

今、徳島からここまでは438で、439は実質的にここから始まる.

 

(剣山から行く手を見る)

 

これから辿る山並みが連なって見える.

終点中村まで、何回このような景色を見ることか.

 

(東祖谷菅生)

 

下りた辺りは祖谷である.

菅生は昔、林業の中心地で、森林鉄道があった.

バスの車庫と共に、立派な旅館の建物が残っている.

 

2.モノレール

 

ここには、大変奇妙な乗り物がある.

奥祖谷観光周遊モノレールである.

みかん山などで、果実を入れたコンテナを下ろす簡易なモノレールをよく見るが、その拡大版である.

工事現場などでも使われていて、専業メーカがあり、最大3トンの重機、6名を輸送できるという.

ここでは二人乗りで、1周4.6km、高低差590m、自動運転であり、65分で戻ってくる.

日本最長乗車時間のモノレールである.

普通はエンジンだが、ここは電動である.

 

(奥祖谷観光モノレール)

 

(山を巡る)

 

何があるというわけではないが、森林を巡って、なかなか楽しい.

なぜここにこんなものがあるのか.

当初、至近距離にある、標高1,893mの三嶺への登山客輸送を目指したからである.

三嶺は、四国では知られた登山の対象である.

ところで、A地点からB地点に人を移動させる、これは「輸送」であり、鉄道(軌道)事業となる.

このモノレールも、東京、大阪のモノレールと同じ基準で審査される.

とても実現は困難であろう.

しかし、AからAに戻ってくれば、これは輸送ではなく、遊園地の汽車と同じ扱いになる.

ディズニーランドの蒸気船は当初、周回の途中の船着場で客が乗降できた.

したがって「輸送」であり、母港を「浦安港」とする船舶として認可された.

旅客船では、救命胴衣、救命ボートを備えなくてはならない.

しかし、危急の際には筏が駆け付ける体制をとることで、省略が承認されたということだ.

省庁と法令の間隙に、アイデアが存在する.

 

3.京柱峠

 

西に進むと、観光客でごったがえす「秘境かづら橋」への道から分かれ、京柱峠を上る.

標高1,139m、439を代表する峠で、冬季は閉鎖である.

今はかづら橋方向が本流で、こちらは物好きの道と言ってもよい.

ここから高知県である.

 

(京柱峠から見る徳島側)

 

(京柱峠の高知側)

 

京柱峠を下る.

集落の中を通る昔からの道路は、家々を立ち退かせなければ拡幅できない.

大規模なバイパスをつくらない限り、どうしても狭くなる.

 

(移動販売車)

 

音楽を鳴らして移動販売車がやってきた.

地域の貴重な生活支援である.

店主の女性は、自分で仕入れをして、付近一帯を回っているそうだ.

 

 

4.棚田地帯

 

この辺り吉野川の南岸は、谷底から山の上一帯が、棚田である.

地図を見ると、その特徴が明確にわかる.

 

(怒田-ぬた)

 

地質学者は次のように説明する.

下部に水を通さない、厚い粘土層がある.

その上に風化、破砕された地層が載り、粘土の洗面器に入れたように、大量の水を含む.

すべりやすいので緩い傾斜になる.

耕作に適する.

地下水位が高いので、高い場所でも水田ができる.

ただ、これ以上すべっても困る.

斜面には大規模に排水路が建設され、水抜きトンネルが掘られ、地下水位がモニターされている.

これに対して、北岸は堅い岩盤である.

 

(32号線、439は右に分かれる)

 

439は谷を通っているが、棚田の山腹を通る、見晴らしの良い狭い道路もある.

一旦32号に合流する.

高知と高松を結ぶ国道で、大型トラックの通行が多い.

高速道路の経路は遠回りになり、かつ有料なのでここを通るのである.

約10kmで、再び439は分かれる.

 

(さくら市場で)

 

本山町は地域の中心で、直販市「さくら市場」がある.

昼時で、韓国系おばさんのつくるチヂミに、地元高齢者が集まる.

しばらく大声で歓談する.

 

(439らしくない439)

 

この辺り改修が進み、「よさく」とは思えない.

道幅は広く、長いトンネルがあり、滑らかな曲線と坂が続く.

車にほとんど出会わず、快適なドライブである.

ただし、よさくは山岳縦断の道だが、遊びのスカイラインではない.

ときどき四国横断の国道と出会いながら、山間の町々を結んでいる.

太平洋の伊野から瀬戸内の西条に行く、194号線に合流した後、仁淀川町池川に着いた.

 

(冬の池川)

 

関連記事リンク:

外国人観光客に棚田の本山

国道よさく2 杓子峠から中村へ

高知学トップページに戻る

 

(おわり.2に続く)

 

2017年5月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一