高知学110 標高600m、棚田を見渡す八畝スカイライン

高知を縦断して流れる吉野川.

沿岸の大豊町、本山町、土佐町に棚田が広がっています.

土讃線の大杉駅、高速道路の大豊ICを真ん中にして、東西の30kmが棚田地帯です.

東は国道439号線の京柱峠近く、西は早明浦ダム辺りまでです.

棚田は川の南岸にあり、北岸にはありません.

南岸と北岸では地質が異なり、北岸は山の傾斜が急で、水田をつくることが困難なのです.

大杉駅近くから南岸の山に上がり、棚田の上、標高600m辺りを東へ山道が通っています.

一車線で道路標識もありませんが、個人的に「八畝(ようね)スカイライン」と呼んでいます.

 

2019年5月13日 最終版

 

1.棚田に上がる

 

(炭焼き)

 

大豊ICを出てトンネルを抜け、国道32号線の交差点を直進して山に上る.

しばらくは炭焼窯などがある森の中の道だが、上がると視界が広がるスカイラインだ.

 

(山上の道)

 

やや広い一車線なので、反対から車が来ても場所を選べばすれ違いができる.

ダート道ではないから四駆の必要はないが、望ましいのは軽または小型乗用車である.

ミニバン、大型SUVはやめた方がよい.

というのは、あちこちでやっている災害復旧工事の迂回路の多くが極狭路のためだ.

 

(何年も通行止だったが、ようやく8月までらしい)

 

 

(棚田の田植え)

 

5月、棚田には水が張られ、田植えが始まった.

 

(対岸の山々)

 

水田の先に見える山との間の谷底を吉野川、土讃線、国道32号が通っている.

河床の標高が200mなので、道との標高差は400mである.

 

2.ぽつんと一軒家

 

 

(山上の道)

 

道は山腹をうねって続く.

林道や生活道なので、カーナビはあまり役立たない.

登山と同じく、1/25,000の地図がよい.

分かれ道もあるが、タイヤの跡の多い方を辿ればよいので、迷うことはない.

 

(一軒家)

 

「ぽつんと一軒家」のテレビ番組があるが、ここでは候補に困らない.

そのような家に入る道には、入口に表札が置かれている.

 

(対岸の一軒家)

 

谷を隔てて対岸の山にも一軒家が見える.

屋根が光っているのでそれとわかる.

 

3.八畝と怒田

 

棚田がもっとも大規模に広がる地域が、八畝と怒田(ぬた)である.

 

(イチョウ)

 

八畝の入口には、ランドマークとなる樹齢500年とされる大きな乳銀杏がある.

昔からお乳がよく出るように、祈願されてきたということだ.

 

(怒田)

 

ここから怒田地区の全体が見渡せる.

山の上から谷底まで、棚田が広がっている.

今いる八畝の棚田は、川まで下りて上がって、怒田から見ないとわからない.

 

4.地すべり地帯

 

(地すべり防止)

 

棚田は地すべりの産物である.

山の中で耕作ができる緩い傾斜地は、地すべりの結果である.

水田で必要な水は、地すべりが起きやすい地下水を大量に含む土質から得られる.

「八畝」とは、地すべりが進んで水平が保てず、高いところを削り低いところを埋め、棚を細分化することから来ているらしい.

「怒田」とは、地すべりで田に亀裂が入ることからだという.

高知県の古い看板があるが、地すべりの結果は地域に留まらず徳島県一帯にも及ぶので、対策は国の直轄事業となっている.

 

(集水井)

 

産業技術総合研究所・地質調査総合センターによって、全国の地質図が作成され、ネットで閲覧することができる.

この棚田地域は緑色変成岩、緑泥岩などからできている.

御荷鉾(みかぶ)帯と呼ばれるが、風化、破砕しやすく、大量に水を含み易い性質がある.

底では変質して水を通さない粘土になる.

洗面器に泥を溜め、傾けた状況にあるのだ.

土地の水抜きが大きい課題である.

周囲の穴から水を集める集水井や排水トンネルがあちこちにつくられている.

傍に寄ると流れる水音が聞こえる.

 

(怒田から見た八畝)

 

山腹にはいくつかの筋が見えるが、人工の排水路である.

 

(GPS位置センサ)

 

そんなに危ないところなのか、と思われるかもしれない.

GPSによる位置情報センサが点在し、地盤の変動がリアルタイムでモニターされている.

予想もしなかったところで地すべりを生じるより、ずっと安心だ.

 

(見下ろす谷間)

 

防災科学技術研究所から、航空写真より判定した地すべり地形分布図が公開されている.

地すべりが活発な地域は新潟と四国という.

スキー場も地すべりの産物のようで、高いところの急傾斜は上級者、末端の緩い傾斜はビギナー用になる.

本図による地すべり地形の面積では、全国に占める四国の割合は14%だそうだ.

 

(崩壊した河岸)

 

この地域では60年の計画で、地すべり対策工事が進められている.

いま半分を過ぎたあたりらしい.

八畝と怒田の間の南大王川、10年以上も前から河床を広げ、堰堤を築き、大工事が行われていた.

失礼ながら、早くも?岸が崩れている.

紺屋の白袴という気もするが.

そういえば、出発した高速道路の大豊ICの先の山腹で先日崩壊があり、上り2車線の橋が流された.

下り車線を利用して対面通行が行われている.

当事者のコメントでは、ここで崩れるとは予想もしていなかったという.

大規模工事には、どこかにまだ計算できない要素があるのだろう.

 

 

参考にした資料

・藤原治、斎藤眞 編著 :「トコトンやさしい地質の本」.日刊工業新聞社、2018.

・上野将司 :「危ない地形・地質の見極め方」.日経BP社、2012.

・鈴木堯士 :「四国はどのようにしてできたか」.南の風社、1998.

・地質図Navi:https://gbank.gsj.jp/geonavi/

・地すべり地形分布図 : https://dil-opec.bosai.go.jp/publication/

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高知第三の物部川を遡る

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(おわり)

 

 

 

2019年5月8日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学109 高知から徳島へ.山間を通る「一直線」の道

高知から徳島へ.車では三つのルートがあります.

普通は高知道、徳島道の高速道路を通るルートで、2時間半ほどです.

京阪神への高速バスもこの経路ですが、一旦瀬戸内に出て再び山に戻り、吉野川筋を下ることになります.

第二は室戸岬を廻るルートです.

尖った三角形の二辺を通る大迂回で、時間はかかりますが、爽快な海の風景です.

第三は真っ直ぐに山地を縦断する国道195号線です.

これを行きましょう.

 

2019年4月28日 最終版

 

1.高知から大栃へ

 

(物部川.向こうの山間から流れ出る)

 

195号線は高知では物部川を遡る.

四ツ足峠を越えて徳島県に入る.

そして那賀川に沿って下る.

高知から西へ、物部川が山地から平野に入るところが土佐山田である.

 

(土佐山田駅前)

 

土讃線土佐山田駅前の十字路にある標識は、195号線で右高知、左徳島、とある.

徳島なら常識的には右に行って高速だが、国道的には誤りではない.

土佐山田から195号線を大栃まで、JR四国バスが運行されている.

その前身は国鉄自動車、さらに前は(鉄道)省営であった.

鉄道を敷設する計画があったことが関係しているのであろう.

 

(神母ノ木)

 

物部川上流の山々は豊かな森林である.

今はダムがあるが、昔は山奥の木材は大栃で筏に組まれ、神母ノ木(いげのき)まで下った.

ここで筏を解き、一本一本を人工の舟入川に流す.

この辺り、筏師などで大変賑わった町だったのだ.

右の丘の上には高知工科大学がある.

 

(アンパンマンミュージアム)

 

沿岸はやなせ・たかし氏の出身地であり、ご本人が計画したアンパンマンミュージアムがある.

傍に小さなホテル、奥には絵本の図書館がある.

アンパンマン施設は横浜などにもあるが、山の中で小さいけれど、心温まる施設ではないだろうか.

 

(大栃橋)

 

土佐山田から約20km、高知側最後の町が大栃である.

国道は北岸に移るが、その橋は風格あるトラスである.

しかし狭いため新しい橋を建設中である.

アーチ橋で、ガードマンに組立日程を聞いたので、また見に来よう.

 

(物部川河岸)

 

物部川は山を深くえぐって流れ、集落や道路は崖の上にある.

従って、両岸の行き来は狭い山道を上がり降りして、低い場所にある橋を渡っていた.

 

(仙頭大橋)

 

今は、高い土地を直接結ぶ橋がつくられている.

焦茶の錆色なので、通りがかりの人から役場に「錆びているではないか」と注意が入るという.

しかしこれはCuなどを含んだ耐候性鋼で、一旦表面に錆の膜ができるとそれ以上は進行しない.

塗装の必要がないのでメンテナンスフリーなのだ.

利用するどれだけの住人がいるかだが、森林もあるし、山越えをすれば安芸市の畑山温泉に通じる.

 

(山の果樹園)

 

奥に行くに従って平地が少なくなる.

昔はこの辺りでも焼畑農業が行われていたという.

今はユズなどの果樹である.

 

(物部川の渓谷)

 

次第に川幅が狭くなり、道路は谷につくられたコンクリートの土台の上を通る.

以前は森林鉄道もここに敷設されていた.

車を止めて川を覗くと、河鹿の声が聞こえてくる.

無人の谷間に見えるが、昔からの街道がずっと上の山腹にあり、集落が続いている.

 

(べふ峡温泉)

 

県境の峠の麓が別府峡温泉で、奥の峡谷は紅葉で知られる.

その先は1,300mまで上がる林道が続き、下ると大栃に出る.

車の多いシーズンは一方通行であった.

1,800-1,900m級の白髪山、三嶺の登山にも利用された.

 

(西熊林道から.2001年)

 

しかし崩落で10年この方通行止になっている.

復旧はもう諦めているのかもしれない.

 

(四ツ足峠へ)

 

道はヘアピンカーブになり、県境の四ツ足トンネルに入る.

昔の峠には、土佐、阿波の境界にまたがるお堂があるという.

それを偲んで、トンネル中ほどの壁面に祠がつくられている.

 

(スーパー林道入口)

 

トンネルの先が剣山スーパー林道の入口である.

50km余り、日本最長のダート道とされ、バイクのライダーに知られている.

しかしこれまた長い間通行止になっている.

 

(那賀町木頭)

 

峠を下ったところが那賀町木頭、以前の木頭村である.

かつて建設省の国道拡幅計画に対して村長が、今で何の不自由もないから不要だ、と発言した.

公共工事が全盛であった当時、政策に異を唱える反骨者と受け取られた.

山の中の道は若干狭いところもあるが難儀するほどではない(その後拡幅したのかもしれないが).

しかし集落の中に対しては、大幅な立ち退きをするか、人の住まないところにバイパスをつくるか、ということになる.

 

(図書館の前)

 

文化センターにある図書館に行った.

実は木頭への目的は、村史により付近森林軌道の経緯を知ることにあった.

その後、図書館手づくりの町内マップをもらい、ギャラリーのあるカフェで遅いランチをとった.

窓から対岸の護岸工事が見える.

殺風景なコンクリートではなく、石積み風である.

 

(護岸工事)

 

ここから海岸近くに出るには、ダム湖の横を延々と通って、これまでと同じくらいの時間がかかる.

徳島市内までバスがあるが、3時間余りを要している.

徳島県といえば、吉野川沿いの田園と夏の阿波踊り、というのどかなイメージである.

しかしこれは北のごく一部で、大部分は深い山々である.

特に高知との県境一帯は、四国に残る数少ないツキノワグマが安心して暮らせる?無人の地域である.

縦貫道は続くが、来た道を戻る.

 

(ゲートボール)

 

運動場ではゲートボールをやっている.

町内福祉施設に来ている人たちかもしれないが、元気な人が多いのだ.

 

(ローバの休日)

 

(おわり)

 

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2019年4月23日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学108 高知東部の海岸.手結岬から室戸岬へ

高知の海岸は、太平洋に向かって丸く円を描いています.

東の端が室戸岬で、西の端が足摺岬です.

もっとも奥深いところが桂浜です.

東と西では海岸が全く違います.

東は隆起した土地で、海岸まで台地が迫り、集落や道路は海の傍にあります.

西は沈降した土地で、断崖が続き、近づき難い海岸が多いのです.

東部の海岸を辿ってみます.

 

2019年3月22日 最終版

1.手結岬

 

(手結岬)

 

海岸全体としては円弧なのだが、滑らかなカーブではなく、ところどころに少し突き出た岬がある.

手結岬はその最初で、越えるために標高50mだが小さな峠があった.

向こうに見えるクレーンは浦戸湾にある造船所で、その横の山は高知市街を見下ろす五台山である.

 

(春先の漁)

 

今日は漁船が多く、目に入るだけで36隻出ている.

春になるとシラス漁が盛んだ.

イワシの稚魚だが、2隻の船で細かい網を引いて集める.

生のものをドロメ、茹でたものをシラスと呼んでいる.

網元のスーパーの品書きでは、

「船上で氷で締め、2時間以内に持ち帰る.その後20分以内に茹でる」とあった.

 

(西分漁港)

 

ところどころに小さな漁港がある.

西分では9時半からセリが始まる.

ヒラメが何枚か上がっている.

沢山のグレ(メジナ)が箱の中で跳ねている.

 

(ノレソレ)

 

ドロメの網で揚がったレンコダイの小魚の中から、アナゴの稚魚であるノレソレをピンセットでつまんでより分けている.

ノレソレはそのまま食べるが、白魚のようなもので、味というより食感である.

あまり捕るのでアナゴが減少したとも言われるが、狙っても捕れるわけではないようだ.

子ダイには商品価値がなく、せいぜいダシにするくらいらしい.

クジラが居れば食べ尽くされそうだ.

 

(土佐カントリー)

 

港の上にはゴルフ場があり、3月に沖縄に次いで2番目の女子プロトーナメントが行われる.

 

(琴が浜)

 

西分漁港の東6kmほど、松林が続く琴が浜である.

粗い砂利の浜で、釣人の足跡があるが、左の岩の横から降りることができる.

何年か前の台風では下の砂利がすっかり流され、海底が見えて降りることができなくなった.

その後次第に砂利が積みあがって、今の姿になっている.

以前は人の背丈くらいの砂利の壁ができていたので、まだ半分くらいだ.

 

(崖のレストラン)

 

崖に突き出たレストランがある.

足場をつくり、先端に滑車のあるレール上で鉄骨を組んでいたので、何をするのだろうと思っていた.

骨組みができたところで、滑車を介してロープをかけ、ウインチで牽いて構造物を海に向かってせり出させた.

 

(安芸漁港)

 

安芸漁港の防波堤は日本一高いと謳っている.

ただしこれは津波のためではない.

津波なら港口を閉じる仕組みが必要だ.

 

(ノリのタンク)

 

新しいタンクが並んでいる.

作業中の若者に訊くと、アオノリの養殖だそうで、緑色の藻が流れに揺らいでいる.

高知大学のときから、室戸でアワビや昆布の養殖を研究していたHさんの技術のようだ.

 

(安芸中高校)

 

海岸に中高一貫の安芸中高校がある.

式典に出席したことがあるが、挨拶に混じって時折海鳥の声が聞こえてきた.

しかし津波への対応のため、高台にある工業高校に合併することになっている.

 

(安芸川)

 

この辺り、安芸川、伊尾木川、安田川と、山から直線的に急流が流れ出ている.

奥は豊かな森林である.

有機物の豊富な水が海に流れてプランクトンを育て、シラスの餌となるのだ.

鴨や鵜も中州に集まっている.

 

(伊尾木貯木場)

 

伊尾木川に沿って昔森林鉄道があった.

海岸で材木を下ろした貯木場は今も使われている.

35トン積のトレーラーで出荷しているが、昔の列車1本分はありそうだ.

ただし昔の森林鉄道の写真では、材木の形は太いものや曲がったものなど、一定していない.

今は太さもほぼ一定で、真っ直ぐである.

戦後に植林された木々が一斉に伐採されるためである.

 

(土佐湾の岬)

 

海岸に迫った台地の上は畑作地域である.

東を見ると、大山岬、羽根岬、行当岬が重なっている.

同じような形であり、一帯は徐々に海底から隆起して出来たのだ.

室戸岬はその陰でまだ見えない.

 

(化石採集地)

 

安田町の山の上にある27番札所、神峰(こうのみね)寺に向かう道の途中に「化石採集地」がある.

250万年前には海底であった、泥質の地層の中に貝殻が埋まっている.

化石といっても石のように変質しているわけではなく、土にそのまま埋まったようなものだ.

ツルハシや大きなシャベルで掘ることは駄目だが、小さなスコップで採集することは許されている.

これは昔から「石貝」として知られている.

弘法大師が漁師に貝を所望したところ、断られた.

その心根を改めるよう、食べられない土の貝にしてしまったという.

 

(室戸岬)

 

行当岬を回るとようやく室戸岬が見える.

24番最御崎(ほつみさき)寺や灯台に登るジグザグの道があるのでわかる.

 

(岬の海岸)

 

今日、岬の海は穏やかだ.

しかし水平線の先の海底にある南海トラフでは、今日もじりじりとフィリピン海プレートが日本の下に潜り込んでいる.

国土地理院が継続的に計測しているが、その運動によって室戸岬は毎年7mm沈んでいる.

次の南海トラフ地震は、2038年辺りの可能性が高いとされている.

そうすると、今海面から出ている小さな岩が見えなくなる頃だ.

地震が起きると、今度は一気に跳ね上がる.

昭和南海地震ではその量が1.1mだった.

この一帯はそれだけ高い岩場になり、波打際は大分向こうに変る.

 

(おわり)

 

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高知で地震を避難 1

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2019年3月17日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学107 高知城から8km圏に何がある?

高知学106では、高知の中心である高知城から半径5kmの地域を訪ねました.

今回は8km圏です.

東京の中心、皇居から8kmとなると、目黒不動、下北沢、笹塚、中野、王子、北千住など、明治時代まで町外れとされた地域です.

高知では山の中になり、2005年に高知市と合併した、旧土佐山村、鏡村の地域に当ります.

 

2019年2月25日 最終版

 

1.南国市から

 

(山へ)

 

南国市の農免道路を山に向かう.

「農免道路」とは聞きなれない名である.

農業で使うガソリンの税金を免除してほしい、との要望に対し、やらない代りに相当する金額でつくられた農道だ.

財源の問題であって、道路には変わりはない.

高知道の南国インター付近から、向こうの山に入る.

 

(奈路小学校)

 

山に入って行くと、坂の下に小学校が見える.

運動場で子どもたちが遊んでいるが、生徒数はどれくらいだろう.

 

(棚田の看板)

 

辺りの棚田には「給食米産地」の看板が立つ.

 

(奈路の水路)

 

しかしこの辺り、小さな谷間で水が豊かではない.

そのため江戸時代に、山を潜った水路がつくられている.

潤す面積が4町歩、というと200m四方に当り、さほど広くはないがそれでもこの苦労だ.

日本の農業、稲作にはとにかく水の確保が必要なのだ.

 

(用水の上)

 

清冽な流れの音が聞こえ、20mとあるので行こうとしたが、足場が悪くて戻る.

 

2.土佐山

 

(蟹坂から)

 

南国市と今の高知市との境になる蟹坂の峠を上る.

やがて元土佐山村の中心地に出る.

 

(右は旧土佐山村役場)

 

旧役場は一部がレンタルオフィスとなった.

いろいろの種類の公営住宅もつくられている.

 

(土佐山学舎の幟)

 

「土佐山学舎」を誘導する幟が立っている.

学校の幟には意気込みが伺われるというものだ.

かねて土佐山は小中一貫校だったが、新制度発足に伴って、小中の枠にとらわれない「義務教育学校、土佐山学舎」に変った.

9年の期間を4,3,2に分け教育する.

英語、ITなど内容はフレキシブルのようだし、部活は必須となっている.

いま全校生徒は150人ほどだが、特認校で学区がないので半数は高知市街から来ている.

スクールバスで30分ほどである.

 

(交流館)

 

山の上に貸ホールの「交流館かわせみ」がある.

周辺は山だから、いくらバンドの練習でどんちゃかやっても何の支障もない.

昔、アメリカの山の都市で学会があった.

泊るのは町中のホテルだが、会場は雪の積もった山の上である.

一旦バスで上がるとエスケープできない.

鹿も顔を見せる.

いやが上にも議論と親交が深まるというものだ.

 

3.土佐山観光

 

(ごとごと石)

 

谷間に「ごとごと石」がある.

突き出た崖の上に石が乗っていて、揺らすと動くのだが決して落ちないという.

ただし今、力を込めて押しても全く動かない.

地元の人に訊くと、昔は片手で揺らせたのだが、あんまり皆が押すので、すり減って動かなくなってしまったのだそうだ.

受験で「落ちない」、ごとごと石のお守りが道の駅で売られている.

「落ちそうで落ちない」から「絶対に落ちない」となったので、一層霊験が高まったというものである.

 

(オーベルジュ土佐山)

 

山のホテル、オーベルジュ土佐山がある.

市内のOホテルが運営していて送迎バスがある.

静かな山の中を楽しんでもらうことがコンセプトで、客室にはテレビがない.

ただし今、スマホは圏外ではないが.

ランチのつもりであったが、寄り道で時間を過ぎてしまった.

3kmほど奥の嫁石梅祭りに屋台を出しているそうなので、そちらに向かう.

 

(梅祭り)

 

五分咲きくらいであるが、仲間づれや、花にカメラを構える人がいる.

かなりの奥の集落だが、無人の家屋が見当たらないので、ドラム缶の焚火にあたっている世話役に訊ねた.

いやそうではない、この上にもあそこにも家があった、との答えであった.

4.鏡

 

この辺り、高知の町中を流れる鏡川の上流である.

市域の水の安定供給のため、ダムがつくられている.

 

(鏡ダム)

 

しかし鏡川だけでは流量が不十分で、吉野川の支流から15km近い水路トンネルで水を足している.

四国の中央を縦断して流れる吉野川は、早明浦ダムだけでなく四国全県を潤すのだ.

 

(忠霊塔)

 

元鏡村の中心地を過ぎた高台に「忠霊塔」がある.

地域から出征して戦死された方々を弔う碑である.

高知県内には合計220基があるという.

敗戦後、占領軍に見られてはまずいということで、「忠霊」の文字を削ってしまった地域があるが、ここはそのようなことはないようだ.

台座に多数の戦死者の名が刻まれている.

当然、出征者は戦死者を上回るから、それだけの若者がこの土地にいたのだ.

「大東亜戦争」のとき、大阪の田舎の小学生(正確には国民学校)であった.

兵隊に行く若者が、運動場や駅頭で見送りの人たちに挨拶する.

毎回我々も加わるので、自分もその挨拶ができるようになった.

 

(鏡川橋)

 

川に沿って下って行くと次第に家々が増し、市内外れの路面電車、鏡川橋停留所に至る.

 

(おわり)

 

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2019年2月20日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学106 高知城から5kmのところに何がある?

昔、洋酒会社の企画で「冒険」のテーマを募集していたことがありました.

思いついたのは、世界3都市、東京、パリ、ニュ-ヨークを、中心から5kmの円を描くように歩いて1周する、ということです.

もちろん丸い道路はありませんから、その曲線にできるだけ沿うように、ジグザグに曲がったり戻ったりしながら歩くのです.

観光ルートにはない、それぞれの町の特色が味わえるでしょう.

ニューヨークなど、中心をどこに取るかによって、銃で武装した警官の付き添いが必要になる「冒険」です.

高知でこれをやって、東京と比較すればどうなるでしょうか.

 

2019年1月15日 最終版

 

 

1.高知城天守閣から

 

東京での半径5kmだが、皇居を中心とすれば、山手線が大体それに沿う.

しかし江戸城は海に近いところにつくられているので、湾側では豊洲、浅草を通る.

高知の半径5kmはどうだろうか.

 

(高知城から南.下が県庁と市役所)

 

高知城天守閣から周囲を見渡す.

どちらの方向も市街の先は山である.

高知市は西の鏡川、北の国分川、これらの流域の山から流れ出た堆積物の上にできた町である.

桂浜はここから8kmで、東京の中心から見た大井や新木場の位置になる.

 

(高知城から北)

 

北側に見える尾根は5km圏であり、山上を車で回って見よう.

この山は、まだ土讃線もなかった大正時代の高知高等学校(現高知大学)の寮歌に

「見やれば北に 翠巒の山背は高く 軟弱の都の塵をさへぎりて…」

と歌われているのだ.

ただしこの尾根は、市域を囲む円弧ではなく東西に延びている.

上がる道は限られるので、東に8kmの南国市白木谷からになる.

 

2.白木谷

 

(石灰岩の山)

 

高知にはあちこちに石灰鉱山がある.

白木谷にも大きい鉱山があり、採掘場が遠くからでも見える.

堀り出した鉱石は専用道を走るトラック、そしてコンベヤで市域の外部に運ばれる.

その後また積替えて港まで輸送する.

絶えまなく市内を走る石灰石のトレーラートラックは市民に馴染みであり、高知市は鉱山町でもある.

 

(石灰石のトラック専用道)

 

3.久礼野

 

専用道は通れないので、尾根の狭い山道を行く.

 

(久礼野の集落)

 

南国市から高知市に入ると、突然に道幅が広くなる.

この辺り久礼野なのだが、地図ではクララとも記されている.

奇妙な名なので、通りかかった老婦人に尋ねた.

「昔、山近くを年寄りがそう呼んじょった」ということだ.

異国の女性が住んでいたわけではないらしい.

 

(久礼野の住宅地)

 

これで目標の5km圏の尾根に上がったことになるが、この辺り一帯は傾斜の緩い台地になっている.

高知で一番古いゴルフ場がある.

1980から1990年代、経済成長を受けて、高知でも各地にニュータウンがつくられた.

小規模な宅地造成も随所で行われている.

その中で交通に便利なところは「郊外住宅地」であり、不便なところは「別荘地」とされる.

久礼野もその一つで、木立の中に住宅が点在し、辺りにゴルフ場、乗馬クラブなどあるところは別荘地的である.

デンマーク、トービアン氏による、自家製燻製をメインにした予約制レストランも古い.

市内から車で20分余りの「通勤圏」なのだが、300mの峠まで上がるので、そうとも言い難い.

 

(陶美庵)

 

ゴルフ場の周りを散歩してきた、30年お住いのご夫婦と立ち話をした.

一人暮らしになった老男性が、タクシーで町に行って食事を摂り、買物をして帰る暮らしで、タクシー代が月15万になったという.

ただここでも、1km歩いた小学校近くにはバスが来ている.

車を運転できない高齢者にとっては「ラストワンマイル」が問題なのだ.

解決するのは、セニアカーか、電動アシスト自転車か、それとも全く別のシステムなのか.

 

(小学校)

 

近くの久重(きゅうじゅう)小学校は、生徒数50人だが、きれいな木造校舎である.

レストランのT氏も一日先生で来るらしい.

 

(相愛本社)

 

建設コンサルタントの相愛の本社はここである.

自然エネルギー利用のため1階は半地下であり、水は総循環システムになっているそうだ.

 

4.正蓮寺

 

市内から上がってきた道と小坂峠で合流する.

ここが正蓮寺(しょうれんじ)、ゴルフ場の通称もそうだ.

(正蓮寺)

 

ゴルフ場のカートは「自動運転」である.

傍の自宅まで乗って帰ることができれば便利だが.

 

(墓地から)

 

ゴルフ場の下に広い霊園がつくられている.

高知では、もともと海岸の砂地や高台に墓地があった.

水が得難く耕作に適さないためである.

ここは浦戸湾から桂浜近くまで見える景勝地なのだが.

 

(海の見える別荘)

 

尾根の狭い道をさらに進むと、傾斜地にまばらに家が建つ「別荘地」がある.

ここは下からも見え、高知の六甲山だ.

 

(山上の別荘地)

 

下からよく見えるくらいだから、遮るもののない「眺望絶佳」である.

それぞれの家は必ず屋外デッキをつくっている.

見下ろせば一面の町の灯、見上げれば満天の星、海は月光にきらめく.

しかし残念ながら人影がない.

毎週末、曲がりくねった狭い山道を何キロも往来して生活するのは少しつらい.

自動運転技術が完成し、家で車のボタンを押せばここまで連れてきてくれるようになればよいのだが.

 

(ニュータウン)

 

山道を下りたところが、みづきニュータウンである.

葉を落とした街路のこの写真だけ見せ、どこかと訊いて正答する人はいないだろう.

山があるから、小田急か東武の沿線か.

関西なら近鉄学園前か.

ここは3km圏であり、東京なら六本木である.

 

関連記事リンク

高知と東京、どこが違う?

別荘地と別荘学

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(おわり)

 

 

 

 

2019年1月11日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学105 2018年バースディ切符の旅2. 松山から高知

JR四国のお得なバースディ切符、四国内乗り放題の旅、12月が誕生月なので毎年利用しています.

その1では高知を出て西へ、窪川から予土線、昔が残る卯之町を回って松山に至りました.

第2回は松山から東へ、今治、高松、琴平、そして高知に戻ります.

 

2018年12月30日 最終版

 

松山1737発 しおかぜ28号 今治1812着

 

(セキ美術館)

 

松山ではセキ美術館をよく訪れる.

道後温泉に近い、閑静な住宅街の中にある個人の美術館である.

品の良いコレクションであり、また静かなのでゆっくり眺められる.

エントランスを写したいと思って係の女性に断ると、フラッシュを光らせなければ、館内何を撮っても結構です、との返事であった.

 

(松山駅前)

 

JR松山駅前には高知行バスが止まる.

高知から一日かけてやってきたが、このバスに乗れば2時間半で戻れるのだ.

高速道路のない昔から、高知・松山間の交通はバスであり、昔は国鉄特急バスが一時間ごとに運行されていた.

今治で泊る.

 

(今治駅)

 

今治の産業はタオルもあるが造船であり、日本食研の調味料もここだ.

来て見ると、四国の中でもっとも成長しつつある都市のように感じる.

駅前にはビジネスホテルが林立している.

町のビジネス度は、東横インの有無で測れるように思う.

松山、新居浜にはあるが、今治にはないので、そこまでは至っていないらしい.

 

(今治焼鳥)

 

今治の名物は焼鳥だが、それも炭火焼ではなく、鉄板の上で押さえつけて焼く.

思うに、造船所では鉄板の切れ端がどこにでもある.

昔の船は鉄板同士を結合するのにリベットを使っていた.

鋲をコークスの火で真っ赤に加熱する.

親方が長い火箸で投げ上げる.

上では手桶のようなものでこれを受け留め、穴に差し込む.

見たことがあるが鮮やかなもので、5階くらいの高さまでこれができたというからすごい.

反対側にいる職人が空気ハンマーで叩いて留める.

冷えると鋲が縮み、堅く締結される.

現場には常に鉄板と高熱があったのだ.

焼鳥屋はインターナショナルであり、連れと共の人もいるが、一人でもふらりと入ってくる.

 

 

今治847発 しおかぜ10号 伊予西条908着

 

(西条)

 

増築された西条の鉄道歴史パークに行く.

JR、西条市も関係しているが、国交省関連の日本ナショナルトラストが、宝くじの資金でつくった施設だ.

屋内の機関車などの展示に加えて、外には新幹線と在来線、両方を直通するフリーゲージトレインの試作車が置かれている.

なぜここにあるのかだが、予讃線で長く耐久試験を行ったためで、山陽新幹線に乗り入れる構想もあったらしい.

 

伊予西条1019発 しおかぜ12号 高松1154着

 

(高松市内)

 

高松の三越のデパ地下は四国一賑わっているし、丸亀町の商店街は再開発の成功例とされている.

 

高松築港1330発 高松琴平電鉄 琴電琴平1432着

 

(高松築港駅)

 

高松から琴平へ、高松琴平電鉄に乗る.

ターミナルは城址の石垣の傍で、ホームの下の堀は海と繋がっていて、魚が泳ぐのが見える.

電車は京浜急行と、名古屋地下鉄の小型車である.

この「ことでん」、バブルの頃に、3路線が集まる瓦町駅の大ターミナル化を目指し、そごうなどが入る建物をつくった.

どう見ても過大な計画で、破綻した電鉄は民事再生を行うことになる.

琴平線、線型は良いし、途中まで複線用地がある.

ところが揺れがひどく、レールの継ぎ目ではがたんと落ち込む.

道床の突き固めが不十分なのだろう.

JR四国のマルタイをレンタルできればよいが、あいにくとゲージが違う.

レジャーランド、レオマへの下車駅も一過性であった.

近年、イオンモールの傍に駅が新設されている.

 

(金毘羅)

 

ここまで来ればこんぴらさん.

山に社殿が見えるが、時間がないので途中の大門まで.

五人百姓の飴屋もそろそろ傘をたたんで店仕舞い中である.

 

(大門)

 

それでもハードな石段登りの人が絶えないのは、さすが四国一の観光地である.

麓の酒屋で4合瓶を買う.

時間によるのかもしれないが、以前来たときに見た、高い酒爆買いの某国団体の姿はなかった.

 

琴平1707発 南風17号 後免1836着

 

(琴平駅)

 

JR琴平駅では、宿泊施設のある国営満濃池公園への送迎バスを待つ外国人若者たちが列をつくっている.

瀬戸内は塩田があったくらいで、降雨量が少ない.

満濃池は、この地出身の空海が工事に携わった、日本最大の灌漑用溜池である.

 

(イベント列車)

 

「四国千年ものがたり」のイベント列車が停まり、乗客は弁当を食べている.

乗ってみたいが、スタッフの仕草が丁寧過ぎて、見ていて少し尻こそばゆい.

それほど高い列車ではないのだが.

 

琴平1707発 南風17号 後免1836着

後免1837発 ごめん・なはり線 夜須1900着

 

乗りなれた夜の「南風」で後免、そして夜須へ.

切符はあと1日残っている.

そこで翌日、ごめん・なはり線終点の奈半利へ40分.

高架ホーム傍の食堂で、パスタとワインをやって帰る.

 

(おわり)

 

2018年12月24日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学104 2018年バースディ切符の旅1. 高知から松山

JR四国には、全線(特急料金および土佐くろしお鉄道含む)3日間乗り放題になる「バースディ切符」があります.

普通車は9,300円、グリーン車は13,000円で、その月に誕生日を迎える人が対象ですが、同伴者も2人まで同じ料金です.

格安切符として「青春18切符」が知られていますが、これは特急は利用できません.

東海道、山陽本線なら列車の本数が多いので、東京を早朝に発てば、普通電車を乗り継いで下関近くまで行くことが可能です.

しかし四国では普通列車の本数が少ない上、特急の通過待ちで停車時間が長く距離が伸びません.

12月が誕生月なので、毎年恒例になっているバースディ切符の旅に出かけました.

 

2018年12月21日 最終版

 

夜須726発 ごめん・なはり線 後免749着

 

冬でまだ朝焼けの残る時間、最寄りの夜須駅を出発して土讃線後免に向かう.

 

(朝の後免)

 

後免駅は通学時間.

手に手にスマホを握った生徒たちで、高知行普通列車は混んでいる.

以前は公立高校に学区制があり、乗換に不便な高校に通う生徒が、寒風をついて野中の道を自転車を走らせる姿をよく見かけた.

いま学区制はないので、その分鉄道が通学生で賑わう.

 

後免809発 しまんと1号 窪川926着

 

(しまんと1号)

 

高松を早朝に出る、土讃線下り特急一番の中村行がやってきた.

側線には線路を突き固めるマルチプルタイタンパー(マルタイ)が留まる.

そこは痩せても(失礼ながら)JRである.

四国でグリーン車があるのは予讃線、土讃線だけなので、バースディ切符は普通車にした.

 

窪川940発 予土線 北宇和島1211着

 

(窪川)

 

窪川からは、宇和島に向かう四万十川沿いの予土線である.

国鉄末期につくられた小型廉価版のキハ32であるが、「鉄道ホビートレイン」としてお馴染みの新幹線スタイルになっている.

 

(ホビートレインの車内)

 

新幹線の椅子が2脚備えられている.

 

(川奥信号場)

 

窪川を出てしばらく、川奥信号場で予土線と中村に向かう土佐くろしお鉄道が分岐する.

真直ぐ西に向かう方が中村、右の山に向かって曲がる方が予土線のように感じるが、逆である.

中村への線路は、この先トンネルの中をループ線で一周して下り、この駅の真下に出てくるのだ.

 

(江川崎)

 

終点まで2時間半かかるが、予土線の車両にはトイレがない.

といって、緊急下車すると次の列車まで4時間近くある.

江川崎では20分停車する.

トイレ休憩である.

 

(四万十川)

 

予土線は四万十川に沿って走るが、道路より高く、川岸に近づいているので見晴らしがよい.

列車が緊急停止し、運転士が後方に走った.

けものでも刎ねたかと思ったが、戻ってきた運転士によれば、沿線で草刈りの老婦人が斜面を転げ落ちるのを見たらしい.

大事はなかったようなので、すぐ発車した.

列車の終点は宇和島だが、一つ手前の北宇和島が予讃線との分岐駅である.

ここで普通列車に乗換えて松山方面に向かう予定である.

接続の時間は2分であるが、先ほどの停車は別として、行き違い列車の遅れでこの列車は5分の遅延である.

運転士から「北宇和島で乗り換える方はいますか」とアナウンスがあったので申し出ていて、一人だけだが予讃線列車は待っていた.

 

(北宇和島)

 

北宇和島1213発 予讃線 卯之町1247着

 

もっともダイヤには余裕があるようで、遅れはすぐに取り戻す.

 

(キハ54)

 

予讃線の車両は、やはり国鉄末期につくられたローコスト版のキハ54である.

勾配用にエンジンが2基搭載されているので、車体が普通より1m長い.

しかし文字通りステンレスの箱で、そこにユニット窓をはめ込み、両端に戸袋を省略できる折戸の出入口があって、端から端までずらりと席が向かい合っている.

変速機は廃車の再生品だし、冷房はバスのものという.

シンプルの極致だが、何もない室内はかえってロビー風である.

卯之町で下車する.

 

(開明学校)

 

この辺り、卯之町、大洲、内子と古い町が並んでいる.

卯之町には、江戸末期に蘭学者、二宮敬作が住み、シーボルトの娘、イネが学んだ.

開明学校は明治15年に建てられた小学校である.

離れたところでは、昭和3年建築の小学校木造校舎が保存され、長さ109mの廊下では「雑巾がけレース」が行われる.

以前、拭き掃除にトライしてみたが、すぐ腰が痛くなってダウンした.

 

(卯之町)

 

街路では中学生たちが集まっていたが、中学生、小学生とも例外なく挨拶をしてくれる.

修復中の民家にバーの暖簾がかかっていたので、昼過ぎだが一杯ひっかけるか、とくぐった.

マスターは今の時間、ピザなら焼けるという.

待つ間、グラスワインを飲んで、馬鹿話をした.

小学校は保存だけでなく、体験授業をしたいね.

宿題をやって来なければ廊下に立たせる.

体操もやるが、男女とも昔の体操着をレンタルすること.

造り酒屋で古酒を買った.

次に来るときは、漬物が名物の古い旅館で泊ろう.

 

卯之町1418発 予讃線 宇和海18号 伊予市1509着

群中港1514発 伊予鉄道 松山市1538着

 

予讃線で伊予市まで行き、伊予鉄道終点の郡中港に乗り換える.

駅名は違うが、両駅は道を隔てているだけである.

 

(伊予鉄道 岡田)

 

伊予鉄の車両は京王線の古手で、本線と井の頭線の両方があり、多くみかん色に塗られている.

中心の松山市に向かう.

 

(井の頭線渋谷?いや松山市駅)

 

 

(2 につづく)

 

関連記事リンク:

79 四万十川の中流

61 呑み鉄、ごめん・なはり線

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2018年12月18日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学103 高知の秘境、海と山.高知学総集編4

簡単には行けない秘境、行く行かないは別にして、だれしもなにかしら謎めいた興味を持ちます.

テレビでも「こんなところに…」「ぽつんと…」など、知られざる秘境の番組が多数見られます.

高知学でも「秘境」に関したテーマをよく見ていただいています.

高知学総集編の4、高知の秘境です.

 

2018年12月12日 最終版

 

 

1.2種類の秘境

 

四万十町・小鶴津

 

「秘境」には、「行き易い秘境」と「行き難い秘境」の二つがある.

前者は祖谷や白川郷などである.

もともとは行き難い秘境であった.

しかし人気が高まるにつれ、道路が改修され、観光バスが往来し、旅館が増え、失礼ながらどこが秘境?の状態である.

後者は今も秘境状態を保っているところである.

知られてもいないし、観光スポットがあるわけでもない.

場所によって危険も伴うし、観光収入は期待できない.

したがって自治体のホームページや観光協会のパンフレットにはない.

鉄道写真の撮影地ガイド本に「ここでは熊に注意」との記載があった.

読者から出版社に、「熊に会ったらどうしたらよいのか」と問い合わせがあったという.

長いダート道の林道が地域で紹介されていた.

キャンピングカーが夜に入って、谷間へ転落した.

 

 

2.海の秘境

 

高知県東部は山が海岸に迫って、集落も国道も岸にあるため、海の秘境はない.

しかし西部は、沈降するリアス式海岸なので断崖が続く.

その中のわずかの隙間に漁村があるが、断崖を行くか、山から屈曲する道を下りるしかなく、秘境状態となる.

 

(黒潮町・鈴、下に港が見える)

 

(鈴漁港)

 

3.山の秘境

 

山奥で車の往来に時間がかかると、今の時代、なかなか住み続けることが難しい.

高知県中部の仁淀川町、越知町、佐川町は、一帯の山上に集落が点在している.

 

(仁淀川町、椿山)

 

椿山(つばやま)は最後の焼畑農業の地として知られ、まさに秘境なのだが、愛媛県境に近い山奥で到達が大変である.

いま一所帯だけが残るという.

 

越知町・稲村

 

越知町の仁淀川沿いのように、各集落を結ぶ道路が山上で繋がっていると、共同作業が可能になって住みやすくなる.

それにしても、なぜこんな高いところに住むようになったのか、疑問をもたれるかもしれない.

今は大規模な土木工事で掘ったり積み上げたり、川沿いに道路がつくられる.

しかし昔は渓谷の人力による開削は不可能で、道路は山上にあった.

昔の小学校教科書にあった物語である.

江戸時代、大分の耶馬渓は絶壁が続き、人馬の往来が不可能であった.

一僧侶が洞門(トンネル)を掘ることを考え、托鉢によって資金を集めた(いまのクラウドファンディング).

石工と共に掘ること30年、今も残る洞門が開通した.

 

4.佐川町、峯

 

仁淀川流域一帯に沢山ある山上の集落の一つ、仁淀川町、佐之国を訪ねることにした.

佐之国、どんな国なのか.

 

(佐川町、農協祭り)

 

佐川町から川沿いに古畑、峰の集落を通り、山越えで行くルートを試みる.

ただ、峰から佐之国に至る道があるのかどうかは不明確である.

折柄、佐川町内は農協祭りである.

大小の農業機械が展示され、農器具、野菜などの即売会に人が集まる.

特売の墓石の展示もある.

 

(古畑.峰の集落が上に見える)

 

川を遡ると突き当りが古畑で、その先が峰である.

 

(古畑)

 

古畑の集落内の道は、崖を削ったり、桟道を設けたりして、車の通行が確保されている.

 

 

道はジグザグに折り返して山を登る.

 

(峰の畑)

 

山上の集落はさすがに見晴らしがよい.

老男性が畑の手入れをしていた.

家がここにあるが、いま住んでいるのは高知市内で、ここには畑仕事に来るという.

このような通勤?がいまどこの山でも多い.

 

(峰の奥)

 

ツーリングの地図では、集落の最奥から佐之国に至る道が続いている.

ただし1/25,000の地図では車道が途切れている.

男性に訊くと道はないとのことだったが、時々訊ねられという.

「秘境」探訪の人がいるのだろう.

実地に行ってみないとわからないが、入口近くでも道には落葉が積もり、引き返した方が無難そうだ.

 

 

峰には佐川町のコミュニティバスが金曜に運行されている.

4本あるから、仁淀川町のバスの週に1往復より多い.

 

4.山の秘境・佐之国

 

(引き返して佐之国へ)

 

峰から佐川町内に戻り、改めて越知町内を経て佐之国に向かう.

 

(佐之国)

 

峰と同様に見晴らしの良い南面である.

農作業のご夫婦を見受けたし、道沿いの畑を見回っていた老婦人から、小さな赤いみかんを頂いた.

ママレードにしたが濃厚な味であった.

 

(佐之国の山)

 

 

連なる山の向こうが峰の集落であり、直線距離では2kmだが、道があったとしてもかなりの難路と思われる.

大体二つの集落は異なる自治体であり、結ぶ道は必要ないのだ.

 

(不入山林道)

 

尾根沿いだからトンネルはないだろうが、このような幅の道は覚悟しなくてはならない.

軽なら通れるが、途中で止まってもドアは開けられない.

 

(佐之国の入口)

 

集落の入口に人形が何人かいて、水車を回し、臼をつき、農林の作業をしている.

別れて山を下りた.

 

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

高知学総集編3 高知の暮らし

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2018年12月6日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学102 高知の住まい-海から山まで.高知学総集編3

高知学が100編になったところで、過去の記事を振り返り、総集編をつくっています.

高知県民が住んでいるところ、その生活は、関心を持って読んでいただいているテーマの一つです.

高知に引越しをするからということではないでしょうが、知らない地域で、どんなところに住んでいるのか、どんな生活をしているか、だれしも、だれでも興味を持ちます.

しかし意外に記されたものがありません.

あまりにも日常的なテーマなので、ガイドブックにも、観光協会のパンフレットにもありません.

 

(文中のピンクの部分をクリックすると、その記事につながります)

 

2018年11月20日 最終版

 

 

1.都市と住宅地

 

高知県は東から西まで直線距離で180kmあるが、これは東京から浜松、新潟、福島までの距離にほぼ等しい.

一方、高知県の人口はたった70万人であり、しかもその半数が高知市周辺に住んでいる.

全体として、いかにゆとりのある地域なのか、よくわかる.

 

(高知市)

 

高知市域を貫いて川が流れ、すぐ背後は山である.

高層のホテルやマンションもあるが、その気になれば数えられるほどである.

 

(通天閣)

 

東京には浅草、大阪には新世界、と盛り場があるが、高知にはない.

東京都内では建物群が無限に広がり、その終わりは見えない.

さらにその外郭には新興住宅地がある.

 

(安芸市・内原野団地)

 

高知にも新興の住宅団地はある.

埼玉、千葉などの住宅地と気分として変わりないが、一人1台、車が必要であるところが違う.

首都圏と似た感覚で住むことができる.

 

2.海岸

 

高知というと海のイメージが強い.

しかし海岸は外側のごく薄い殻であり、その中身はみな山である.

海が見える土地は限られる.

 

(香南市・夜須町)

 

静岡から東海、紀伊半島、高知、宮崎の沖合で、いずれ南海トラフ地震が発生することは確実である.

南海トラフ地震は100年ごとに起きるが、次は2038年の可能性が高いとされている.

ただこれは統計的に、であって、それより早くも遅くもなり得る.

エネルギーは日々蓄積されているので、早ければ規模は小さく、遅くなればなるほど大きい.

地震と同時に津波が発生する.

浸水地域は各家庭に配布されたハザードマップに示されている.

液状化地区も公表されている.

 

(芸西村の高台)

 

役場や工場は、津波を避けるよう全県的に高台への移転が進んでいる.

個人の住宅も、浸水地域を避けつつある.

海を見下ろす別荘地も候補の一つである.

 

(須崎市・久通)

 

ところが、海辺の漁村でもリフォームされた住宅が売りに出されている.

買う人がいるだろうか.

この前の1944,1946年の昭和南海トラフ地震は、比較的小規模で東に震源の壊れ残りがあり、次はこの地域から始まると考えられている.

東端の静岡で発生しても、遠いから直ちに高知に影響することはなく、過去の例から、2時間、または2日、または2年を置いて高知に地震がくる可能性が高い.

逃げる時間がある.

津波も同時に起きるが、不謹慎かもしれないが、そのために一帯は更地になる.

南海トラフの動きは一定なので、その後100年間は地震が絶対に起きない.

浜辺であっても、この土地が安心になるのだ.

 

3.離島

 

(沖ノ島)

 

高知の離島、沖ノ島は住宅地としてどうだろう.

宿毛市から市営船で1時間余りである.

運賃は島民なら200円余だから、都会のバスと変わりない.

毎日2便なので、高知の山間部のバス週1日2便よりずっと頻繁である.

万一宿毛市街に渡っていて欠航になっても、コンビニ近くに宿泊所が用意されている.

都会で電車の計画運休に慌てるようなことはない.

ネットもスマホも繋がるし、船が着くと宅配便の軽トラが寄っている.

アマゾンの箱も混じっている.

診療所もヘリポートもある.

ちょっとそこまで、とはゆかないが、そのため余計な金を使わない.

 

(沖ノ島 弘瀬)

 

集落では母島が大きいが、急傾斜地で上り下りが大変である.

弘瀬は左右に平地が広がるので、足が悪くても住み易そうだ.

 

4.山間地

 

日本全国、殻が海岸であり、その中身は山である.

周りを見渡して山が見えないという場所は、関東平野のごく一部だけである.

日本は山国なのだ.

高知も太平洋に面しているとはいえ、同じように山国である.

 

(大豊町・八畝)

 

高知の山里もいろいろだが、特徴的なのは、見上げるようなところにある集落だろう.

 

(仁淀川町・長者)

 

各地の観察からすると、安定して住める山里の条件がある.

駅から、駅が無ければ役場やスーパーがある中心地から、車で10分以内にあることだ.

都会の住宅地と同じで、それより遠いところはやはり住み難い.

また行くために、無人の峠を越えてというのもつらい.

川筋などで、ぽつりぽつりでも人家が続いていることが望ましい.

人間は群れをつくる動物なのである.

 

(香南市・香我美町)

 

(森の住家)

 

しかし思い入れがあって、森の中に孤独に?住む人もいる.

木々に埋もれ、グーグルで「ぽつんと一軒家」を探してもわからない.

畑も開墾されている.

このようなところで住むための条件は、立派な建築であることだ.

「山の家」だから簡素でよい、という建物は打ち捨てられている.

お互い、悟りを開いた仙人ではないのだ.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

高知学総集編1 高知県民の行動1

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2018年11月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学101 高知の酒の呑み方.日本一多い高知の喫茶店.高知学総集編2

おかげさまで高知学の記事が100となりましたので、過去の記事を振り返り、総集版をつくっています.

第2回は高知の酒と喫茶店です.

高知と言えば酒が連想されます.

高知の文化は、いごっそうの酒と宴席の議論で代表されるでしょう.

また高知は日本一人口当たりの喫茶店数が多いのです.

支えているのは、はちきんの議論です.

高知を支えている居酒屋と喫茶店を探ります.

 

(文中のピンクの部分をクリックすると、その記事が読めます)

 

2018年10月25日 最終版

 

 

1.酒の呑み方

 

高知県民は酒が強い.

ただ全く飲まない人もいるし、アル中が多いわけでもない.

普段は呑まないが、何かあれば(その頻度が問題だが)際限なく飲む人が多いように思う.

しかし同じ日本民族、遺伝的に強いとは考えられない.

若い時からの鍛錬?の結果ではないか.

 

(ひろめ市場の朝)

 

高知を代表する観光スポットとなった、屋内屋台村の「ひろめ市場」.

開店は10時ごろだが、すでに大ジョッキが重なっている.

 

(浜松町の朝)

 

以前、東京の浜松町にJR直営の食堂があり、早朝からやっているので、ホテルに泊まった後の朝食に度々利用した.

最初に入ったとき、ビールや酎ハイで盛り上がっているグループに、ここはアル中の巣かと驚いた.

しかし、これは夜間の工事に従事した人たちのアフターファイブなのである.

一人で瓶ビールを傾けているおばさんもいる.

つれあいに先立たれ、深夜の皿洗いの仕事をして蒲田あたりのアパートに帰る前、束の間のやすらぎなのかと想像したりする.

 

(連休の高知市内)

 

連休など食堂のオープンスペースが観光客で賑わっているが、皆昼間からビールやワインを飲んでいる.

親しい仲間の団体旅行での旅館の朝食は、「メシの前にビールだビールだ」となる.

旅の開放感だ.

一方、旅であっても新橋駅頭などで朝からこれをやると、白い眼で見られるだろう.

高知は良識?の束縛を外す解放区である.

それぞれが「お山の大将」なのだから、自分が好きなときに好きなように呑む.

「俺が(私が)自分の金で呑むのに文句あっか!」なのだ.

呑み方と宴席のマナーを習得し、高知の有名居酒屋にお出ましいただきたい.

 

2.酒席の展開

 

(どろめ祭り)

 

酒で有名な催しは、赤岡の大杯飲み干しで、男は1升、女は5合飲むタイムを競う.

10秒台でないと優勝の見込みはない.

ただ大人はテントの中で自分たちの応酬に忙しく、見ているのは子どもが多い.

次世代のチャレンジャーだ.

 

(敬老会)

 

秋、地域の敬老の催し、結局は後期高齢者の呑み会が開催される.

高知での酒席は、敬老会、ビヤホールの子ども会と展開されるのだ.

 

 

(町内の居酒屋)

 

夜になると、町内の小さな居酒屋に赤提灯の灯がともる.

 

(野中の道)

 

月に照らされながら野中の一本道を帰る.

踏み外さないように注意しながら.

遠くに波の音が聞こえる.

 

3.喫茶店

 

(伝統の喫茶店、安芸市)

 

高知は人口当たりで日本で一番喫茶店が多い.

支えているのは女性である.

 

(土佐山田のインドカフェ)

 

こじゃれた店はたちまちSNSで拡散し、立地によらず女性が集まる.

女性たちはここで議論する.

高知ではすべて自分が中心であり、他人も自分と同じ考えで当り前と思っている.

したがって男性の居酒屋と同じで、これは「議論」ではなく、自分の意見表明の場である.

男女とも、皆に自説を大声で話すのがうれしいのだ.

高知では、忖度、調整、摺合わせなどあり得ない.

喧嘩別れになりそうだが、お互いに相手の大将の「お山」を心得ているので、そうはならない.

 

4.看板のない店

 

高知の女性の夢の一つは、自分で喫茶店を開くことである.

お金儲けではなく、みんなと楽しく話したいから、という.

気楽な!と思われるかもしれないが、実はそのような店が望ましい.

高知の店は主客共に楽しむことが基本である.

県外のお客を高知市内の料理屋に招待した.

お客を差し置いて仲居さんがぐいぐい呑むので、目を丸くした.

 

(土佐山田の日本料理店)

 

看板など無くてよい.

わからなければ訊いてくればよい.

これが真の高知の飲食店である.

 

 

(おわり)

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2018年10月20日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一