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高知学103 高知の秘境、海と山.高知学総集編4

簡単には行けない秘境、行く行かないは別にして、だれしもなにかしら謎めいた興味を持ちます.

テレビでも「こんなところに…」「ぽつんと…」など、知られざる秘境の番組が多数見られます.

高知学でも「秘境」に関したテーマをよく見ていただいています.

高知学総集編の4、高知の秘境です.

 

2018年12月12日 最終版

 

 

1.2種類の秘境

 

四万十町・小鶴津

 

「秘境」には、「行き易い秘境」と「行き難い秘境」の二つがある.

前者は祖谷や白川郷などである.

もともとは行き難い秘境であった.

しかし人気が高まるにつれ、道路が改修され、観光バスが往来し、旅館が増え、失礼ながらどこが秘境?の状態である.

後者は今も秘境状態を保っているところである.

知られてもいないし、観光スポットがあるわけでもない.

場所によって危険も伴うし、観光収入は期待できない.

したがって自治体のホームページや観光協会のパンフレットにはない.

鉄道写真の撮影地ガイド本に「ここでは熊に注意」との記載があった.

読者から出版社に、「熊に会ったらどうしたらよいのか」と問い合わせがあったという.

長いダート道の林道が地域で紹介されていた.

キャンピングカーが夜に入って、谷間へ転落した.

 

 

2.海の秘境

 

高知県東部は山が海岸に迫って、集落も国道も岸にあるため、海の秘境はない.

しかし西部は、沈降するリアス式海岸なので断崖が続く.

その中のわずかの隙間に漁村があるが、断崖を行くか、山から屈曲する道を下りるしかなく、秘境状態となる.

 

(黒潮町・鈴、下に港が見える)

 

(鈴漁港)

 

3.山の秘境

 

山奥で車の往来に時間がかかると、今の時代、なかなか住み続けることが難しい.

高知県中部の仁淀川町、越知町、佐川町は、一帯の山上に集落が点在している.

 

(仁淀川町、椿山)

 

椿山(つばやま)は最後の焼畑農業の地として知られ、まさに秘境なのだが、愛媛県境に近い山奥で到達が大変である.

いま一所帯だけが残るという.

 

越知町・稲村

 

越知町の仁淀川沿いのように、各集落を結ぶ道路が山上で繋がっていると、共同作業が可能になって住みやすくなる.

それにしても、なぜこんな高いところに住むようになったのか、疑問をもたれるかもしれない.

今は大規模な土木工事で掘ったり積み上げたり、川沿いに道路がつくられる.

しかし昔は渓谷の人力による開削は不可能で、道路は山上にあった.

昔の小学校教科書にあった物語である.

江戸時代、大分の耶馬渓は絶壁が続き、人馬の往来が不可能であった.

一和尚が洞門(トンネル)を掘ることを考え、托鉢によって資金を集めた(いまのクラウドファンディング).

石工と共に掘ること30年、今も残る洞門が開通した.

 

4.佐川町、峯

 

仁淀川流域一帯に沢山ある山上の集落の一つ、仁淀川町、佐之国を訪ねることにした.

佐之国、どんな国なのか.

 

(佐川町、農協祭り)

 

佐川町から川沿いに古畑、峯の集落を通り、山越えで行くルートを試みることにした.

ただ、峰から佐之国に至る道があるのかどうかは不明確である.

折柄、佐川町内は農協祭りである.

大小の農業機械が展示され、農器具、野菜などの即売会に人が集まる.

特売の墓石の展示もある.

 

(古畑.峯の集落が上に見える)

 

川を遡ると突き当りが古畑で、その先が峯である.

 

(古畑)

 

古畑の集落内の道は、崖を削ったり、桟道を設けたりして、車の通行が確保されている.

 

 

道はジグザグに折り返して山を登る.

 

(峰の畑)

 

山上の集落はさすがに見晴らしがよい.

老男性が畑の手入れをしていた.

家がここにあるが、いま住んでいるのは高知市内で、ここには畑仕事に来るという.

このような通勤?がいまどこの山でも多い.

 

(峰の奥)

 

地図では、集落の最奥から佐之国に至る道が続いている.

ただし1/25,000の地図では車道が途切れているが、ツーリングの地図ではつながっている.

男性に訊くと道はないとのことだったが、時々訊ねられるそうだ.

「秘境」探訪の人がいるのだろう.

行ってみないとわからないが、入口近くでも道には落葉が積もり、引き返した方が無難そうだ.

 

 

峰には佐川町のコミュニティバスが金曜に運行されている.

4本あるから、仁淀川町のバスの週に1往復より多い.

 

4.山の秘境・佐之国

 

(引き返して佐之国へ)

 

峯から佐川町内に戻り、改めて越知町内を経て佐之国に向かう.

 

(佐之国)

 

峰と同様に見晴らしの良い南面である.

農作業のご夫婦を見受けたし、道沿いの畑を見回っていた老婦人から、小さな赤いみかんを頂いた.

ママレードにしたが濃厚な味であった.

 

(佐之国の山)

 

 

連なる山の向こうが峰の集落であり、直線距離では2kmだが、道があったとしてもかなりの難路と思われる.

大体二つの集落は異なる自治体であり、結ぶ道は必要ないのだ.

 

(不入山林道)

 

尾根沿いだからトンネルはないだろうが、このような幅の道は覚悟しなくてはならない.

軽なら通れるが、途中で止まってもドアは開けられない.

 

(佐之国の入口)

 

集落の入口に人形が何人かいて、水車を回し、臼をつき、農林の作業をしている.

別れて山を下りた.

 

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

高知学総集編3 高知の暮らし

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2018年12月6日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学102 高知の住まい-海から山まで.高知学総集編3

高知学が100編になったところで、過去の記事を振り返り、総集編をつくっています.

高知県民が住んでいるところ、その生活は、関心を持って読んでいただいているテーマの一つです.

高知に引越しをするからということではないでしょうが、知らない地域で、どんなところに住んでいるのか、どんな生活をしているか、だれしも、だれでも興味を持ちます.

しかし意外に記されたものがありません.

あまりにも日常的なテーマなので、ガイドブックにも、観光協会のパンフレットにもありません.

 

(文中のピンクの部分をクリックすると、その記事につながります)

 

2018年11月20日 最終版

 

 

1.都市と住宅地

 

高知県は東から西まで直線距離で180kmあるが、これは東京から浜松、新潟、福島までの距離にほぼ等しい.

一方、高知県の人口はたった70万人であり、しかもその半数が高知市周辺に住んでいる.

全体として、いかにゆとりのある地域なのか、よくわかる.

 

(高知市)

 

高知市域を貫いて川が流れ、すぐ背後は山である.

高層のホテルやマンションもあるが、その気になれば数えられるほどである.

 

(通天閣)

 

東京には浅草、大阪には新世界、と盛り場があるが、高知にはない.

東京都内では建物群が無限に広がり、その終わりは見えない.

さらにその外郭には新興住宅地がある.

 

(安芸市・内原野団地)

 

高知にも新興の住宅団地はある.

埼玉、千葉などの住宅地と気分として変わりないが、一人1台、車が必要であるところが違う.

首都圏と似た感覚で住むことができる.

 

2.海岸

 

高知というと海のイメージが強い.

しかし海岸は外側のごく薄い殻であり、その中身はみな山である.

海が見える土地は限られる.

 

(香南市・夜須町)

 

静岡から東海、紀伊半島、高知、宮崎の沖合で、いずれ南海トラフ地震が発生することは確実である.

南海トラフ地震は100年ごとに起きるが、次は2038年の可能性が高いとされている.

ただこれは統計的に、であって、それより早くも遅くもなり得る.

エネルギーは日々蓄積されているので、早ければ規模は小さく、遅くなればなるほど大きい.

地震と同時に津波が発生する.

浸水地域は各家庭に配布されたハザードマップに示されている.

液状化地区も公表されている.

 

(芸西村の高台)

 

役場や工場は、津波を避けるよう全県的に高台への移転が進んでいる.

個人の住宅も、浸水地域を避けつつある.

海を見下ろす別荘地も候補の一つである.

 

(須崎市・久通)

 

ところが、海辺の漁村でもリフォームされた住宅が売りに出されている.

買う人がいるだろうか.

この前の1944,1946年の昭和南海トラフ地震は、比較的小規模で東に震源の壊れ残りがあり、次はこの地域から始まると考えられている.

東端の静岡で発生しても、遠いから直ちに高知に影響することはなく、過去の例から、2時間、または2日、または2年を置いて高知に地震がくる可能性が高い.

逃げる時間がある.

津波も同時に起きるが、不謹慎かもしれないが、そのために一帯は更地になる.

南海トラフの動きは一定なので、その後100年間は地震が絶対に起きない.

浜辺であっても、この土地が安心になるのだ.

 

3.離島

 

(沖ノ島)

 

高知の離島、沖ノ島は住宅地としてどうだろう.

宿毛市から市営船で1時間余りである.

運賃は島民なら200円余だから、都会のバスと変わりない.

毎日2便なので、高知の山間部のバス週1日2便よりずっと頻繁である.

万一宿毛市街に渡っていて欠航になっても、コンビニ近くに宿泊所が用意されている.

都会で電車の計画運休に慌てるようなことはない.

ネットもスマホも繋がるし、船が着くと宅配便の軽トラが寄っている.

アマゾンの箱も混じっている.

診療所もヘリポートもある.

ちょっとそこまで、とはゆかないが、そのため余計な金を使わない.

 

(沖ノ島 弘瀬)

 

集落では母島が大きいが、急傾斜地で上り下りが大変である.

弘瀬は左右に平地が広がるので、足が悪くても住み易そうだ.

 

4.山間地

 

日本全国、殻が海岸であり、その中身は山である.

周りを見渡して山が見えないという場所は、関東平野のごく一部だけである.

日本は山国なのだ.

高知も太平洋に面しているとはいえ、同じように山国である.

 

(大豊町・八畝)

 

高知の山里もいろいろだが、特徴的なのは、見上げるようなところにある集落だろう.

 

(仁淀川町・長者)

 

各地の観察からすると、安定して住める山里の条件がある.

駅から、駅が無ければ役場やスーパーがある中心地から、車で10分以内にあることだ.

都会の住宅地と同じで、それより遠いところはやはり住み難い.

また行くために、無人の峠を越えてというのもつらい.

川筋などで、ぽつりぽつりでも人家が続いていることが望ましい.

人間は群れをつくる動物なのである.

 

(香南市・香我美町)

 

(森の住家)

 

しかし思い入れがあって、森の中に孤独に?住む人もいる.

木々に埋もれ、グーグルで「ぽつんと一軒家」を探してもわからない.

畑も開墾されている.

このようなところで住むための条件は、立派な建築であることだ.

「山の家」だから簡素でよい、という建物は打ち捨てられている.

お互い、悟りを開いた仙人ではないのだ.

 

(おわり)

 

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高知学総集編1 高知県民の行動1

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2018年11月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学101 高知の酒の呑み方.日本一多い高知の喫茶店.高知学総集編2

おかげさまで高知学の記事が100となりましたので、過去の記事を振り返り、総集版をつくっています.

第2回は高知の酒と喫茶店です.

高知と言えば酒が連想されます.

高知の文化はまず、いごっそうの酒と宴席の議論で代表されるでしょう.

また高知は日本一人口当たりの喫茶店数が多いのです.

支えているのは、はちきんの議論です.

高知を支えている居酒屋と喫茶店を探ります.

 

(文中のピンクの部分をクリックすると、その記事が読めます)

 

2018年10月25日 最終版

 

 

1.酒の呑み方

 

高知県民は酒が強い.

ただ全く飲まない人もいるし、アル中が多いわけでもない.

普段は呑まないが、何かあれば(その頻度が問題だが)際限なく飲む人が多いように思う.

しかし同じ日本民族、遺伝的に強いとは考えられない.

若い時からの鍛錬?の結果ではないか.

 

(ひろめ市場の朝)

 

高知を代表する観光スポットとなった、屋内屋台村の「ひろめ市場」.

開店は10時ごろだが、すでに大ジョッキが重なっている.

 

(浜松町の朝)

 

以前、東京の浜松町にJR直営の食堂があり、早朝からやっているので、ホテルに泊まった後の朝食に度々利用した.

最初に入ったとき、ビールや酎ハイで盛り上がっているグループに、ここはアル中の巣かと驚いた.

しかし、これは夜間の工事に従事した人たちのアフターファイブなのである.

一人で瓶ビールを傾けているおばさんもいる.

つれあいに先立たれ、深夜の皿洗いの仕事をして蒲田あたりのアパートに帰る前、束の間のやすらぎなのかと想像したりする.

 

(連休の高知市内)

 

連休など食堂のオープンスペースが観光客で賑わっているが、皆昼間からビールやワインを飲んでいる.

親しい仲間の団体旅行での旅館の朝食は、「メシの前にビールだビールだ」となる.

旅の開放感だ.

一方、旅であっても新橋駅頭などで朝からこれをやると、白い眼で見られるだろう.

高知は良識?の束縛を外す解放区である.

それぞれが「お山の大将」なのだから、自分が好きなときに好きなように呑む.

「俺が(私が)自分の金で呑むのに文句あっか!」なのだ.

呑み方と宴席のマナーを会得し、高知の有名居酒屋にお出ましいただきたい.

 

2.酒席の展開

 

(どろめ祭り)

 

酒で有名な催しは、赤岡の大杯飲み干しで、男は1升、女は5合飲むタイムを競う.

10秒台でないと優勝の見込みはない.

ただ大人はテントの中で自分たちの応酬に忙しく、見ているのは子どもが多い.

次世代のチャレンジャーだ.

 

(敬老会)

 

秋、地域の敬老の催し、結局は後期高齢者の呑み会が開催される.

高知での酒席は、敬老会、ビヤホールの子ども会と展開されるのだ.

 

 

(町内の居酒屋)

 

夜になると、町内の小さな居酒屋に赤提灯の灯がともる.

 

(野中の道)

 

月に照らされながら野中の一本道を帰る.

踏み外さないように注意しながら.

遠くに波の音が聞こえる.

 

3.喫茶店

 

(伝統の喫茶店、安芸市)

 

高知は人口当たりで日本で一番喫茶店が多い.

支えているのは女性である.

 

(土佐山田のインドカフェ)

 

こじゃれた店はたちまちSNSで拡散し、立地によらず女性が集まる.

女性たちはここで議論する.

しかし高知ではすべて自分が中心であり、他人も自分と同じ考えで当り前と思っている.

したがって男性の居酒屋と同じで、これは「議論」ではなく、自分の意見表明の場である.

高知では、忖度、調整、摺合わせなどあり得ないのだ.

喧嘩別れになりそうだが、お互いに相手の大将の「お山」を心得ているので、そうはならない.

 

4.看板のない店

 

高知の女性の夢の一つは、自分で喫茶店を開くことである.

お金儲けではなく、みんなと楽しく話したいから、という.

気楽な!と思われるかもしれないが、実はそのような店が望ましい.

高知の店は主客共に楽しむことが基本である.

県外のお客を高知市内の料理屋に招待した.

お客を差し置いて仲居さんがぐいぐい呑むので、目を丸くした.

 

(土佐山田の日本料理店)

 

看板など無くてよい.

わからなければ訊いてくればよい.

これが真の高知の飲食店である.

 

 

(おわり)

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高知学総集編1 高知県民の行動

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2018年10月20日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学100 いごっそう・はちきんと高知県民の行動.高知学総集編1

おかげさまで高知学の記事が100編となりました.

これを機会に、総集編として、よく読まれた記事を中心にしながら、改めて「高知学」を見直してみます.

最初は、高知県民を特徴づける「いごっそう・はちきん」です.

どこでもそうですが、そこに生まれたときから長く住んでいると、それが当たり前であって、特段変わってはいないように思う事柄があります.

しかし他所から来ると、その土地で当たり前のことであればあるほど、そこに異質さを感じます.

自分も高知に来た当初、「異文化との接触」に毎日が驚きでした.

22年過ごすうち、段々それを普通に思うようになってきたのですが.

 

(ピンクの部分をクリックすると関連記事にリンクします)

 

2018年10月17日 最終版

 

 

1.いごっそう・はちきんとは何か

 

一般に、高知の男性は「いごっそう」、女性は「はちきん」を自称している.

いごっそうとは頑固な男、はちきんとは活発な女を意味している.

それが愛すべき段階で留まっていればよいが、最高レベルになると問題を起こす.

 

(突然狭くなる道.何年経っても変わらない)

 

高知の道を走ると、突然狭くなったり、新道の建設が途中でストップしている光景によく出会う.

これにはいごっそうが関わっていると見てよい.

どの地域でも用地買収がこじれることはある.

しかし人口当たり、面積当たりでのこの光景は、日本で断トツではないだろうか.

自分が知っている範囲だけでも、近くの国道を始め5件はあり、解決の目途を一向に聞かない.

地域の事情通は「ああ、あそこは無理だね」と片付けている.

日常的な風景なのでだれも気に留めていない.

いごっそうは前向きであれば、幾多の困難があっても自分の信念を貫く、ということになる.

一方で「わしはいごっそうじゃきに」と、誰にも耳を貸さない免罪符となっている.

ではなぜ高知にいごっそう、はちきんが生まれたのか.

それは狩猟民族の土地だからである.

 

2.いごっそらーめん

 

(いごっそらーめん)

 

高知東部に「いごっそらーめん」の店がある.

最初知り合いに道を訊いたら、「車が沢山止まって整理のガードマンがいるのですぐわかる」と言われた.

大将は高知の出身で奈良で店をしていたが、あまりの人気で身体を壊しそうになり、ご夫婦で戻って来たという.

キャベツを縁にかけた茹湯の加減、網を振って湯を切る回数、冷蔵庫から出してモヤシを一袋破いて入れる手さばき、すべてが一定に間断なく繰り返される.

といって「俺のラーメンは黙って食え!」などと言う頑なな「職人」ではない.

また「秘伝のたれ」などとやたら効能書きがあるわけではない.

すべてがお客に旨く食べてもらおうという発想からきている.

「命がけで握っている」と評された寿司職人がいたが、同じである.

仮にもう10秒さますとより旨くなる(あり得ないが)、という「新発見」があれば、大将は間違いなくそうするであろう.

高知にはさらに、山の温泉、ご夫婦のとんかつなど、心が暖まる、いごっそう・はちきんが現れるのだ.

 

3.坂本龍馬

 

高知県民が愛してやまない坂本龍馬、龍馬はいごっそうなのだろうか.

 

(龍馬の生まれたまち記念館)

 

龍馬の目指すところは、現在の世の中が抱える問題を解消して新時代をつくる、ことであったといってよいであろう.

一貫しているところはいごっそうである.

しかしその狙いは、攘夷から始まり、国防、貿易、倒幕と移ってゆく.

目的のためには、旧師の武市半平太を死に追い込んだ後藤象二郎と、長崎で手を結ぶことも辞さない.

 

(長崎のグラバー邸)

 

とてもいごっそうではない.

暗殺で倒れはしたが、さらに薩長の先の大目標を考えていたのではないだろうか.

 

(津野町の吉村虎太郎像)

 

吉村虎太郎は龍馬と同じ武市門下で、脱藩を行い社会の改革を目指す.

ただ行動の規範は勤王党の尊王攘夷を徹底している.

大和の山間で天誅組を組織するが、世の流れはもうそこにない.

討死する結果となるが、これはいごっそうだ.

 

4.お山の大将

 

(越知町鎌井田)

 

いごっそう、はちきんを徹底するとどうなるか.

すべてを自分中心で考える.

結果、各人がお山の大将になる.

それぞれのお山に他人が侵入することを許さない.

 

(立札)

 

このことは高知への移住者の心得である.

と言って恐れる必要はさらさらない.

自分もその日から、即お山の大将になる.

しかし考えが違ったとしても、「お言葉を返すようですが」などと、相手を全否定する発言は厳に慎まなければならない.

大将としての自分の考えを堂々と述べればそれでよい.

相手もどうせ他人の意見など聞いていないのだ.

 

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高知学総集編 高知県民の行動2

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(おわり)

 

 

 

 

2018年10月14日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学99 手結の台風と久通の漁村.海の風景

海でも山でもよいのだが、「田舎」で暮らす特徴は、天候、気候が非常に近いことにある.

晴れれば強力な紫外線と共に太陽が照り付けるし、雨ならば逃げ場もなくずぶ濡れになる.

夏は海風が部屋を渡り、冬は北風が吹き荒む.

都会なら建物の陰や地下街があり、自然を遮ってくれる.

これがもっともよく現れるのは台風のときである.

一方、自然に限りなく近い住家は、山と海に向かう孤立した集落にある.

海に向かって訪ねてみよう.

 

2018年9月30日 最終版

 

 

1.台風

 

(大型台風の接近)

 

台風の発生は、海のうねりで知ることができる.

フィリピン辺りにあるときからうねりはやってくる.

沖にあるブリの養殖棚は、波の被害を避けるために船で曳航して、静かな湾内に引っ越す.

遠いところから来るうねりには、さらに長周期の強弱が加わっている.

大したことはないと思って海岸にいると、突然高い波に変って押し寄せてくるので、悲劇をもたらす.

 

(台風の波)

 

接近してくると、波はときに防波堤を越える.

普段は釣り人がいるのだが.

 

(手結港に砕ける波)

 

波がしらが砕け、風で潮が吹き飛ばされる.

テレビの中継で馴染みの光景である.

防災無線では「海には近づかないように」とアナウンスがある.

それでも野次馬を呼ぶので、最近の中継は「安全なところで放送しています」と注釈が入る.

場所によって、国道でも越波は通る車に降りかかるし、小石が飛んでくる.

一抱えはある岩石が打ち上げられたことがあった.

地元では危険な個所が知られている.

 

(雲の隙間)

 

やがて雲が切れ始めて、隙間に夕暮れの色が映り出す.

 

(夕焼け)

 

台風がすっかり去って、西の空は夕焼けが濃い.

 

(夜の海)

 

波が収まり、防波堤の明滅する灯りがはっきり見える.

山かげの安全な港に逃げていた船も帰って来た.

ただ増水した川から流れ込む水が、くっきり帯をつくっている.

 

(戻った海)

 

静かになった海には釣り人がやってきた.

 

(手結のシラス漁)

 

2隻の船で細かい網を引いてシラスを獲る漁も始まった.

ただ、せっかく7月豪雨の流木が片付けられてきれいになった浜には、台風による川の増水でまた新しく流木が流れ着いた.

何しろ川の上流には、流木予備軍がたっぷり残っているのだから止むを得ない.

この先何年かは続きそうだ.

 

2.久通

 

(大阪市内)

 

もっとも天候、気候に近い住家はどこにあるだろう.

それは山を背後にし、海に面した漁村ではないだろうか.

なにしろ、海、山、両方の自然に立ち向かっているのである.

中でも孤立した漁村はその感を一層深める.

高知県の西部はリアス式海岸で断崖が連続するので、このような漁村が多い.

須崎市の久通(くつう)はその一つで、高知市域にもっとも近い.

しかし、とてもそうは思えない.

 

(久通への道)

 

久通には横浪半島を通る県道から入るが、分岐点には手造りの朽ちた看板しかないので普通は見落とす.

直線距離では2kmだが、狭い道は山の中を屈曲して峠を越える.

 

(久通)

 

やがて眼下に集落が見えてくる.

意外に大きい集落で、山裾に家々が立並んでいる.

 

(久通の港)

 

港から横浪半島が見えるが、断崖の連続で、とても海に沿って道路はつくれない.

 

(集落)

 

学校の校舎は残っているが、子どもはいないので廃校である.

しかし、廃屋は見当たらないし、SUVが止まっていたりする.

そこはやはり須崎市、高知市への通勤圏になるからだろう.

 

 

高齢の方々が道端で網をつくろっている.

伊勢海老を獲るのである.

ただ余り獲れすぎると値が下がるので、まあ年金の足しだね、と笑っていた.

どこから来た、と訊くので、手結(てい)から、と答えると、伊勢海老を獲っているだろう、と言われる.

え~、見たことがない.

しかし改めて考えると、岩礁やサンゴはあるし、昔は伊勢海老の料亭もあったのだ.

 

(移動販売車)

 

峠から音楽が聞こえてくる.

高齢者が車を押して集まってくる.

移動販売車が来たのだ.

なかなかよくできた車で、車内は天井まで冷蔵、冷凍ケースになっている.

牛乳、肉、魚、何でもある.

漁村で魚でもあるまいという気もするが、毎日エビを食べるわけにはゆかない.

 

(おわり)

 

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断崖を辿る鉄板の道

室戸台地の別世界

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2018年9月21日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

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