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高知学110 標高600m、棚田を見渡す八畝スカイライン

高知を縦断して流れる吉野川.

沿岸の大豊町、本山町、土佐町に棚田が広がっています.

土讃線の大杉駅、高速道路の大豊ICを真ん中にして、東西の30kmが棚田地帯です.

東は国道439号線の京柱峠近く、西は早明浦ダム辺りまでです.

棚田は川の南岸にあり、北岸にはありません.

南岸と北岸では地質が異なり、北岸は山の傾斜が急で、水田をつくることが困難なのです.

大杉駅近くから南岸の山に上がり、棚田の上、標高600m辺りを東へ山道が通っています.

一車線で道路標識もありませんが、個人的に「八畝(ようね)スカイライン」と呼んでいます.

 

2019年5月13日 最終版

 

1.棚田に上がる

 

(炭焼き)

 

大豊ICを出てトンネルを抜け、国道32号線の交差点を直進して山に上る.

しばらくは炭焼窯などがある森の中の道だが、上がると視界が広がるスカイラインだ.

 

(山上の道)

 

やや広い一車線なので、反対から車が来ても場所を選べばすれ違いができる.

ダート道ではないから四駆の必要はないが、望ましいのは軽または小型乗用車である.

ミニバン、大型SUVはやめた方がよい.

というのは、あちこちでやっている災害復旧工事の迂回路の多くが極狭路のためだ.

 

(何年も通行止だったが、ようやく8月までらしい)

 

 

(棚田の田植え)

 

5月、棚田には水が張られ、田植えが始まった.

 

(対岸の山々)

 

水田の先に見える山との間の谷底を吉野川、土讃線、国道32号が通っている.

河床の標高が200mなので、道との標高差は400mである.

 

2.ぽつんと一軒家

 

 

(山上の道)

 

道は山腹をうねって続く.

林道や生活道なので、カーナビはあまり役立たない.

登山と同じく、1/25,000の地図がよい.

分かれ道もあるが、タイヤの跡の多い方を辿ればよいので、迷うことはない.

 

(一軒家)

 

「ぽつんと一軒家」のテレビ番組があるが、ここでは候補に困らない.

そのような家に入る道には、入口に表札が置かれている.

 

(対岸の一軒家)

 

谷を隔てて対岸の山にも一軒家が見える.

屋根が光っているのでそれとわかる.

 

3.八畝と怒田

 

棚田がもっとも大規模に広がる地域が、八畝と怒田(ぬた)である.

 

(イチョウ)

 

八畝の入口には、ランドマークとなる樹齢500年とされる大きな乳銀杏がある.

昔からお乳がよく出るように、祈願されてきたということだ.

 

(怒田)

 

ここから怒田地区の全体が見渡せる.

山の上から谷底まで、棚田が広がっている.

今いる八畝の棚田は、川まで下りて上がって、怒田から見ないとわからない.

 

4.地すべり地帯

 

(地すべり防止)

 

棚田は地すべりの産物である.

山の中で耕作ができる緩い傾斜地は、地すべりの結果である.

水田で必要な水は、地すべりが起きやすい地下水を大量に含む土質から得られる.

「八畝」とは、地すべりが進んで水平が保てず、高いところを削り低いところを埋め、棚を細分化することから来ているらしい.

「怒田」とは、地すべりで田に亀裂が入ることからだという.

高知県の古い看板があるが、地すべりの結果は地域に留まらず徳島県一帯にも及ぶので、対策は国の直轄事業となっている.

 

(集水井)

 

産業技術総合研究所・地質調査総合センターによって、全国の地質図が作成され、ネットで閲覧することができる.

この棚田地域は緑色変成岩、緑泥岩などからできている.

御荷鉾(みかぶ)帯と呼ばれるが、風化、破砕しやすく、大量に水を含み易い性質がある.

底では変質して水を通さない粘土になる.

洗面器に泥を溜め、傾けた状況にあるのだ.

土地の水抜きが大きい課題である.

周囲の穴から水を集める集水井や排水トンネルがあちこちにつくられている.

傍に寄ると流れる水音が聞こえる.

 

(怒田から見た八畝)

 

山腹にはいくつかの筋が見えるが、人工の排水路である.

 

(GPS位置センサ)

 

そんなに危ないところなのか、と思われるかもしれない.

GPSによる位置情報センサが点在し、地盤の変動がリアルタイムでモニターされている.

予想もしなかったところで地すべりを生じるより、ずっと安心だ.

 

(見下ろす谷間)

 

防災科学技術研究所から、航空写真より判定した地すべり地形分布図が公開されている.

地すべりが活発な地域は新潟と四国という.

スキー場も地すべりの産物のようで、高いところの急傾斜は上級者、末端の緩い傾斜はビギナー用になる.

本図による地すべり地形の面積では、全国に占める四国の割合は14%だそうだ.

 

(崩壊した河岸)

 

この地域では60年の計画で、地すべり対策工事が進められている.

いま半分を過ぎたあたりらしい.

八畝と怒田の間の南大王川、10年以上も前から河床を広げ、堰堤を築き、大工事が行われていた.

失礼ながら、早くも?岸が崩れている.

紺屋の白袴という気もするが.

そういえば、出発した高速道路の大豊ICの先の山腹で先日崩壊があり、上り2車線の橋が流された.

下り車線を利用して対面通行が行われている.

当事者のコメントでは、ここで崩れるとは予想もしていなかったという.

大規模工事には、どこかにまだ計算できない要素があるのだろう.

 

 

参考にした資料

・藤原治、斎藤眞 編著 :「トコトンやさしい地質の本」.日刊工業新聞社、2018.

・上野将司 :「危ない地形・地質の見極め方」.日経BP社、2012.

・鈴木堯士 :「四国はどのようにしてできたか」.南の風社、1998.

・地質図Navi:https://gbank.gsj.jp/geonavi/

・地すべり地形分布図 : https://dil-opec.bosai.go.jp/publication/

関連記事リンク:

高知第三の物部川を遡る

高知の山道、山の子ども

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(おわり)

 

 

 

2019年5月8日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学109 高知から徳島へ.山間を通る「一直線」の道

高知から徳島へ.車では三つのルートがあります.

普通は高知道、徳島道の高速道路を通るルートで、2時間半ほどです.

京阪神への高速バスもこの経路ですが、一旦瀬戸内に出て再び山に戻り、吉野川筋を下ることになります.

第二は室戸岬を廻るルートです.

尖った三角形の二辺を通る大迂回で、時間はかかりますが、爽快な海の風景です.

第三は真っ直ぐに山地を縦断する国道195号線です.

これを行きましょう.

 

2019年4月28日 最終版

 

1.高知から大栃へ

 

(物部川.向こうの山間から流れ出る)

 

195号線は高知では物部川を遡る.

四ツ足峠を越えて徳島県に入る.

そして那賀川に沿って下る.

高知から西へ、物部川が山地から平野に入るところが土佐山田である.

 

(土佐山田駅前)

 

土讃線土佐山田駅前の十字路にある標識は、195号線で右高知、左徳島、とある.

徳島なら常識的には右に行って高速だが、国道的には誤りではない.

土佐山田から195号線を大栃まで、JR四国バスが運行されている.

その前身は国鉄自動車、さらに前は(鉄道)省営であった.

鉄道を敷設する計画があったことが関係しているのであろう.

 

(神母ノ木)

 

物部川上流の山々は豊かな森林である.

今はダムがあるが、昔は山奥の木材は大栃で筏に組まれ、神母ノ木(いげのき)まで下った.

ここで筏を解き、一本一本を人工の舟入川に流す.

この辺り、筏師などで大変賑わった町だったのだ.

右の丘の上には高知工科大学がある.

 

(アンパンマンミュージアム)

 

沿岸はやなせ・たかし氏の出身地であり、ご本人が計画したアンパンマンミュージアムがある.

傍に小さなホテル、奥には絵本の図書館がある.

アンパンマン施設は横浜などにもあるが、山の中で小さいけれど、心温まる施設ではないだろうか.

 

(大栃橋)

 

土佐山田から約20km、高知側最後の町が大栃である.

国道は北岸に移るが、その橋は風格あるトラスである.

しかし狭いため新しい橋を建設中である.

アーチ橋で、ガードマンに組立日程を聞いたので、また見に来よう.

 

(物部川河岸)

 

物部川は山を深くえぐって流れ、集落や道路は崖の上にある.

従って、両岸の行き来は狭い山道を上がり降りして、低い場所にある橋を渡っていた.

 

(仙頭大橋)

 

今は、高い土地を直接結ぶ橋がつくられている.

焦茶の錆色なので、通りがかりの人から役場に「錆びているではないか」と注意が入るという.

しかしこれはCuなどを含んだ耐候性鋼で、一旦表面に錆の膜ができるとそれ以上は進行しない.

塗装の必要がないのでメンテナンスフリーなのだ.

利用するどれだけの住人がいるかだが、森林もあるし、山越えをすれば安芸市の畑山温泉に通じる.

 

(山の果樹園)

 

奥に行くに従って平地が少なくなる.

昔はこの辺りでも焼畑農業が行われていたという.

今はユズなどの果樹である.

 

(物部川の渓谷)

 

次第に川幅が狭くなり、道路は谷につくられたコンクリートの土台の上を通る.

以前は森林鉄道もここに敷設されていた.

車を止めて川を覗くと、河鹿の声が聞こえてくる.

無人の谷間に見えるが、昔からの街道がずっと上の山腹にあり、集落が続いている.

 

(べふ峡温泉)

 

県境の峠の麓が別府峡温泉で、奥の峡谷は紅葉で知られる.

その先は1,300mまで上がる林道が続き、下ると大栃に出る.

車の多いシーズンは一方通行であった.

1,800-1,900m級の白髪山、三嶺の登山にも利用された.

 

(西熊林道から.2001年)

 

しかし崩落で10年この方通行止になっている.

復旧はもう諦めているのかもしれない.

 

(四ツ足峠へ)

 

道はヘアピンカーブになり、県境の四ツ足トンネルに入る.

昔の峠には、土佐、阿波の境界にまたがるお堂があるという.

それを偲んで、トンネル中ほどの壁面に祠がつくられている.

 

(スーパー林道入口)

 

トンネルの先が剣山スーパー林道の入口である.

50km余り、日本最長のダート道とされ、バイクのライダーに知られている.

しかしこれまた長い間通行止になっている.

 

(那賀町木頭)

 

峠を下ったところが那賀町木頭、以前の木頭村である.

かつて建設省の国道拡幅計画に対して村長が、今で何の不自由もないから不要だ、と発言した.

公共工事が全盛であった当時、政策に異を唱える反骨者と受け取られた.

山の中の道は若干狭いところもあるが難儀するほどではない(その後拡幅したのかもしれないが).

しかし集落の中に対しては、大幅な立ち退きをするか、人の住まないところにバイパスをつくるか、ということになる.

 

(図書館の前)

 

文化センターにある図書館に行った.

実は木頭への目的は、村史により付近森林軌道の経緯を知ることにあった.

その後、図書館手づくりの町内マップをもらい、ギャラリーのあるカフェで遅いランチをとった.

窓から対岸の護岸工事が見える.

殺風景なコンクリートではなく、石積み風である.

 

(護岸工事)

 

ここから海岸近くに出るには、ダム湖の横を延々と通って、これまでと同じくらいの時間がかかる.

徳島市内までバスがあるが、3時間余りを要している.

徳島県といえば、吉野川沿いの田園と夏の阿波踊り、というのどかなイメージである.

しかしこれは北のごく一部で、大部分は深い山々である.

特に高知との県境一帯は、四国に残る数少ないツキノワグマが安心して暮らせる?無人の地域である.

縦貫道は続くが、来た道を戻る.

 

(ゲートボール)

 

運動場ではゲートボールをやっている.

町内福祉施設に来ている人たちかもしれないが、元気な人が多いのだ.

 

(ローバの休日)

 

(おわり)

 

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焼畑農業の椿山

桧と棚田の本山

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2019年4月23日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学108 高知東部の海岸.手結岬から室戸岬へ

高知の海岸は、太平洋に向かって丸く円を描いています.

東の端が室戸岬で、西の端が足摺岬です.

もっとも奥深いところが桂浜です.

東と西では海岸が全く違います.

東は隆起した土地で、海岸まで台地が迫り、集落や道路は海の傍にあります.

西は沈降した土地で、断崖が続き、近づき難い海岸が多いのです.

東部の海岸を辿ってみます.

 

2019年3月22日 最終版

1.手結岬

 

(手結岬)

 

海岸全体としては円弧なのだが、滑らかなカーブではなく、ところどころに少し突き出た岬がある.

手結岬はその最初で、越えるために標高50mだが小さな峠があった.

向こうに見えるクレーンは浦戸湾にある造船所で、その横の山は高知市街を見下ろす五台山である.

 

(春先の漁)

 

今日は漁船が多く、目に入るだけで36隻出ている.

春になるとシラス漁が盛んだ.

イワシの稚魚だが、2隻の船で細かい網を引いて集める.

生のものをドロメ、茹でたものをシラスと呼んでいる.

網元のスーパーの品書きでは、

「船上で氷で締め、2時間以内に持ち帰る.その後20分以内に茹でる」とあった.

 

(西分漁港)

 

ところどころに小さな漁港がある.

西分では9時半からセリが始まる.

ヒラメが何枚か上がっている.

沢山のグレ(メジナ)が箱の中で跳ねている.

 

(ノレソレ)

 

ドロメの網で揚がったレンコダイの小魚の中から、アナゴの稚魚であるノレソレをピンセットでつまんでより分けている.

ノレソレはそのまま食べるが、白魚のようなもので、味というより食感である.

あまり捕るのでアナゴが減少したとも言われるが、狙っても捕れるわけではないようだ.

子ダイには商品価値がなく、せいぜいダシにするくらいらしい.

クジラが居れば食べ尽くされそうだ.

 

(土佐カントリー)

 

港の上にはゴルフ場があり、3月に沖縄に次いで2番目の女子プロトーナメントが行われる.

 

(琴が浜)

 

西分漁港の東6kmほど、松林が続く琴が浜である.

粗い砂利の浜で、釣人の足跡があるが、左の岩の横から降りることができる.

何年か前の台風では下の砂利がすっかり流され、海底が見えて降りることができなくなった.

その後次第に砂利が積みあがって、今の姿になっている.

以前は人の背丈くらいの砂利の壁ができていたので、まだ半分くらいだ.

 

(崖のレストラン)

 

崖に突き出たレストランがある.

足場をつくり、先端に滑車のあるレール上で鉄骨を組んでいたので、何をするのだろうと思っていた.

骨組みができたところで、滑車を介してロープをかけ、ウインチで牽いて構造物を海に向かってせり出させた.

 

(安芸漁港)

 

安芸漁港の防波堤は日本一高いと謳っている.

ただしこれは津波のためではない.

津波なら港口を閉じる仕組みが必要だ.

 

(ノリのタンク)

 

新しいタンクが並んでいる.

作業中の若者に訊くと、アオノリの養殖だそうで、緑色の藻が流れに揺らいでいる.

高知大学のときから、室戸でアワビや昆布の養殖を研究していたHさんの技術のようだ.

 

(安芸中高校)

 

海岸に中高一貫の安芸中高校がある.

式典に出席したことがあるが、挨拶に混じって時折海鳥の声が聞こえてきた.

しかし津波への対応のため、高台にある工業高校に合併することになっている.

 

(安芸川)

 

この辺り、安芸川、伊尾木川、安田川と、山から直線的に急流が流れ出ている.

奥は豊かな森林である.

有機物の豊富な水が海に流れてプランクトンを育て、シラスの餌となるのだ.

鴨や鵜も中州に集まっている.

 

(伊尾木貯木場)

 

伊尾木川に沿って昔森林鉄道があった.

海岸で材木を下ろした貯木場は今も使われている.

35トン積のトレーラーで出荷しているが、昔の列車1本分はありそうだ.

ただし昔の森林鉄道の写真では、材木の形は太いものや曲がったものなど、一定していない.

今は太さもほぼ一定で、真っ直ぐである.

戦後に植林された木々が一斉に伐採されるためである.

 

(土佐湾の岬)

 

海岸に迫った台地の上は畑作地域である.

東を見ると、大山岬、羽根岬、行当岬が重なっている.

同じような形であり、一帯は徐々に海底から隆起して出来たのだ.

室戸岬はその陰でまだ見えない.

 

(化石採集地)

 

安田町の山の上にある27番札所、神峰(こうのみね)寺に向かう道の途中に「化石採集地」がある.

250万年前には海底であった、泥質の地層の中に貝殻が埋まっている.

化石といっても石のように変質しているわけではなく、土にそのまま埋まったようなものだ.

ツルハシや大きなシャベルで掘ることは駄目だが、小さなスコップで採集することは許されている.

これは昔から「石貝」として知られている.

弘法大師が漁師に貝を所望したところ、断られた.

その心根を改めるよう、食べられない土の貝にしてしまったという.

 

(室戸岬)

 

行当岬を回るとようやく室戸岬が見える.

24番最御崎(ほつみさき)寺や灯台に登るジグザグの道があるのでわかる.

 

(岬の海岸)

 

今日、岬の海は穏やかだ.

しかし水平線の先の海底にある南海トラフでは、今日もじりじりとフィリピン海プレートが日本の下に潜り込んでいる.

国土地理院が継続的に計測しているが、その運動によって室戸岬は毎年7mm沈んでいる.

次の南海トラフ地震は、2038年辺りの可能性が高いとされている.

そうすると、今海面から出ている小さな岩が見えなくなる頃だ.

地震が起きると、今度は一気に跳ね上がる.

昭和南海地震ではその量が1.1mだった.

この一帯はそれだけ高い岩場になり、波打際は大分向こうに変る.

 

(おわり)

 

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高知で地震を避難 1

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2019年3月17日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学107 高知城から8km圏に何がある?

高知学106では、高知の中心である高知城から半径5kmの地域を訪ねました.

今回は8km圏です.

東京の中心、皇居から8kmとなると、目黒不動、下北沢、笹塚、中野、王子、北千住など、明治時代まで町外れとされた地域です.

高知では山の中になり、2005年に高知市と合併した、旧土佐山村、鏡村の地域に当ります.

 

2019年2月25日 最終版

 

1.南国市から

 

(山へ)

 

南国市の農免道路を山に向かう.

「農免道路」とは聞きなれない名である.

農業で使うガソリンの税金を免除してほしい、との要望に対し、やらない代りに相当する金額でつくられた農道だ.

財源の問題であって、道路には変わりはない.

高知道の南国インター付近から、向こうの山に入る.

 

(奈路小学校)

 

山に入って行くと、坂の下に小学校が見える.

運動場で子どもたちが遊んでいるが、生徒数はどれくらいだろう.

 

(棚田の看板)

 

辺りの棚田には「給食米産地」の看板が立つ.

 

(奈路の水路)

 

しかしこの辺り、小さな谷間で水が豊かではない.

そのため江戸時代に、山を潜った水路がつくられている.

潤す面積が4町歩、というと200m四方に当り、さほど広くはないがそれでもこの苦労だ.

日本の農業、稲作にはとにかく水の確保が必要なのだ.

 

(用水の上)

 

清冽な流れの音が聞こえ、20mとあるので行こうとしたが、足場が悪くて戻る.

 

2.土佐山

 

(蟹坂から)

 

南国市と今の高知市との境になる蟹坂の峠を上る.

やがて元土佐山村の中心地に出る.

 

(右は旧土佐山村役場)

 

旧役場は一部がレンタルオフィスとなった.

いろいろの種類の公営住宅もつくられている.

 

(土佐山学舎の幟)

 

「土佐山学舎」を誘導する幟が立っている.

学校の幟には意気込みが伺われるというものだ.

かねて土佐山は小中一貫校だったが、新制度発足に伴って、小中の枠にとらわれない「義務教育学校、土佐山学舎」に変った.

9年の期間を4,3,2に分け教育する.

英語、ITなど内容はフレキシブルのようだし、部活は必須となっている.

いま全校生徒は150人ほどだが、特認校で学区がないので半数は高知市街から来ている.

スクールバスで30分ほどである.

 

(交流館)

 

山の上に貸ホールの「交流館かわせみ」がある.

周辺は山だから、いくらバンドの練習でどんちゃかやっても何の支障もない.

昔、アメリカの山の都市で学会があった.

泊るのは町中のホテルだが、会場は雪の積もった山の上である.

一旦バスで上がるとエスケープできない.

鹿も顔を見せる.

いやが上にも議論と親交が深まるというものだ.

 

3.土佐山観光

 

(ごとごと石)

 

谷間に「ごとごと石」がある.

突き出た崖の上に石が乗っていて、揺らすと動くのだが決して落ちないという.

ただし今、力を込めて押しても全く動かない.

地元の人に訊くと、昔は片手で揺らせたのだが、あんまり皆が押すので、すり減って動かなくなってしまったのだそうだ.

受験で「落ちない」、ごとごと石のお守りが道の駅で売られている.

「落ちそうで落ちない」から「絶対に落ちない」となったので、一層霊験が高まったというものである.

 

(オーベルジュ土佐山)

 

山のホテル、オーベルジュ土佐山がある.

市内のOホテルが運営していて送迎バスがある.

静かな山の中を楽しんでもらうことがコンセプトで、客室にはテレビがない.

ただし今、スマホは圏外ではないが.

ランチのつもりであったが、寄り道で時間を過ぎてしまった.

3kmほど奥の嫁石梅祭りに屋台を出しているそうなので、そちらに向かう.

 

(梅祭り)

 

五分咲きくらいであるが、仲間づれや、花にカメラを構える人がいる.

かなりの奥の集落だが、無人の家屋が見当たらないので、ドラム缶の焚火にあたっている世話役に訊ねた.

いやそうではない、この上にもあそこにも家があった、との答えであった.

4.鏡

 

この辺り、高知の町中を流れる鏡川の上流である.

市域の水の安定供給のため、ダムがつくられている.

 

(鏡ダム)

 

しかし鏡川だけでは流量が不十分で、吉野川の支流から15km近い水路トンネルで水を足している.

四国の中央を縦断して流れる吉野川は、早明浦ダムだけでなく四国全県を潤すのだ.

 

(忠霊塔)

 

元鏡村の中心地を過ぎた高台に「忠霊塔」がある.

地域から出征して戦死された方々を弔う碑である.

高知県内には合計220基があるという.

敗戦後、占領軍に見られてはまずいということで、「忠霊」の文字を削ってしまった地域があるが、ここはそのようなことはないようだ.

台座に多数の戦死者の名が刻まれている.

当然、出征者は戦死者を上回るから、それだけの若者がこの土地にいたのだ.

「大東亜戦争」のとき、大阪の田舎の小学生(正確には国民学校)であった.

兵隊に行く若者が、運動場や駅頭で見送りの人たちに挨拶する.

毎回我々も加わるので、自分もその挨拶ができるようになった.

 

(鏡川橋)

 

川に沿って下って行くと次第に家々が増し、市内外れの路面電車、鏡川橋停留所に至る.

 

(おわり)

 

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2019年2月20日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学106 高知城から5kmのところに何がある?

昔、洋酒会社の企画で「冒険」のテーマを募集していたことがありました.

思いついたのは、世界3都市、東京、パリ、ニュ-ヨークを、中心から5kmの円を描くように歩いて1周する、ということです.

もちろん丸い道路はありませんから、その曲線にできるだけ沿うように、ジグザグに曲がったり戻ったりしながら歩くのです.

観光ルートにはない、それぞれの町の特色が味わえるでしょう.

ニューヨークなど、中心をどこに取るかによって、銃で武装した警官の付き添いが必要になる「冒険」です.

高知でこれをやって、東京と比較すればどうなるでしょうか.

 

2019年1月15日 最終版

 

 

1.高知城天守閣から

 

東京での半径5kmだが、皇居を中心とすれば、山手線が大体それに沿う.

しかし江戸城は海に近いところにつくられているので、湾側では豊洲、浅草を通る.

高知の半径5kmはどうだろうか.

 

(高知城から南.下が県庁と市役所)

 

高知城天守閣から周囲を見渡す.

どちらの方向も市街の先は山である.

高知市は西の鏡川、北の国分川、これらの流域の山から流れ出た堆積物の上にできた町である.

桂浜はここから8kmで、東京の中心から見た大井や新木場の位置になる.

 

(高知城から北)

 

北側に見える尾根は5km圏であり、山上を車で回って見よう.

この山は、まだ土讃線もなかった大正時代の高知高等学校(現高知大学)の寮歌に

「見やれば北に 翠巒の山背は高く 軟弱の都の塵をさへぎりて…」

と歌われているのだ.

ただしこの尾根は、市域を囲む円弧ではなく東西に延びている.

上がる道は限られるので、東に8kmの南国市白木谷からになる.

 

2.白木谷

 

(石灰岩の山)

 

高知にはあちこちに石灰鉱山がある.

白木谷にも大きい鉱山があり、採掘場が遠くからでも見える.

堀り出した鉱石は専用道を走るトラック、そしてコンベヤで市域の外部に運ばれる.

その後また積替えて港まで輸送する.

絶えまなく市内を走る石灰石のトレーラートラックは市民に馴染みであり、高知市は鉱山町でもある.

 

(石灰石のトラック専用道)

 

3.久礼野

 

専用道は通れないので、尾根の狭い山道を行く.

 

(久礼野の集落)

 

南国市から高知市に入ると、突然に道幅が広くなる.

この辺り久礼野なのだが、地図ではクララとも記されている.

奇妙な名なので、通りかかった老婦人に尋ねた.

「昔、山近くを年寄りがそう呼んじょった」ということだ.

異国の女性が住んでいたわけではないらしい.

 

(久礼野の住宅地)

 

これで目標の5km圏の尾根に上がったことになるが、この辺り一帯は傾斜の緩い台地になっている.

高知で一番古いゴルフ場がある.

1980から1990年代、経済成長を受けて、高知でも各地にニュータウンがつくられた.

小規模な宅地造成も随所で行われている.

その中で交通に便利なところは「郊外住宅地」であり、不便なところは「別荘地」とされる.

久礼野もその一つで、木立の中に住宅が点在し、辺りにゴルフ場、乗馬クラブなどあるところは別荘地的である.

デンマーク、トービアン氏による、自家製燻製をメインにした予約制レストランも古い.

市内から車で20分余りの「通勤圏」なのだが、300mの峠まで上がるので、そうとも言い難い.

 

(陶美庵)

 

ゴルフ場の周りを散歩してきた、30年お住いのご夫婦と立ち話をした.

一人暮らしになった老男性が、タクシーで町に行って食事を摂り、買物をして帰る暮らしで、タクシー代が月15万になったという.

ただここでも、1km歩いた小学校近くにはバスが来ている.

車を運転できない高齢者にとっては「ラストワンマイル」が問題なのだ.

解決するのは、セニアカーか、電動アシスト自転車か、それとも全く別のシステムなのか.

 

(小学校)

 

近くの久重(きゅうじゅう)小学校は、生徒数50人だが、きれいな木造校舎である.

レストランのT氏も一日先生で来るらしい.

 

(相愛本社)

 

建設コンサルタントの相愛の本社はここである.

自然エネルギー利用のため1階は半地下であり、水は総循環システムになっているそうだ.

 

4.正蓮寺

 

市内から上がってきた道と小坂峠で合流する.

ここが正蓮寺(しょうれんじ)、ゴルフ場の通称もそうだ.

(正蓮寺)

 

ゴルフ場のカートは「自動運転」である.

傍の自宅まで乗って帰ることができれば便利だが.

 

(墓地から)

 

ゴルフ場の下に広い霊園がつくられている.

高知では、もともと海岸の砂地や高台に墓地があった.

水が得難く耕作に適さないためである.

ここは浦戸湾から桂浜近くまで見える景勝地なのだが.

 

(海の見える別荘)

 

尾根の狭い道をさらに進むと、傾斜地にまばらに家が建つ「別荘地」がある.

ここは下からも見え、高知の六甲山だ.

 

(山上の別荘地)

 

下からよく見えるくらいだから、遮るもののない「眺望絶佳」である.

それぞれの家は必ず屋外デッキをつくっている.

見下ろせば一面の町の灯、見上げれば満天の星、海は月光にきらめく.

しかし残念ながら人影がない.

毎週末、曲がりくねった狭い山道を何キロも往来して生活するのは少しつらい.

自動運転技術が完成し、家で車のボタンを押せばここまで連れてきてくれるようになればよいのだが.

 

(ニュータウン)

 

山道を下りたところが、みづきニュータウンである.

葉を落とした街路のこの写真だけ見せ、どこかと訊いて正答する人はいないだろう.

山があるから、小田急か東武の沿線か.

関西なら近鉄学園前か.

ここは3km圏であり、東京なら六本木である.

 

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(おわり)

 

 

 

 

2019年1月11日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

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