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67 香南市のチベット、コミュニティバスで探る.そして時効になった怪事件は

「XX町のチベット」、時々聞く表現である.

天空にあって隔絶されたチベットのように、その土地の中心から遠く離れた、奥深いところを指す.

差別的ではなく、浮世を離れた桃源郷の意味があるのかもしれない.

地方の市町村では、コミュニティバスが運行されている.

一部は「チベット行」である.

住んでいる香南市のバスを中心に辿る.

山里には、未解決の怪事件もあった.

 

2017年4月25日 最終版

 

 

1.コミュニティバス

 

(夜須駅)

 

香南市の夜須駅には、第三セクターのごめん・なはり線、とさでん交通の路線バス、香南市コミュニティバスが集まる.

路線バスは国交省の所管である.

一方、コミュニティバスは、自治体が過疎地で乗合有償輸送をするもので、総務省である.

車は自治体が所有しているが、運転は地元タクシー、観光バス業者に委託している.

 

(羽尾行.出発から12分)

 

コミュニティバスのダイヤは大きく二つの目的から構成されている.

1)小学生、保育園児の通学

朝に学校に送り、夕方帰らせる.

児童の通学状況に合わせ、経路、行先など、フレキシブルに運行されている.

2)高齢者の通院、買い物

地域で異なるが、毎日でなく、週2日のことも多い.

基本的にどこでも乗れ、どこでも降りられるフリー乗降である.

住民が非常に少ない地域では、事前に予約を行うデマンド運行になる.

 

(羽尾の峠へ)

 

山越えで1時間かかる香南市の羽尾には、通学の小学生が居るので、毎日運行である.

すれ違った夕方の最終便には女の子が一人、最後部の座席で本を読んでいた.

 

2.距離感

 

都会で、駅から自宅までのバスの所要時間に対する距離感はどうか.

5分:近い

10分:まずまず

15分:少し遠い

30分:かなり遠い

田舎での行き来は基本的に自家用車であるが、この距離感は同様ではないだろうか.

 

(奈良行バスで正延.ここまで40分)

 

20分を過ぎると、ぽつりぽつり廃屋が見える.

のどかな山村風景が続くのだが.

 

(奈良.廃校の小学校が見える)

 

1時間かかる奈良は、デマンド運行の終点である.

チベットの入口である.

この先は無人の山道が延々と続く.

1時間弱、ハンドルを右左に回し続けて舞川に着く.

 

3.地域おこし

 

(舞川)

 

舞川は四方面から来る道路の結節点である.

しかし、どこからでも2時間近くかかるのは厳しい.

大きい藤の木があり、花の時節にはイベントが開かれていた.

いま、何軒かの家や公民館に人影はない.

若者が一時期居たのか、簡易な宿泊施設や、川に張り出したライブ演奏デッキがつくられている.

以前は、谷川で子どもが泳げたりして、いいところではある.

しかし、絶対ここでなければ、ということでもない.

来ることに時間と労力がかかるほど、来訪者の期待値レベルは高くなる.

応えられるかどうかだが.

 

(羽尾.今日はライブで宴会)

 

羽尾の住人は22人である.

廃校跡にO荘がある.

校舎の利用ではなく、ログハウスのしっかりした個室である.

庭でテントを張ったり、炊事もできる.

市の所有だが、管理者家族が住み、安心できる.

近くに住むYさんは、頼んでおけば山菜料理を出してくれる.

 

(道家の神社)

 

芸西村の道家は、村営バスで30分余り、羽尾と同じく峠を越えて到着する.

古くからの神楽が伝承され、祭で演舞されていた.

住人が減り、途絶えて久しい.

以前は社殿に戸を立てていたが、今は雨ざらしである.

地域おこしでは、一時的な祭りやイベントでなく、まず絶え間なく人が来る仕組みが必要のようだ.

 

4.事件

 

のどかな香南市であるが、いまなお未解決の事件が発生した.

平成16年1月1日未明に起きた、5神社連続放火である.

住民が大晦日に、社殿の初詣準備を整え、境内の清掃を終え、眠っているときである.

 

(有宮神社)

 

午前4時20分、有宮神社に火の手が上がった.

駅から25分の香南市バスの終点で、この先は峠になる最奥の集落にある.

第一現場であることは、再建の経緯を述べた石碑に記されている.

以下は自分の推理である.

消防隊が町から駆け付ける.

しかし、急な石段を上る高台の頂であり、ホースの延伸、川からの汲上げなど作業に手間取る.

 

(山北浅上王子宮)

 

そこに、山北の神社に火がつけられる.

町に近い由緒ある神社で、棒踊りで知られている.

今さっき、消防隊が出てきたばかりの方角である.

犯人は出会わないよう、迂回して背後をついた.

 

(十二所神社)

 

以上の二神社は、合併前の旧香我美町にある.

香我美町は騒動だが、旧夜須町は山を隔てている.

離れた隣村に出来事があっても、警戒はない.

ところが、犯人は山を越えてやってきた.

夜須町の500mしか離れていない二つの社殿に、次々放火する.

奥の十二所神社は、阿弥陀堂と人家が近くにあり、大胆な犯行である.

 

(尾根から見た夜須町.香我美町は山並の向こう)

 

次に尾根に向かって山道を上る.

もう人家はないし、夜の林道を通る車もない.

尾根の小さな社が燃やされる.

白み始めた6時過ぎ、最後の篝火は麓からよく見えたであろう.

状況に通じた地元の人間の仕業であることは間違いない.

地域には他にも多くの神社があるのだから、衝動的に火を付けて回ったわけではない.

その後、不審者の報道がないまま10年を過ぎ、時効となった.

最大の被害者は氏子の老人である.

社殿再建のため、年金から5万、10万を拠出しなければならなかった.

損害の請求権は20年あるから、2024年までは取り返せる可能性がある.

犯人はもう死んでいる、という噂もあるのだが.

 

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(おわり)

 

66 高知県と愛媛県、宿毛の県境.そこには何がある?

県と県の境界は、行政的に明確だし、道路には標識がある.

しかし、某国のように乗り越えられない塀があるわけではない.

天狗高原の国民宿舎は、高知県と愛媛県にまたがっていて、建物内に線が描かれている.

宿毛には、小川が県界になっている地域があり、両県合同でつくった、日本一名前の長い小中学校がある.

県界付近には、素晴らしい景観もある.

しかし、それぞれの県では「辺境」になるし、県にまたがる「観光開発」はなされない.

そこで「知られざる」観光地になる.

 

2017年4月16日 最終版

 

 

1.県境

 

(ホテル内の県境)

 

天狗荘の食堂は高知県、客室は愛媛県である.

だからと言って、高知県に食べに来た、愛媛県に泊まりに来た、というわけではない.

どちらの県の観光案内にも出てくる.

県境の尾根にある道路では、頻繁に県が入れ替わる.

 

2.宿毛から御荘へ

 

(宿毛の県境)

 

宿毛から西に走ると、ほどなく県境になる.

標識の手前は愛媛県、反対側は高知県である.

右は砂浜である.

 

(県境の砂浜.向こうは愛媛県)

 

きれいな浜で、県境は砂上のどこかである.

海水浴場をつくるなら、どちらの県だろうか.

 

(断崖を巡る)

 

断崖の上を通る.

高知県の鵜来島、沖の島が見える.

御荘を通ってさらに進めば、豊後水道に突き出た高茂岬に至る.

(高茂岬)

 

晴れた日なら九州が望めるという.

宿毛と大分県の佐伯を結ぶフェリーから、真近に見える.

侵食に取り残された、人を寄せ付けない灰白色の花崗岩の島や岩礁が点在する.

高茂岬の半島は、地図では一周できる道路がある.

漁村で道路状況を訊いたら、「回れるが道が狭いから気を付けて」と言われた.

行ってみたら、狭いどころか、高知のスタンダードからすると、十分に広い.

広さの基準が、工業県愛媛と高知では違うことを認識した.

 

(花崗岩の島)

 

宿毛は磯釣りの基地で、大道具を積んだ多数の関西ナンバーの車が往来する.

また、四国西部一帯の建設工事の基地でもある.

居酒屋に行くと、全国各地のアクセントが聞かれる.

代行運転業者が22軒あるそうだ.

頼んだ代行の運転手は、船を持っていて、明日沖ノ島へ釣りに行くと話していた.

四国の西岸一帯は、足摺宇和海国立公園である.

しかし、一般に観光地として認知されているのは、足摺岬くらいではないだろうか.

高知県だけで考えると、高知市から遠い宿毛は、往復するには時間がかかる.

愛媛県だけで考えると、松山からの往復は遠すぎる.

両県一体で、宿毛を観光の基地にすれば、四国西部一円の名勝が生きて、長滞在できる魅力が高まるように思うのだが.

 

3.篠山の学校

 

宿毛から宇和島へ国道を行くと、その名も「県界」というバス停がある.

そこから北へ、四国の背骨の山脈の西端になる、篠山へ向かう道がある.

 

(篠山と県境の川)

 

川に沿っているが、この川が県境である.

向かって右は高知県、左は愛媛県である.

利根川のような大きい川なら県境も問題ないが、この小さい川では何かと不便である.

たとえば学校である.

左右別々につくることはない.

そこで両県合同になっている.

 

(2県合同の学校)

 

学校の名は長い.

「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小(中)学校」である.

日本一長い学校名とされる.

昔は、幡多郡宿毛町、南宇和郡一本松町、だったので、さらに4文字長かった.

生徒数は少なくなったが、校舎は整備され、テニスの部活の元気な声が運動場に響く.

教員は愛媛、高知両県それぞれから来るが、出身県がはっきりわかるそうだ.

 

4.篠山

 

(篠山への道路)

 

篠山は標高1,065mで、登山者が多い.

山に向かって次第に上る.

深い林の中だが、木漏れ日がちらちらする.

何故か新鮮に感じる.

しばらくしてわかった.

このような山道は、高知では両側がスギやヒノキの人工林である.

日光が届かず、昼なお暗い.

ここでは広葉樹が葉を落としている.

 

(大規模林道のトンネル)

 

広い道路と合流する.

登山口の広場があり、ここから1.2kmの長いトンネルを通る.

1980年代に、国の公団によってつくられた、2車線の広見篠山大規模林道である.

海岸まで至る計画なのだが、大規模林道のご多分にもれず、工事は途中で中止になっている.

 

5.愛媛県から高知県

 

篠山は昔、土佐藩と宇和島藩が領有を争ったところである.

1950年代の地図でも、まだ県境未確定の箇所がある.

山を下ると、祓川(はらいがわ)温泉がある.

トンネルを潜ったので県が変わりそうに思うが、訊くとここはまだ愛媛県で、温泉は宇和島市営だそうだ.

 

(祓川温泉)

 

薪で沸かした清潔な湯だが、入浴料は400円、高齢者は300円である.

「宇和島市民の高齢者は」などとされないところがよい.

 

(県境を高知県へ)

 

さらに下ると、宿毛から津島を結ぶ地方道に出て、県境となる.

部分的に狭いところもあるが、広々とした山間を行く豪快な道路である.

 

(出井の甌穴)

 

沿道の川には、流水の渦によって花崗岩がえぐられた甌穴がある.

なかなかの奇観だが、高知県民でここまで来た人は少ないのではないか.

 

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(おわり)

2017年4月6日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

65 高知の高齢者の充実の生活?どこでどう過ごしている?

平均年齢が上がるにつれ、高齢者が生活に満足を感じ、安心して過ごせる環境が重要になってくる.

高知はどうだろうか.

人口当りで、病院数、療養病床数は全国一位である.

入院するとして、検査技師数、看護師数、療法士数も一位である.

一方、飲酒費、喫茶店数、弁当屋数が一位である.パチンコ台数も高位である.

高知は、極めて高齢者に過ごしやすいように感じられる.

 

2017年3月23日 最終版

 

1.高齢者と施設

(本山町の老人ホーム)

 

最近、田舎で目立つ新しい建物があれば、それは老人ホームに間違いない.

国土地理院の地図にも、最近「老人ホーム」の記号が加えられている.

普通、いろいろなレベルの老人に対する施設が併設されているが、「特別養護老人ホーム」は高知でも入居待ちが多いという.

高齢者の一人として、あそこがいいなあ、という施設もあるが、予約するわけにもゆかない.

 

(福祉センター)

 

ウチのお母さんは、近くの福祉センターでボランティアをしている.

高年齢のボランティアもいるが、攻守ところを変え、ある日から介護される側に回ることもあるそうだ.

可能な限り介護を手伝い、不可能になれば介護される、自然なように思われる.

 

(田園に立つ病院)

 

高知駅南西一帯は、近森大病院の街区である.

各種の病棟が軒を連ね(高層ビルだが)、白衣の医師や看護師が行き交い、救急車が絶えず出入りする.

県庁、市庁舎付近より活気?があるのではないか.

高知一の繁華街が近く、入院していた某氏は、抜け出してバーに出入りしたようだが.

高知市内だけでなく、田園地帯にも大きな病院はある.

療養病床として心強いことである.

 

2.高齢者の生活

 

福祉センターに来る人は、女性が多く、男性は少ない.

寿命は女性が長いことはあるだろうが、男性はそのようなところに来たがらない.

共同で過ごす時間や、細工やゲームは好きではない.

老人ホームを訪問すると、共用のスペースでは、女性は中央のテーブルを囲んで話している.

男性は窓側の席に、一人一人外を向いて黙って座っている.

 

(古民家カフェで)

 

田舎でカフェや珈琲店に午後行くと、よく老婦人たちが入ってくる.

マスターが「いつもの?」と言っているので常連なのだろう.

女性高齢者の集うところであるが、男性高齢者の行き先はあるのか.

高知市内の屋内屋台集合店「ひろめ市場」に行くと、一人で酎ハイなど飲む老人をよく見る.

喧噪の中での一杯は孤独を和らげる.

同じ境遇同士が声をかける様子も見受けられる.

男性高齢者にとって望ましい「福祉施設」は、歩いて行ける安い居酒屋である.

住んでいる4,000人の町に、老婦人愛好の喫茶店は8軒あるが、爺の居酒屋は及ばない.

増やしたいものだ.

田舎では店舗を構えず、テントやバラックのところもあり、設備費はかからない.

 

(池川の居酒屋)

 

3.高齢者の活動

 

高知県内には、ゴルフ場が9か所ある.

近場を選べば簡単に行けるし、途中渋滞もない.

自宅からは5分で行ける.

今はどこでもセルフで気軽にプレイできるし、サービスデイもある.

夏には早朝や薄暮の割引もある.

 

(Tゴルフ場)

 

高齢者のもっともポピュラーな娯楽はパチンコではないか.

高知は人口当たりの台数で、鹿児島、宮崎、大分に次ぐ第4位である.

高知県内チエーン、全国チエーンがあるが、その土地に1店舗だけの店も健闘している.

 

(山のパチンコ店)

 

高知県民の特性の一つは、探求心が強いことである.

たとえば、「高坂学園老人大学」は、どこからの援助も受けない自主組織で運営されている.

1,000名近くの在籍者があり、5グループに分かれて毎月2回の講義を受ける.

「起立、礼」で始まるが、大学生と違うのは、背筋を伸ばして聴き、居眠りがないことである.

 

(高坂学園老人大学の「学生」)

 

類似の仕組みは他にもあるし、市町村主催の「大学」や講演会も、年中どこかである.

そこに聴講者が求めるものは、面白かった、いい話を聞いた、ということではない.

異なる思想に触れ、自己主張をさらにブラッシュアップするためである.

一般の大学と同じく、教師と学生の真剣勝負である.

その点は龍馬やジョン万次郎に共通している.

なぜそうなったのか.

高知は他地域と山や海で隔てられている.

それ故、基本的に異文化そのものに好奇心があったためではないだろうか.

 

4.高齢者の日常

 

(Y町の旧道)

 

住んでいる町の、室戸へ向かう旧国道沿いは、昔は映画館が並ぶ繁華な土地であった.

そこに地域スーパーがある.

山の不便な地域からは、補助があるのでタクシーで買い物に来る.

買い物が済むまでタクシーは待ってくれる.

右に曲がると新国道で、コンビニや直販所がある.

高知は日本一弁当屋が多い.

つまり日本一の弁当激戦区である.

率直に言って、コンビニ弁当や総菜は、質、量、価格とも地元スーパー、直販所と勝負にならない.

コンビニは工場生産だが、スーパーは手練れのお母さん方の手造りである.

あるスーパーでは、盛り沢山の弁当が、二つ680円、三つなら980円で売っていた.

夕方になると割引があり、高齢者が待ち構える.

298円が売りの店もある.

相互扶助で、高齢者が安くつくり、高齢者が安く買う.

 

(年末の「お町」)

 

高知では、市内の中心街を「お町」という.

地域の老婦人方も市内に行くことがある.

帰っての感想は、共通して

「お町は人が多くて疲れるね!」

である.

 

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(おわり)

 

2017年3月17日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

64 高知の森林と森林鉄道を探索する.なぜいまの姿に?

峠に上がって、高知の山を見渡すと、見渡す限りのスギとヒノキである.

壮観である.

急傾斜の山腹を埋め尽くす植林をした人々の苦労に頭が下がる.

なぜこのような森林になっているのだろう.

いま森は、われわれにどう関わっているのだろう.

そして、これからどうなってゆくのだろう.

 

2017年3月9日 最終版

 

 

 

1.森の変遷

 

1.1 1960年頃まで

 

高知の森林では、江戸時代から、管理された天然木の伐採が行われてきた.

明治、昭和もそれを引き継ぎ、面積の65%が国有林であった.

輸送のため、森林鉄道が建設される.

トロッコ的な簡易な鉄道で、線路の幅も狭い.

多くは1日1-2往復で、多くても数回程度であった.

高知の木材産出量は、官民併せ年間約23万トンと推定される.

 

(小田深山森林鉄道跡、ここから麓まで下る)

 

小規模な森林鉄道では、朝、山上から、丸太を積んだトロッコに一人づつ跨り、次々に発車、手綱でブレーキをかけつつ麓に運ぶ.

下り勾配だから、動力は要らない.

午後、トロッコを連結してガソリン機関車が引き上げる.

小田深山森林鉄道では、その高低差がよくわかる.

 

 

距離が長く、輸送量も多い魚梁瀬森林鉄道などでは、往復とも機関車が牽いていた.

天然木の伐採跡には植林がなされ、丁寧にメンテナンスされた.

 

(魚梁瀬森林鉄道の鉄橋)

 

また、高知は薪炭王国であった.

雑木林がその資源である.

ご飯も風呂も薪、料理や暖房は炭の時代で、消費地の大阪に近いからである.

木炭の生産量は、年間14万トンであった.

薪ははっきりしないが、同程度以上と思われる.

 

2)1960年以降

 

高度成長期となり、木材需要は2割、3割と増加する.

か細い2本のレールに頼っていては間に合わない.

各地で森林鉄道が撤去され、トラックに転換、林道を建設し、奥へ奥へと伐採が進む.

次第に天然木は枯渇する.

植林はされるが、その成長には50年かかる.

一方燃料は、輸入される石油、ガスに代わってゆく.

薪炭の生産は激減する.

 

(木炭の生産.現在は年間1,000トン程度)

 

そこに新たに見出された用途が、パルプの原料である.

薪炭用途に代わって、雑木林が伐採される.

当時、全国どこの駅でも、雑木や砕いたチップを満載した貨車が多数見られた.

では、雑木を伐採した跡地をどうするか.

需要の増加と価格の高騰を想定した、スギ、ヒノキの植林である.

人工林は爆発的な拡大を続けた.

 

3.1970年以降

 

これは止むを得ない方策ではあったが、今から見ると過大な投資であった.

住宅では、1960年代に、コンクリートの団地、鉄骨プレハブの住宅が現れている.

着工件数も、1970年より伸びが止まる.

輸入が増加し、建築材、合板とも外材が中心になる.

結果として、木材価格は1980年をピークに下落を続け、1/2から1/4にまで下がる.

森林を手入れしても、見合う収入が期待できない.

山は放置される.

 

(現在の森林)

 

4.現在

 

人工林は本来、間引いて成育の良い樹木を残してゆく.

間引きがされないので密生し、幹は細く、中は暗い.

日光が入らないので、草も生えず、豪雨では土が流される.

ただ、トータルの生育量は、この状態でも変わらない.

 

(スイングヤーダ)

 

林業というと、「ヘイヘイホー」の世界を思い浮かべる.

しかしいまは、重機を駆使し、建設現場と変わりない.

伐採された木を、スイングヤーダのロープで牽き上げる.

どれくらいの年数のものか、オペレータに訊いた.

40年生の太さだが、間伐がされていないので、もう少し経っていると思う、との答えである.

この後、プロセッサと呼ばれる機械で処理する.

あっという間に枝を払い、自動的に所定の長さに切り揃える.

先端の工具部分で1,000万円するそうだ.

見たいが、そうそう出動するものでもない.

ユーチューブで、動画を見ることができる.

 

(丸太を運ぶトレーラー.2両連結の車もある)

 

最近、少しづつ木材需要は増加している.

貯木場の材木は増えているし、国道では、丸太を山積みしたトレーラーをよく見る.

 

(大豊町の製材工場、手前は乾燥炉)

 

高知の森林の蓄積量は、1億8千万立方米である.

年2%の成長(50年で一人前)とされるので、年に360万立方米、重量にすると144万トンである.

一日4千トン、1時間167トン、こうしている間にも、休みなく木々は育っている.

これは鉄鋼なら、住友金属小倉製鉄所クラスの「操業」を行っていることになる.

現在の伐採量は年25万トンで、森林鉄道時代とそう変わらない.

山ではまだまだ貯金が積みあがっている.

ただし、森林鉄道時代と決定的に違うのは、太さである.

森林鉄道は、それこそ二抱え、三抱えの巨木も積んでいた.

天然木だから、曲がりもゆがみもある.

今は径は小さいが曲がりがない、言ってみれば山がつくる規格化された量産品である.

カイワレを連想させる.

 

(伐採地.物部)

 

安芸市から馬路村に抜ける林道沿いに、「文化財資源備蓄林」がある.

文化財の修復に使うことを目的にしている.

1912年に植えられたので、100年経っているから、役立つだろう.

あと100年すれば相当の巨木になると思われる.

 

(文化財資源備蓄林)

 

新しいステージに入っている高知の山林、今後どうなるのか、いずれ探ってみよう.

 

関連記事リンク:世界遺産?驚愕の植林地

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(おわり)

 

 

2017年2月26日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

63  高知の山に森を探る.日本一「世界遺産級」の驚愕の植林

高知は海のイメージが強いが、その84%が森林である.

全国平均は56%である.

さらにその山の67%がスギ、ヒノキの人工林である.

全国平均は40%である.

いずれも日本一と言ってよい.

昔は総延長740kmもの森林鉄道が敷かれていた.

高知の東部、魚梁瀬より奥へ、10kmあまり遡ると千本山に到達する.

今は保護林で、樹齢270から370年の杉の林である.

ここを始めに、高知の山を訪ねてみよう.

そこには驚きの植林で埋め尽くされた山がある.

 

 

2017年2月22日 最終版

 

1.千本山

 

(渓谷の道)

山の道は、冬とあって、登山客は見られず、渓谷で野鳥の写真を撮る一人だけに会った.

登山口では、高さ50m以上の大杉が2本出迎える.

登山道には木道と階段がつくられ、歩き易い.

 

(登山口)

 

植林する場合、苗は何でもよいというものではない.

真っ直ぐ育つとか、枝の出し方がよいなど、優秀なDNAを持つ木の種子が選ばれる.

そのために選定された樹木がマークされている.

スイカもそうで、近所の「スイカ屋」ハウスで訊くと、とにかく優秀な苗を入手することが重要だそうだ.

我家は生ごみを庭に埋めているが、昨年スイカが芽を出した.

スイカ屋さんの見よう見まねで、柱を立て、空中で吊るして育つようにした.

小型スイカが一つ実った.

美味しかったのは、スイカ屋さんで入手したものの種であったせいだろう.

 

(春、千本山から魚梁瀬を望む)

 

魚梁瀬杉は、土佐藩の有力な財源として、厳重に管理され、育成されていた.

高知の宝の山に目をつけ、混乱の時期に皆伐の計画が立てられた.

第一は山内容堂で、近代化施設の開成館の財源を目論んだ.

第二は板垣退助の立志社で、活動資金として払い下げを受けた.

どちらも失敗に終わり、現在の姿が残っている.

 

2.須川林道

 

谷沿いの道は見通しが効かない.

山を見るには、尾根に上がらなくてはならない.

奈半利から野根に至る、昔の野根山街道に沿う須川林道を上った.

 

(須川林道から魚梁瀬方面.すべての木は手で植えられた)

 

魚梁瀬方面までよく見えるが、見渡す限りの山腹は、すべてスギかヒノキの人工林である.

1950から1970年代にかけて植えられた.

機械などない時代、全部人手で整地をして、苗木を担ぎ上げ、一本づつ植えた努力が、山をくまなく埋め尽くしている.

谷底から山頂まで、想像を絶する労働の集積である.

万里の長城は1本の線である.

これは、視界すべての面である.

強制された労働ではない.

日々、無名の人たちが、営々と勤労に勤しんだ結果である.

長城以上の人類の成果ではないか.

日本が誇る「世界遺産」である.

 

 

(伊尾木川流域.一本一本の植林の結果である)

 

以前、植林のイベントに参加した.

 

(植林の体験)

 

登るだけでも苦労する斜面を、苗木を担いで上がる.

土地は、すでに地元の方々によって灌木、雑草が取り除かれ、整地されている.

小さな穴を掘って植える真似事だが、10本、20本がせいぜいである.

その後は、下草刈りも行わなくてはならない.

 

(羽根川流域、これから苗木を植える)

 

高知県民というと、酒を呑んでおだを上げるイメージを持たれる.

しかし、やればこれである.

もっとも、一旦始めるとブレーキがかからず、徹底的にやるということかもしれないが.

 

 

(カモシカ)

 

カモシカに出会った.

シカは立ち止まってもすぐ逃げるが、カモシカは好奇心が強いのか、フリーズするのか、動かない.

こちらが動くと目だけ追っている.

何かしてやりたくなるが、カナダの公園の掲示にあったように、

“Fed animal is dead animal”

である.

冬の暖かい日が続いていたが、900mまで上ると、日陰の路面には雪が残り、アイスバーンになっている.

最高地点は1,000mで、北斜面になる.

引き返すことにした.

 

3.日本の植林地

 

スギ、ヒノキの人工林は、日本全国至る所に見られる.

大規模に集積する地域はどこか.

それには森林鉄道を見ればよい.

森林鉄道が大規模ということは、大量の伐採が可能な大森林ということである.

伐採をすれば、必ず植林を行う.

植林を含んだ年間の森林の生育量が、年間の伐採量を上回れば、生産は永遠に持続される.

森林鉄道の規模と伐採、植林は比例する.

 

(青森、津軽森林鉄道線路跡)

 

大規模の森林鉄道集積地である.

1)津軽半島:最初に森林鉄道が設けられ、総延長でもっとも長い

2)秋田の二ツ井:秋田スギの中心で、奥深い

3)木曽の王滝:本格的な鉄道に近い

4)魚梁瀬を中心とする高知県東部

 

(伊尾木川上流)

 

高知東部の特徴は、山がV字の谷から成る急傾斜になっていることである.

そのため、インクライン(仮設のケーブルカー)が至る所につくられ、搬出していた.

急傾斜地での苦労は、他の3か所を格段に上回る.

高知県東部は、日本最大の植林の記念碑である.

 

関連記事リンク:いまの森林、なぜこの姿に?

                                  伊尾木川を46km遡る

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(おわり)

 

2017年2月15日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

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