62 「日本で最も美しい村」馬路.そこには魚梁瀬森林鉄道とトリュフ?

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「日本で最も美しい村連合」という組織がある.

高知では、魚梁瀬森林鉄道のある馬路村と、棚田の本山町が加入している.

四国では、徳島の上勝町、愛媛の上島町が加わる.

小さい地域でも、誇りを持って美しい景観をつくり、維持することが目的である.

2005年に発足し、現在64の地域が認定されている.

その1/3には、行ったり通ったりしているが、なるほどと頷ける.

フランスにある組織に倣ったもので、ベルギー、カナダ、イタリアにも同様の連合がある.

知人のI氏は、分厚いガイドブックを基に、フランスの「美しい村」を訪れ、その絵で毎年個展が開かれる.

馬路村を訪ねてみよう.

 

(北海道の「美しい村」、鶴居に保存の村営軌道車両)

 

2017年4月23日 修正版

 

1.森林鉄道

 

現在の馬路村は、馬路と魚梁瀬が合併して生まれた.

馬路は安田川沿い、魚梁瀬は奈半利川沿いである.

魚梁瀬は1,000から1,400mの多数の山に囲まれ、その間には無数の峡谷が刻まれている.

降雨が多く、気温も高いから、樹木の生育が盛んである.

江戸時代から、魚梁瀬杉の管理は藩によって厳重に行われていた.

明治になって国有林となり、両地区に営林署が置かれ、伐採が進められた.

1910(明治43)年から森林鉄道が設置される.

最盛期には総延長250kmの路線が、多数の谷を遡って運転されていた.

高知県内には700kmの森林鉄道があったが、魚梁瀬は格段に大きい.

日本では、宮内庁の木曽森林鉄道に匹敵する.

遺構は、産業遺産、重要文化財に指定されている.

その一つ、県道の一部に転用されていた鉄橋に、ゆがみが発生した.

迂回路がつくられたが、そのため真横から見ることができる.

 

(元森林鉄道の橋梁)

 

魚梁瀬には1周400mの線路がつくられ、日曜に保存された機関車が運転される.

2周1,000円で体験運転ができる.

簡単な運転だが、汽笛を鳴らしたり、なかなか楽しい.

 

(平日の「森林鉄道」)

 

2. 馬路村のパン、トリュフ

 

いま、馬路の中心産業はユズ調味料、飲料である.

(馬路村のユズ食品工場)

 

木を基調にした、清潔で立派な工場で、いつでも見学ができる.

横にパン工房がある.

ライ麦などの堅いパンが得意だそうで、高知にはなかなかないので、沢山買い込んだ.

 

(パン屋で)

 

昼時で、コーヒーと温かいスープ、サンドイッチをオーダーした.

土曜日とあって、地元の人たちが次々来る.

男の子は、馬路村のイメージキャラクターに最適の風ぼうである.

小遣いをもらったのか、慣れた様子でチキンサンドを頼み、出来上がると目を見開いてかぶりついた.

 

(馬路のトリュフ犬)

 

マスターの子犬が、このほど雑木林でトリュフを見つけた.

何に魅力の香を感じたのであろうか.

トリュフは日本にもあり、栽培も可能性があるという.

いずれメニューに入るかもしれない.

 

3. 魚梁瀬ダム

 

(魚梁瀬ダム)

 

1965(昭和40)年に電源開発の魚梁瀬ダムが完成した.

これを契機に森林鉄道が廃止された.

コンクリートではなく、真ん中に粘土層を置き、周囲に岩石を積み上げるロックフィルダムである.

魚梁瀬ダム単体の発電所は3.7万kwだが、下流の3か所に小さなダムと発電所があり、共通に運用される.

水系全部では14.5万kwで、当時四国で最大のエネルギー供給地帯とされた.

一発電所で100万kwの現在からすると、大工事をしてそれだけ?という気がしないでもない.

上流では絶えず山が崩れている.

満々と水を湛える、というより、満々と土砂を湛える、というところもある.

 

4.魚梁瀬ニュータウン

 

(夕暮れの魚梁瀬)

 

ダム建設に伴い集落が水没するため、台地に新しく「ニュータウン」がつくられた.

地域全体で1,000人もの人が林業に従事していたが、いまここに住むのは180人である.

 

(魚梁瀬の中心)

 

なかなかの「コンパクトシティ」である.

役場、マーケット、郵便局、診療所、学校、温泉が集まり、平地で高齢者が往来しやすい.

ヘリポートも近くにある.

電柱、電線の地中化という計画もあったが、時期尚早で実現しなかった.

馬路の中心まで30分、海岸まで1時間だが、「美しい村」の中では格段に遠いわけではない.

馬路村では廃校になった学校がない.

ほとんどが営林署の職員で、山奥の事業所の家庭では、子どもたちは魚梁瀬の学校の合宿所に居たからである.

土曜の午後、森林鉄道に連結されたトロッコで家に帰り、月曜の朝戻る.

 

 

100人以上居た.

ただ、小さい子はすぐには馴染めなかったようで、1年生が一人姿が見えなくなった.

手分けをして探したところ、線路を辿って自分の家に帰っていたという.

 

(魚梁瀬の学校)

 

今の学校は、子どもたちのアイデアで、2階から滑り台で運動場に下りることができる.

 

関連記事リンク:魚梁瀬森林鉄道.レールの発掘

        森林鉄道から森林を探る

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(おわり)

2017年2月5日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一