30 1年で7mm高くなる室戸岬と海岸段丘.室戸の魚

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高知県民にとって、室戸はシンボル的な土地である.

初日の出には、暴走族を含めて、たくさんの人が押し寄せるので、交通規制が敷かれる.

「室戸貫歩」という催しが秋にある.

高知大学空手部が始めた行事だが、キャンパスから室戸まで、約90kmを歩き通す.

一般人も可で、500人が参加し、思い思いの服装やグループで歩いている.

また、室戸岬は、地殻変動観測の最前線である.

1年に7mm沈みつつあり、限度に達して跳ね返ると、地震になる.

 

(2017年3月29日 修正版)

 

 

1.室戸と台風

 

(室戸岬)

 

高知に住んでいると言うと、「台風は大変でしょう」ということになる.

中でも「台風イコール室戸」という印象がある.

しかしその理由は、室戸の被害よりも、大阪への影響から来ている.

台風が室戸岬の東を通り、紀伊水道を勢力が衰えぬまま北上すると、大阪に大被害をもたらす.

これらの台風が、室戸台風、ジェーン台風、第二室戸台風、とネーミングされてきた.

 

2.高速隆起

 

高知市から室戸に行くと、2回はだまされる.

「あっ、室戸が見えた」と思うが、これらは羽根岬と行当岬である.

みな室戸岬と形が似ている.

 

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(羽根岬と行当岬.先を回ると室戸岬)

 

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(26番金剛頂寺から見た室戸岬)

 

各岬の上は標高約170mの台地になっている.

海底から隆起してできた海岸段丘である.

室戸岬は次の特徴がある.

1)隆起の速度が異常に早い

地域全体を平均すると1,000年で2mだが、岬はもっと早い.

2)沈降と隆起が規則的である

室戸の沖150km、水深約5,000mで、南からのプレートが日本のプレートの下に潜り込んでいる.

南海トラフである.

そのため、日本のプレートは引きずり込まれて、陸地は沈み込む.

年間7mmの速度である.

しかしある限度に達すると、耐えられなくなり、一気にはね返って跳び上がる.

南海地震である.

長年かけて沈んだ以上に押し上げられ、差引きで隆起する.

地震の周期は100から150年である.

このような規則性は他の土地では見られない.

したがって、精密に大地の動きをモニターすれば、活動に推測ができるとされる.

 

3.室戸岬

 

このような結果で、室戸岬周辺は、最近に深海から上がってきた、各種の異様な岩石で満たされている.

 

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(御蔵洞)

 

室戸岬を東に回ると、弘法大師・空海が修行をされたという、御蔵洞がある.

洞内から外を見ると、まさに空と海で、「空海」の名が実感できるというものである.

空海の頃は波打際に近かったが、今はかなり上で、その時代から1200年で、6ないし10m隆起しているらしい.

これは相当に異常な値である.

 

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(岬の東、海洋深層水汲上げ施設)

 

岬の東側は特に急傾斜である.

この傾斜がそのまま海底1,000mまで続いている.

深海がすぐ傍にあるのだから、金目鯛などの深海魚がよく獲れる.

水深370mで、海洋深層水が汲み上げられてもいる.

一般に急傾斜地は次第に浸食されて緩やかな勾配になる.

ここではその暇なしに(ときどきは崩れるが)どんどん隆起している.

 

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(室戸・津呂港)

 

4.室戸の港

 

室戸には、岬に近い津呂と、室津の二つの港がある.

室戸は元来、捕鯨と共にマグロ遠洋漁業船の基地であり、津呂も大堤防とともに拡張されている.

ただ、冷凍倉庫など大型施設の設置が困難であり、今では大消費地に近い港に基地が移ってしまった.

マグロはえ縄のハイテク漁労機械をつくっているI 鉄工所は健在である.

はえ縄は、幹綱が大阪-岐阜間に相当する150kmの長さであり、そこに50m間隔で長さ30mの枝縄がついている.

枝縄に餌の魚を付けるのは人がやるが、勢いをつけて海に向かって振り出さなくてはならない.

急回転・停止を行う、特別な大型サーボモータが使われている.

また150kmの綱を適当に引き上げると、からまってどうにもならなくなる.

そのため、コンピュータ制御で、綱を順次規則正しく折り返して、槽内に収めるようになっている.

 

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(室津港)

 

室津は、陸地を掘りこんで江戸時代につくられた姿を残している.

地震の都度隆起すると、船が入れなくなり、その分毎回掘り下げられてきた.

岸との高さの差が隆起の大きさを示している.

 

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(25番 津照寺)

 

港の前に札所の寺がある.

漁の安全を祈り、また遭難者を弔う石碑の多い港の寺である.

連絡の手段がなかった昔、全員の遭難で、いくら待っても帰らなかった舟も多かった.

漁師と家族の嘆きを、お大師様が聞き受けているのがこの寺なのである.

山門は派手である.

しかしこれは、海に沈んだ人は、今このように美しい竜宮城で暮らしていますよ、ということではないだろうか.

 

5.室戸で食べる、飲む

 

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(室戸の魚屋)

 

港の近くには魚屋がある.文字通りの「室戸直送」である.

 

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(港の横丁)

 

横丁に入ると、料理屋、寿司屋、旅館が並んでいる.

 

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(港のスナック街)

 

さらに裏通りは、スナック、バー街である.

ノア、エルメス、進出、風蘭…

看板があっても半分は店を閉めているということだが、半分でも大したものである.

昔は札束で懐を膨らませた漁師で、大変な賑わいだったそうだ.

料理屋で室戸の魚をたらふく味わい、近くの旅館に泊まる.

2次会のスナックにも事欠かない.

 

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関連記事リンク:野根と甲浦の海

        高知の地震1 まず東海から

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(おわり)

2015年12月3日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一