71 市町村が運行するコミュニティバスで高知観光 1.香美市、芸西村

乗り物や旅は、だれにも受けると見え、テレビに鉄道番組は多い.

路線バスの旅もある.

しかし田舎には、都会では絶対に体験できない交通機関がある.

それは地方の自治体が、過疎地住民のために運行する「田舎のバス」・小さなコミュニティバスである.

法令上、路線バスと違って乗客の範囲は限定され、「在住する住民およびその親族」となっている.

ただし「市町村長が必要と認める場合」には、「当該区域への来訪者等」も乗車できる.

高知では、ある決められた曜日に、山の集落を朝出て夕方帰る、1週間にこの1往復のみという路線もある.

これは「認め」てもらっても、部外者はまず乗れないが.

高知の県内34市町村、その21にコミュニティバスがある.

高知では普通になっている「ローカルバス」、その路線のいくつかを辿ってみよう.

 

2017年6月22日 最終版

 

 

1.コミュニティバスとは

 

(安芸市のコミュニティバス.「元気バス」とネーミング)

 

コミュニティバスにはいくつかの種類がある.

一般には、市町村が所有する「自家用車」(白ナンバー)を使って、有償で運送を行う「市町村営」バスである.

大都市のバスは、都営、市営、と言っても、「事業用車」(緑ナンバー)で行う路線バスである.

コミュニティバスの運営は自治体が行うが、実際の運転は、地元タクシーや観光バス業者に委託されている.

「自家用車」は、大型のワゴンかマイクロバスである.

自治体行政の一環であり、国交省の許認可外である.

かといって勝手に運行して、既存の路線バスやタクシーとの競合になっても困る.

そのため、自治体、住民、関係業界、運輸局を交えた「地方公共交通会議」で協議が行われる.

多少の運賃をもらっても、過疎地で採算は合わない.

交付税で賄われるから、その意味で総務省の分野である.

 

(香美市営バス.コミュニティバスの大きさはいろいろ)

 

2.香美市営バス谷相線

 

空いているのだし、一々「市町村長に認め」てもらわなくても、実際には乗れる.

総括的に「来訪者等」が認められているのかもしれないが.

普段見かけない人物であっても、運転手に「許可証は?」などと言われることはない.

第一、役場のホームページにも乗車申請書様式はない.

ただ、住民を押しのけて、ハイキングのグループが独占するなどはよくない.

空いていても、途中から法事で沢山乗ってくることもあり得る.

ワゴン車には立席がない.

その時は住民に譲って歩くことだ.

アンパンマンミュージアムのある香北町から、夕方、山の上の谷相に向かう香美市営バスに乗った.

通学を意識したダイヤで、朝1回、夕方2回、土日を除き運行されている.

老婦人が一人、小学生が二人乗っている.

どこで降りると言わなくても、ちゃんと家の前で止めてくれる.

 

(山を上る)

 

リュックを背負った老婦人が降り、次に大声で挨拶して小学生が降りた.

谷相は視界が広がり、眺めの良いところである.

 

(車窓から)

 

バスは山上をあちこち回り、終点に着いた.

ここまで20分、200円である.

バス停の標識はあるが、家は辺りに見当たらない.

すべてのコミュニティバスがそうだが、向きを変えて、直ちに折り返す.

 

(バスの終点)

 

帰りの便に乗客はない.

バスの運転は、タクシー会社が委託されている.

この車の運転手も、朝夕はバスで、昼間はタクシーという.

そのせいか、交わす会話はタクシーの感覚である.

「運転士に話しかけないで…」などの表示はない.

間合いが長いので、買い物で往復をバスの人は少なく、片道は支援のあるタクシーなどを使っているという.

 

3.芸西村営バス

 

芸西村のバスは、ごめん・なはり線の和食駅から、峠を越えて、山間の集落に至る.

行先は二つあり、それぞれ週2日、一日2回である.

 

(村営バスの出発)

 

大抵のコミュニティバスは、フリー乗降であっても、主なところにバス停標識が立っている.

芸西村は全くない.

住民は知っているから必要ない.

普段から行き来している隣村なのだが、わからない.

和食駅は広場が二つあるので、役場に電話して確かめた.

 

(村の中)

 

広いバイパスはあるが、それでは「コミュニティ」のバスにならない.

集落の路地を通る.

老男性が一人乗ってきた.

 

(峠道のすれ違い)

 

すれ違うドライバーは皆、バスの運転手と顔見知りである.

男性は今日運行のない集落から来たので、森の分かれ道で降り、置いてある自転車に向かった.

 

(道のネット)

 

途中の集落では、シカやイノシシの侵入を防ぐため、道にネットが張ってある.

通る場合は横にずらすように書いてある.

ただ、バスはこの道ではない.

 

(今日の終点・国光)

 

終点まで34分、280円である.

以前は小型車では積み残しが出て、29人乗りで運行したこともあるという.

途中の山の中に、バスの車庫だったコンクリートの土台が残っている.

今、この地域の全人口は、その定員の半分にも満たないだろう.

運転手は、この谷にも家があった、この横にも、と説明してくれるが、林に埋まってわからない.

それにしても、ワゴン車でも曲がり難い峠の道を、よく29人乗りで運行したものだ.

 

関連記事リンク:

山道の運転、山の子ども

コミュニティバス 2、須崎市、大豊町

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(おわり)

 

2017年6月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

70 国道439(よさく)2.山里を巡って「よさく」の難所、杓子峠へ

徳島から四国を縦断する国道「よさく」.

山に点在する集落を通り、峠を越える.

山里体験ルートであり、「日本の原風景」だけでなく、変わりゆく今の町村の姿を実感できる.

「冒険ルート」ともされている.

1に続いて、池川から終点中村へ.

最後は、もっとも「よさく」らしい杓子峠である.

 

2017年6月11日 最終版

 

 

1.池川

 

仁淀川町は、池川町、吾川村、仁淀村が合併してできた町である.

高知の山間部一帯に広がり、高知の山里を代表すると言ってよい.

各地の集落に向かう、週1日のコミュニティバスが30路線に上る.

池川の元役場の裏を上がって行くと、鯉幟にフラフが翻り、次世代を担う子どもが育っていることがわかる.

ただ、町関係者は、生徒の調査をすると、将来もここに住みたいという比率が少ないことを嘆いていたが.

 

(池川の5月)

 

斜面では、3軒のお宅が薔薇園をつくっている.

入場料を取ることではなく、お家にお邪魔して見せていただくオープンガーデンである.

しかし、よく手入れされ、楽し気に家人の方が説明してくれる.

山を背景にしているところが、また素晴らしい.

 

(池川の薔薇園)

 

2.33号線

 

(ドライブイン引地橋)

 

しばらくして、国道33号線と合流する.

高知と松山を結び、高速道路がない時代のメインルートであった.

座席指定の特急国鉄バスが、1時間おきに走っていた.

3時間半かかるが、途中このドライブインと愛媛に入っての久万で小休止する.

さらに松山からは広島行き水中翼船が連絡して、瀬戸大橋以前の、高知-広島の最速ルートでもあった.

単調な高速道路に飽きると、ここを通る.

今も変わらずおでんが売られている、県民御用達の店である.

いつぞや、高知のスーパーで「引地橋おでんのたれ」をみつけた.

 

3.長者

 

再び439で、長者を通る.

幸せな名には伝説があるが、佐川、越知から山奥に至る往還の要所である.

「だんだんの里」の農家レストランがあるように、見上げる斜面一帯が、石を積み上げた「段々畑」になっている.

地図を見ると、これでも周辺より傾斜が緩い地域なのである.

一回では曲がり切れない道を折り返して上ると、往還沿いに家々が並ぶ.

道路からは1階、下からは3階になっている.

 

(長者)

 

水が湛えられ、田植えの準備である.

高知の平野部より2か月近く遅い.

ただ、長年の努力にもかかわらず、ついに耕作放棄地になった地域もある.

 

(田植えの季節)

 

4.山の宿

 

(午後の439)

 

道幅が狭くなって、矢筈峠を越えて梼原町に入る頃、日が傾いてきた.

この辺り、宿になかなかバラエテイがある.

囲炉裏と五右衛門風呂の古民家、農家民宿、町中に行けばシティホテルに温泉ホテルがある.

439沿いに小さな郷麓温泉がある.

 

(郷麓温泉)

 

部屋のデッキと風呂は渓流に面し、流れの音と河鹿の声が絶え間ない.

この後、439は山の中を延々と続く.

特にダム湖の縁は、昔ここにあった森林鉄道と同じく、等高線を忠実に屈曲して辿る.

ひたすらハンドルを回し続けても、周囲の風景は一向に変わらず、気力を消耗する.

ただ439は国交省だが、並行して農水省の「ふるさと林道」がある.

先は国道並みに?狭いが、2車線で長いトンネルを抜けるので短縮ルートになる.

途中、中津川には農家民宿がある.

 

(中津川)

 

5.杓子峠

 

栗焼酎が売りの大正を過ぎて、ラストコースの杓子峠で終点の中村に向かう.

入口には「通行困難!!」の警告板がある.

 

(杓子峠の入口)

 

(杓子峠へ)

 

狭くなり、よさく最後の試練である.

たしかに「国道」としては狭いが、「高知の山の道」としては普通である.

いや、むしろ広い方と言ってもよい.

これは慣れで、以前居た東京には1車線の道路などなかった(世田谷の住宅地は別だが).

20年前高知に来たとき、すれ違いができない狭い道には緊張したが、今はこれが当たり前の感覚となった.

大体このようなところでは、すれ違う車はほとんど来ない.

 

(杓子峠から)

 

大正から中村には、海岸を通る道筋が一般的で、山越えをすることはない.

山越えにしても、これも農水省による、2車線の清水東津野大規模林道が、439と並行してつくられている.

ただ工事は中止され、途中から狭くなるが、県によって拡幅工事が進行している.

おそらく今後も、439の改修工事が行われることはないであろうから、「酷道」のタイトルは安泰である.

 

(住次郎)

 

峠を下って行くと、住み家が見えてくる.

次第に広くなる.

 

(中村城址から)

 

川に沿って水田が広がる.

よさくの終点、中村の城址に上って杓子峠の方向を見る.

439は右の山裾の集落の間を通っている.

徳島からここまで、どんなところにも、人は住んでいるものだと思う.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

国道よさく1 剣山から仁淀川町

沈下橋と四万十川

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(つづく)

 

2017年6月2日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一