69 国道439(よさく)1.奥祖谷モノレール、京柱峠、棚田を西へ

国道439号線、通称よさく、は徳島から四万十川河口の中村まで、300kmを越える路線である.

四国の背骨の山々を貫く、四国縦断ルートである.

曲がりくねった1車線の、ガードレールもない狭い山道を、右に左にハンドルを回し続ける.

対向車があればバックしてやり過ごし、峠をいくつも越える.

日本三大「酷道」の一つとされる.

しかし、大変だ、危険だ、と言われるほど、行ってみたくなるのも人情で、なかなかの人気である.

 

2017年5月26日 最終版

 

 

1.剣山から奥祖谷

 

439号線は、徳島から山の中を走り、ようやく剣山(つるぎさん)登山口に着く.

標高は1,400mで、1,955mの剣山にはリフトがある.

この高さだから、積雪で冬季は通行止になる.

今、徳島からここまでは438で、439は実質的にここから始まる.

 

(剣山から行く手を見る)

 

これから辿る山並みが連なって見える.

終点中村まで、何回このような景色を見ることか.

 

(東祖谷菅生)

 

下りた辺りは祖谷である.

菅生は昔、林業の中心地で、森林鉄道があった.

バスの車庫と共に、立派な旅館の建物が残っている.

 

2.モノレール

 

ここには、大変奇妙な乗り物がある.

奥祖谷観光周遊モノレールである.

みかん山などで、果実を入れたコンテナを下ろす簡易なモノレールをよく見るが、その拡大版である.

工事現場などでも使われていて、専業メーカがあり、最大3トンの重機、6名を輸送できるという.

ここでは二人乗りで、1周4.6km、高低差590m、自動運転であり、65分で戻ってくる.

日本最長乗車時間のモノレールである.

普通はエンジンだが、ここは電動である.

 

(奥祖谷観光モノレール)

 

(山を巡る)

 

何があるというわけではないが、森林を巡って、なかなか楽しい.

なぜここにこんなものがあるのか.

当初、至近距離にある、標高1,893mの三嶺への登山客輸送を目指したからである.

三嶺は、四国では知られた登山の対象である.

ところで、A地点からB地点に人を移動させる、これは「輸送」であり、鉄道(軌道)事業となる.

このモノレールも、東京、大阪のモノレールと同じ基準で審査される.

とても実現は困難であろう.

しかし、AからAに戻ってくれば、これは輸送ではなく、遊園地の汽車と同じ扱いになる.

ディズニーランドの蒸気船は当初、周回の途中の船着場で客が乗降できた.

したがって「輸送」であり、母港を「浦安港」とする船舶として認可された.

旅客船では、救命胴衣、救命ボートを備えなくてはならない.

しかし、危急の際には筏が駆け付ける体制をとることで、省略が承認されたということだ.

省庁と法令の間隙に、アイデアが存在する.

 

3.京柱峠

 

西に進むと、観光客でごったがえす「秘境かづら橋」への道から分かれ、京柱峠を上る.

標高1,139m、439を代表する峠で、冬季は閉鎖である.

今はかづら橋方向が本流で、こちらは物好きの道と言ってもよい.

ここから高知県である.

 

(京柱峠から見る徳島側)

 

(京柱峠の高知側)

 

京柱峠を下る.

集落の中を通る昔からの道路は、家々を立ち退かせなければ拡幅できない.

大規模なバイパスをつくらない限り、どうしても狭くなる.

 

(移動販売車)

 

音楽を鳴らして移動販売車がやってきた.

地域の貴重な生活支援である.

店主の女性は、自分で仕入れをして、付近一帯を回っているそうだ.

 

 

4.棚田地帯

 

この辺り吉野川の南岸は、谷底から山の上一帯が、棚田である.

地図を見ると、その特徴が明確にわかる.

 

(怒田-ぬた)

 

地質学者は次のように説明する.

下部に水を通さない、厚い粘土層がある.

その上に風化、破砕された地層が載り、粘土の洗面器に入れたように、大量の水を含む.

すべりやすいので緩い傾斜になる.

耕作に適する.

地下水位が高いので、高い場所でも水田ができる.

ただ、これ以上すべっても困る.

斜面には大規模に排水路が建設され、水抜きトンネルが掘られ、地下水位がモニターされている.

これに対して、北岸は堅い岩盤である.

 

(32号線、439は右に分かれる)

 

439は谷を通っているが、棚田の山腹を通る、見晴らしの良い狭い道路もある.

一旦32号に合流する.

高知と高松を結ぶ国道で、大型トラックの通行が多い.

高速道路の経路は遠回りになり、かつ有料なのでここを通るのである.

約10kmで、再び439は分かれる.

 

(さくら市場で)

 

本山町は地域の中心で、直販市「さくら市場」がある.

昼時で、韓国系おばさんのつくるチヂミに、地元高齢者が集まる.

しばらく大声で歓談する.

 

(439らしくない439)

 

この辺り改修が進み、「よさく」とは思えない.

道幅は広く、長いトンネルがあり、滑らかな曲線と坂が続く.

車にほとんど出会わず、快適なドライブである.

ただし、よさくは山岳縦断の道だが、遊びのスカイラインではない.

ときどき四国横断の国道と出会いながら、山間の町々を結んでいる.

太平洋の伊野から瀬戸内の西条に行く、194号線に合流した後、仁淀川町池川に着いた.

 

(冬の池川)

 

関連記事リンク:

外国人観光客に棚田の本山

国道よさく2 杓子峠から中村へ

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(おわり.2に続く)

 

2017年5月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

68 桂浜から砂浜が続く高知の海岸.そこにはどろめ祭りの赤岡

桂浜は有名だが、そこから東へ、約20kmに渡って砂浜が続く.

高知では砂利や断崖の海岸が多く、ここだけである.

昔は松林が続き、小舟が出し入れされ、地引網が行われていた.

消波ブロックと堤防で変わっているが、海辺の村落の姿は留めている.

東の端にあるのが、どろめ祭りの赤岡である.

 

2017年5月10日 最終版

 

1.どろめ祭り

 

(着陸)

 

高知への飛行機は、室戸岬方面から海岸に沿って高度を下げる.

一歩空港を出れば、強烈な陽射しと澄んだ空気が、南国に来たことを実感させる.

今日は砂浜にテントが並んでいる.

毎年4月末に開かれる、今年で60回の、赤岡のどろめ祭りである.

どろめ、とは生のイワシの稚魚で、茹でたものはシラス(チリメン)である.

年中この海で採れるが、最盛期は春である.

 

(漁船のパレード)

 

どろめ祭りのテント席は有料で、どろめ汁、丼に、酒2合がついている.

酒2合が高知らしいところで、1合なら「なんじゃこれは」となろう.

もっとも2合で終わるとは考えられないが.

 

(大杯飲み干し)

 

催しには、ライブ、子どものウナギつかみ取り、などあるが、最大のアトラクションは酒の大杯飲み干しである.

男は1升、女は5合の盃である.

速さを競うのだが、こぼすと減点される.

男女とも、少なくとも10秒台でないと入賞の見込みはない.

昔、高知での仲居さんの採用条件は、5合飲めることだった.

今も料亭に県外の人を招くと、客を差し置いて仲居さんがぐいぐい飲むので、あっけに取られている.

飲み干しはショーで、あおり役の男性が、「グーッとグッと」、「撒くな撒くな」と、女性司会者と共に盛り上げる.

急性アルコール中毒が心配になるが、対策は講じられている.

もっとも、テントの中の一行が、熱心に観戦しているわけではない.

ショーはショーで、白昼堂々、陽光のもと、大勢で海で呑むのがうれしいのである.

こちらは速さではなく、量である.

 

2.砂浜

 

(浜に沿う集落.向こうの岬は桂浜)

 

今は岸に防波堤が築かれ、消波ブロックを並べた離岸堤が設けられている.

もう漁業では利用されない.

防波堤の内側の砂浜は農業ハウス地帯となっている.

全国のシシトウの9割は高知でつくられているが、その中でもこの地域の比率が高い.

 

(桂浜が見える)

 

堤防で遮られるから、陸からの土砂の流入はない.

山の土砂はダムに貯まるから、海には入らない.

そのため、砂浜は徐々に痩せる.

堤防の嵩上げが行われ、海浜植物が無く、目下砂漠状態である.

松の苗が植えられているが、これからである.

 

(浜の集落.潮風でトタンは錆びている)

 

海辺には10mほどの高さの、太古からの砂丘(浜堤)が沿い、家々はそこに並んでいる.

防波堤によって生活圏が広がり、海に近い方にも住居がつくられた.

波打際と平行に狭い道が伸びている.

砂地の白っぽい風景は、やはり海辺である.

何があるという訳ではないが、ほとんど車は通らないし、ぶらぶら歩きによい.

 

(フラフ)

 

5月で鯉幟とフラフがはためいている.

「フラフ」とはオランダ語の旗から来ているが、高知の風習である.

多くは金太郎や宝船だが、特注で家業の建設工事など描かれることもある.

 

(砂丘に並ぶ家々と戦争遺跡)

 

「大東亜戦争」の末期、「本土決戦」になれば、沖縄に次いでこの地に「敵前上陸」が行われる可能性があった.

ラッキョウ畑の中に、コンクリート構造物の戦争遺跡が残っている.

3方向に銃眼があるが、ノルマンデイのドイツ軍のような強固なトーチカではないから、哨戒のためだったのかもしれない.

東の住吉には、特攻モーターボート「震洋」の基地が設けられていた.

300kgの火薬を積み、敵艦艇に体当たりするのである.

機会がないまま、8月15日に終戦となった.

ところが、翌8月16日の夕刻に出動命令が出た.

急遽準備中、火薬に引火して爆発、隊員160名中、111名が死亡した.

どこから、だれが、命令を下したか、謎のままである.

毎年慰霊祭が行われている.

 

(震洋隊慰霊碑)

 

3.赤岡

 

赤岡は、どろめ祭りの他にも、何かとイベントが多い町である.

幕末、高知城下を追われた絵師金蔵が滞在し、芝居絵を描いた.

夏の宵、おどろおどろしい絵の屏風が、持ち主の玄関先にろうそくに照らされて飾られる「絵金祭り」がある.

冬には「冬の夏祭り」と称し、道路や広場にこたつが置かれ、生ビールやアイスを味わう.

 

(冬の夏祭り)

 

一方、新しくつくられた芝居小屋、弁天座がある.

金毘羅の730席、内子座の650席に比べると、250席で小ぶりである.

しかし、花道、升席、すっぽん、など本格的なつくりである.

 

(弁天座)

 

赤岡には絵金歌舞伎保存会があり、市民による公演が行われる.

 

(赤岡歌舞伎保存会の公演)

 

先日の出し物は「葛葉子別れ」で、幕切れ、白狐が我が子を残し、障子に歌を書いて去る.

観客一同、思わず涙する出来であった.

昨年海老蔵の公演があったが、今年も秋にまた来てもらえるようだ.

 

(おわり)

 

2017年5月4日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一