51 高知のこんなところに?1 カフェ、蕎麦、書店、パン

高知のあちこちを歩くと、こんなところに…なぜこんな店が…と思うことがある.

出店への理屈はない.

経営学者が唱える、マーケティングや地域政策を越えた存在である.

これには二つの理由がある.

第一に、ぜひそこに住みたい.

第二に、ぜひこの仕事をしたい.

この二つが両立されるとき、高知のとんでもないところに、とんでもない店ができる結果になる.

これは、他の四国3県には見られない、高知に特有の「現象」ではないか.

よそでは商売、実利が先で、「理屈抜き」は考えられない.

 

2017年8月18日 修正版

 

 

1.山北

 

山北はごめん・なはり線、野市駅から車で約10分のところにある.

高知で「みかん」と言えば、ここの「山北みかん」である.

緩い南斜面に、「みかんの花咲く丘」が連なる.

季節には、大規模なみかんの「良心市」が設けられ、無人のスタンドで百円玉を投入し、みんな大袋単位で買う.

 

⒉ イングリッシュガーデン

 

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(イングリッシュガーデン)

 

高知で「イングリッシュガーデンに行った」といえば、「英国旅行で公園巡りをした」ということではない.

山北の「イングリッシュガーデン」である.

もともとは文旦農家だが、一室はカフェで、モーニングやランチがある.

薔薇のシーズンは大変賑わう.

薔薇を沢山育てたいね、の思いが始まりらしい.

訪問者が来るようになり、イングリッシュガーデンみたいだね、ということで、今の姿になっている.

下には、ご家族のチェロ製作工房がある.

 

3.蕎麦屋

 

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(蕎麦屋、わび助)

 

蕎麦屋がある.

山葵を自分でおろして、手打ち蕎麦をいただく.

ご主人は陶芸をやるのか、立派な煙突があり、蕎麦は作品と共に出てくる.

丘には、他にも和風カフェや喫茶店がある.

秋には、斜面一帯につくられた、個人の懸崖菊園が公開される.

これらの住まいは、見晴らしの良いみかん畑の中に、ばらばらにある.

家を建てたとして、せっかく良いところにあるのだから、だれか来て欲しいという気になる.

「何かしたくなる」土地なのである.

 

4.美良布

 

美良布(びらふ)は、土佐山田駅からJRバスで20分のところである.

なぜJR(以前は国鉄バス)かというと、鉄道を敷く計画があり、実現しなかったので、代行として走らせている.

物部川のダム湖に沿うが、山間の殺伐とした湖と違って、昔から住まれた河岸段丘が湖岸になり、自然の湖の雰囲気である.

北岸は国道が通り、交通量が多いが、南岸は静かである.

湖岸の魅力的な土地だが、それだけにカフェの激戦区で、営業を止めたところを含むと5軒ある.

 

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(元カフェ、ぷー・タロ.今はハーブ入生姜シロップを生産)

 

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(レストラン、オーチョ)

 

自家製の卵を使ったレストランがある.

切って食べる大型プリンも、なかなかである.

昼下がり、近くの老婦人たちがコーヒーを飲みに来るのは、高知伝統の「喫茶店」でもある.

 

5.谷相

 

美良布から山に上がると谷相(たにあい)である.

コミュニティバスはあるが、通学用で便利は悪い.

上がってしまえば、トレッキング気分で歩くことができる.

 

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(谷相)

 

いろいろの人が外から来て住んでいる.

染色、織物、陶芸、紙漉きの工房があり、営業はしていないが、ハーブ園もある.

 

 

次の理由があるだろう.

・南斜面で、遠く西に開け、見晴らしがよい

・棚田があり、「日本の原風景」だが、高知空港に40分と近い

・複雑な地形で、思い思いのところに住居が建てられる

・周辺にアンパンマンミュージアム、高知工科大学があり、文化的雰囲気がある

谷相は「何かしたい人が集まる」場所である.

 

6.山の本屋

 

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(本屋の入口)

 

もっとも高く、行き止まりのところに、書店、うずまき舎がある.

暮らし、自然を中心にした古書店だが、コミックもある.

しかし一癖ある選書で、女店主の個性が伺われるというものである.

 

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(本屋の中)

 

山上でゆっくり本を選ぶ、というのも、外にはない楽しみである.

 

7.梼原

 

梼原は、高知市から一日6本のバスで3,4時間かかる、山間の町である.

そこからさらに谷川の狭い道を行くこと3,40分、パン店、シェ・ムアが忽然と現れる.

「国道」に面しているのだが、名高い「酷道」439号(よさく)である.

町々を往来したり、観光客が通るような道ではない.

 

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(国道439号)

 

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(山のパン屋)

 

田舎のパン屋というと、食パンにあんパン、カレーパンとなるが、そうではない.

バゲットを始めとした、「正統フランスパン」である.

大体、店名、看板はフランス語である.

スイーツ、ランチも洒落ている.

 

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(パン店の中)

 

ご主人はこの地の出身だそうで、娘さん共々フランスに長期滞在した結果である.

東京近郊の住宅地などにあっても、おかしくない雰囲気といえよう.

といって、お高く留まっている、ということではない.

店は随分前からあるし、作業服の男性、軽のお母さんなど出入りしている.

同じ「酷道」沿いになるが、韓国風サウナは、ここをさらに上回る山の中である.

梼原は、あちこちの「こんなところに」が特徴である.

 

関連記事リンク:

こんなところに?2 映画館、美術館…

高知への移住非公式ガイド 3 いごっそうになる

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(おわり)

 

2016年8月26日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

50  高知で地震を避難 3:安政地震、昭和地震、永長・康和地震タイプで発生するとき

高知のテレビでは毎日、地震に対する準備、心構えが放映される.

過去の地震はまず東海で発生し、次に南海に波及している.

1707年の宝永地震のように、東海、南海が分単位の差で発生する場合の逃げ方は、前に考えた.

しかし、同時発生とは限らない.

時間遅れ、年遅れの場合もある.

 

2017年3月15日 修正版

 

 

1.東海、南海に時間差があるとき

 

niyodohinanntower

(津波避難タワー、仁淀川河口)

 

宝永パターンでは、南海地震の警報を待つことなく、東海地震の発生情報をいち早く入手し、ただちに避難行動を取ることとした.

かねて目星をつけておいた場所に逃げ、スマホの画面で、報じられる東海の状況に見入る.

しかし、南海地震は起きない.

よかった、と胸をなで下ろし、家に戻って、お茶でも飲んでテレビを見るかと思う.

ところが、これは大変危険である.

 

⒉ 安政地震

 

それは、1854年の安政地震では、南海は東海の38時間後に発生しているからである.

発生原因は違うが、2016年の熊本地震では、第一、第二の間隔が28時間であった.

過去の地震の歴史でも、「ひとまず安心」を裏切るパターンが結構多い.

それは岩石が粘弾性の性質を持っているからである.

ゴムひもの端に錘を付け、ぶら下げる.

すぐには切れないが、そのまま吊るしておくと、少しづつ伸びてやがて切れる.

これが粘弾性である.

岩盤は堅そうだが、やはりこの性質があり、力がかかってもすぐに壊れるとは限らない.

時間が経ってからになるので、そこに油断が生まれる.

安政東海地震は、12月23日午前9時の発生である.

その日南海では何もなく一日が過ぎる.

翌24日、朝、昼とも異常なし.

夕方午後4時になって、南海地震の激しい揺れ、そして津波が襲う.

 

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(地震後バス化された気仙沼駅)

 

3.安政パターンへの対応

 

宝永パターンを恐れ、着のみ着のままで第一の避難場所に逃げた.

しかし、そこで南海地震が起きなければ、第二の避難を考える必要がある.

安政は38時間後だが、一応48時間、二昼夜の避難を目途としよう.

一旦家に戻り、急いで食料、飲み水を取り出す.

車で逃げることも考えられる.

 

エコノミー症候群があるから、かねて買っておいた簡易テントや寝袋を持つ.

しかし、欲張ってあれもこれもはよくない.

38時間とは限らない.

5時間後、10時間後かもしれない.

注意しなくてはならないのは、パニックの発生である.

次々報じられる東海の惨状、津波の映像は、ショックを与える.

テレビのコメント、行き交うネット情報は、すぐにもの南海地震発生を感じさせる.

我先に逃げる車で渋滞ができ、下手をすると、最悪の条件で揺れと津波を迎えることになりかねない.

パニックに巻き込まれない避難が必要である.

 

koasennta-

(高知コアセンター.深海で採掘された資料.南海トラフも研究対象である)

 

4.昭和および永長・康和パターン

 

ところが、48時間経っても南海地震は発生しなかった.

50時間後ということもあり得るが、第三の年遅れ、昭和(および永長・康和)パターンに入ったと考える.

昭和では、東海地震は11月24日に発生した(永長・康和は12月27日).

年末年始を過ぎるが、南海には異常がなく、春を迎える.

翌年の秋冬も地震は起きない.

翌々年の冬になる.

12月21日、南海地震が発生する(永長・康和は少し遅く、その冬の2月22日).

 

 

5.昭和パターンからの避難

 

sagahinannro

(土佐佐賀.津波高さ34.4mの予測だが、伊豆の下田も33mである)

 

東海が起きてから、南海が起きるまで、どのように過ごすか.

2年間テント生活は考えられない.

江戸時代以前では、天命として、破壊と復旧を繰り返すのみであった.

昭和では、戦争と敗戦を挟む、情報と行動が遮断された時期であった.

しかし現代では間隔が長いと、いろいろな事案が出てきて、社会的な問題が多くなる.

火山活動が活発になった麓の村のようなものであるが、収束はあり得ず、地震は必ず起こる.

1)臨戦態勢で臨む

いつでも秒単位で避難できるように構える.

戸棚は全部倒す.

テレビは床に置いて固定する.

頑丈な机を置き、室内に避難シエルターを設ける.

2)疎開をする

断層地震から相当経った地域は歪が解放されているから、淡路島など考えられるが、遠い.

高台で耐震性がある建物、たとえば、学生用ワンルーム、マンスリーマンションなど考えられるが、お金はかかる.

いずれ「仮設住宅」を建てることは間違いないのだから、前もって「疎開住宅」があれば多目的に使える.

いずれにせよ、厳戒態勢や疎開は9月から3月までの半年で、春になれば戻る.

 

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(西分漁港.フィリピンプレートで赤道から運ばれてきた溶岩)

 

大変なようだが予測ができる.

突然に強烈に襲う直下型地震、揺れから3分で津波が来る地域より、ずっと安全である.

 

6.地震後の高知

 

この地震後に、高知に再び地震が起こるのは100年後である.

東北のように、急いで堤防の嵩上げ工事をする必要は全くない.

フィリピンプレートが、大地に楔のように打ち込まれ、地震を寄せ付けない.

広く開かれた土佐湾には、他所から津波が来ることもない.

高知は、日本一安全な土地になる.

高知の黄金時代が待っている.

 

sakarikouiji

(建設中の防波堤、盛、2016年)

 

リンク:高知で地震を避難 1

    高知で地震を避難 2

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参考にした文献

・尾池和夫:「2038年 南海トラフの巨大地震」、マニュアルハウス、2015

・山岡耕春:「南海トラフ地震」、岩波新書、2016

・寒川 旭:「地震の日本史」、中公新書、2011

・鈴木堯士:「四国はどのようにしてできたか」、南の風社、1998

・佐野貴司:「超巨大火山」、講談社ブルーバックス、2015

・気象庁ホームページ

・国土地理院ホームページ

・高知新聞

・Wikipedia

 

(おわり)

2016年8月18日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

49 高知で地震を避難 2:宝永地震タイプで、東海より分遅れで発生する場合

2038年辺りと予測される南海地震.

南海地震は、まず東海地震が起き、その次に発生する可能性が高い.

東海地震から南海地震が発生するまでの時間差、これを避難に生かすことができないだろうか.

時間差は、過去の地震からすると、分遅れ、時間遅れ、年遅れ、この3パターンがあるように思われる.

パターンごとに避難を考える.

 

2017年3月15日 修正版

 

 

1.地震の発生

 

南海トラフ地震は、100年ごとに発生する.

前の昭和地震は、1944年から1946年にかけてだから、100年後というと、2044年辺りになる.

しかし昭和地震は、規模が小さく、トラフの端の方に破壊残りがある.

そのため発生が早まるとされる.

また、その1で述べた、地震での室戸の隆起量が1.2mに達する(あるいは沈降量が70cmになる)エネルギーが貯まる期間からも推定される.

これらのことから、2038年辺りとされる.

 

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(海底から上がった室戸岬の岩)

 

⒉ 東海地震

 

東海地震が、南海地震に先立って発生する理由を推理する.

伊豆半島は、もともとフィリピンプレートに乗って運ばれてきた島である.

それが本州に激突して、プレート共々、強引に大地を押している.

伊豆は、日本でもっとも地殻変動の激しい地域である.

地質帯を見ると、四国の山地から徳島、和歌山、伊勢、渥美半島までは一直線である.

ところが豊橋からは、伊豆を円の中心にして、諏訪、軽井沢、高崎と大きく湾曲している.

押し込まれた結果である.

南海トラフも、同じように、遠州灘から駿河湾にかけて湾曲している.

直線的な南海地震域より、曲がった東海地震域には、かなりの無理がかかっていると思われる.

 

kesennuma2009

(気仙沼、2009年.3本の路線が震災後、1本を残してバスになった)

 

3.地震情報

 

避難時間と関係するので、地震波を復習する.

波には、縦波(P波)と横波(S波)がある.

ゴムひもの一端に錘を付け、反対側を持って上下に動かすと、ひもが伸び縮みする.

これがP波で、大地の伸び縮みになるが、大地の中なので伝わりは早く、5-7km/秒である.

一方、ゴムひもの端を持って振ると、波ができる.

これがS波で、辺りを揺らすので速度は遅く、3-4km/秒である.

しかし揺れは大きい.

P、Sの速度の差を利用し、早く来るPを捉え、次に来るSに対する警報を出す.

これが緊急地震速報である.

距離によって時間差は違うから、100kmなら50秒前、50kmなら25秒前くらい、直下なら0である.

ただ、波形収集に3秒、コンピュータの計算に数秒かかるので、10秒弱がロスとなる.

 

takatakouji

(陸前高田、2016年)

 

4.宝永地震のパターン:分遅れの場合

 

いま南海トラフで、もっとも危険な地域は、駿河湾周辺とされている.

昭和では壊れ残り、2038年では(それまでに破壊が起こるかもしれないが)安政以来、200年のエネルギーが蓄積される.

この東海地震は、高知にどのように影響するだろうか.

次の南海地震の震源を、仮に昭和と同じく、潮岬沖100kmとする.

もし東日本と同じように、東海で起きた断層の破壊が雪崩を打つようにして伸び、地震を発生しつつ、ついに280km離れた潮岬まで達すればどうなるか.

断層の破壊は、広い範囲では、竹を割るようには進行しない.

東日本では1km/秒程度のようである.

そうすると、約4分半で南海域まで震源が広がってくる.

駿河湾は遠いが、もし東海地震が潮岬に近いところで発生すればどうか.

東海、南海の震源が100kmしか離れていないとする.

南海地震は1分半後に始まる.

上の南海仮想震源から室戸には150km、P波が到達するまで25秒で、そこで警報が発令される.

しかし、S波の大きい揺れは、たった45秒後である.

どちらにしても、南海地震の警報を待つことなく、東海地震発生の情報を受け、直ちに避難行動をとることが、断然有利である.

 

5.分単位の差

 

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(防災無線)

 

緊急地震速報は、全国をブロックに分けているので、静岡の速報が即座に高知に伝えられるだろうか.

また日頃、のんびりと役場のお知らせを流している「防災無線」が直ちに反応してくれるだろうか.

一方で、パソコン、スマホのサイトやアプリで、指定地域の地震速報が得られるようになっている.

地域は3カ所指定できるので、高知と共に、御前崎、潮岬を登録し、個人的防災情報網?を敷いている.

 

 

次に、1分半から4分半の有利を生かしてどう逃げるかである.

これは場所で異なる.

高知市域は地震と共に1m沈下する.

山間部では山崩れの危険がある.

住んでいる地区でも、斜面や擁壁の様子、近隣の耐震性など、各戸で違う.

分単位の時間があるとするなら、自宅ではスマホと防寒着(冬だから)を持ち、家を飛び出し、庭の西の隅に逃げるのがよさそうだ.

市のマップによれば、津波到達時間は20-30 分となっている .

津波の心配より、まず揺れから逃げる方が先である.

それにしても、地震後の写真を見ると、傾いた電柱や垂れ下がった電線が避難を妨げている.

浸水予想地域と避難路は、電線の地中化を行う必要があるのではないだろうか.

 

tsunamiarea

(国道の表示)

 

リンク:高知で地震を避難 1

    高知で地震を避難 3 

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(おわり)

2016年8月11日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一