46 須崎の鍋焼きラーメン、23kmの石灰石コンベヤが日本を支える

高知から西へ特急で40分、鍋焼きラーメンの須崎に到着する.

普通列車でも1時間余りだから、高知市の通勤、通学圏の西端になる.

高知市は城下町だが、須崎は産業の町である.

工業、林業、漁業、各々の基地になっている.

また、湾は外洋から遮られ、良港である.

それだけに津波の心配はあるのだが.

幕末には、日英軍艦が湾内に入り、後藤象二郎が、英公使と船上で談判を行った.

その際、英外交官、アーネスト・サトウは、後藤を西郷隆盛に次ぐ人物と評価している.

2017年3月31日 修正版

 

1.石灰石

 

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(須崎湾)

 

須崎の北に、年間1,345万トンを産出する、日本最大の石灰石鉱山、鳥形山がある.

赤道直下の珊瑚礁が、2億年かけて北上してできた石灰岩である.

海からすぐ上がっているので、純度が極めて高い.

鉄鉱石をコークスで熱し、鉄をつくる高炉では、還元材として石灰石が必要である.

新日鉄が採掘を行い、大部分は千葉の君津製鉄所に送られるが、一部は海外に搬出されている.

採掘の結果、山頂は平らになり、60km離れた我が家からもよく見える.

それでもまだ、100年を優に超える埋蔵量があるという.

 

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(石灰石のコンベヤ)

 

採掘された石灰石は、山上を180トンダンプで運び、立坑に落とされる.

ダンプは、車上のディーゼルエンジンで発電し、その電気で車輪のモータを回す、鉄道の機関車と同じ方式である.

出力1,887馬力は、北海道のJR貨物で使われている、大型機関車のエンジンに等しい.

 

須崎港まで23km、24時間運転のコンベヤで運ばれる.

時速18km、輸送量毎分40 トンである.

ほとんどトンネルであるが、谷では地上に顔を出す.

全長が1本ではなく、9区間に分かれている.

鳥形山は標高1,200mであるから、平均勾配は52/1000と急である.

そのため、一部ではモータで駆動するのではなく、逆に発電機をつけ、電力回生制動を行っている.

 

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(石灰石の搬出)

 

コンベヤの終点、須崎港で船に積む.

かつて新日鉄は「鉄は国家なり」と豪語した.

鉄鉱石と石炭は輸入だが、石灰石はここにある.

須崎が国家を支えている.

 

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(セメントの搬出)

 

石灰石はセメントの原料でもある.

大きなセメント工場がある.

以前は鉄道の専用線で、付近の石灰石を運搬していた.

今は搬入、搬出とも船によっている.

 

⒉ 野見湾

 

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(野見の漁村)

 

湾の西側は、沈降によって複雑に海岸線が入り組んだ入江になっている.

あちこちで鯛の養殖が行われている.

屈曲した入江のところどころにある漁村を、一日6回の市営バスが結んでいる.

なかなか頻繁で、漁村が「盛業中」であることがわかる.

橋がかかっている、先端の中ノ島まで行くことができる.

 

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(中央左が中ノ島)

 

入江の外は外洋である.

 

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(左遠くに一子碆)

 

沖合はるかに小さな岩礁と、鉛筆のように細い灯台が見えている.

沈降に取り残されて、外洋にぽつんと頭を出す一子碆(いしがばえ)である.

あまりにも小さいので、太い灯台は建てられないのだろう.

 

3.須崎の街

 

多くの街は次の経過をたどる.

1)古い街道に沿って、商店、役場、郵便局、銀行が並ぶ

2)バイパスができ、車が前提の、スーパー、ドラッグストア、ファミレスが並ぶ

3)高速道路が通じ、広範囲に集客する全国規模大型店が町外れにできる

欧州も同じで、旧市街と新市街に分かれ、さらにその外側に大型店、移民の地区ができている

観光で歩くのは、もっぱら旧市街である.

 

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(須崎の商店街)

 

須崎も同様である.

バイパスの国道、高速を通っていると、「旧市街」の存在は認識されない.

商店街に人通りは少ないが、今でも一通りの店がそろっている.

服飾店も4軒あるそうだ.

古い旅館があり、横に入るとこれも古い醤油の醸造所がある.

 

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(黒漆喰の商家)

 

角には立派な商家がある.

株価を書き入れる銘柄ボードがあるので、証券取引の場であったらしい.

須崎の財力が偲ばれるというものである.

地下室まで備えた大きい金庫室がある.

今はギャラリーや地域活動の拠点になっている.

 

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(須崎駅)

 

駅は旧道の傍である.

昔、高松からの夜行列車や急行は、須崎が折り返し点になっていた.

そのため、停車中に各客車に給水する設備やホースが、線路の間に点在していた.

産業の町の乗降客は多かったのである.

 

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(魚屋)

 

町の魚屋を覗く.

県東部と比べると、何かしら色の鮮やかな魚が多い.

それだけ「南洋」に近いのだろうか.

 

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(鍋焼きラーメン)

 

須崎は鍋焼きラーメンが名物である.

代表する店は、何でもない裏通りにある.

鍋焼きうどんをただラーメンに替えただけ、といった安易な発想と思われ勝ちだが、そうではない.

鶏ガラのだしが濃い和風で、卵を落とし、熱い土鍋で供される.

どこにもない味で、鍋焼きラーメンは全国に通用すると思うが、今のところローカルである.

熱いので食べるには時間がかかり、お客の回転率が悪いのかもしれないが.

 

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(おわり)

 

 

2016年6月29日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

45 仁淀川と紙の伊野、酒と桜の佐川

高知から西に、土讃線は伸びる.

中村から高知県の西端、宿毛まで特急列車が走る.

仁淀川に沿う紙の町・伊野、酒の町・佐川と辿ってみよう.

東は、岡山、大阪に順次近くなるのだが、西は行くに従って、都会から離れてローカル色が増す.

 

2017年3月31日 修正版

 

 

1.伊野

 

高知から伊野へ、JRの普通列車で20分であるが、観光的には、40分かかる路面電車がよい.

昭和を懐古する車両である.

昔、都会の町中で聞いた音、変わらないモーターの響きである.

鏡川橋からは単線になる.

ところどころの停留所で、上り下りの電車が行き違いをする.

線路は道路の端を通っている.

車道でない側にはホームがつくられているが、電車は進行方向左の扉しか開閉できない.

したがって、ホームのない側では、直接車道に乗降する.

高知のドライバーは、この事情を知っているので、電車の横を通るときは用心する.

 

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(路面電車の終点、伊野)

 

終点伊野は、仁淀川の水を生かした、古くからの紙の町である.

この路面電車も、もともと明治40年、紙を高知港に輸送するためにつくられた.

博物館、紙漉き体験施設、種々の和紙の販売店がある.

路面電車からはJRにすぐ乗換ができる.

駅舎は、貧弱な駅の多いJR四国には珍しく、本格的な建築である.

ただこんなに自販機が要るのかと思うが.

 

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(JR 伊野駅)

 

2. 仁淀川

 

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(仁淀川の鉄橋)

 

鉄道は伊野を出てすぐに仁淀川の鉄橋を渡る.

高台に「かんぽの宿」がある.

日帰り入浴が500円と安い.

 

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(仁淀川の流れ)

 

伊野から仁淀川の河口まで15kmである.

巨大な岩石で埋めつくされた、上流の渓谷とは、様相が全く違う.

その岩石が砕かれてできた白い砂利の河原である.

仁淀川には激しい増水と洪水があり、昔から治水工事が行われてきた.

さらに途中、波介(はげ)川が合流する.

互いの流量の制御がないと、逆流して洪水の範囲が広がる.

大土木工事が延々と続いていて、今も河口近くでダンプの大群が動いている.

 

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(左は波介川、仁淀川はその右奥)

 

日本全国、大きい川の河口は都市か工業地帯になっている.

密集した人家も、工場もない、仁淀川のようなところは他にない.

河口はサーフィンの適地であり、ウナギの稚魚の採集場所でもある.

 

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(仁淀川河口)

 

利根川、北上川の下流にも似たところがあるが、これらは大河川である.

おそらく、昔の淀川、江戸川はこのような雰囲気であったのではないだろうか.

仁淀、波介、両河川の堤防は複雑な構成で、間に昔の堤防や、広い耕作地が残っている.

ウオーキングによいが、突然行き止まりになったりするので、引き返すのはつらい.

ここはサイクリングである.

車もバリアはあるが、部分的には走れる.

ただし、堤防下の古い集落には入らない方がよい.

今回も堤防から集落に降りたら、三叉路があった.

両側は塀、後は石垣で、軽だがどうしても曲がり切れない.

やむなく傍の無人の家の庭先に入って、方向転換を行って切り抜けた.

高知ではよく、側面を盛大に擦ったライトバン、後ろを大きく凹ませた軽自動車を見る.

運転が下手なわけではなく、このような道の結果である.

 

3.佐川

 

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(西佐川)

 

さらに進むと西佐川である.

西に向かっているのに、「佐川」より「西佐川」が先なので、乗り越したかと思ってしまう.

たしかに地図上では「西」になるのだが.

ここは元来、松山に至る、未完成の「予土線」分岐駅として計画されたので、構内は広い.

立派な跨線橋もある.

次が佐川で、「司牡丹」の醸造場がある.

高知には18の蔵元があるが、ここがもっとも酒の町らしい雰囲気である.

電柱、電線がなければさらに良いが.

トラックが止まり、コンテナに酒壜を積んでいる.

高松まで運び、そこから列車で東京に向かうのだそうだ.

 

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(佐川の酒蔵)

 

一角に直売店があり、各種の司牡丹が入手できる.

思っていたものがなかったので、訊ねたら工場から持ってきてくれた.

 

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(佐川の鰻屋)

 

昔からの街道には古い鰻屋がある.

個室の座敷に通されるが、予約が必要である.

昔、鰻は待つことも食事の内、と言われ、客の顔を見てから捌いていた.

予約なら時間は短くできる.

座敷から裏庭の柿の木や、向こうの山を眺めてのんびりする.

それでいて高くはない.

 

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(佐川の横丁)

 

横丁を曲がった山麓に、資料館や佐川出身の植物学者、牧野富太郎の名をつけた公園がある.

桜の名所で賑わうが、どんちゃん騒ぎはなく、みんな楽しげに弁当を広げ、酒を酌み交わしている.

夜桜の席もあり、時期限定の桜餅も売っている.

初夏の時節、公園に出入りする人はなく、お寺経営の幼稚園の子どもたちの声が響く.

そろそろ退園のバスの時間だが.

 

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(牧野公園への道)

 

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(おわり)

 

2016年6月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

44 自衛隊高知駐屯地:戦闘訓練、戦車の試乗

住んでいる町に、陸上自衛隊連隊の高知駐屯地がある.

現在の施設は10年前、山を切り開いた高台につくられた.

国道で、演習に出かける車の隊列によく出会う.

三々五々、自主トレでジョギングを行う隊員は、日常の風景になっている.

毎年公開の催しがある.

高知では馴染みであるが、来場者には隊員家族も多い.

企業でよく行われる、社員の家族向け見学会、運動会のようである.

 

2017年3月24日 修正版

 

 

1.高知駐屯地

 

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(駐屯地の建物)

 

小規模な基地は、50年前から海岸近くにあった.

規模を拡大して高台につくったのは、南海トラフ地震を意識したためであろう.

熊本の地震では、その波及を恐れ、高知からは数名のみの出動であったという.

楽観せず、最悪の状況を意識して行動することは、軍隊の基本である.

「大東亜戦争」では、この原則が守られなくなったのだが.

建物は下駄ばきマンション風で、上層階が「兵舎」になっている.

 

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(射撃演習場)

 

隣接して射撃演習場がつくられた.

どのくらい周辺に音が聞こえるかと思っていたが、全く音がしない.

長い建物があって、自動小銃、機関銃、狙撃銃などの訓練を行っているのであろうが、完全防音である.

小銃を構えた隊員がいる区域がある.

弾薬庫があるのだろう.

 

⒉ 隊員の生活

 

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(食堂と隊員クラブ)

 

食堂は1階にある.

幹部食堂、隊員食堂、と分れているところは、やはり階級が厳然とした軍隊である.

2階には「クラブ」がある.

ビールなど酒が呑める.

民営であり、ホール従業員募集の看板が国道筋にときどき出る.

夜間勤務だが、看板の現れ方からすると、あまり定着率がよくないように見受けられる.

さほどハードワークではないと思うのだが.

酔った隊員の言動をフェイスブックなどに載せられても困るので、守秘義務はあるだろう.

ただ、同じ棟内であり、上官や気の合わない同僚もいるかもしれない.

リラックスする雰囲気には、いささか欠ける.

そうなると、野市や高知市内に繰り出して、となるが、何しろ山の中で公共交通機関がない.

タクシーなど、何かと出費が嵩む.

根釧原野の真ん中にある、矢臼別演習場よりはよいが.

 

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(ベビーカーを押す隊員)

 

家族持ちの隊員のため、大きいアパートがつくられている.

結果として、隊員数以上に住民が増える.

そのため、住んでいる市では人口が増加した.

学校の生徒数も維持されている.

家族で来たのであろう、ベビーカーを押す隊員がいる.

おじいちゃん、おばあちゃん共々、テントで弁当を囲む隊員一家も見られる.

 

3.模擬演習

 

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(観閲行進)

 

行事では、観閲行進がある.

某国、某々国のデモンストレーションの行進とは、いささか雰囲気が違うが、当然であろう.

 

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(落下傘降下)

 

上空にヘリが飛来し、落下傘(パラグライダー)降下が行われる.

落下傘というと、「パレンバン降下作戦」、「見よ落下傘」の歌を思い出すのであるが.

 

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(迫撃砲)

 

仮想敵軍の殲滅に向けて、迫撃砲が発射される.

空砲だが、着弾点に発火される仕組みである.

大きな音に、泣き出す赤ん坊もいる.

年に一度、高知駐屯地に大音響が響く日である.

 

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(模擬戦闘訓練)

 

戦車、装甲車の出動に続いて、歩兵が前進する.

高知は普通科(歩兵)連隊で、戦車の配備はない.

善通寺から運んできたのであろう.

この後、バイク部隊のジャンプ、集団走行が披露される.

 

4.祭りの賑わい

 

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(連隊の模擬店)

 

いろいろの出店がある.

人たちは駐屯地の見学に来るだけあって、ミリタリールックも多い.

自衛隊グッズの店はなかなかの繁盛で、迷彩色以外に、カントリー風の衣類がある.

せっかくなので、酒保、つまり隊内コンビニで、自衛隊カレーを買った.

 

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(移動販売車)

 

ガールフレンドを連れた隊員もいる.

ここは焼鳥やフランクでなく、ピザやジェラートであろう.

新入りらしい若い隊員たちは、牛タンに列をつくっている.

 

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(戦車乗車体験)

 

子どもには戦車の乗車体験がある.

後部に台を取りつけ、10人ばかりの子ども、小さい子では親が連れて乗る.

2台で短い距離だが1周する.

戦車は、キャタピラの回転差で傾かずに回るので、結構Gがかかっているし、スピードも出ている.

子どもの列を戦車兵が見て、「こりゃエンドレスだなあ」と言っている.

いくら回っても列はどんどん伸びてくる、

2回、3回と乗る子がいるのかもしれない.

 

5.これからの「戦争」

 

見てきた演習は、国という巨大システム同士が激突する、「在来型戦争」に備えたものである.

一方最近では、個人の自爆や殺傷、少人数での行動を基盤とする、「自律分散型戦争」が現れている.

戦闘は、世界中にネットワークでつながっている.

日本も、高知も、無縁ではない.

このような戦争に対応する、体制、戦術、装備はどうなるのだろうか.

その前に、この場合の「戦争と平和」は、どのように理解したらよいのだろうか.

「自律分散型戦争」があるのなら、「在来型平和」に対する「自律分散型平和」があるのかもしれない.

 

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高知で地震を避難 1

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(おわり)

 

 

2016年6月3日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一