35 高知の雪国・梼原と龍馬脱藩の道

梼原は、1,500mクラスの山に囲まれた、高知県の西端にある.

雪国で、寒波の厳しいときには3、40cm積もる.

龍馬脱藩の地である.

高知市から車で2時間近くかかるので、ひどく辺鄙な土地のように思われている.

しかし、実際は海岸の宇和島に近く、昔は海と山で隔てられた高知市より、ずっと開けた土地であった.

 

2017年3月27日 修正版

 

1.梼原

 

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(梼原の町)

 

歴史は平安時代に遡る.

木材は産出するが、特別に多いわけではない.

薪炭も生産されるが、木材同様、大きい川がないので搬出には不便である.

点在する山村の中に、藩の機関、庄屋が集まって生まれた行政の町である.

梼原出身の方に聞いた.

まとまった買物は高知の須崎か、愛媛の宇和島に出た.

どちらも等距離であり、瀬戸内の大洲にも近い.

高知でもない、愛媛でもない、山の中の独立国である.

時効であろうが、その人が飲んでいるところへ巡査が来て、急用なので車で送ってほしいと頼まれた.

「ご覧の通り、いま飲んでいるところじゃないですか」と話した.

「かまわん.ただし本官の管轄外には絶対に出ないように」と答えたという.

 

⒉.梼原と高知

 

梼原は高知より宇和島に近い.

宇和島は今でこそ陸路行き難い土地だが、海路が中心であった昔は交通の要所であった.

それ故に先進的な地域であった.

蒸気船の建造も手掛けたし、西洋医学も入ってきた.

英米の艦船も薩摩と共によく寄った.

さらに、山を越えた長浜港は長州が対岸である.

梼原には、薩摩、長州、外国の情報が詳しく入ってくる.

幕府の政治、藩の農民への苛斂誅求、これではどうしようもない、ということになる.

革命気運が生まれる.

梼原は志士たちの土地となった.

梼原が辺境なのではなく、高知が辺境なのである.

 

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(志士・吉村虎太郎像)

 

3.龍馬の脱藩

 

坂本龍馬は、革命家として行動すべく、1862年3月24日、脱藩の行動に出た.

本街道は通れないから、それまでの脱藩者と同じく、革命の拠点、梼原を目指し、そこから国境を越える.

突発的な行動ではなく、一党の周到な計画と準備のもとに実行される.

辺りが暗くなった頃、龍馬と、すでに脱藩していた(不法入国者の)沢村惣之丞の2名が城下を出た.

町外れまで1名が護衛する.

梼原まで65km.当時一日40kmを歩くのは普通であったし、比叡山・千日回峰の行者は連日84kmを歩く.

トレイルランニングで直行できないことはないが、暗い山道は足元が悪い.

峠の麓になる佐川は、アンチ山内の土地だったので、夜遅くアジトに着き、小休止後、夜明け前に出立したのではないか.

25日、梼原に到着.

26日、那須俊平、信吾と共に標高950mの韮ヶ峠に向かう.

 

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(韮ヶ峠へ)

 

土佐、伊予の境界で、ここを越えて脱藩となる.

信吾は吉田東洋暗殺のため、引き返す.

 

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(雪の韮ヶ峠)

 

いくつかの峠を越え、途中宿泊.

27日、内子で川船に二人を乗せ、俊平は戻る.

河口の長浜港でシンパの家に入る.

28日、長州に向け、船が出る.

示し合わせた計画通りの進行である.

 

4.龍馬脱藩の道

 

高知から脱藩ルートを踏破する人もいる.

街道は時代で次のように分類される.

1)徒歩の道

龍馬の頃はこれである.

かぼそい山道で、峠はいかに傾斜が厳しくても直登、直降である.

今はほとんど廃道になって、通行不能である.

2)明治の車道

明治になって牛馬車を通すため、傾斜の緩い車道がつくられた.

峠はくねくねと曲がる「羊腸の小道」である.

 

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(布施ヶ坂、茶畑の中の旧道、向うは現在の国道)

 

最近までトラックやバスが通っていた.

巾が狭いので、行き違いのときは、女車掌が笛を吹いてバスをバックさせる.

時間はかかるが、今も歩くことができる

3)現在の国道

直線的なトンネルや橋梁で、車は早いが歩くには不向きである.

今は、2)を通り、高知から梼原へ3日、梼原から内子へ3日あれば、十分歩けるだろう.

 

5.梼原の町

 

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(梼原の街路)

 

通りは拡幅され、電線は地中化されている.

派手な看板はない.

木の柱の、柔らかな明かりで品の良い街灯がある.

ベンチや小さな彫像が置かれている.

周辺の商店や家々、駐在所も景観に気が配られている.

高知で一番いい通りである.

梼原はまた、町役場を始め、国立競技場で有名な隈健吾の作品展示場でもある.

 

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(梼原町役場.夏は前面を開放する)

 

本格珈琲の店、パスタのカフェがある.

夕食は焼肉店に入った.

「地元の人が食べないものが郷土料理」と定義した人がいるが、「梼原牛のタン」などメニューにあるので、立派な「郷土料理」である.

気持よく飲んで、暗い山の中、人通りの絶えた通りを、星空を仰ぎつつホテルに帰る.

 

6.観光

 

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(四国カルスト、天狗高原)

 

観光は何かちぐはぐである.

北に広がる標高1,400mの四国カルストは、素晴らしい高原である.

JR須崎から梼原へ、バスがあるが、3分の差で特急に連絡しない.

天狗高原にはバスの便があり、上れば、快敵な散策やトレッキングができる.

山荘に泊まり、明日の雲海を期待して、ゆっくり食事を楽しむ、ということになる.

ただ、ここで刺身の会席膳はないと思うのだが.

 

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麓の温泉ホテルで食事をしたが、従業員が陰でふざけ合って、気分は高校文化祭の模擬店であった.

また、宇和島に至るJR予土線松丸は、須崎より近い.

ここに出れば、四万十川を下るなり、宇和島に出るなり、周遊ルートが組める.

ところが、愛媛県への「脱藩」はご法度らしく、繋がる交通機関がない.

 

関連記事リンク:山岳の道、瓶ヶ森と天狗高原

        龍馬のレポート1 集団の利用とネットワーク

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(おわり)

2016年1月21日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

34 高知は日本のどこにある?四国のどこにある?

高知に引っ越した、というと、瀬戸内海に面してよいところですね、と返事が帰ってきたことがある.

これは極端としても、日本の中で、高知はどのように見えているのだろう.

飛行機、高速バス、新幹線を通じて調べよう.

北海道、九州と比較するとどうか.

四国の中ではどうか.

 

2017年7月25 日 修正版

 

 

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(表参道)

 

1.飛行機

 

高知へのもっとも早い交通手段は飛行機である.

ANA、JALの通常期運賃は、距離、時間を反映していると言ってよい.

東京-高知は35,200円である.

これと同額は、東京-函館35,200円である.

東京から見て、高知と函館は等距離である.

四国の中では、高松、徳島が33,100円で近く、青森の33,800円より少し安い.

松山は35,800円で、高知より少し遠い.

米子は32,800円、鳥取が30,800円だから、山陰は四国よりも東京に近いことがわかる.

逆のようにも思うが、それはメルカトール図法に慣れているからで、地球儀を見ると納得できる.

ちなみに秋田はもっと安く、東北は「首都圏」と言っても的外れではない.

 

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(冬の秋田駅)

 

これからすると、高知のライバルは函館である.

観光ならば、同じ費用だから、高知か函館か、ということになる.

ビジネスでは、立地条件の比較要素になる.

 

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(函館の街)

 

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(高知・はりまや橋)

 

⒉.高速バス

 

飛行機は高いが、もっとも安い交通手段は高速バスである.

東京には、夜行バスが四国各県、山口を除く中国各県、北陸各県、東北各県から運行されている.

ディズニ-ランド見物、学生の就活には、必須の交通機関である.

しかし、北海道からの運行はない.

九州は、福岡-東京に日本最長距離のバスがあるが、14時間半かかるので、日常的とは言えない.

北海道、九州、いずれも東京との行き来は、高価な飛行機しかない.

東京からすると、「海外」である.

札幌、福岡を首都とする、「北海道国」、「九州国」なのである.

実際、すべてのバスは道内各地から札幌に向かい、九州内は福岡に向かっている.

 

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(博多駅前)

 

3.新幹線

 

博多には山陽新幹線、函館には北海道新幹線がある、これはどうかということになる.

しかし、そこには乗車時間の壁がある.

4時間である.

東京-秋田は、新幹線で4時間かかる.

しかしこれだけ座っていると、エコノミー症候群を心配する.

東海道・山陽新幹線も同様で、実用的には東京-広島が限度である.

東京-博多、5時間を通して新幹線で行く人は少ないであろう.

北海道新幹線は、東京-函館が4時間で、これが限度である.

札幌まで延伸されても、東京-札幌を新幹線で行くことは一般的でない.

「4時間」は意味のない数値ではない.

1日8時間労働では、午前、午後各4時間である.

人間の生活リズムの上で意味を持っている.

 

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4.四国各地と東京

 

東京から新幹線を利用した場合の、四国各地への到達時間である.

高知、松山は6時間、徳島は新神戸からバスを利用するのが順路で、5時間である.

高松は4時間15分ほど、四国では唯一「4時間の壁」に近い.

 

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(高松の街)

 

しかし高松は大分東に寄る.

鉄道による場合は、瀬戸大橋のたもと、丸亀辺りが、四国でもっとも東京に近く、函館と等しい位置にある.

ここが四国のゲートウエイである.

「海外」ではないが、東北各地よりは遠い、辺境?の「四国島」ではある.

ところで、高松は札幌、福岡と違って、そこに何でも集中する「四国国」の首都ではない.

四国各県は、それぞれ勝手にJRやバスで他地域と結ばれている.

まとまっていなくて、ばらばらである.

 

5.  四国の観光

 

東京から「四国島」への観光はどのようになるだろうか.

次のようなことが考えられる.

1)「はるばる来たぜ」の土地なのだから、せっかく来た以上、ゆっくりと過ごす

2)夜行バスで安く来られるから、辺境を求めるバックパッカーの旅に適している

3)四国島に上陸すれば、JR四国には、外国人向けの四国パス、誕生月のバースデイ切符など、安く移動する手段がある

 

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(松山駅前)

 

「四国島」は広くはないが、今のところ「島」全体を対象にする観光案内は少ない.

たとえば、先ほどのバースデイ切符である.

連続3日間でなく、6日の内3日を選んで使えるようなフレキシータイプだと、一般旅行者には便利なのだが.

 

6.移住

 

中央から地方へ、人の移住が取り沙汰される.

どこが良いかである.

いろいろな条件があるが、距離感と気候から考えてみる.

九州など、宮崎から神武天皇が船出した美々津にかけての海岸は素晴らしく、高知の好敵手である.

また、札幌はボストンのような知的なイメージがある.

 

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(宮崎駅前)

 

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(札幌駅)

 

しかし、両地方とも、母国東京と決別し、九州国、北海道国に新天地を求めて移民することになる.

東北では、雪下ろしや雪掻きを毎日繰り返すのはつらい.

北陸は曇天、俄かの降雨が多く、失礼ながら気分的に明るくない.

山陰西部は意外に積雪がないが、寒いことは寒い.

瀬戸内は温暖であるが、海岸は概して工場地帯である.

大小の島々はロマンチックだが、船でしか往来できないのはハードルが高い.

そう考えると、高知はなかなかの選択肢である.

 

関連記事リンク:

高知と東京、どこが違う?

四国の距離感、路面電車とJR

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(おわり)

 

2016年1月11日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一