17 魚梁瀬、佐喜浜、羽根の森林鉄道.犬が引いていた?残るレールを発掘

高知には至るところに森林鉄道があった.

総延長は740kmで、東京・岡山間に等しい.

今はすべてなくなってしまったが、木材を運び出す重要な役割を果たしていた.

立派なものは、馬路・魚梁瀬の鉄道であり、蒸気機関車まで走っていた.

トンネルや鉄橋が残っている.

地元K氏が保存に努力され、重要文化財に指定されている.

あまり知られていない、佐喜浜、羽根も訪ねてみよう.

 

2017年4月18日 修正版 

 

 

 1. 森林鉄道の運転

 

(魚梁瀬森林鉄道の体験運転)

 

伐採は山奥で、材木を積み出すのは海岸である.

したがって材木を積んだ台車は、勾配を利用して動力なしに、ブレーキを適宜かけることで下って行くことができる.

しかし空になった台車は山に引き上げなくてはならない.

当初は犬が使われた.

牛や馬であると力は強いが、わざわざ海岸まで連れて行かなくてはならない.

犬なら材木の上に乗せて下って行けるからである.

昨今なら動物愛護で問題になりかねないが、犬は相棒として大事にされていたし、重労働で餌代も嵩んだといわれる.

急勾配では、乗った親方が線路を棹で押して助けた.

搬出量の増加と共に、蒸気機関車が導入される.

しかし重いので路線に制限があり、やがてガソリン機関車が広く使われる.

現在魚梁瀬に車両が保存されていて、体験運転ができる.

 

(秋田県仁別で保存の機関車、魚梁瀬でも同型が使われた)

 

高知の森林鉄道のレールは全て撤去されたと思われていた.

しかし、魚梁瀬の奥で、忘れられたようにレールが残っていることがわかり、発掘する催しが行われた.

 

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(レールの発掘)

 

森林鉄道のゲージは762mmで、JRより30センチも狭い.

線路の幅は車道の1車線にも満たない.

山腹をほとんど削らず、等高線に沿うように山肌や谷筋を急曲線で通っている.

谷川は木橋で渡る.

自然を損なわないエコな輸送機関である.

ガソリン機関車は、やがて木炭、薪ガスを使うようになる.

木炭ガスというと、戦争中の石油不足のためと連想されるが、当初はそうではなかった.

ガソリンを山奥まで運ぶのが困難であったため、手近に利用できる木材資源を利用したのである.

地産地消のバイオエネルギーである.

持続可能な体系も提言されている.

針葉樹100石を搬出して、空車を機関車で引き上げるには、濶葉樹からつくる木炭5俵を要する.

そのために全林地の5-6%を木炭のための濶葉樹帯として確保すれば、外からエネルギー源を持ち込まなくてよいと算定されている.

馬路・魚梁瀬では、小さな客車も連結されていた.

ただし乗車は「如何なる災害が生じても補償はいたしません」という条件付きである.

 

(安芸市花に残る伊尾木川森林鉄道の橋梁)

 

しかし他の路線での便乗は、空の台車の上であった.

線路が貧弱なので脱線が多く、乗客が飛び降りる必要があったからである.

利用した山本淳一氏は次のように述べている.

「木材を積んだトロッコが、カーブで大きくバウンドして脱線するのが見えると、乗客は飛び降りる構えをする.

前方の様子を注意して、いつでも飛び降りる態勢で乗るので非常に疲れた」

風雨は避けるすべもない.

蓑笠でじっと何時間も耐え忍ぶしかなかった.

 

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⒉.佐喜浜森林鉄道

 

室戸岬を東に回った佐喜浜港から、約13km延びていた.

奥は「加奈木の崩え」として知られる大崩壊地である.

崩壊は1707年の宝永地震、または1746年の豪雨と推定されているが、集落が壊滅して記録がない.

土石流は谷を埋め尽くして平坦にし、現在では下流部は水田や牧場になっている.

しかし、上流部にはまだ堆積する岩石があり、崩壊の巨大さを実感する.

1916年に治山工事が始まり、1964年まで続いたので、砂防ダム資材の運搬にも利用された.

 

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(加奈木の崩え.最奥の斜面だが、木が育って今はわかり難い)

 

3.   羽根森林鉄道

 

室戸岬の西、羽根川に沿って20km遡る.

木炭の工場がある.

最近あちこちに炭焼き窯が復活しているが、ここでは事業体として2基を備え、備長炭を焼いている.

森林鉄道は国有林の輸送を行うものであるが、頼まれれば薪炭の輸送も引き受けた.

 

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(備長炭を焼く)

 

高知県内の森林の蓄積量は1億8千万立方米とされる.

50年で伐採に至る成長ならば、年率2%、年間360万立方米が増加していることになる.

これに対して現在の伐採量は50万立方米であり、まだまだ蓄積が進んでいることになる.

これは森林鉄道の時代にも繰り返し言われたことであり、伐採が進んでも植林さえ行えば、永遠に生産が持続される.

 

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(羽根の植林地)

 

しかし急傾斜地での植林には、想像を絶する苦労が必要である.

登るだけでも大変な斜面で、枝葉で土手を築き、苗木を植える.

下草刈り、間伐も必要である.

全国各地で植林は行なわれているが、高知ほど厳しい条件は少ない.

植林での利益は自分の世代が得られはしない.

子供、孫の時代になってようやく報われる.

次世代、次々世代の未来と、環境の持続を頭に置いた高知の植林は、「世界遺産」に値するものではないだろうか.

 

参考:河田耕一「高知営林局の森林鉄道」、鉄道ピクトリアル、2011年12月臨時増刊号

 

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        ミュージアムと中屋の機関車

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(おわり)

2015年5月10日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一