13 高知の消えた山上の家々、廃校と生徒.仲木屋林道を探る

高知には、消滅した、あるいは消滅しつつある集落があちこちにある.

そこには昔学校もあった.

どのような人たちが住んでいたのか.

どのような子どもがいたのか.

どのような思いでいたのか.

林道でのトラブルに注意しながら、高知の廃村、廃校を訪ねてみよう.

 

(2017年4月2日 修正版)

 

 

1.   仲木屋

 

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(中央の尖った山が長者ヶ森)

 

住んでいる町から北を見ると、頂上にアンテナのある、標高722mの長者ヶ森が見える.

昔、頂上近くに仲木屋の集落があり、小学校の分校もあった.

消滅したのは昭和36年であり、町内でもその名を知る人は少なくなっている.

しかし郵便番号だけは、781-5616として存在している.

なぜこのような山頂に集落があったのか.

炭を焼いていたからである.

行くには、狭い県道から分かれて林道に入る.

ダート道で、泥濘の場所もある.

しかし、昔は車道はなく、運搬や買い物はもちろん、郵便配達も登山であった.

 

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(海が見える)

 

集落から、遠くに町の明かりが見えたであろう.

昔は町に映画館が三つあったという.

「里のお土産になにもろた.でんでん太鼓に笙の笛」の世界である.

 

2.分校

 

仲木屋分校は、非公式の「教育所」を前身に、明治41年に開設され、当時十数人の児童が学んだ.

廃校となったのは昭和36年で、そのときは児童一人、教員一人であった.

林道に分校跡を示す小さな碑がある.

100m下ということだが、木々が茂ってとてもわからない.

大原一宏さんという、廃校になった高知の学校を探索している方がいる.

その人によれば、林道よりかなり下で、旗竿を挿す石、「日露戦捷」の文字を刻んだ石が残っているそうだ.

集落を去るとき、多くは跡地に杉、桧の苗木を植えてゆくので、それが育つと石垣くらいしか残らない.

家々の跡は簡単にはわからない.

このような会話があったかもしれない.

「父ちゃん、今度羽尾の本校で運動会があるやろ.

けど僕ら、はだしやからいつも負けるねん.運動靴買うて」

「わかった.いま金ないんや.

けんど、この焼いてる炭が売れたら、徳本の店で買うてきちゃる」

 

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3.  奈比賀

 

以前、安芸市の今は廃校になった奈比賀小学校が見えるところでスケッチをした.

秋晴れの日で運動会をやっている.

万国旗が張り巡らされ、マーチがかかって、浮き立つ雰囲気である.

アナウンスが聞こえてくる.

「ゆうと君、がんばって!」

盛んな声援でひとしきり賑わい、次のプログラムに移る.

「ゆうと君、がんばって!」

プログラムが進行しても、個人名は「ゆうと君」しか出てこない.

どうやら本校の生徒は「ゆうと君」一人で、あとの人たちは友情出演?の他校の生徒と地元の人々らしい.

 

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(廃校になった奈比賀小学校)

 

しばらく振りに寄ってみた.

今は地域の施設として使われているが、入口から覗くと、生徒の書いた習字や絵が並んで掲げてある.

なかなか上手である.

感心しているうちに気が付いたのだが、作者は各学年とも、すべてH君とTさんである.

この二人が最後の生徒だったらしい.

 

4.   林道を行く

 

長者ヶ森の山頂からの眺めは良い.

冬など、北に1,900m近い三嶺の雪を頂いた山並みが連なり、アルプスのようである.

高知の山は、南国のイメージと違って、高くて雪も多い.

強い風の吹いた翌日に行ったところ、林道には吹き払われた枝がたくさん落ちていた.

車が引っかけてガラガラ音がしたが、外れるだろうとそのまま走った.

やがて音はしなくなって頂上に着いたが、充電警告灯が点灯した.

これはやばい!

エンジンを止めず、早々に引き返すことにした.

暗くなりつつあったが、ライトを点けずに山を下る.

1時間半はかかる.

 

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(伐採地)

 

山道では、1台の車にも出会わない.

下りに下って何とか平地に出た.

町に入ったところで、すべての警告灯が点灯した.

国道に入り、ついにエンジンが止まった.

あと1キロなのだが.

車を買った店の傍だが、あいにくと日曜で明かりもついていない.

このまま置いて明日来るか.

道端に止めて思案したが、再度キーを捻るとエンジンがかかって、最徐行で何とか家にたどり着いた.

翌日店に持って行った.

「ベルトがずたずたに切れている」

これでは発電機も水ポンプも動かない.

700mの標高差を下るだけであったから、電気も出力も使わなかったのであろう.

携帯も圏外、歩けば人里に出るには何時間かかかったことだろう.

なお、高知の道では落石の角が尖っている.

タイヤの側面を切り裂いたことがある.

ディーラーは、簡易なパンク修理缶でなく、スペアタイヤを備えるよう勧めている.

 

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仲木屋林道は畑山に向かって伸ばす計画だが、工事は途中で放置されている.

崖は崩れ、道の真ん中に松が育っている.

 

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(仲木屋から畑山への道)

 

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(おわり)

 

2015年3月27日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

12 高知の「いごっそう」「はちきん」とは?いいのか?悪いのか?

高知の宴会は、「自説を大声で主張する」ことが目的である.

また、高知の喫茶店に集う女性の目的は、「課題解決について主張する」ことである.

いずれも自分が中心である.

なぜ高知民族にこのような文化が生まれたのか.

高知の男性は「いごっそう」、女性は「はちきん」とされる.

いごっそう、はちきん、とはそもそも何なのか.

そしてなぜ、生まれたのか.

日本人は農耕民族で、欧米人は狩猟民族であると言われる.

高知が異質なのは、高知民族が狩猟民族だからである.

 

2017年3月19日 修正版

 

 

1.  農業

3月中ごろから田植えが始まる.

昔は二期作をやっていたのだから、いわばいつ植えてもよいのである.

「いつ」かはその人の判断による.

日本の多くの土地のように、「山の雪が消えたから村中総出で」というのではない.

3月がよいと思えばそうするし、7月が良いと思えばできる.

 

 

(香南市.3月30日、水が張られ田植えの時期になった)

 

最大限に利益を得る、狩猟民族的発想が必要である.

一致した方針の下で全員が協力する、共同体的農耕民族の発想ではない.

 

2.漁業

 

完全な狩猟である.

内海の穏やかな海で、釣り糸を垂らす漁業ではない.

カツオの一本釣りでは、他者をいかに出しぬいて、優秀な漁場を見出すかで億円単位の漁穫が決まる.

かつて高知で盛んであったクジラ漁の相手は、魚ではない.

狩猟に他ならない.

今ではホエールウオッチングの対象となっているが.

 

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(上川口からのホエールウオッチング)

 

3.  林業

 

かつては、平地の人よりも、山に住む人の方が収入は多かった.

山には新日鉄と日本石油があったと考えてよい.

建物でも、橋でも、構造材はすべて木材であった.

家庭の燃料はすべて薪炭であった.

人里離れた伐採地で優良な木を見出し、それをどの方向にどう切り出すかは個人の目と技量による.

搬出には木馬が用いられた.

橇に1トンもの材を載せ、丸太が並んだ枕木の上を、操る人が梶棒一つの操作で下ってゆく.

危険と隣り合わせの個人の判断による.

伐採のない冬では、多くの人が狩猟を行っていた.

今でも高知県民の銃砲所有率は高い.

 

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(物部 西熊の伐採地)

 

農業、漁業、林業、すべてに個人の判断と自己主張が重要である.

狩猟民族の文化に他ならない.

 

4.  いごっそう

 

高知の男性は「いごっそう」とされる.

一般に「いごっそう」とは、主張の強い人、頑固な人を指すと言われている.

しかし、それなら高知の男性は、ほとんどがあてはまる.

 

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(突然狭くなる道)

 

高知の道を走っていると、突然狭くなることがよくある.

そこには「いごっそう」が関与していると考えて間違いない.

「いごっそう」とは、自己主張の頂点であり、気楽に話されるような生易しいものではない.

いかに金がかかろうとも(あるいは損をしようとも)、一生をそれに捧げようとも、絶対に自己主張を貫く.

この崇高?な思想の持ち主が、真のいごっそうである.

それだけに、周辺には多大の影響を及ぼす.

高知の人なら、身近に何人かの名前と顔が浮かぶであろう.

 

5.   はちきん

 

「はちきん」とは、一般に、明るく、活発で、大声の女性とされる.

県外のお客が来たときには、居酒屋の小上がりに案内することにしている.

そこには必ず女性グループが大ジョッキで盛り上がっていて、来客は口をあんぐり開けて見ている.

よく言う「はちきん」の光景である.

農業は女性の作業によるところが多いし、漁業、林業では夫が何カ月も帰らないこともある.

女性が家庭の主導権を持っている.

夫を陰の苦労で支えるのではない.

また、声が大きくなくては野外で通じない.

しかし、はちきんの本質はこのような外面的なものではない.

大阪の女性は、ガラガラ声でド派手、と言われる.

大阪で育った.

大阪の中心、船場の「いとはん」(長女)、「こいさん」(末女)は、京都よりはるかに雅であり、かつ凛とした女性たちであった.

船場の女性は、商家を守る使命感と主張が、振る舞いとなって現れている.

自己主張の結果であるド派手な服装と、根底では変わりない.

 

(高坂学園老人大学の聴講生.女性が多い)

 

高知では、今も「お城下」という言葉が使われる.

そこには、声は大きくなくとも、「山内一豊の妻」以来の、城下を守る信念の女性たちがいる.

そのような人たちが、歳をとっても学び、左右関係なく議会を傍聴し、政治に対する主張を持つ.

「はちきん」は外見や行動で規定されるものではない.

真の「はちきん」は、強烈な自己主張を持つ、狩猟民族の女性なのである.

 

 

夫婦間で自己主張の対立があるとどうなるか.

それは離婚である.

以前、高知の離婚率は、北海道と並んで全国トップであった.

現在はそこまで多くはないが、上位であることには間違いない.

 

6.  いごっそう、はちきんとの付き合い

 

観光やお遍路など、一時的に高知に来る場合には、「真のいごっそう」、「真のはちきん」に触れることはまずないであろう.

しかし住むとなれば、これらの人たちとの付き合い方が重要になってくる.

 

関連記事リンク:看板のない店、女性は喫茶店に何を求める?

        高知の移住非公式ガイド 2

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(おわり)

2015年3月19日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

11 高知の海岸.台風と竜巻

高知では、生活と海は切り離せない.

台風も、竜巻も、落雷もある.

海を見れば、天候の様子がわかる.

料理は魚である.

地元新聞には釣面があり、テレビでは毎日釣番組がある.

サーフイン、ダイビングなど、どこかで何かのマリンスポーツができる.

 

(2017年7月28日 修正版)

 

 

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(足摺岬.台風通過後)

 

1.   海の気象

 

高知の観光で、日帰りで足摺岬に行って、四万十川を回って、などと気軽に言われる.

これは1泊以上しないと難しい.

高知は東西に大変長く、神戸から広島くらいの距離に及んでいる.

高知市内から足摺岬へ、3時間半かかる.

岬は台風の時が見応えがある.

しかし、「台風が来た、それっ!」というわけにも行かない.

海を見ていると、天候の変化がよくわかる.

うねりが出てきた、というのでテレビをつけると、南方海上で台風が発生した、とある.

天気予報より海を見る方が早い.

高知は台風で大変でしょう、とよく言われる.

しかし、自宅は海に面した高台だが、極端な風雨はない.

海からの風が、そのまま吹きつけるためではないか.

これが山や谷のところであると、気流が狭められて加速される.

風速が高まり、湿り気が山腹で遮られて、一気に豪雨となる.

波が強いと、夜には枕元に海鳴りが響く.

灯台の赤い光が点滅する港の防波堤を、時折白く波が越えている.

 

(志和漁港)

 

海岸は大まかに言って、高知市より東は砂利の浜、西は断崖である.

高知の沖は、富士川からの流出物が堆積して地質を形成している.

随分遠くから来ているように思うが、地球規模で見れば、隣家の排水口から来るようなものである.

また、良質の石灰を産出する.

赤道直下のサンゴ礁が北上し、海から陸にすぐ上がっているので純度が高い.

赤道から3,000kmを6千万年かけて移動してくる.

昔からの製法で石灰をつくっている工場があり、文化財の白壁修復に必ず使われる.

海は沿岸流が強く、砂利や砂はすぐに持って行かれて、急に深くなっている.

また離岸流が強いので、流されると危ない.

海水浴場は意外に少ない.

 

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(大岐の浜.棒を押して探りハマグリを採る)

 

2.  竜巻

 

夏の生暖かい曇り日、近くのゴルフ場で、海を見渡すティーグラウンドに上がった.

ふと沖を見ると竜巻が立っている.

絵のとおりに、漏斗状に雲が海面に下がり、接している辺りでは海水が沸きたっている.

隣町の酒造場で、新しい蔵が完成した.

ところが、沖で竜巻が発生し、次第に近づいてくる.

新築の蔵もこれまでか、と観念したが、突然消えてしまった.

人たちは、龍神様が祝いに来たのではないかと話したという.

山にある寺の本尊は、竜巻で降ってきたという伝説があり、高知で竜巻は身近かである.

 

 

 

時折陸上でも発生する.

ハウスに被害が出るので、珍しがってはおられない.

 

3.   海と雲の色

 

季節によって海の色が異なる.

冬の夕暮れは、銀色に見える.

他の季節では見られない.

気温か、水温か、または屈折の関係なのだろうか.

 

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(冬の海)

 

雲が蓋をしたように海に被さって、その間から遠くの山が見えることがある.

60km先の石鎚山まで見えるので、空気が澄むらしい.

海上では、同じくらいの距離の興津岬灯台の灯が見える.

 

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(雲と海の間)

 

4.  海の落雷

 

夏の深夜、いつまでも雷の音が止まない.

起きて沖を見ると、遠くの海面のあちこちに落雷している.

盛大な花火のようである.

あまりきれいなので、寝ることを忘れて見入ってしまった.

30分も続いただろうか.

 

5.   漂着物

 

いろいろの漂着物がある.

あるとき、近くの浜の波打際にずらりとアジなどの魚が並んで打ち上げられていた.

波が強かったわけではなく、なぜなのだろうか.

大きい魚に追われたのだろうか.

それでも列になって連なるのは解せない.

上空にはトビやカラスが舞っているが、寄っては来ない.

近づいてみると魚は皆内臓を食われていた.

彼らは飽食したのである.

 

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(魚が打ち上げられた浜)

 

鳥は内臓が好きらしい.

以前我が家に、どこからかニワトリの雛が1羽来て、住み着いたことがあった.

ある日突然異様な声が聞こえたので、窓から顔を出すと、タカがニワトリの頭を叩いて仕留めたのであった.

その後、彼が周囲に目配りしつつ食べたのは内臓である.

肉には見向きもせず飛び去っていった.

その夜は鳥鍋の予定であったので、余りを頂くことも脳裏をかすめたが、戻ってきて恨まれても困る.

ウミガメも打ち上げられることがある.

これはもう死んでいて、大きい魚にやられたのだろう.

もっと大きいものでは、クジラが寄せられる.

一度陸に近づくと、沖に持って行ってもまた寄るらしい.

そのようなクジラが解体されたことがあり、魚屋には鯨肉が並んでいた.

 

 

6.   海で遊ぶ

 

近くに海水浴場がある.

夏休みの盛りでも、ごった返すことはない.

「子どもプールじゃん!」という若者もいるだろうが、現地人?に交じって、ビキニの美女がいることもある.

 

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(近くのビーチ)

 

高知の西端である柏島は、スキューバダイビングで有名である.

毎週通う人もいる.

 

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(柏島.ダイビングに出かける)

 

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断崖と入江の大月

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(おわり)

2015年3月9日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一