74 高知の夏祭り、絵金、よさこい、夜須盆踊り

夏は祭りの季節である.

高知でも、8月初めのよさこい祭りをピークに、各地で祭りが行われる.

7月の赤岡絵金祭りがトップ、そして高知最大のよさこい祭り.

各地がそれに続く.

 

2017年8月18日 最終版

 

 

1.絵金祭り

 

幕末から明治にかけ、高知に絵師の金蔵(略して絵金)がいた.

江戸で狩野派を学び、高知の城下で活動したが、贋作の疑いをかけられて追放される.

やがて高知東部の赤岡に滞在し、依頼に応じ、芝居絵を多く描く.

赤岡は香宗川の河口にあり、富裕な商業の町であった.

時計、眼鏡、宝石の店が3軒あることからも賑わいがわかる.

昔からの家並があり、電柱、電線がなければ、いい町になるが.

 

(赤岡の旧道)

 

7月の夜、各家所蔵の芝居絵屏風が20点あまり、旧道沿いの店先に、ろうそくの明かりで照らされて展示される.

絵金祭りである.

 

(屏風絵の展示)

 

ただ、血飛沫が飛ぶ、など凄惨な絵なので、あまり子ども向きではない.

夜店もあるが、広場のビヤガーデン、ライブ、仮設バーなど、どちらかと言えば大人の祭りである.

 

(弁天座)

 

祭りに併せ、町内の芝居小屋、弁天座では、地域の人たちによる「絵金歌舞伎」が上演される.

三番叟などとともに、新作、絵金の生涯が加わった.

 

(ラスト、スタッフが総出)

 

着ぐるみや悪魔、外国人の侍が出たり、場面転換も早く、子どもが楽しめる歌舞伎であった.

絵に歌舞伎に、高知で一番ユニークな夏祭りである.

 

2.よさこい祭り

 

よさこい祭りは、1954年に、徳島の阿波踊りに対抗して始まった.

 

(徳島の阿波踊り)

 

当初は、いかにも阿波踊りの二番煎じであったが、1980年代にコンセプトを覆す大ブレークをした.

指揮と掛け声を行うトラック(地方車という)が先導する.

背面一杯のスピーカーから、大音響で音楽が流される.

「よさこい節」の一節を入れれば、あとはロック、レゲエ、和太鼓、何でもよし.

トラック上でバンド演奏のこともある.

 

(じかた車)

 

(踊り子さん)

 

踊りはマスゲームで、振付けは自由である.

手にした鳴子を打ち鳴らす、前進する、それだけが条件である.

衣装はチームごとに趣向を凝らすが、「よさこいファッション」というほかはない、派手かつ奇抜なデザインである.

 

(休憩中)

 

踊り、鳴り物、衣装など、基本には変わりがない阿波踊りとは大違いである.

そこが、個性を重んじ、自己顕示欲が強い?高知県民にアピールした理由であろう.

よさこいには、200チームあまり、18,000人が参加するが、ほとんどのチームは踊り子を公募する.

1チームは最大150人である.

5月、それぞれの公募の要項が、スーパーなどに置かれた掲示板、ネット、チラシで公開される.

参加費は、衣装、弁当、移動のバス代などが含まれるが、4万から2万円である.

有名であるほど高く、実績のないところは安い.

これを見比べて、自分の売り、衣装デザイン、クチコミを基にして応募する.

自分がその中でアピールできるかどうかが重要である.

チームとしての表彰はあるが、それと別に個人表彰がある.

9箇所の競演場(踊るだけの場所は他に7箇所)ごとに審査員がいて、優れた踊り子に、その場でメダルをかける.

 

(メダルをもらう)

 

有名なチームがいいかというと、そこでは目立ち難いということがある.

メダルが重なるほど、実績となり、自己のタレント性が高まるというものである.

札幌には飛び火した「よさこいそーらん」があるが、踊りのスタイルは似ていても、札幌市民がこの意識を持っているとは思えない.

 

3.手結盆踊り

 

夏祭りの三大要素は、花火、夜店、踊りである.

どれが欠けても夏祭りらしくない.

いま、盆踊りの輪に積極的に入る人は少ない.

子どもの頃、大阪の南河内に住んでいた.

古くからの集落で行われる河内音頭は、先端カジュアルウェアで踊る若い男女の交歓の場であった.

先日のテレビでは、踊りはもっぱら保存会風の人たちで、河内音頭よお前もか、と感じたのだが.

といってこれが無ければ、ただの花火大会である.

高知の夜須町・手結(てい)には、鎌倉時代の念仏踊りの流れとされる、400年来の踊りがある.

 

(手結の踊り)

 

音頭は4曲続き、それぞれに踊りがある.

歌詞にストーリーはなく、時代と共に順次フレーズがつけ加わってできたものと思われる.

音曲も民謡のようなメロディはないが、ご婦人が朗々と大声で歌い上げる.

踊りは地元で練習会があるが、学校では地域の文化として習う.

小さい子どもは友達を真似て踊る.

 

(夜店)

 

催しは海水浴場で行われるが、鉄道には臨時列車が出る.

夜店も賑わう.

盆踊り開始から花火の終了まで、3時間近くあることも関係するだろう.

 

(花火の観客)

 

花火は海水浴場で行われる.

砂浜、階段になった護岸、ボードウォーク、芝生が観客席である.

ブルーシートで席を確保したりもするが、広いので、争ってということではない.

 

(水中花火)

 

花火は防波堤から打ち上げられるが、海面に向けて発射することもある.

水面で爆発し、波に映える.

 

(上空から)

 

近くの漁港や、丘でも見ることができるが、やはり頭上に降ってくるような至近距離に迫力がある.

 

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(おわり)

 

73 高知の山奥で食べる、地鶏、蕎麦、フレンチ

山奥でゆっくり食事をしたり泊まったり、高知での候補を挙げてみよう.

・特別な食事が楽しめる

・泊まることができる

・辺りの風景が素晴らしい

・簡単には行けない

以上が条件である.

すぐに行けて、お金さえ用意できるなら、銀座や軽井沢に、いくらでも店やホテルがある.

行くことに困難が伴うから、行った先での楽しみが増加する.

しかし行った先が、「まあこんなもの」では「がっかり名所」になる.

行き難いほど、行った先に対する満足度要求レベルは高くなる.

 

2017年7月25日 最終版

 

 

1.畑山温泉

 

畑山温泉には、高知市から室戸岬に向かう途中の安芸市から、山道を40分.

一日3回のコミュニティバスを利用することもできる.

地鶏・土佐ジローの料理を提供する、3室の宿である.

 

(畑山温泉への道)

 

安芸川に沿って上流へ.

都会から来る人は、たいてい道路の狭さに驚く.

しかし、これは高知では普通である.

通行が極めて少ないから、これでよい.

 

(畑山温泉)

 

料理は胸肉のたたきを始めに、ご主人が焼いて見本を示してくれる各部位の炭火焼、鳥鍋と進んで、しめは親子丼.

翌朝は卵かけご飯だから、土佐ジローを食べ尽くす.

飼育場は下流に、処理場は川向こうにある.

 

(安芸川)

 

畑山集落を貫く安芸川にダムは無く、いつも澄んだ水が勢いよく流れている.

7月の朝だったが、アカショウビンの声が聞こえた.

南国から渡ってきた渓流の鳥である.

 

 

(水力発電所跡)

 

上流に行くと、今は使われていない小さな水力発電所がある.

以前の勤め先で、電気系の部長が、「僕の夢は山の発電所の所長だったのだがなあ」などと言っていたのを思い出す.

 

(廃校の畑山小中学校)

 

畑山温泉の鶏料理、もちろん素材は良い.

養鶏が専門のご主人、元新聞記者の奥さん、いずれももとからの料理人ではない.

しかし、この調理、盛り付け、味付けは、各地の一流の鶏料理を研究し尽くした結果ではないだろうか.

「田舎だから」、「地元食材だから」、で済まさない、最高を求める姿勢を感じる.

 

2.寒風山の蕎麦

 

高知市の東、伊野から愛媛県の西条まで、国道194号線が伸びる.

県境になる標高1,763mの寒風山を、長さ5.4kmの長いトンネルで抜ける.

瓶ヶ森、石鎚山と1,900mクラスの連山である.

麓は紅葉でも、上は霧氷や雪.

10月だったが、11月になると山の上は通行止になる.

なお、標高1,500mにある山荘は、改装で2019年まで休業中である.

 

(山への道)

 

麓の山峡に蕎麦「時屋」がある.

国道に小さな看板があり、そこから折れて谷筋を遡る.

 

(国道の分かれ)

 

峡谷を行く道には人家は無く、本当にここに蕎麦屋があるのか、不安になる.

2kmほどで、林の空きスペースに止まる車が見え、谷間に蕎麦屋が現れる.

紅葉であった.

 

(蕎麦・時屋)

 

小道を下って、小体な建物に入る.

座敷と渓流に向かった縁側がある.

度々来ているらしい男性は、迷わず縁側に腰を下ろした.

 

(渓流に向かって)

 

なぜ主人はこの場所を選んだのだろう.

水は石鎚からの流れだから、もちろん良い.

しかし一番の理由は、理想の蕎麦空間をつくりたかったのではないだろうか.

都会の有名蕎麦店といっても、電線が這いまわっていたり、裏口に空き箱が積みあがっていたりする.

ここには醜いものは一切ない.

蕎麦はもちろん旨いが、空気も、渓谷も、しつらえも、出してくれるお茶も、すべて極上の蕎麦空間である.

勘定でちらと見える厨房も、白木が美しく、清潔で整理が行き届いている.

途中の長い山道は蕎麦への前奏曲なのかもしれない.

車のナンバーを見ると、高知、愛媛だけでなく、全国から来ている.

納得する.

 

3.滑床渓谷

 

山の蕎麦屋は、高知県いの町にある.

しかし、トンネルを抜けるとすぐに愛媛県西条の町で、伊野の町よりはるかに近い.

愛媛の奥座敷である.

滑床は反対で、愛媛県松野町にある.

愛媛県の観光地としては辺境で、松山から遠い.

しかし高知側からは、四万十川や天狗高原の観光とリンクするルートになる.

観光は自治体の視察旅行ではないから、行政区域によらず、滑床は高知の観光地と言っても良い.

大体、流れの上は高知・愛媛の県境だし、川は四万十川に流れ込む.

 

 

(夕暮れの渓谷)

 

滑床は磨かれた花崗岩の、文字通りの滑らかな岩である.

雪輪の滝は、防具を着けて滑り降りるキャニオニングの場である.

さらに奥に行けば、昔あった森林鉄道線路跡や橋台がある.

 

(雪輪の滝)

 

雪も舞いそうな12月の夕暮れで、谷川を歩いて出会ったのはハイカー一人であった.

「ケーン」という鋭い一声が響く.

シカに5頭出会った.

 

(森の国ホテル)

 

渓谷にはシャレ-風の「森の国ホテル」がある.

上高地帝国ホテルを模しているが、フェイクではなく、立派な建物である.

持ち主は松野町だが、今の指定管理者は、全国にDIホテルチエーンを展開する企業である.

紅葉や新緑の頃は混雑するが、この季節、泊り客は我々二人だけであった.

しかし二人でも手抜きはない.

暖炉には赤々と薪が燃えている.

料理は変わらず楽しめる.

ワインはよく料理にマッチしている.

先日テレビでクルーズ船を紹介していたが、その料理は「これでクルーズ?」と言いたい、ありきたりの「洋食」であった.

滑床は違う.

 

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(おわり)

2017年7月18日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

72 市町村コミュニティバスで高知観光 2 須崎市、大豊町

「コミュニティバス」には、はっきりした定義はなく、ただ単に小型のバスを指す場合もある.

行政的には、市町村が交通空白地(過疎地)で運行する、「ローカルバス」である.

白ナンバーで安い運賃だが、無料のところもあるし、路線バスと同じ緑ナンバーの事業の場合もある.

運転は地元タクシー会社などに委託されている.

運転手は地元の人だから、道中、土地の生活事情や、名所を話してくれる.

「田舎のワンマン観光バス」である.

高知のコミュニティバスに乗ってみよう.

 

2017年7月9日 最終版

 

 

1.須崎市営バス

 

コミュニティバスの路線は、大体に山奥の集落だが、海岸にもある.

須崎市は三つの部分からできている.

駅付近の「旧市街」、高速インター付近の大型店が集積する「新市街」、入江にある漁業基地である.

コミュニティバスはこれらを結んでいる.

 

(スーパーの停留所)

 

一日7往復だから、高知のコミュニティバスの中で格段に多い.

Mスーパー前から湾の奥へ向かったが、レジ袋を提げた人たちで、マイクロバスの半分が埋まった.

 

(野見)

 

入江に沿って、山を上り下りして走る.

野見が漁業の中心で、ほとんどの乗客が降りた.

小中学校の大きな建物もある.

 

(野見湾)

 

静かな湾には、タイ、ブリ、ハマチなど多数の養殖筏が浮いている.

海を眺めながら、小さな漁村を回る.

運転手の話では、いま通学の生徒はいない.

小さい子が一人いるが、このバスで野見の学校に通うまでまだ大分あるね、ということだ.

 

(終点中ノ島.向こうが戸島)

 

終点で折り返しの出発まで10分くらいあるので、運転手は煙草を吹かす.

すぐ先に戸島があって、住まいが見えているが橋はない.

住民はここまで船で来て、このバスで買物に行くのだそうだ.

写真を撮って再び乗る.

途中、屈強な男たちが乗ってくる.

交わしている会話からすると、漁師さんである.

パチンコ通いにもよく利用されているらしい.

車を運転できない風ぼうではないが、夜明け前からの仕事を終え、一杯ひっかけて帰るのかもしれない.

終バスは6時前だ.

 

2.大豊町営バス立川線

 

大豊町のバスは、高知にある21市町村のコミュニティバスの中で、唯一無料である.

無料の場合は、ホテル、商店街の送迎バスなどと同じで、道路運送法の適用外になる.

ただ、バラマキ行政的となるためか、交付税の交付対象外となり、町では過疎債を財源としている.

土讃線大杉駅前から、日祝を除く日に3往復の立川線に乗った.

 

(大杉駅前)

 

以前、同じ高知の越知町には、無料の「患者バス」があった.

通院証明書が必要だが、高齢者は皆何かで病院に行っているから、事実上全員が対象である.

厚労省の地域医療対策事業が財源である.

山の上に、住民がつくった待合所があり、かかし人形が置いてあった.

 

(越知町清助の待合所)

 

しかしこれだと、せっかく若い移住者や子どもが来ても乗れない.

そのようなことがあってか、現在は有償の町営バスに変わっている.

しかし親切である.

普通は停留所に「時間に余裕を持って来て…」と注意書きがある.

そうすると律儀な老人は、雨の日でも、5分、10分も前から待つ.

越知町では、「時間まで発車しませんので、あまり早くから待つ必要はありません」と書いている.

 

(山の車窓)

 

学校から地域スーパーにかけて、町の2km周辺での乗降が結構多い.

無料だから、気軽に利用されているらしい.

山に入るが、これは標高1,000mの笹ヶ峰を越える、参勤交代の古道である.

高知から瀬戸内へ抜ける高速道路が頭上を平行する.

高速道路から見下ろすと、下はうっとうしいだろうと思っていたが、時折高い橋脚が見える程度である.

一人残った老婦人が降りた.

いつも思うのだが、このようなところで降りる老婦人は、必ず凛とした雰囲気を漂わせている.

途中、屋根付きの橋を渡って境内に入る神社がある.

写真を撮ると、運転手は、雰囲気があるところで祭もやっている、と説明してくれる.

ガイドブックにはない.

 

(橋を渡る神社)

 

復元された昔の番所のところで街道をそれ、狭い谷筋に入る.

男性が一人歩いていて、アメゴ釣りだそうだ.

移住してきた家に小学生がいるが、寝坊して朝7時のバスに遅れると、お母さんが送る.

40分余りで終点の仁尾ヶ内に着くが、森の中に待合所があるだけで、人家は見当たらない.

上には数軒の家があるらしい.

乗客がいれば、山を上がってくれるのかもしれない.

 

(終点、仁尾ヶ内)

 

対岸にも3軒があり、高知の病院に通っていたが、今はみな入院した.

林道が先に続いていて、秋から伐採が始まり、大型トラックが行き来するという.

いま、この地域で林業に従事しているのは1軒だけらしい.

林業が衰退したので山の集落が消滅した、と考えられがちだが、逆である.

今は林道がつくられ、大がかりな林業機械によって、計画的に伐採と育成が行われる.

昔の木こりのように、山に住む必要はない.

麓の基地で段取りと連絡を終え、山に出勤する.

5時を過ぎると、山から次々に車が戻ってくる.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

市町村コミュニティバスで観光 1.香美市、芸西村

越知、黒森山の山上集落

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2017年7月2日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

71 市町村が運行するコミュニティバスで高知観光 1.香美市、芸西村

乗り物や旅は、だれにも受けると見え、テレビに鉄道番組は多い.

路線バスの旅もある.

しかし田舎には、都会では絶対に体験できない交通機関がある.

それは地方の自治体が、過疎地住民のために運行する「田舎のバス」・小さなコミュニティバスである.

法令上、路線バスと違って乗客の範囲は限定され、「在住する住民およびその親族」となっている.

ただし「市町村長が必要と認める場合」には、「当該区域への来訪者等」も乗車できる.

高知では、ある決められた曜日に、山の集落を朝出て夕方帰る、1週間にこの1往復のみという路線もある.

これは「認め」てもらっても、部外者はまず乗れないが.

高知の県内34市町村、その21にコミュニティバスがある.

高知では普通になっている「ローカルバス」、その路線のいくつかを辿ってみよう.

 

2017年6月22日 最終版

 

 

1.コミュニティバスとは

 

(安芸市のコミュニティバス.「元気バス」とネーミング)

 

コミュニティバスにはいくつかの種類がある.

一般には、市町村が所有する「自家用車」(白ナンバー)を使って、有償で運送を行う「市町村営」バスである.

大都市のバスは、都営、市営、と言っても、「事業用車」(緑ナンバー)で行う路線バスである.

コミュニティバスの運営は自治体が行うが、実際の運転は、地元タクシーや観光バス業者に委託されている.

「自家用車」は、大型のワゴンかマイクロバスである.

自治体行政の一環であり、国交省の許認可外である.

かといって勝手に運行して、既存の路線バスやタクシーとの競合になっても困る.

そのため、自治体、住民、関係業界、運輸局を交えた「地方公共交通会議」で協議が行われる.

多少の運賃をもらっても、過疎地で採算は合わない.

交付税で賄われるから、その意味で総務省の分野である.

 

(香美市営バス.コミュニティバスの大きさはいろいろ)

 

2.香美市営バス谷相線

 

空いているのだし、一々「市町村長に認め」てもらわなくても、実際には乗れる.

総括的に「来訪者等」が認められているのかもしれないが.

普段見かけない人物であっても、運転手に「許可証は?」などと言われることはない.

第一、役場のホームページにも乗車申請書様式はない.

ただ、住民を押しのけて、ハイキングのグループが独占するなどはよくない.

空いていても、途中から法事で沢山乗ってくることもあり得る.

ワゴン車には立席がない.

その時は住民に譲って歩くことだ.

アンパンマンミュージアムのある香北町から、夕方、山の上の谷相に向かう香美市営バスに乗った.

通学を意識したダイヤで、朝1回、夕方2回、土日を除き運行されている.

老婦人が一人、小学生が二人乗っている.

どこで降りると言わなくても、ちゃんと家の前で止めてくれる.

 

(山を上る)

 

リュックを背負った老婦人が降り、次に大声で挨拶して小学生が降りた.

谷相は視界が広がり、眺めの良いところである.

 

(車窓から)

 

バスは山上をあちこち回り、終点に着いた.

ここまで20分、200円である.

バス停の標識はあるが、家は辺りに見当たらない.

すべてのコミュニティバスがそうだが、向きを変えて、直ちに折り返す.

 

(バスの終点)

 

帰りの便に乗客はない.

バスの運転は、タクシー会社が委託されている.

この車の運転手も、朝夕はバスで、昼間はタクシーという.

そのせいか、交わす会話はタクシーの感覚である.

「運転士に話しかけないで…」などの表示はない.

間合いが長いので、買い物で往復をバスの人は少なく、片道は支援のあるタクシーなどを使っているという.

 

3.芸西村営バス

 

芸西村のバスは、ごめん・なはり線の和食駅から、峠を越えて、山間の集落に至る.

行先は二つあり、それぞれ週2日、一日2回である.

 

(村営バスの出発)

 

大抵のコミュニティバスは、フリー乗降であっても、主なところにバス停標識が立っている.

芸西村は全くない.

住民は知っているから必要ない.

普段から行き来している隣村なのだが、わからない.

和食駅は広場が二つあるので、役場に電話して確かめた.

 

(村の中)

 

広いバイパスはあるが、それでは「コミュニティ」のバスにならない.

集落の路地を通る.

老男性が一人乗ってきた.

 

(峠道のすれ違い)

 

すれ違うドライバーは皆、バスの運転手と顔見知りである.

男性は今日運行のない集落から来たので、森の分かれ道で降り、置いてある自転車に向かった.

 

(道のネット)

 

途中の集落では、シカやイノシシの侵入を防ぐため、道にネットが張ってある.

通る場合は横にずらすように書いてある.

ただ、バスはこの道ではない.

 

(今日の終点・国光)

 

終点まで34分、280円である.

以前は小型車では積み残しが出て、29人乗りで運行したこともあるという.

途中の山の中に、バスの車庫だったコンクリートの土台が残っている.

今、この地域の全人口は、その定員の半分にも満たないだろう.

運転手は、この谷にも家があった、この横にも、と説明してくれるが、林に埋まってわからない.

それにしても、ワゴン車でも曲がり難い峠の道を、よく29人乗りで運行したものだ.

 

関連記事リンク:

山道の運転、山の子ども

コミュニティバス 2、須崎市、大豊町

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(おわり)

 

2017年6月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

70 国道439(よさく)2.山里を巡って「よさく」の難所、杓子峠へ

徳島から四国を縦断する国道「よさく」.

山に点在する集落を通り、峠を越える.

山里体験ルートであり、「日本の原風景」だけでなく、変わりゆく今の町村の姿を実感できる.

「冒険ルート」ともされている.

1に続いて、池川から終点中村へ.

最後は、もっとも「よさく」らしい杓子峠である.

 

2017年6月11日 最終版

 

 

1.池川

 

仁淀川町は、池川町、吾川村、仁淀村が合併してできた町である.

高知の山間部一帯に広がり、高知の山里を代表すると言ってよい.

各地の集落に向かう、週1日のコミュニティバスが30路線に上る.

池川の元役場の裏を上がって行くと、鯉幟にフラフが翻り、次世代を担う子どもが育っていることがわかる.

ただ、町関係者は、生徒の調査をすると、将来もここに住みたいという比率が少ないことを嘆いていたが.

 

(池川の5月)

 

斜面では、3軒のお宅が薔薇園をつくっている.

入場料を取ることではなく、お家にお邪魔して見せていただくオープンガーデンである.

しかし、よく手入れされ、楽し気に家人の方が説明してくれる.

山を背景にしているところが、また素晴らしい.

 

(池川の薔薇園)

 

2.33号線

 

(ドライブイン引地橋)

 

しばらくして、国道33号線と合流する.

高知と松山を結び、高速道路がない時代のメインルートであった.

座席指定の特急国鉄バスが、1時間おきに走っていた.

3時間半かかるが、途中このドライブインと愛媛に入っての久万で小休止する.

さらに松山からは広島行き水中翼船が連絡して、瀬戸大橋以前の、高知-広島の最速ルートでもあった.

単調な高速道路に飽きると、ここを通る.

今も変わらずおでんが売られている、県民御用達の店である.

いつぞや、高知のスーパーで「引地橋おでんのたれ」をみつけた.

 

3.長者

 

再び439で、長者を通る.

幸せな名には伝説があるが、佐川、越知から山奥に至る往還の要所である.

「だんだんの里」の農家レストランがあるように、見上げる斜面一帯が、石を積み上げた「段々畑」になっている.

地図を見ると、これでも周辺より傾斜が緩い地域なのである.

一回では曲がり切れない道を折り返して上ると、往還沿いに家々が並ぶ.

道路からは1階、下からは3階になっている.

 

(長者)

 

水が湛えられ、田植えの準備である.

高知の平野部より2か月近く遅い.

ただ、長年の努力にもかかわらず、ついに耕作放棄地になった地域もある.

 

(田植えの季節)

 

4.山の宿

 

(午後の439)

 

道幅が狭くなって、矢筈峠を越えて梼原町に入る頃、日が傾いてきた.

この辺り、宿になかなかバラエテイがある.

囲炉裏と五右衛門風呂の古民家、農家民宿、町中に行けばシティホテルに温泉ホテルがある.

439沿いに小さな郷麓温泉がある.

 

(郷麓温泉)

 

部屋のデッキと風呂は渓流に面し、流れの音と河鹿の声が絶え間ない.

この後、439は山の中を延々と続く.

特にダム湖の縁は、昔ここにあった森林鉄道と同じく、等高線を忠実に屈曲して辿る.

ひたすらハンドルを回し続けても、周囲の風景は一向に変わらず、気力を消耗する.

ただ439は国交省だが、並行して農水省の「ふるさと林道」がある.

先は国道並みに?狭いが、2車線で長いトンネルを抜けるので短縮ルートになる.

途中、中津川には農家民宿がある.

 

(中津川)

 

5.杓子峠

 

栗焼酎が売りの大正を過ぎて、ラストコースの杓子峠で終点の中村に向かう.

入口には「通行困難!!」の警告板がある.

 

(杓子峠の入口)

 

(杓子峠へ)

 

狭くなり、よさく最後の試練である.

たしかに「国道」としては狭いが、「高知の山の道」としては普通である.

いや、むしろ広い方と言ってもよい.

これは慣れで、以前居た東京には1車線の道路などなかった(世田谷の住宅地は別だが).

20年前高知に来たとき、すれ違いができない狭い道には緊張したが、今はこれが当たり前の感覚となった.

大体このようなところでは、すれ違う車はほとんど来ない.

 

(杓子峠から)

 

大正から中村には、海岸を通る道筋が一般的で、山越えをすることはない.

山越えにしても、これも農水省による、2車線の清水東津野大規模林道が、439と並行してつくられている.

ただ工事は中止され、途中から狭くなるが、県によって拡幅工事が進行している.

おそらく今後も、439の改修工事が行われることはないであろうから、「酷道」のタイトルは安泰である.

 

(住次郎)

 

峠を下って行くと、住み家が見えてくる.

次第に広くなる.

 

(中村城址から)

 

川に沿って水田が広がる.

よさくの終点、中村の城址に上って杓子峠の方向を見る.

439は右の山裾の集落の間を通っている.

徳島からここまで、どんなところにも、人は住んでいるものだと思う.

 

(おわり)

 

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国道よさく1 剣山から仁淀川町

沈下橋と四万十川

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(つづく)

 

2017年6月2日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

69 国道439(よさく)1.奥祖谷モノレール、京柱峠、棚田を西へ

国道439号線、通称よさく、は徳島から四万十川河口の中村まで、300kmを越える路線である.

四国の背骨の山々を貫く、四国縦断ルートである.

曲がりくねった1車線の、ガードレールもない狭い山道を、右に左にハンドルを回し続ける.

対向車があればバックしてやり過ごし、峠をいくつも越える.

日本三大「酷道」の一つとされる.

しかし、大変だ、危険だ、と言われるほど、行ってみたくなるのも人情で、なかなかの人気である.

 

2017年5月26日 最終版

 

 

1.剣山から奥祖谷

 

439号線は、徳島から山の中を走り、ようやく剣山(つるぎさん)登山口に着く.

標高は1,400mで、1,955mの剣山にはリフトがある.

この高さだから、積雪で冬季は通行止になる.

今、徳島からここまでは438で、439は実質的にここから始まる.

 

(剣山から行く手を見る)

 

これから辿る山並みが連なって見える.

終点中村まで、何回このような景色を見ることか.

 

(東祖谷菅生)

 

下りた辺りは祖谷である.

菅生は昔、林業の中心地で、森林鉄道があった.

バスの車庫と共に、立派な旅館の建物が残っている.

 

2.モノレール

 

ここには、大変奇妙な乗り物がある.

奥祖谷観光周遊モノレールである.

みかん山などで、果実を入れたコンテナを下ろす簡易なモノレールをよく見るが、その拡大版である.

工事現場などでも使われていて、専業メーカがあり、最大3トンの重機、6名を輸送できるという.

ここでは二人乗りで、1周4.6km、高低差590m、自動運転であり、65分で戻ってくる.

日本最長乗車時間のモノレールである.

普通はエンジンだが、ここは電動である.

 

(奥祖谷観光モノレール)

 

(山を巡る)

 

何があるというわけではないが、森林を巡って、なかなか楽しい.

なぜここにこんなものがあるのか.

当初、至近距離にある、標高1,893mの三嶺への登山客輸送を目指したからである.

三嶺は、四国では知られた登山の対象である.

ところで、A地点からB地点に人を移動させる、これは「輸送」であり、鉄道(軌道)事業となる.

このモノレールも、東京、大阪のモノレールと同じ基準で審査される.

とても実現は困難であろう.

しかし、AからAに戻ってくれば、これは輸送ではなく、遊園地の汽車と同じ扱いになる.

ディズニーランドの蒸気船は当初、周回の途中の船着場で客が乗降できた.

したがって「輸送」であり、母港を「浦安港」とする船舶として認可された.

旅客船では、救命胴衣、救命ボートを備えなくてはならない.

しかし、危急の際には筏が駆け付ける体制をとることで、省略が承認されたということだ.

省庁と法令の間隙に、アイデアが存在する.

 

3.京柱峠

 

西に進むと、観光客でごったがえす「秘境かづら橋」への道から分かれ、京柱峠を上る.

標高1,139m、439を代表する峠で、冬季は閉鎖である.

今はかづら橋方向が本流で、こちらは物好きの道と言ってもよい.

ここから高知県である.

 

(京柱峠から見る徳島側)

 

(京柱峠の高知側)

 

京柱峠を下る.

集落の中を通る昔からの道路は、家々を立ち退かせなければ拡幅できない.

大規模なバイパスをつくらない限り、どうしても狭くなる.

 

(移動販売車)

 

音楽を鳴らして移動販売車がやってきた.

地域の貴重な生活支援である.

店主の女性は、自分で仕入れをして、付近一帯を回っているそうだ.

 

 

4.棚田地帯

 

この辺り吉野川の南岸は、谷底から山の上一帯が、棚田である.

地図を見ると、その特徴が明確にわかる.

 

(怒田-ぬた)

 

地質学者は次のように説明する.

下部に水を通さない、厚い粘土層がある.

その上に風化、破砕された地層が載り、粘土の洗面器に入れたように、大量の水を含む.

すべりやすいので緩い傾斜になる.

耕作に適する.

地下水位が高いので、高い場所でも水田ができる.

ただ、これ以上すべっても困る.

斜面には大規模に排水路が建設され、水抜きトンネルが掘られ、地下水位がモニターされている.

これに対して、北岸は堅い岩盤である.

 

(32号線、439は右に分かれる)

 

439は谷を通っているが、棚田の山腹を通る、見晴らしの良い狭い道路もある.

一旦32号に合流する.

高知と高松を結ぶ国道で、大型トラックの通行が多い.

高速道路の経路は遠回りになり、かつ有料なのでここを通るのである.

約10kmで、再び439は分かれる.

 

(さくら市場で)

 

本山町は地域の中心で、直販市「さくら市場」がある.

昼時で、韓国系おばさんのつくるチヂミに、地元高齢者が集まる.

しばらく大声で歓談する.

 

(439らしくない439)

 

この辺り改修が進み、「よさく」とは思えない.

道幅は広く、長いトンネルがあり、滑らかな曲線と坂が続く.

車にほとんど出会わず、快適なドライブである.

ただし、よさくは山岳縦断の道だが、遊びのスカイラインではない.

ときどき四国横断の国道と出会いながら、山間の町々を結んでいる.

太平洋の伊野から瀬戸内の西条に行く、194号線に合流した後、仁淀川町池川に着いた.

 

(冬の池川)

 

関連記事リンク:

外国人観光客に棚田の本山

国道よさく2 杓子峠から中村へ

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(おわり.2に続く)

 

2017年5月16日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

68 桂浜から砂浜が続く高知の海岸.そこにはどろめ祭りの赤岡

桂浜は有名だが、そこから東へ、約20kmに渡って砂浜が続く.

高知では砂利や断崖の海岸が多く、ここだけである.

昔は松林が続き、小舟が出し入れされ、地引網が行われていた.

消波ブロックと堤防で変わっているが、海辺の村落の姿は留めている.

東の端にあるのが、どろめ祭りの赤岡である.

 

2017年5月10日 最終版

 

1.どろめ祭り

 

(着陸)

 

高知への飛行機は、室戸岬方面から海岸に沿って高度を下げる.

一歩空港を出れば、強烈な陽射しと澄んだ空気が、南国に来たことを実感させる.

今日は砂浜にテントが並んでいる.

毎年4月末に開かれる、今年で60回の、赤岡のどろめ祭りである.

どろめ、とは生のイワシの稚魚で、茹でたものはシラス(チリメン)である.

年中この海で採れるが、最盛期は春である.

 

(漁船のパレード)

 

どろめ祭りのテント席は有料で、どろめ汁、丼に、酒2合がついている.

酒2合が高知らしいところで、1合なら「なんじゃこれは」となろう.

もっとも2合で終わるとは考えられないが.

 

(大杯飲み干し)

 

催しには、ライブ、子どものウナギつかみ取り、などあるが、最大のアトラクションは酒の大杯飲み干しである.

男は1升、女は5合の盃である.

速さを競うのだが、こぼすと減点される.

男女とも、少なくとも10秒台でないと入賞の見込みはない.

昔、高知での仲居さんの採用条件は、5合飲めることだった.

今も料亭に県外の人を招くと、客を差し置いて仲居さんがぐいぐい飲むので、あっけに取られている.

飲み干しはショーで、あおり役の男性が、「グーッとグッと」、「撒くな撒くな」と、女性司会者と共に盛り上げる.

急性アルコール中毒が心配になるが、対策は講じられている.

もっとも、テントの中の一行が、熱心に観戦しているわけではない.

ショーはショーで、白昼堂々、陽光のもと、大勢で海で呑むのがうれしいのである.

こちらは速さではなく、量である.

 

2.砂浜

 

(浜に沿う集落.向こうの岬は桂浜)

 

今は岸に防波堤が築かれ、消波ブロックを並べた離岸堤が設けられている.

もう漁業では利用されない.

防波堤の内側の砂浜は農業ハウス地帯となっている.

全国のシシトウの9割は高知でつくられているが、その中でもこの地域の比率が高い.

 

(桂浜が見える)

 

堤防で遮られるから、陸からの土砂の流入はない.

山の土砂はダムに貯まるから、海には入らない.

そのため、砂浜は徐々に痩せる.

堤防の嵩上げが行われ、海浜植物が無く、目下砂漠状態である.

松の苗が植えられているが、これからである.

 

(浜の集落.潮風でトタンは錆びている)

 

海辺には10mほどの高さの、太古からの砂丘(浜堤)が沿い、家々はそこに並んでいる.

防波堤によって生活圏が広がり、海に近い方にも住居がつくられた.

波打際と平行に狭い道が伸びている.

砂地の白っぽい風景は、やはり海辺である.

何があるという訳ではないが、ほとんど車は通らないし、ぶらぶら歩きによい.

 

(フラフ)

 

5月で鯉幟とフラフがはためいている.

「フラフ」とはオランダ語の旗から来ているが、高知の風習である.

多くは金太郎や宝船だが、特注で家業の建設工事など描かれることもある.

 

(砂丘に並ぶ家々と戦争遺跡)

 

「大東亜戦争」の末期、「本土決戦」になれば、沖縄に次いでこの地に「敵前上陸」が行われる可能性があった.

ラッキョウ畑の中に、コンクリート構造物の戦争遺跡が残っている.

3方向に銃眼があるが、ノルマンデイのドイツ軍のような強固なトーチカではないから、哨戒のためだったのかもしれない.

東の住吉には、特攻モーターボート「震洋」の基地が設けられていた.

300kgの火薬を積み、敵艦艇に体当たりするのである.

機会がないまま、8月15日に終戦となった.

ところが、翌8月16日の夕刻に出動命令が出た.

急遽準備中、火薬に引火して爆発、隊員160名中、111名が死亡した.

どこから、だれが、命令を下したか、謎のままである.

毎年慰霊祭が行われている.

 

(震洋隊慰霊碑)

 

3.赤岡

 

赤岡は、どろめ祭りの他にも、何かとイベントが多い町である.

幕末、高知城下を追われた絵師金蔵が滞在し、芝居絵を描いた.

夏の宵、おどろおどろしい絵の屏風が、持ち主の玄関先にろうそくに照らされて飾られる「絵金祭り」がある.

冬には「冬の夏祭り」と称し、道路や広場にこたつが置かれ、生ビールやアイスを味わう.

 

(冬の夏祭り)

 

一方、新しくつくられた芝居小屋、弁天座がある.

金毘羅の730席、内子座の650席に比べると、250席で小ぶりである.

しかし、花道、升席、すっぽん、など本格的なつくりである.

 

(弁天座)

 

赤岡には絵金歌舞伎保存会があり、市民による公演が行われる.

 

(赤岡歌舞伎保存会の公演)

 

先日の出し物は「葛葉子別れ」で、幕切れ、白狐が我が子を残し、障子に歌を書いて去る.

観客一同、思わず涙する出来であった.

昨年海老蔵の公演があったが、今年も秋にまた来てもらえるようだ.

 

(おわり)

 

2017年5月4日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

67 香南市のチベット、コミュニティバスで探る.そして時効になった怪事件は

「XX町のチベット」、時々聞く表現である.

天空にあって隔絶されたチベットのように、その土地の中心から遠く離れた、奥深いところを指す.

差別的ではなく、浮世を離れた桃源郷の意味があるのかもしれない.

地方の市町村では、コミュニティバスが運行されている.

一部は「チベット行」である.

住んでいる香南市のバスを中心に辿る.

山里には、未解決の怪事件もあった.

 

2017年4月25日 最終版

 

 

1.コミュニティバス

 

(夜須駅)

 

香南市の夜須駅には、第三セクターのごめん・なはり線、とさでん交通の路線バス、香南市コミュニティバスが集まる.

路線バスは国交省の所管である.

一方、コミュニティバスは、自治体が過疎地で乗合有償輸送をするもので、総務省と言ってよい.

車は自治体が所有し、運転は地元タクシー、観光バス業者、シルバー団体に委託している.

 

(羽尾行.出発から12分)

 

コミュニティバスのダイヤは大きく二つの目的から構成されている.

1)小学生、保育園児の通学

朝に学校に送り、夕方帰らせる.

児童の通学状況に合わせ、経路、行先など、フレキシブルに運行されている.

2)高齢者の通院、買い物

地域で異なるが、毎日でなく、週1、2日のことも多い.

基本的にどこでも乗れ、どこでも降りられるフリー乗降である.

住民が非常に少ない地域では、事前に予約を行うデマンド運行になる.

 

(羽尾の峠へ)

 

山越えで1時間かかる香南市の羽尾には、通学の小学生が居るので、毎日運行である.

すれ違った夕方の最終便には女の子が一人、最後部の座席で本を読んでいた.

 

2.距離感

 

都会で、駅から自宅までのバスの所要時間に対する距離感はどうか.

5分:近い

10分:まずまず

15分:少し遠い

30分:かなり遠い

田舎での行き来は基本的に自家用車であるが、この距離感は同様ではないだろうか.

 

(奈良行バスで正延.ここまで40分)

 

20分を過ぎると、ぽつりぽつり廃屋が見える.

のどかな山村風景が続くのだが.

 

(奈良.廃校の小学校が見える)

 

1時間かかる奈良は、デマンド運行の終点である.

チベットの入口である.

この先は無人の山道が延々と続く.

自分の車で1時間弱、ハンドルを回し続けて舞川に着く.

 

3.地域おこし

 

(舞川)

 

舞川は四方面から来る道路の結節点である.

しかし、どこからでも2時間近くかかるのは厳しい.

大きい藤の木があり、花の時節にはイベントが開かれていた.

いま、何軒かの家や公民館に人影はない.

若者が一時期居たのか、簡易な宿泊施設や、川に張り出したライブ演奏デッキがつくられている.

以前は、谷川で子どもが泳げたりして、いいところではある.

しかし、絶対ここでなければ、ということでもない.

来ることに時間と労力がかかるほど、来訪者の期待値レベルは高くなる.

応えられるかどうかだが.

 

(羽尾.今日はライブで宴会)

 

羽尾の住人は22人である.

廃校跡にO荘がある.

校舎の利用ではなく、ログハウスのしっかりした個室である.

庭でテントを張ったり、炊事もできる.

市の所有だが、管理者家族が住み、安心できる.

近くに住むYさんは、頼んでおけば山菜料理を出してくれる.

 

(道家の神社)

 

芸西村の道家は、村営バスで30分余り、羽尾と同じく峠を越えて到着する.

古くからの神楽が伝承され、祭で演舞されていた.

住人が減り、途絶えて久しい.

以前は社殿に戸を立てていたが、今は雨ざらしである.

地域おこしでは、一時的な祭りやイベントでなく、まず絶え間なく人が来る仕組みが必要のようだ.

 

4.事件

 

のどかな香南市であるが、いまなお未解決の事件が発生した.

平成16年1月1日未明に起きた、5神社連続放火である.

住民が大晦日に、社殿の初詣準備を整え、境内の清掃を終え、眠っているときである.

 

(有宮神社)

 

午前4時20分、有宮神社に火の手が上がった.

駅から25分の香南市バスの終点で、この先は峠になる最奥の集落にある.

第一現場であることは、再建の経緯を述べた石碑に記されている.

以下は自分の推理である.

消防隊が町から駆け付ける.

しかし、急な石段を上る高台の頂であり、ホースの延伸、川からの汲上げなど作業に手間取る.

 

(山北浅上王子宮)

 

そこに、山北の神社に火がつけられる.

町に近い由緒ある神社で、棒踊りで知られている.

今さっき、消防隊が出てきたばかりの方角である.

犯人は出会わないよう、迂回して背後をついた.

 

(十二所神社)

 

以上の二神社は、合併前の旧香我美町にある.

香我美町は騒動だが、旧夜須町は山を隔てている.

離れた隣村に出来事があっても、警戒はない.

ところが、犯人は山を越えてやってきた.

夜須町の500mしか離れていない二つの社殿に、次々放火する.

奥の十二所神社は、阿弥陀堂と人家が近くにあり、大胆な犯行である.

 

(尾根から見た夜須町.香我美町は山並の向こう)

 

次に尾根に向かって山道を上る.

もう人家はないし、夜の林道を通る車もない.

尾根の小さな社が燃やされる.

白み始めた6時過ぎ、最後の篝火は麓からよく見えたであろう.

状況に通じた地元の人間の仕業であることは間違いない.

地域には他にも多くの神社があるのだから、衝動的に火を付けて回ったわけではない.

その後、不審者の報道がないまま10年を過ぎ、時効となった.

最大の被害者は氏子の老人である.

社殿再建のため、年金から5万、10万を拠出しなければならなかった.

損害の請求権は20年あるから、2024年までは取り返せる可能性がある.

犯人はもう死んでいる、という噂もあるのだが.

 

関連記事リンク:消えた集落と学校

        越知黒森山、山上の集落

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(おわり)

 

2017年4月20日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

66 宿毛と愛南、高知県と愛媛県が混じり合うところに何がある?

県と県の境界は、行政的に明確だし、道路には標識がある.

しかし、某国のように乗り越えられない塀があるわけではない.

天狗高原の国民宿舎は、高知県と愛媛県にまたがっていて、建物内に線が描かれている.

宿毛には、小川が県界になっている地域があり、両県合同でつくった、日本一名前の長い小中学校がある.

県界付近には、素晴らしい景観もある.

しかし、それぞれの県では「辺境」になるし、県にまたがる「観光開発」はなされない.

そこで「知られざる」観光地になる.

 

2017年4月16日 最終版

 

 

1.県境

 

(ホテル内の県境)

 

天狗荘の食堂は高知県、客室は愛媛県である.

だからと言って、高知県に食べに来た、愛媛県に泊まりに来た、というわけではない.

どちらの県の観光案内にも出てくる.

県境の尾根にある道路では、頻繁に県が入れ替わる.

 

2.宿毛から御荘へ

 

(宿毛の県境)

 

宿毛から西に走ると、ほどなく県境になる.

標識の手前は愛媛県、反対側は高知県である.

右は砂浜である.

 

(県境の砂浜.向こうは愛媛県)

 

きれいな浜で、県境は砂上のどこかである.

海水浴場をつくるなら、どちらの県だろうか.

 

(断崖を巡る)

 

断崖の上を通る.

高知県の鵜来島、沖の島が見える.

御荘を通ってさらに進めば、豊後水道に突き出た高茂岬に至る.

(高茂岬)

 

晴れた日なら九州が望めるという.

宿毛と大分県の佐伯を結ぶフェリーから、真近に見える.

侵食に取り残された、人を寄せ付けない灰白色の花崗岩の島や岩礁が点在する.

高茂岬の半島は、地図では一周できる道路がある.

漁村で道路状況を訊いたら、「回れるが道が狭いから気を付けて」と言われた.

行ってみたら、狭いどころか、高知のスタンダードからすると、十分に広い.

広さの基準が、工業県愛媛と高知では違うことを認識した.

 

(花崗岩の島)

 

宿毛は磯釣りの基地で、大道具を積んだ多数の関西ナンバーの車が往来する.

また、四国西部一帯の建設工事の基地でもある.

居酒屋に行くと、全国各地のアクセントが聞かれる.

代行運転業者が22軒あるそうだ.

頼んだ代行の運転手は、船を持っていて、明日沖ノ島へ釣りに行くと話していた.

四国の西岸一帯は、足摺宇和海国立公園である.

しかし、一般に観光地として認知されているのは、足摺岬くらいではないだろうか.

高知県だけで考えると、高知市から遠い宿毛は、往復するには時間がかかる.

愛媛県だけで考えると、松山からの往復は遠すぎる.

両県一体で、宿毛を観光の基地にすれば、四国西部一円の名勝が生きて、長滞在できる魅力が高まるように思うのだが.

 

3.篠山の学校

 

宿毛から宇和島へ国道を行くと、その名も「県界」というバス停がある.

そこから北へ、四国の背骨の山脈の西端になる、篠山へ向かう道がある.

 

(篠山と県境の川)

 

川に沿っているが、この川が県境である.

向かって右は高知県、左は愛媛県である.

利根川のような大きい川なら県境も問題ないが、この小さい川では何かと不便である.

たとえば学校である.

左右別々につくることはない.

そこで両県合同になっている.

 

(2県合同の学校)

 

学校の名は長い.

「高知県宿毛市愛媛県南宇和郡愛南町篠山小中学校組合立篠山小(中)学校」である.

日本一長い学校名とされる.

昔は、幡多郡宿毛町、南宇和郡一本松町、だったので、さらに4文字長かった.

生徒数は少なくなったが、校舎は整備され、テニスの部活の元気な声が運動場に響く.

教員は愛媛、高知両県それぞれから来るが、出身県がはっきりわかるそうだ.

 

4.篠山

 

(篠山への道路)

 

篠山は標高1,065mで、登山者が多い.

山に向かって次第に上る.

深い林の中だが、木漏れ日がちらちらする.

何故か新鮮に感じる.

しばらくしてわかった.

このような山道は、高知では両側がスギやヒノキの人工林である.

日光が届かず、昼なお暗い.

ここでは広葉樹が葉を落としている.

 

(大規模林道のトンネル)

 

広い道路と合流する.

登山口の広場があり、ここから1.2kmの長いトンネルを通る.

1980年代に、国の公団によってつくられた、2車線の広見篠山大規模林道である.

海岸まで至る計画なのだが、大規模林道のご多分にもれず、工事は途中で中止になっている.

 

5.愛媛県から高知県

 

篠山は昔、土佐藩と宇和島藩が領有を争ったところである.

1950年代の地図でも、まだ県境未確定の箇所がある.

山を下ると、祓川(はらいがわ)温泉がある.

トンネルを潜ったので県が変わりそうに思うが、訊くとここはまだ愛媛県で、温泉は宇和島市営だそうだ.

 

(祓川温泉)

 

薪で沸かした清潔な湯だが、入浴料は400円、高齢者は300円である.

「宇和島市民の高齢者は」などとされないところがよい.

 

(県境を高知県へ)

 

さらに下ると、宿毛から津島を結ぶ地方道に出て、県境となる.

部分的に狭いところもあるが、広々とした山間を行く豪快な道路である.

 

(出井の甌穴)

 

沿道の川には、流水の渦によって花崗岩がえぐられた甌穴がある.

なかなかの奇観だが、高知県民でここまで来た人は少ないのではないか.

 

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東の外れ・野根と甲浦

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(おわり)

2017年4月6日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

65 高知のシニアの充実の生活?どこでどう過ごしている?

平均年齢が上がるにつれ、シニアが生活に満足を感じ、安心して過ごせる環境が重要になってくる.

高知はどうだろうか.

人口当りで、病院数、療養病床数は全国一位である.

入院するとして、検査技師数、看護師数、療法士数も一位である.

一方、飲酒費、喫茶店数、弁当屋数が一位である.パチンコ台数も高位である.

高知は、極めてシニアに過ごしやすいように感じられる.

 

2017年3月23日 最終版

 

1.シニアと施設

(本山町の老人ホーム)

 

最近、田舎で目立つ新しい建物があれば、それは老人ホームに間違いない.

国土地理院の地図にも、最近「老人ホーム」の記号が加えられている.

普通、いろいろなレベルの老人に対する施設が併設されているが、「特別養護老人ホーム」は高知でも入居待ちが多いという.

高齢者の一人として、あそこがいいなあ、という施設もあるが、予約するわけにもゆかない.

 

(福祉センター)

 

ウチのお母さんは、近くの福祉センターでボランティアをしている.

高年齢のボランティアもいるが、攻守ところを変え、ある日から介護される側に回ることもあるそうだ.

可能な限り介護を手伝い、不可能になれば介護される、自然なように思われる.

 

(田園に立つ病院)

 

高知駅南西一帯は、近森大病院の街区である.

各種の病棟が軒を連ね(高層ビルだが)、白衣の医師や看護師が行き交い、救急車が絶えず出入りする.

県庁、市庁舎付近より活気?があるのではないか.

高知一の繁華街が近く、入院していた某氏は、抜け出してバーに出入りしたようだが.

高知市内だけでなく、田園地帯にも大きな病院はある.

療養病床として心強いことである.

 

2.シニアの生活

 

福祉センターに来る人は、女性が多く、男性は少ない.

寿命は女性が長いことはあるだろうが、男性はそのようなところに来たがらない.

共同で過ごす時間や、細工やゲームは好きではない.

老人ホームを訪問すると、共用のスペースでは、女性は中央のテーブルを囲んで話している.

男性は窓側の席に、一人一人外を向いて黙って座っている.

 

(古民家カフェで)

 

田舎でカフェや珈琲店に午後行くと、よく老婦人たちが入ってくる.

マスターが「いつもの?」と言っているので常連なのだろう.

女性シニアの集うところであるが、男性シニアの行き先はあるのか.

高知市内の屋内屋台集合店「ひろめ市場」に行くと、一人で酎ハイなど飲む老人をよく見る.

喧噪の中での一杯は孤独を和らげる.

同じ境遇同士が声をかける様子も見受けられる.

男性シニアにとって望ましい「福祉施設」は、歩いて行ける安い居酒屋である.

住んでいる4,000人の町に、老婦人愛好の喫茶店は8軒あるが、爺の居酒屋は及ばない.

増やしたいものだ.

田舎では店舗を構えず、テントやバラックのところもあり、設備費はかからない.

 

(池川の居酒屋)

 

3.シニアの活動

 

高知県内には、ゴルフ場が9か所ある.

近場を選べば簡単に行けるし、途中渋滞もない.

自宅からは5分で行ける.

今はどこでもセルフで気軽にプレイできるし、サービスデイもある.

夏には早朝や薄暮の割引もある.

 

(Tゴルフ場)

 

高齢者のもっともポピュラーな娯楽はパチンコではないか.

高知は人口当たりの台数で、鹿児島、宮崎、大分に次ぐ第4位である.

高知県内チエーン、全国チエーンがあるが、その土地に1店舗だけの店も健闘している.

 

(山のパチンコ店)

 

高知県民の特性の一つは、探求心が強いことである.

たとえば、「高坂学園老人大学」は、どこからの援助も受けない自主組織で運営されている.

1,000名近くの在籍者があり、5グループに分かれて毎月2回の講義を受ける.

「起立、礼」で始まるが、大学生と違うのは、背筋を伸ばして聴き、居眠りがないことである.

 

(高坂学園老人大学の「学生」)

 

類似の仕組みは他にもあるし、市町村主催の「大学」や講演会も、年中どこかである.

そこに聴講者が求めるものは、面白かった、いい話を聞いた、ということではない.

異なる思想に触れ、自己主張をさらにブラッシュアップするためである.

一般の大学と同じく、教師と学生の真剣勝負である.

その点は龍馬やジョン万次郎に共通している.

なぜそうなったのか.

高知は他地域と山や海で隔てられている.

それ故、基本的に異文化そのものに好奇心があったためではないだろうか.

 

4.シニアの日常

 

(Y町の旧道)

 

住んでいる町の、室戸へ向かう旧国道沿いは、昔は映画館が並ぶ繁華な土地であった.

そこに地域スーパーがある.

山の不便な地域からは、補助があるのでタクシーで買い物に来る.

買い物が済むまでタクシーは待ってくれる.

右に曲がると新国道で、コンビニや直販所がある.

高知は日本一弁当屋が多い.

つまり日本一の弁当激戦区である.

率直に言って、コンビニ弁当や総菜は、質、量、価格とも地元スーパー、直販所と勝負にならない.

コンビニは工場生産だが、スーパーは手練れのお母さん方の手造りである.

あるスーパーでは、盛り沢山の弁当が、二つ680円、三つなら980円で売っていた.

夕方になると割引があり、高齢者が待ち構える.

298円が売りの店もある.

相互扶助で、高齢者が安くつくり、高齢者が安く買う.

 

(年末の「お町」)

 

高知では、市内の中心街を「お町」という.

地域の老婦人方も市内に行くことがある.

帰っての感想は、共通して

「お町は人が多くて疲れるね!」

である.

 

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(おわり)

 

2017年3月17日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一