52 高知の変な施設 2、こんなところに? 映画館、温泉、美術館、公園

このエントリーをはてなブックマークに追加

高知のこんなところに…こんなものが….

とんでもないところに、とんでもないものがある.

考えられないところに、映画館、温泉、美術館、公園.

みな手造りである.

つくりたくなれば、自分でつくる…高知である.

いごっそう、はちきんの産物である.

 

(2017年8月18日 修正版)

 

1.映画館

 

室戸に向かう国道を1時間、左折して鮎で名高い安田川を遡る.

渓流に沿って2kmほど行くと、橋を渡るよう小さな看板がある.

映画館、大心劇場の入口である.

 

dasisin

(大心劇場.豪雨で増水中)

 

どうしてここにあるのか、わからない.

館主は、高知各市町村のご当地ソングをつくって活動するミュージシァンである.

もぎり、内装など、館主の手づくりである.

 

daisinnaibu

(客席)

 

毎日の上演はないが、思い出したように、というほどでもない.

固定客もいる.

フィルム映写機があり、大体は「ひばりの…」など昔の映画である.

プロジェクターがあるので、デジタル新作も扱う.

特攻を扱った作品が上映された.

内容は地味だが、高知出身の三山歌手が出演するシーンがある.

一日2回、1週間の興行が満席で、当館開設以来の入りだったらしい.

 

⒉ 手造り温泉

 

高知には、道後のように自然に湧く温泉はない.

しかし、深くボーリングして湧出する温泉、冷泉を沸かした温泉はあちこちにある.

山里温泉旅館もその一つである.

 

yamazatoonsen

(山里温泉)

 

須崎から国道を行き、山にそれる.

人家が途絶え、狭い山道で、この先で営業しているのか不安になる.

やがて古い看板が現れ、橋を渡って、木立の中に旅館が見える.

ラプラドルが盛大に吠えて迎える.

最近、中国の団体やフランス人が来たそうだが、「秘境の旅」だったのだろうか.

浴場は谷にある.

 

yamazatonoyu

(浴場)

 

日曜大工で、河原の石をセメントで固めた、凸凹の浴槽、洗い場である.

建物は失礼ながら掘立小屋で、随所から空が覗く.

主人が何としても、ここで風呂に入りたかったのであろう.

泉源からパイプで引き、薪で沸かしてタンクに貯める.

林間に薪の燃える匂いがしている.

高知には、交代で入る林の中の桧風呂、穴蔵の奥にある岩風呂、など自己主張の温泉があった.

廃業や改築でなくなったので、今はここが「とんでも温泉ランキング第一位」である.

 

3.美術館

 

白木谷は、梅林、そして切り口が四角の四方竹の産地として有名である.

高知市の東北になる山の中である.

小学校は残り、全校生徒24人でがんばっている.

そこに「白木谷国際現代美術館」がある.

 

siorakidanibijyutukan

(美術館)

 

つくったのは、M.T氏である.

この地で工務店をやりながら、前衛絵画を描いていた.

しかし、絵では物足りなくなり、海岸で200トンの玉石を譲り受け、ここにインスタレーションをつくった.

ところが、そのままでは草に埋もれてしまう.

それなら、いっそ美術館をつくる、と思い立った.

 

sirakidanisakusya

(美術館内部.壁の人物が作者)

 

川沿いの倉庫を拡張し、家族、知人で建設を行った.

今も年々、新築、改築が続いている.

美術館そのものが作品である.

壁、柱こそむき出しだが、元工務店主だけに、構造は本格的である.

基礎のコンクリートも普通の倍は入っているという.

 

sirakidanitenji

(展示室の一部)

 

自作以外に、美術展の出展作、しかし始末に困る?大作の展示場ともなっている.

ピアノがあり、ジャズセッション、演奏会も開かれる.

 

sirakidanimonyumento

(工事中? いや制作中)

 

美術館には屋外展示場があるが、いま、その川向うで制作が進んでいる.

作者が鉄筋を溶接中で、順次道路から、生コンをコンクリートポンプ車で圧送する.

鉄筋は太く、県道の橋脚工事と言っても、だれも疑わないであろう.

野外ステージとしても使えるようにするらしい.

今は仮橋だが、いずれ本格的架橋?の制作が進むと思われる.

 

 

4.トンボ公園

 

tonbokouen

(公園の保護区)

 

高知県の西、中村にあるトンボ公園は、公式ガイドブックにも載っている施設である.

場所は、中村市街地の四万十川対岸で、とんでもないところではない.

施設はトンボの標本を始めとした資料館、川魚を中心とした水族館からできている.

そして、谷に沿って1km近く奥に延びる「トンボ保護区」がある.

四万十川と自然は結びつくものの、どうしてここに「トンボ」なのだろうか.

 

tonbohogoku

(トンボ保護区)

 

施設は市がつくったものでも、県がつくったものでもない.

創設者のS氏の想いである.

S氏は地元のトンボ少年であった.

高校3年のとき、かねて観察を続けてきた、ある種の生息地が工事で埋め立てられてしまった.

そこで、保護地をつくる、と決意したのである.

今は社団法人で、WWF、市、県の援助もあるが、基本はトンボを愛する人たちの支援である.

最近、自宅付近で、以前は見なかった、オニヤンマなどが飛ぶようになった.

耕作放棄地が増え、農薬の使用が減ったためらしい.

しかし、積極的に保護し、育てようとすれば、場所を自然にまかせて放置する、というものではない.

茂る草を刈り、湿地を維持する、地道で苦労の多い作業が必要である.

その甲斐があって、いま70種類以上が生育している.

見たことがない、クリーム色の細いトンボが飛んできた.

 

 

関連記事リンク:

こんなところに… 1 庭園、本屋、パン

国道「よさく」1、モノレールと京柱峠

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

2016年9月8日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一