高知学91 元気な高知の路面電車・とさでん交通の旅

路面電車は京都が最初で、東京、大阪を始め多くの都市で走っていた.

ところが自動車の邪魔だと、ほとんどが撤去されてしまった.

しかし今、ヨーロッパ、アメリカとも、都市内を自動車によらず快適にエコに移動できる手段として、路面電車が続々と新設されている.

日本だけ遅れていたが、今度宇都宮で建設されることが決まった.

高知は114年間動き続けた結果、気が付けば最先端の街になっている.

路面電車・とさでん交通に乗ろう.

 

 

2018年5月9日 最終版

 

1.桟橋

 

(高知駅から)

 

電車は1904(明治37)年、新しくつくられた浦戸湾の桟橋と、高知の町を結ぶことから始まった.

高知の各地は険しい山で隔てられているので、行き来はもっぱら船であった.

しかし浦戸湾は最近まで海苔の養殖が行われていたくらいで、湿地や浅瀬が多く大きい船は入れない.

そこで浚渫や埋立を進めて、市街から2kmのところに新しく港をつくった.

周辺は何もない水田で、人にも荷物にも不便なので電車を敷設した.

 

(行く手が昔の港)

 

大阪も似た事情で、1903(明治36)年、天保山に「築港」をつくり、市電を建設している.

しかしいくら必要性があっても、お金が必要である.

高知が大阪のたった1年後に、もう電車を通したのはそれだけの財力があったからだ.

木材、和紙、海産物、薪炭など、高知には大変豊かな産業があった.

 

(終点、桟橋通五丁目)

 

今かつての桟橋は別の場所に移動している.

防潮堤が高いので、電車から海は見えない.

 

2.電車のインパクト

 

大阪に電車が走り出したとき、15歳の松下幸之助は自転車屋に奉公していた.

電車を見て、もう自転車は売れないのではないかと考える.

転職し、配線工として電灯会社に入る.

では高知には「幸之助」が居なかったのだろうか.

 

(「電車の日」の桟橋車庫オープン)

 

 

土佐の少年・中屋熊太郎は感動の目で電車を見つめていた.

これからは機械の時代だ、そう考えて、町外れの下知(しもじ)に出来つつあった鉄工所の職工となる.

やがて山に材木運搬のレールが敷かれるようになるが、牽引するのは犬か牛である.

電車や蒸気機関車は無理だが、漁船に使われ始めた焼玉エンジンはどうか、中屋はそう考える.

借金して小さな機関車を製作し、本山営林署での試運転にこぎつける.

トロッコを7両牽くことができれば買う、という約束だったが、4両しか牽けなかった.

スリップして脱線し中屋は怪我をする.

失意の内に、今の土佐町地蔵寺の山奥に引き込み、軌道の修理工として惨めな生活を送ったという.

松下幸之助が独立して、松下電器・パナソニックを創業する1917(大正6)年の3年前のことであった.

 

(はりまや橋交差点)

 

3.高度の運転技術

 

とさでんは、高知駅から先ほどの桟橋に向かう路線に加え、はりまや橋で直交して東の後免と西の伊野に向かう路線がある.

後免方面、伊野方面とも11kmほどである.

東急で言えば渋谷から田園調布より遠く、小田急の新宿から成城学園くらいだから、結構の距離の郊外電車である.

高知周辺で土讃線が建設されるのはとさでんの20年後で、高松へ通じたのは30年後の1935(昭和10)年である.

 

(後免町終点)

 

途中折り返しの電車があるので、終点まで行く車両には「ごめん」、「いの」の表示がある.

両線とも道路の端を通ることが多く、この道を通るドライバーには、瞬時の適切な判断が必要である.

 

(道路上の停留所、車は右へ)

 

レールは道路に接している.

昔、荷車や牛馬しか通らない狭い道の横に線路をつくったためである.

道路側にはホームをつくる余地がなく、路面に緑を塗ったところが停留所である.

道路上で電車を待つのは危ないから、レールの上で待つのが間違いない.

電車は必ず徐行して乗客の有無を確認している.

 

(右側通行?電車の中から)

 

高知市内の西からは単線になり、ところどころで電車同士の行き違いがある.

狭い道の端に線路がある.

向うから電車が来ると、左には余地がないから、車は右側を走るよう判断する.

 

(道路の真ん中で電車が行き違い)

 

朝倉での行き違いは、2両が道路を塞ぐので待つしかない.

バイクでも隙間を通れない.

折り返しの電車があって、道路の真ん中で長い間停車する.

駐禁の標識があるが、「自動車」と書かれているので、電車は対象外である.

とさでん沿線は車の「自動運転」の格好のテストコースである.

 

(終点、伊野)

 

運転士は皆親切だ.

老婦人が買物車を下ろすのに手間取っていると、降りて手助けしてくれる.

 

(低床連接車)

 

その点、今世界の路面電車のスタンダードになっている低床車は乗り降りし易い.

ただ2両しかないので、まだまだ運転士や乗客の介助が必要だ.

 

4.おきゃく電車

 

最近あちこちに車中で食事をとる観光列車がある.

とさでんはどうか.

「おきゃく電車」がある.

高知で「お客」とは宴会のことである

 

(おきゃく電車)

 

ビール飲み放題、料理、カラオケ付き、持込み可で、100分4,000円(女性は3,500円)はリーズナブルだ.

最小人数は18である.

ただ普通の電車の通路に長いテーブルを置いた構成なので、座席を立って、高知でつきものの献杯、返杯がやり難いのが難点である.

ビール飲み放題というと心配もある.

後免往復のコースだと40分の我慢?である.

市内をあちこち行き来するコースなら心配は少ない.

 

(おわり)

 

参考文献:堀田蘇彌太、ガソリン機関車に就て、高知林友、59(1924)

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2018年5月6日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一