高知学92 高知のぶらぶら町歩き1 中心街編

高知には、毎週のように内外観光客を乗せたクルーズ船がやってくる.

高級な船もあれば、格安大型船もある.

高知の人は自嘲的に、見るものは高知城と桂浜くらいや、などと言っている.

しかし、不評なら繰り返し来ることもあるまい.

改めて高知の町のぶらぶら歩きをしてみよう.

最初は中心街である.

 

2018年5月25日 最終版

 

 

(クイーンエリザベスⅡ)

 

 

1.高知城

 

(高知城)

 

京都、金沢にはお城や天守閣がない.

高知にはある.

広さ、高さが手頃なので、高齢の観光客でも音をあげることはない.

多くの有名天守閣は、安全のため欄干に網を張ったり手摺を高くしている.

高知城での落下は自己責任で、手が加えられていない.

以前は夜間照明がなく、ビル上の某クラブのママが、店からサーチライトで照らしていたそうだ.

マイキャッスルである.

 

(木陰にて)

 

入口横の木陰は、市民の将棋の場となっている.

ジャパニーズチェスである.

今しも、新しく来た一人が持参の台を広げるところだ.

観光客が飛び入りしても、嫌な顔をされることはないだろう.

どちらが「おぬし、やるなぁ」となるだろうか.

 

2.はりまや橋

 

(電車の中から)

 

はりまや橋は、自他共に許す「がっかり名所」である.

もともとは、有名でもなんでもない小さな橋であった.

路面電車の南北と東西の路線がここで交叉するようになり、停留所にその名がつけられ、高知の中心イメージに成長した.

映画のロケで初代の赤く塗った橋がつくられた.

しかし「がっかり」もここまでくれば「マスト」のアイテムとなり、みんなスマホを構える.

 

(はりまや橋交差点)

 

交差点の北西は土産物店、向いはからくり時計のあるバス切符売場である.

南東のビルは以前西友デパートだったが、今は大阪資本のパチンコ店である.

向いは地銀の本店で、3時で閉まる.

いささか「中央感」に欠けるが、「がっかり」なので当然と言えば当然だが.

 

3.水辺

 

(鏡川)

 

高知市は、鏡川、国分川などが流した土砂が積もってできた沖積地の上にある.

江戸、大阪と同じく、分流や人工の掘割が複雑に入り組む「水の都」である.

市域を鏡川が貫通する.

春、河原にはアサリを掘る人たちがいる.

今年、鏡川の鮎の遡上は多いようで、解禁で竿を出す人もいる.

漁券は商店街で売っている.

町中で潮干狩りや鮎釣り、粋ではないか.

 

(浦戸湾、向こうが高知市街)

 

鏡川は浦戸湾に流れ込む.

7km先の湾口が桂浜である.

「月の名所は桂浜」というが、昔は船か峠越えでないと行けなかった.

浦戸湾は淡水と海水が混じる汽水域で、怪魚アカメが生息している.

光線の角度によって目が真っ赤になる.

体長131cm、重さ39kgが釣れたそうだが、キャッチアンドレリースが基本になっている.

 

(アカメ、中村のトンボ公園内水族館で)

 

何にせよ高知は釣り師天国である.

 

3.帯屋町

 

(帯屋町)

 

高知一番の商店街は、はりまや橋から高知城近くまで1km続く帯屋町である.

ファッション、ドラッグ、宝飾品、時計、パチンコ、その他何でもある.

オリエンタル調豊かな仏具店もある.

 

(仏具店)

 

(よさこい衣装)

 

意表を突く、よさこい祭りフアッションの店もある.

食べ物屋も何でもあるが、外国人観光客はよくマックに入っている.

ここまで来てマックはないと思うが、日本人が異国で「吉野家」に入るようなもので、安心感があるのだろう.

 

(大橋通)

 

連休など人出の多いときは、街路も利用される.

「藁焼きたたき」は、もちろん高知を代表する料理であり、焼き立てがその場で食べられる.

 

(オープンテラスで)

 

高知城近くの「ひろめ市場」はあまりにも有名な存在になって、大変な人混みである.

付近にその延長となる施設が拡大されている.

屋外は開放的で楽しいし、通りがかりの客も、覗けば何が食べられるかよくわかる.

カクテルやウィスキーのスタンドバーもあって、陽は高いが賑わっている.

大抵の人は、大小あるがビールを飲んでいる.

銀座の歩行者天国とは大分違う.

高知観光の醍醐味は、昼間から堂々と酒を呑めることである.

 

(はりまや橋近く)

 

ひろめ市場は肩肘張らないが、失礼ながら東南アジア場末的イメージである.

一方はりまや橋付近には、昔からの「正統派食堂」が多い.

日本が誇る技術の食品サンプルが用いられている.

あるアメリカ人女性は「これはいいワ!よくわかる!」と感嘆していた.

ただ、歴史的風土の高知城近くが猥雑で、新開地のはりまや橋が正統的、逆のようでもあるが.

 

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

よさこい、高知の夏祭り

高知の観光船、浦戸と足摺

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2018年5月22日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学91 元気な高知の路面電車・とさでん交通の旅

路面電車は京都が最初で、東京、大阪を始め多くの都市で走っていた.

ところが自動車の邪魔だと、ほとんどが撤去されてしまった.

しかし今、ヨーロッパ、アメリカとも、都市内を自動車によらず快適にエコに移動できる手段として、路面電車が続々と新設されている.

日本だけ遅れていたが、今度宇都宮で建設されることが決まった.

高知は114年間動き続けた結果、気が付けば最先端の街になっている.

路面電車・とさでん交通に乗ろう.

 

 

2018年5月9日 最終版

 

1.桟橋

 

(高知駅から)

 

電車は1904(明治37)年、新しくつくられた浦戸湾の桟橋と、高知の町を結ぶことから始まった.

高知の各地は険しい山で隔てられているので、行き来はもっぱら船であった.

しかし浦戸湾は最近まで海苔の養殖が行われていたくらいで、湿地や浅瀬が多く大きい船は入れない.

そこで浚渫や埋立を進めて、市街から2kmのところに新しく港をつくった.

周辺は何もない水田で、人にも荷物にも不便なので電車を敷設した.

 

(行く手が昔の港)

 

大阪も似た事情で、1903(明治36)年、天保山に「築港」をつくり、市電を建設している.

しかしいくら必要性があっても、お金が必要である.

高知が大阪のたった1年後に、もう電車を通したのはそれだけの財力があったからだ.

木材、和紙、海産物、薪炭など、高知には大変豊かな産業があった.

 

(終点、桟橋通五丁目)

 

今かつての桟橋は別の場所に移動している.

防潮堤が高いので、電車から海は見えない.

 

2.電車のインパクト

 

大阪に電車が走り出したとき、15歳の松下幸之助は自転車屋に奉公していた.

電車を見て、もう自転車は売れないのではないかと考える.

転職し、配線工として電灯会社に入る.

では高知には「幸之助」が居なかったのだろうか.

 

(「電車の日」の桟橋車庫オープン)

 

 

土佐の少年・中屋熊太郎は感動の目で電車を見つめていた.

これからは機械の時代だ、そう考えて、町外れの下知(しもじ)に出来つつあった鉄工所の職工となる.

やがて山に材木運搬のレールが敷かれるようになるが、牽引するのは犬か牛である.

電車や蒸気機関車は無理だが、漁船に使われ始めた焼玉エンジンはどうか、中屋はそう考える.

借金して小さな機関車を製作し、本山営林署での試運転にこぎつける.

トロッコを7両牽くことができれば買う、という約束だったが、4両しか牽けなかった.

スリップして脱線し中屋は怪我をする.

失意の内に、今の土佐町地蔵寺の山奥に引き込み、軌道の修理工として惨めな生活を送ったという.

松下幸之助が独立して、松下電器・パナソニックを創業する1917(大正6)年の3年前のことであった.

 

(はりまや橋交差点)

 

3.高度の運転技術

 

とさでんは、高知駅から先ほどの桟橋に向かう路線に加え、はりまや橋で直交して東の後免と西の伊野に向かう路線がある.

後免方面、伊野方面とも11kmほどである.

東急で言えば渋谷から田園調布より遠く、小田急の新宿から成城学園くらいだから、結構の距離の郊外電車である.

高知周辺で土讃線が建設されるのはとさでんの20年後で、高松へ通じたのは30年後の1935(昭和10)年である.

 

(後免町終点)

 

途中折り返しの電車があるので、終点まで行く車両には「ごめん」、「いの」の表示がある.

両線とも道路の端を通ることが多く、この道を通るドライバーには、瞬時の適切な判断が必要である.

 

(道路上の停留所、車は右へ)

 

レールは道路に接している.

昔、荷車や牛馬しか通らない狭い道の横に線路をつくったためである.

道路側にはホームをつくる余地がなく、路面に緑を塗ったところが停留所である.

道路上で電車を待つのは危ないから、レールの上で待つのが間違いない.

電車は必ず徐行して乗客の有無を確認している.

 

(右側通行?電車の中から)

 

高知市内の西からは単線になり、ところどころで電車同士の行き違いがある.

狭い道の端に線路がある.

向うから電車が来ると、左には余地がないから、車は右側を走るよう判断する.

 

(道路の真ん中で電車が行き違い)

 

朝倉での行き違いは、2両が道路を塞ぐので待つしかない.

バイクでも隙間を通れない.

折り返しの電車があって、道路の真ん中で長い間停車する.

駐禁の標識があるが、「自動車」と書かれているので、電車は対象外である.

とさでん沿線は車の「自動運転」の格好のテストコースである.

 

(終点、伊野)

 

運転士は皆親切だ.

老婦人が買物車を下ろすのに手間取っていると、降りて手助けしてくれる.

 

(低床連接車)

 

その点、今世界の路面電車のスタンダードになっている低床車は乗り降りし易い.

ただ2両しかないので、まだまだ運転士や乗客の介助が必要だ.

 

4.おきゃく電車

 

最近あちこちに車中で食事をとる観光列車がある.

とさでんはどうか.

「おきゃく電車」がある.

高知で「お客」とは宴会のことである

 

(おきゃく電車)

 

ビール飲み放題、料理、カラオケ付き、持込み可で、100分4,000円(女性は3,500円)はリーズナブルだ.

最小人数は18である.

ただ普通の電車の通路に長いテーブルを置いた構成なので、座席を立って、高知でつきものの献杯、返杯がやり難いのが難点である.

ビール飲み放題というと心配もある.

後免往復のコースだと40分の我慢?である.

市内をあちこち行き来するコースなら心配は少ない.

 

(おわり)

 

参考文献:堀田蘇彌太、ガソリン機関車に就て、高知林友、59(1924)

関連記事リンク:

森林鉄道機関車のパイオニア・中屋

呑み鉄、ごめん・なはり線

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2018年5月6日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一