高知学86 岬と灯台.室戸、羽根、興津、足摺、佐田

高知は、室戸の東から足摺の西まで海に面している.

海は高知のイメージと重なる.

その中でも、岬とそこにある灯台は、海のシンボルである.

また、海はダイナミックであり、常に動いている.

潮の干満は毎日2回あるが、大潮のときに潮位の差は2m近くになる.

台風では穏やかだった海が一変する.

それによって浜の姿は変わり、海岸は崩れる.

 

2018年7月5日 修正版

 

1.室戸岬

 

(室戸岬に近づく)

 

徳島方面から来ると、室戸岬に近づくにつれ、山がますます海岸から聳え立ってくる.

火山の溶岩丘のように、むくむくと隆起している.

いま岬は、南海トラフの運動に引き込まれて、年間7mm沈下している.

やがて耐えきれなくなって、跳ね上がって地震を起こし、この山はさらに高くなる.

 

(室戸岬灯台)

 

室戸岬は太平洋に突き出た難所であり、1899(明治32)年に灯台が設置された.

照葉樹林の中に聳え立っている.

最初は石油ランプを使っていた.

灯台もコンクリートではなく鉄製で、リベットで組み立てられている.

 

(灯台のレンズ)

 

灯台の近くには、札所の最御崎(ほつみさき)寺があり、少し歩くと真正面に灯台が現れる.

どのガイドブックにもこの写真が出ているが、これは誰でも撮れる.

公開されていて、塔に登ることができる灯台はある.

しかし、このように正面から相対するところはまずないだろう.

灯台はそれぞれに決められた時間で点滅して、船から識別できるようになっている.

しかし石油ランプや大光源は点滅が困難なので、投光レンズを回転させて閃光にしている.

 

2.羽根岬

 

室戸岬の西に長く伸びた台地がある.

夕方、その先端の一つの岬に灯台の明かりがともる.

羽根岬灯台である.

灯台は、GPS始め電波航法の発達によって役割が低下しているという.

しかし小さな漁船はあるし、視認できる「暗夜の灯」には安心感があるだろう.

 

(丘の上の羽根岬灯台)

 

灯台は海から見えればよいので、陸地から見上げてもなかなか見えない場合がある.

羽根岬もそうで、形も「白亜」の円筒形でなく箱型であり、余計わからない.

 

3興津岬

 

我家の近くにホテルがあり、チャペルの横の林の間に、遠くに時間をおいて灯る光が見える.

 

(興津岬灯台の光)

 

天気の悪い日や、大気が霞んでいるときは見えない.

空気が澄んでいるときは、海面に反射する光もわかる.

これは洋上を66km離れた、興津岬灯台である.

この距離は、東京都心から小田原間に相当する.

ただし我家は海抜40mだが、海岸に行くと地球は丸いので見えない.

 

(興津岬の山)

 

どんな灯台なのか、行ってみた.

国道を外れ山を下って行くと、興津の集落が見える.

2kmの砂浜があって、夏は海水浴場になる.

灯台があるのは、中央の山の上である.

 

(いりこを干す)

 

海岸でいりこを干している人たちに道を尋ねた.

狭いが、小さな車なら行けると言う.

ついでに味見をさせてくれた.

 

(興津岬灯台)

 

舗装されていない山道を、曲がりに曲がって上ると灯台が現れた.

昔は「灯台守」が居て、家族共々住んで運用していた.

いま、どこも自動化されて、官舎の跡は空地になっている.

 

(山頂から)

 

「灯台下暗し」で、塔の下の周りは樹林になって海がほとんど見えない.

しかし更に上がるとお堂があって、見渡せる.

花が植えられているので、下から檀家が上がってくるのだろう.

 

5.足摺岬

 

足摺は室戸と共に、高知の海を東西に仕切っている.

同様に札所の金剛福寺がある.

 

(足摺岬灯台)

 

写真は展望台から見た灯台で、定番の撮影スポットだ.

NHKの固定カメラがあって、台風中継でお馴染みの風景でもある.

 

(海から見る灯台)

 

小さな観光船に乗って、海から見る岬にはまた別の迫力がある.

 

 

6.佐田岬

 

高知の岬だけ記して、四国の他の岬をパスするのは片手落ちであろう.

徳島県には蒲生田(かもだ)岬があり、離島もあるのだが、少し迫力に乏しい.

愛媛県には佐田岬がある.

付け根の八幡浜から50kmあって、これを往復することになるためか、意外に観光客が少ない.

 

(佐田岬灯台)

 

駐車場に車を停めると、土産物を売るおばさんたちが寄ってくる.

互いの競争もあるらしい.

中国の観光地では馴染みの光景だが、愛媛の女性もなかなか商売熱心のようだ.

灯台は見えているが、歩くと20分かかる.

遠くに九州の山が見えている.

半島の根元に伊方原子力発電所がある.

阿蘇山噴火の火砕流が到達する場合の対応を検討すべき、との判決が出ている.

もしそうなれば大分、別府は壊滅だが、この海が埋まり、四国と九州が地続きになる可能性がある.

 

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(おわり)

 

2018年2月18日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学85 高知の食卓1.カツオ、ブリ、キンメダイ

高知の料理というと、カツオのたたきと皿鉢料理ということになる.

しかしもちろん、高知県民が毎日たたきを食べているわけではない.

皿鉢料理は、一つの大皿に、刺身、寿司、てんぷら、フルーツ、羊羹などを盛ったものである.

家庭で日常食べるものではなく、宴会の料理である.

といって居酒屋の宴会では、ちまちまと盛り付けていると、重箱のおせち料理のようで、見た目は良いが量に乏しい.

そこで、寿司、刺身、てんぷら、唐揚げ、その他店の料理が、それぞれの大皿に載せて出される.

出席者それぞれが、自分の前にある大皿から、積まれている小皿に取り分け、互いに回しあう.

「家庭の料理」となると、これは一般化が難しい.

「私事で恐縮ながら」、我家の料理を例に述べる.

 

 

2018年2月12日 最終版

 

1.カツオ

 

毎日食べないにしても、高知のカツオの消費量は日本一である.

高知を代表する漁は、カツオの一本釣りである.

カツオは巻網で獲られてもいるが、それでは魚体が痛むし鮮度が違う.

一本釣りは、船腹に並んだ漁師が竿を連ね、休む間もなく一匹づつ引っかけては宙から舷側に落とす.

カツオは滑って冷凍庫に直行する.

漁船はハイテクである.

各種のアンテナを装備し、船橋にはディスプレイが並んでいる.

レーダ、GPS、超音波などはもちろんで、衛星からの海水温、プランクトン濃度などのデータも受信する.

高知のあちこちで、たたきにして冷凍パックしたものが販売されている.

 

(カツオ漁船)

 

近場ではトローリング(流し縄)で釣る.

これは冷凍されることなく市場に出る.

 

(トローリング)

 

(たたきを焼く)

 

我家では近海ものを、食べる直前にガスの火で焼く.

では冷凍パックが味で落ちるかというと、そんなことはない.

外洋の真ん中で泳いで脂が乗っているし、炎で燻される「藁焼き」である.

ステーキにいろいろあるのと同じである.

 

2.サバ

 

高知では、サバはカツオに次ぐポピュラーな魚である.

頭と尻尾をつけて軽く押した、サバの姿寿司は皿鉢料理の定番である.

足摺から室戸まで至る所で揚がり、はちきれそうな砲弾型をして並んでいる.

 

(塩サバを焼く)

 

塩サバは、我家ではノルウエー産をスーパーで買う.

フェンネルの葉を裏表に敷いて焼く.

こうすると、身がふっくらとする.

 

(フェンネルの花)

 

フェンネルには葉が緑色と銅色のものがあり、庭でよく育つ.

根元の白い球茎が大きくなる品種があるが、サラダやスープになるので、近くの直販市で売られている.

フェンネルは生臭さを消す効果があるという.

しかしそれよりも、細かな葉で覆うと熱が直接魚に当らず、蒸焼きの効果があるのではないか.

氷に覆われた岩山のフィヨルドを思い浮かべながら、「北欧産サバの香草包み焼」にご飯が進む.

 

3.ブリ

 

ブリの若いのがハマチだが、養殖魚の代表である.

高知でも至る所の入江で育てられている.

天然でもよく獲れて、両者が並んで売られているが、値段は変わりない.

 

(準備中の養殖筏、網を張って沈める)

 

ブリの照焼きの切身は、我家では目の前の住吉漁港で養殖されたものを買っている.

隣村のスーパーで入手できる.

ここでは、沖合1kmあまりの肉眼でやっと見える外洋で育てている.

新鮮な海水であり、波によって魚の運動量も多いのだろう.

養殖は池の鯉のように、餌を投げ込んでおけばよいというものではない.

毎朝船が出て、昼過ぎまで海面下の網を揚げつつ細かいケアをしている.

台風が発生すると、うねりが来る前に入江に筏を避難させる.

 

4.キンメダイ

 

高知では、干物に使う青色の網籠は家庭の必需品である.

我家では特別なとき、キンメダイを干す.

深海魚なので、海底が急傾斜になっている室戸沖が漁場である.

魚屋で、真向唐竹割にさばいてもらう.

大きい方が身がほっこりしている.

 

(干物をつくる)

 

「干物職人」によれば、以下が重要だそうだ.

塩加減:塩水に一晩つけるが、濃度は4%

干し加減:5時間ほどだが、風や日射で違うので、時々指で押して確かめる

 

(キンメダイを焼く)

 

5.クジラ

 

室戸はクジラ漁で生活が成り立っていた.

高台に居る見張りから、クジラが来た!という知らせが来ると、20艘もの船が出る.

銛を投げ、網を掛け、上に乗って仕留める、命がけの仕事であった.

今も高知の魚売り場にはクジラ肉が普通である.

市場には「高知鯨株式会社」など「保護団体」が目を剥く看板がある.

ブローニング銃のOEMを行っているM製作所は、もともと南氷洋で使う捕鯨砲のメーカであった.

 

(クジラの刺身)

 

刺身、赤身ブロック、おでん種のコロなど販売されている.

自分は子どものときから、母親がつくる水菜で煮詰めたクジラ鍋を食べてきた.

大阪の「はりはり鍋」は、だし汁にさっと潜らせるあっさりしたものだが、これとは違う.

 

(「クジラ鍋」風)

 

レシピは次のようである.

・醤油、砂糖、酒を同量、刻んだ生姜を山ほど入れて、たれをつくる.

・小さくカットした肉を加える.

・すきやき鍋に入れ、水菜をどっさり入れて、つくだ煮状になるまで煮詰める.

水菜が小さくなれば追加するが、ボウル一杯がすぐなくなる.

水菜は庭でよく育ち、刈り取ってもまた育ってくる.

ご飯がいくらでも食べられるし、残れば次の日に水菜を足してまた使えるから経済的である.

ただし、水菜はサラダに使う柔らかいものは不向きで、寒くなり硬くなったものでないといけない.

クジラ肉だが、鹿ノ子でないと駄目で、他のものでは不味い.

しかしいま、鹿ノ子はほぼ入手不可能である.

代替品がないか、追及した結果「合鴨」に到達した.

クジラと同等に味わうことができる.

もともとクジラが居なくなったのは、アメリカが鯨油を取るために乱獲したからである.

太平洋に400 隻の捕鯨船が出て、1隻で年間100頭は捕獲した.

ジョン万次郎は、その捕鯨船に助けられたのだが.

戦後の南氷洋では、ノルウエー、ソ連、ほか各国が入り乱れて年間1万頭を捕獲した.

日本もその一つで、我々はそのクジラに育てられた.

室戸の捕鯨は年50頭ほどであったのだが.

 

(おわり)

 

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2018年2月7日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一