高知学82 車で辿る歩きへんろの道 2 .30番善楽寺から32番禅師峰寺

四国遍路88ヶ所の旅の原点は、昔からの歩きへんろである.

遍路道の総延長は、約1,100km.

長いように思えるが、日本橋から京・三条大橋まで、東海道53次は約500km、中山道は少し長かった.

昔の人にとっては、東京・京都を往復する程度の距離で、驚くほどではない.

33、53、88、100などと数値目標があると、達成したくなるのが人情である.

しかし、楽しいのはその過程である.

百名山登頂は目標であるが、ヘリコプターで行ったのでは意味がない.

登山することに楽しみがある.

 

(植物園の中をへんろ道が通る)

 

四国遍路も同じで、88のスポットに行けばよいというものではない.

道中に意味と楽しさがある.

その点で歩きへんろは、もっとも充実した長い旅である.

偉そうなことを言ったが、目下足に歩き通す自信はない.

横着をして、歩きへんろの道を軽自動車で辿る.

 

 

2017年12月15日 最終版

 

1.善楽寺

 

29番国分寺から、約7kmで30番善楽寺に着く.

隣接して、夏祭り「しなね様」で高知市民に親しまれる土佐神社がある.

長い参道と立派な社殿である.

江戸時代では神仏が融合していて、寺もあったが、札所はこの神社であった.

明治になって神仏が分離し、寺は廃棄された.

その後いろいろな経過を経て、今の善楽寺がある.

 

(善楽寺)

 

金色に塗られた柱のコンクリートの本堂、入口に立つ大きな石像など、市内の寺院らしい.

 

2.善楽寺から竹林寺へ

 

(五台山から見た高知市東部、右端の森が善楽寺)

 

へんろ道は、歩きへんろ地図によれば、真っ直ぐ南下する.

行く手に次の五台山が見え、最短距離である.

しかし、この辺りはいくつかの河川が合流していて、昔は沼の多い湿地帯で、通行困難であった.

近年でも豪雨で水没し、国道の車が流され、ドライバーはガソリンスタンドの屋根に登って難を免れた.

鉄道はこの地を北に迂回している.

昔のへんろ道も同じように迂回していて、高知城下に向かう.

高知駅の東で、江ノ口川の山田橋を渡る.

時々通るが、どうということはない地域である.

 

(山田橋を南から)

 

しかし、昔は重要な場所であった.

写真の左、西側は高知城下であり、右は水田が広がり、城下の内外を分けていた.

番所があって手形を改め、城下に泊まる場合は、番所の指図に従う.

庄屋がつくった手形には、病死したときは土地で埋葬していただき、こちらに知らせる必要はありませんと記している.

右の城下外には、岡田以蔵などが処刑された獄舎もあった.

 

(堀川)

 

道は東に曲がり、堀川に沿う.

高知城は小山の上だが、高知市域は川の中州のような土地である.

いくつかの河川や改修した流れ、人工の掘割が複雑に入り組む「水の都」である.

 

(絶海のへんろ道)

 

五台山山麓の絶海(たるみ)集落を登り口に向かう.

道は次第に狭くなり、軽がやっとになり、ついに車の通行が不能になったところに登り口がある.

 

(竹林寺登り口)

 

31番竹林寺は標高130mの五台山の上で、小登山である.

登ると牧野植物園の中に出て、へんろ道は園内を通っている.

遍路にも歩きのツアーがあり、全行程を通す仕組もあるようだが、要所だけ歩くものもある.

丁度、ツアーの人たちが歩いていて、高齢の方もいるが、元気なものだ.

ただ、金毘羅さんは標高差175mを765の石段で登るので、それよりは楽だが.

 

(竹林寺)

 

五台山竹林寺は、高知市内に近く見晴らしもよいので、観光地である.

折柄紅葉のシーズンで、お遍路さんより観光客が多い.

 

3.竹林寺から禅師峰寺へ

 

(五台山を下りて)

 

遍路は普通1番から順に始める.

一方「逆打ち」という、88番から逆方向に回る歩き方があるが、この方が難しいと言われている.

五台山から階段を下ると、下に昔のへんろ石がある.

逆打ちではこれが登りの目印だが、古びて黒く、注意していないと見落としてしまう.

 

(下田川)

 

振り返ると竹林寺の五重塔が見える.

下田川は浦戸湾に近く、大潮ではかなり水位が上がるし、津波の心配もあり、堤防は高い.

川をその名も「へんろ橋」で渡り、集落に入る.

 

(唐谷のへんろ道)

 

お遍路さんに出会った.

迷惑の極致だが、軒先に避けていただいたので、深く礼をして通り過ぎる.

 

(高知市吹井)

 

青空の下で「冬の旅」を続けたが、陽が傾き始めた.

道は小さな峠をトンネルで抜け、ニュータウンを通って、浜通りに出る.

竹林寺から禅師峰寺は5.7km、あと少しである.

 

 

関連記事リンク:

どろめ祭りと砂浜の赤岡

香南市のチベットと怪事件

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

高知学81 車で辿る歩きへんろの道.28番大日寺から30番善楽寺

友人、知人で、四国に行って88ヶ所を回ったよ、という人は結構多い.

ほとんどは車である.

しかし高知のあちこち、思いがけないところで、白装束のお遍路さんの歩く姿を見かける.

どんなところがルートになっているのだろう.

どんな景色を見て歩いているのだろう.

高知市の近郊、28番大日寺から29番国分寺を通って、30番善楽寺までの歩きへんろ道を辿る.

 

2017年12月6日 最終版

 

1.歩きへんろの道

 

(大日寺から国分寺へ.香美市松本)

 

遍路では、今いる寺から次の寺まで、時間を要せず、安全、かつ快適に移動しなくてはならない.

車ではカーナビを使うのが普通である.

最短距離、最小時間とは限らないが、運転のし易さから、国道、県道を通るルートが表示される.

歩く場合はどうか.

一般に「へんろ道保存協力会」が出版する地図帳、「四国遍路ひとり歩き同行二人」が使われる.

相当するモバイル版もあって、GPSを受信すれば、現在位置と共に進むルートがわかる.

ただし、カーナビが全面的には信用できないのと同じく、状況に応じた自己判断は必要である.

なお、自分は地形が判る地図が好きなので、1/25,000の地形図に上記を記入している.

偉そうなことを言ったが、20年前なら一日30kmは歩けたが、今は自信がない.

気が引けるが、軽自動車で、歩きへんろ道を辿る.

本当の歩きへんろさんには迷惑だが、農作業に来たとして許してもらおう.

 

2.大日寺

 

(野市駅)

 

土佐くろしお鉄道、ごめん・なはり線、野市(のいち)駅をスタートにする.

香南市野市は高知市から30分で、高知でもっとも賑やかな近郊である.

スーパー、ドラッグ、ファミレス、ファストフード、紳士服、ビジネスホテル、温泉があり、基地になる.

徳島県内の1番札所からここまで、全行程1,100kmの約1/3を歩いたことになる.

高架の線路下を北に向かう.

 

(大日寺下)

 

2km足らずで大日寺の下に着く.

貸切バスはここまでだが、小型車は右に山を上がることができる.

 

(大日寺本堂)

 

どこでもそうだが、札所の寺は独特の雰囲気である.

歴史的な堂塔は少ない村の寺で、有名寺院のような荘厳さはない.

しかし、いつ行っても誰かお遍路さんが居て、お経をあげている.

親しみ易く、庶民的ということになろうか.

 

(お参りを終えて)

 

多くのお寺の前には、遍路用品の店や休憩所がある.

 

(遍路用品)

 

手ぶらで来ても、一式揃えて「遍路姿」に変身?できる.

 

3.大日寺から国分寺

 

(物部川)

 

大日寺を出て少し行くと物部川に出る.

今は橋があるが、昔は渡渉であった.

ただ、その頃高い堤防はなく、河原があちこちに広がり、水は浅かったと思われる.

増水の時は、野市に戻って渡し舟を利用した.

 

(昔のへんろ石)

 

向う岸からへんろ道が続くが、集落に沿って判り難い.

古いへんろ石が目印である.

 

(保存協力会のへんろ石)

 

新しくつくられたへんろ石がある.

電柱に貼られたステッカーもあり、注意していれば迷うことはない.

 

(舟入川)

 

舟入川を渡る.

江戸時代に、野中兼山が整備した水路で、上流の木材を運び、船が連なって行き来した.

曲がり角に昔のへんろ石があり、お腹を満たす「へんろ石饅頭」が売られている.

9kmほど歩き、国分寺に着く.

 

4.国分寺

 

(本堂)

 

国分寺は由緒があり、聖武天皇が建立した土佐国分寺の跡にある.

本堂は1558年に長曾我部氏が建てたもので、さすが重要文化財である.

 

(山門から)

 

4.善楽寺へ

 

(国分寺を後に)

 

車道は山門の前を左右に通っているが、へんろ道は真っ直ぐである.

「四国のみち」の木の道標があり、へんろ道も同じく直角に曲がるのだが、先は畦道だ.

車は行けそうにないし、Uターンもやり難いので、バックで元に戻る.

なお、「四国のみち」はいわゆる「自然歩道」で、国交省または環境省、2種類がある「県道」である.

重なる場合もあるが、へんろ道とは一致していない.

へんろ道を自然歩道にして良いような気がするが、特定宗教に寄るのはよくないのだろうか.

 

(国分川)

 

この先しばらく、車は通行不能のへんろ道が続くが、それだけ歩くには快適である.

国分川の堤も、対岸がへんろ道である.

 

(逢坂峠の道)

 

やがて上りになって、逢坂峠に向かう.

右の山の上に、コンクリート塀で囲まれた高知刑務所がひっそりと立つが、標識はない.

 

(逢坂峠から)

 

峠から高知の市街が見える.

1番札所を出てから始めて見る街である.

 

(善楽寺へ下る)

 

通行の多い道路に入るが、歩道がしっかりしているので、支障はない.

坂を下ると善楽寺だ.

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

四国歩き遍路

室戸岬と室戸の寺

高知学トップページに戻る

 

参考にした図書

・宮崎建樹:「四国遍路ひとり歩き同行二人」、へんろ道保存協力会

・眞念、訳注稲田道彦:「四國徧禮道指南」、講談社学術文庫、2015年

・頼富本宏:「四国遍路とはなにか」、角川選書、2009年

 

2017年12月1日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一