79 四万十川の中流.北に南に迷走する流れと沈下橋

四万十川は、上流、中流、下流に分けることができる.

源流から上流をたどってきた.

南に向かってきた川は、海には流れず、突然に窪川で直角に方向を変え、山の中を西に向かう.

江川崎で、再び南に向きを転ずるまでを中流とする.

中流はひどく屈曲する流れと、数多い沈下橋が特徴である.

 

2017年11月1日 最終版

 

 

1.四万十の流れ

 

(窪川.左の山裾が四万十川)

 

窪川から西に進むと沈下橋が現れる.

 

(若井沈下橋)

 

四万十川は、この辺りで海とたった6kmしか離れていない.

一方、標高差は200mあるから、本来なら見応えのある激流と瀑布で海に落ちるはずだ.

そうならないのは、海岸との間にある山が邪魔するからである.

川が侵食しても、それよりも山の隆起が大きく、破れない壁をつくっている.

四万十川は止むなく海から離れ、壁に沿って西に向きを変える.

流れたくない平地を、だらだらと流れる結果になる.

そのため、アマゾンやミシシッピーと同じく、甚だしく蛇行する川になる.

屈曲の頂点は、地図で見るとタコの頭形をしている.

 

(大正.流れは左から右へ反転)

 

(里川沈下橋)

 

四万十川は、源流の渓谷を出た辺りの標高が450mで、そこから河口までは190kmある.

平均すると1kmで2.4mの緩い傾斜である.

水はけがよくないので、雨が降るとすぐに水位が上がる.

そこで潜ってもよい沈下橋がつくられた.

今では大規模な工事で、橋は高いところにある.

 

2.家地川ダム

 

(家地川堰)

 

四万十川にダムがないわけではない.

家地川ダムである.

ただし、ダムの定義は「堰堤の高さが15m以上」なので、8mだから「ダム」ではなく「堰」である.

取水された水は、海岸に近い佐賀発電所に落される.

 

(佐賀発電所)

 

たった8mの堰なのに、発電所が得る落差は150mである.

四万十川を高台に留めている壁があればこそだ.

もし壁がなければ、この鉄管と同じ高さの滝が出来ているはずだ.

「ダムがない清流」を裏切るとして、家地川ダムは評判が悪い.

しかし、流水量の調節と共に、これまでの流域で水質が悪化した水を流す効果があるとされている.

 

3.予土線

 

四万十川中流には、窪川から宇和島に至るJR予土線が平行している.

一方、窪川から宿毛まで、海岸を土佐くろしお鉄道が走る.

窪川から一駅先の若井で、両線が分かれる.

 

(予土線・土佐くろしお鉄道の若井駅)

 

宇和島から予土線に乗ったとき、若井で「宿毛方面はこの駅で乗換え」とアナウンスしていた.

しかし特急は止まらないし、リーゾナブルに接続する、くろしお鉄道の普通列車は皆無である.

アナウンスやネット案内を信じると、ひどい目に会う.

(川奥信号場)

 

若井で両鉄道が分かれるとしたが、実際には一つ西の、川奥信号場で分岐する.

ただし、旅客扱はしていない.

土佐くろしお鉄道は、ここからループ線を下り、この駅の真下に出てくる.

四万十川が延々と河口まで流れるだけの標高差を、一気に縮めるのだ.

 

(三島沈下橋)

 

予土線の窪川・江川崎間は、1974(昭和49)年の開通である.

新しいから線路は新幹線的で、屈曲した四万十川を、トンネルと鉄橋で直線的に横切っている.

そのため、トンネルを出るごとに、川の流れが逆になる.

 

4.沈下橋

 

新しい橋ができて用済みの沈下橋もあるが、多くは今も生活道路として使われている.

 

(上宮沈下橋)

 

橋の上で写真を撮っている間、待ってくれていた軽のお母さんは、赤ん坊を胸に抱いて運転していた.

車を止めた若いお父さんと小さな女の子は、川に沈めた網を探っている.

川エビだろうか.

 

(沈下橋から)

 

沈下橋にはいろいろの形がある.

 

(上岡沈下橋)

 

 

(茅吹手沈下橋)

 

茅吹手(かやぶくて)は1970年の建設で、最新の沈下橋ではないだろうか.

幅は広く、見るからにがっちりとしている.

 

5.旧道

 

四万十川沿いの国道は2車線で、予土線と同じく、屈曲部をトンネルと橋でショートカットしている.

窪川・江川崎間は1時間ほどである.

しかし昔、予土線がない頃、この間を連絡する国鉄バスは3時間半かかっていた.

屈曲する四万十川の岸を忠実にたどっていたからである.

 

(昭和付近の旧道)

 

今もこの旧道を、のんびりと辿ることができる.

1車線で広くはないが、バス、トラックが通っていたのだから、極端に狭いことはない.

瀬に沢山の棒杭が立っている.

何かと思って寄ると、一斉に飛び立った.

魚を狙う水鳥だった.

 

(水鳥の群れ)

 

(刈り入れ、上宮)

 

稲田では最後の刈り入れである.

豊かな風景ではあるが、森では二人の男性が罠の檻を組み立てていた.

イノシシやシカで収穫にならないという.

 

6.江川崎

 

十和の道の駅は栗のシーズンである.

川に面したデッキでモンブランを賞味する.

 

(四万十とおわ)

 

「中流」の終り、江川崎の駅に、新幹線型のホビートレインがやってきた.

 

(江川崎駅)

 

四万十川は、梼原川などと合流して次第に川幅が広くなっている.

江川崎では愛媛からの広見川が加わり、悠々と流れる.

 

(江川崎.右はホテル星羅四万十)

 

窪川を出たのは12時だったが、あちこち歩くうちに山峡は日暮れてきた.

 

 

(おわり)

 

関連記事リンク:

四万十川を源流から上流

高知の山道ランキング

高知学トップページへ戻る

 

 

2017年10月28日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

78 高知の観光船.のどかな浦戸湾と、スリルの足摺岬

あまり知られていないが、高知にも海の観光船がある.

浦戸湾と足摺岬で乗ってみよう.

・陸の展望台から見下ろすのと、海面から見上げる眺めは違う

・道路は必ずしも海岸を通っていないので、見る場所は限られる.

・陸では足が地に着いているが、海では波任せで揺れる

浦戸は入江なので揺れはしないが、足摺は波が荒いと欠航である.

そこが怖いという人と、スリリングだという人に分かれる.

 

2017年10月16日 最終版

 

1.浦戸湾

 

(高知市街)

 

高知市は太平洋に面しているイメージだが、実際は7km離れた浦戸湾の奥にある.

写真のアーチ型の橋の、左のたもとの先に見える森が高知城である.

かつての城下は、この橋の右奥一部だけであった.

国分川と鏡川の合流地点にあり、周囲は山と川と湿地に囲まれている.

龍馬の時代、狭い空間に様々な階級が暮らし、何かとストレスが大きかったことだろう.

 

(浦戸湾)

 

浦戸湾は、中がくびれたひょうたん型になっている.

その先に太平洋が見える.

桂浜は彼方の山の左端である.

 

2.浦戸湾観光船

 

(観光船、右は巡視艇)

 

観光船は昔、蒸気船のためにつくられた、埋立地の桟橋から出る.

向うはセメント工場だが、生産を止め、石灰石の搬出に使われている.

 

(船から見た市街)

 

湾には島や暗礁が多く、あちこちに浮標がある.

航行の妨げになるので、爆破された島もある.

 

(湾の最狭部)

 

「よさこい節」の月の名所は桂浜だが、実際は山越えで遠く、この辺りでの月見が多かったようだ.

 

(造船所)

 

昔は松林が連なっていたが、東側は埋め立てられ、造船所や市場がある.

湾内では、1メートルを越える巨大魚のアカメも釣れる.

ボラも跳ねている.

 

(クルス)

 

湾には干潟が広がっていて、大きい船は湾内に入ることができなかった.

1596年、メキシコに向かっていたスぺインの大型帆船、サン・フェリペが台風で遭難し、土佐沖を漂流した.

長曾我部元親がこの付近に誘導、擱座させる.

積荷は入手する(当時の日本で救助の際のルールであった).

乗員の事情聴取の中で、スペインは宣教師を前に立てて、領土を拡張しているという発言があった.

報告を受けた豊臣秀吉は、切支丹弾圧に乗り出し「26聖人」を磔にする結果となる.

この辺りを「クルス」と呼んでいるのは、ここに由来するとされる.

坂本龍馬は「大政奉還」が不首尾に終わった場合、クーデターも決意していた.

長崎でライフル銃1,000挺を購入し、土佐の板垣退助が率いる藩兵に届けた.

その時もここで積替えた.

暗殺の1か月余り前である.

 

(浦戸大橋)

 

湾口には1972年、東西の海岸を結ぶ浦戸大橋が架けられた.

 

(桂浜)

 

観光船は桂浜に近づく.

海から見ると大きい浜ではないが、前は太平洋である.

蒸気船が夢でなくなり、狭い城下と浦戸湾を出て、日本各地を行き来し、万国と応対する.

龍馬を始め一党は、これからの活動に胸を躍らせつつ離れたことだろう.

 

3.渡船

 

(御畳瀬の渡船)

 

浦戸大橋は車は便利だが、歩道はないに等しいし、バイク、自転車もつらい.

そのため、昔からあった湾口の御畳瀬(みませ)と種崎を結ぶ県営渡船が、今も運行されている.

1時間に1本、5分の航海で、無料である.

32番禅師峰寺と33番雪蹊寺を結ぶルートなので、お遍路さんもよく利用する.

 

(浦戸大橋)

 

(種崎)

 

津波警戒のため、桟橋の扉は常に閉ざされ、乗降の時だけ開かれる.

 

 

4.足摺岬

 

(足摺岬)

 

足摺岬の展望台には、NHKの遠隔操作カメラがあって、天気予報や台風中継でお馴染みの景色である.

海から見るとどうだろう.

観光船が運行されている.

 

(海上から見た足摺岬)

 

(観光船)

 

船は漁船である.

当日の天気予報では波高1.5mで、高知の海で普通である.

縦横に揺れるが、遊園地の設備のように、悲鳴を上げるようなものではない.

船長さんによれば、凪ならば更に岬に近づけるそうだ.

 

(岩壁)

 

岩壁は荒波で侵食され、脈理が浮き出ている.

秋は磯釣りでグレのシーズンである.

 

(洞窟)

 

足摺岬には洞窟も多い.

ただ狭いので、カプリ島のように通り抜けはできない.

夕陽が洞内に一直線に射す日があるそうだ.

 

(臼碆)

 

船の先に、突き出た臼碆(うすばえ)が見える.

黒潮が最初に陸に当るところというのが頷ける.

 

関連記事リンク:

龍馬のレポート1 集団と個人

高知の海、台風と竜巻

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

 

 

2017年10月12日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一