高知学35 高知の雪国・梼原と龍馬脱藩の道

梼原は、1,500mクラスの山に囲まれた高知県の西端にある.

雪国で、寒波の厳しいときには3、40cm積もる.

龍馬脱藩の地である.

高知市から車で2時間近くかかるので、ひどく辺鄙な土地のように思われている.

しかし、実際は海岸の宇和島に近く、昔は海と山で隔てられた高知市より、ずっと開けた土地であった.

 

2018年5月16日 修正版

 

1.梼原

 

yusuharamati

(梼原の町)

 

梼原の歴史は平安時代まで遡る.

木材は産出するが、特別に多いわけではない.

薪炭も生産されるが、木材同様、大きい川がないので搬出には不便である.

点在する山村の中に、藩の機関、庄屋が集まって生まれた行政の町である.

梼原出身の方が話していた.

まとまった買物は高知の須崎か、愛媛の宇和島に出た.

どちらも等距離であり、瀬戸内の大洲にも近い.

高知でもなく、愛媛でもなく、山の中の独立国である.

 

⒉.梼原と高知

 

梼原は高知市より宇和島に近い.

宇和島は今でこそ陸路行き難い土地だが、海路が中心であった昔は交通の要所であった.

それ故に先進的な地域であった.

蒸気船の建造も手掛けたし、西洋医学も入ってきた.

英米の艦船も薩摩と共によく立寄った.

一方、梼原から山を越えた長浜港は、長州が対岸である.

梼原には、薩摩、長州、外国の情報が詳しく入ってくる.

幕府の政治、土佐藩の農民への苛斂誅求、これではどうしようもない、ということになる.

革命気運が生まれる.

梼原は志士たちの土地となった.

梼原が辺境なのではなく、高知が辺境なのである.

 

toratarouzou

(志士・吉村虎太郎像)

 

3.龍馬の脱藩

 

坂本龍馬は、革命家として行動すべく、1862年3月24日、脱藩の行動に出た.

本街道は通れないから、それまでの脱藩者と同じく、革命の拠点、梼原を目指し、そこから国境を越える.

突発的な行動ではなく、一党の周到な計画と準備のもとに実行される.

辺りが暗くなった頃、龍馬と、すでに脱藩していた(不法入国者である)沢村惣之丞の2名が城下を出た.

町外れまで1名が護衛する.

梼原まで65km.当時一日40kmを歩くのは普通であったし、比叡山・千日回峰の行者は連日84kmを歩く.

トレイルランニングで直行できないことはないが、暗い山道は足元が悪い.

峠の麓になる佐川は、アンチ山内の土地だったので、夜遅くアジトに着き、小休止後夜明け前に出立したのではないか.

25日、梼原に到着.

26日、那須俊平、信吾と共に標高950mの韮ヶ峠に向かう.

 

niragatogehenomiti

(韮ヶ峠へ)

 

土佐、伊予の境界で、ここを越えて脱藩となる.

信吾は吉田東洋暗殺のため、引き返す.

 

yukinoniragatouge

(雪の韮ヶ峠)

 

いくつかの峠を越え、途中宿泊.

27日、内子で川船に二人を乗せ、俊平は戻る.

河口の長浜港でシンパの家に入る.

28日、長州に向け、船が出る.

息をつかせない連係プレーである.

 

4.龍馬脱藩の道

 

高知から脱藩ルートを踏破する人もいる.

街道は時代で次のように分類される.

1)徒歩の道

龍馬の頃はこれである.

かぼそい山道で、峠はいかに傾斜が厳しくても直登、直降である.

今はほとんど廃道になって、通行不能である.

2)明治の車道

明治になって牛馬車を通すため、傾斜の緩い車道がつくられた.

峠はくねくねと曲がる「羊腸の小道」である.

 

huegasakakyuudou

(布施ヶ坂、茶畑の中の旧道、向うは現在の国道)

 

最近までトラックやバスが通っていた.

巾が狭いので、行き違いのときは、女車掌が笛を吹いてバスをバックさせる.

時間はかかるが、今も歩くことができる

3)現在の国道

直線的なトンネルや橋梁で、車は早いが歩くには不向きである.

今は、2)を通り、高知から梼原へ3日、梼原から内子へ3日あれば、十分歩けるだろう.

 

5.梼原の町

 

yusuharatoori

(梼原の街路)

 

通りは拡幅され、電線は地中化されている.

派手な看板はない.

木の柱の、柔らかな明かりで品の良い街灯がある.

ベンチや小さな彫像が置かれている.

周辺の商店や家々、駐在所も景観に気が配られている.

高知県で一番いい通りである.

梼原はまた、町役場を始め、国立競技場で有名な隈健吾の作品展示場でもある.

 

DSC_2602

(梼原町役場.夏は前面を開放する)

 

本格珈琲の店、パスタのカフェがある.

夕食は焼肉店に入った.

「地元の人が食べないものが郷土料理」と定義した人がいるが、「梼原牛のタン」などメニューにあるので、立派な「郷土料理」である.

気持よく飲んで、暗い山の中、人通りの絶えた通りを星空を仰ぎつつホテルに帰る.

 

6.観光

 

tenngunohuyu

(四国カルスト、天狗高原)

 

北に広がる標高1,400mの四国カルストは、素晴らしい高原である.

ただし、JR須崎から梼原へ、バスがあるが3分の差で特急に連絡しない.

天狗高原にはバスの便があり、上れば、快敵な散策やトレッキングができる.

山荘に泊まり、明日の雲海を期待する.

 

yamanoue007

 

宇和島に至るJR予土線松丸は、須崎より近い.

ここに出れば、四万十川を下るなり、宇和島に出るなり、周遊ルートが組める.

ところが、愛媛県への「脱藩」はご法度らしく、繋がる交通機関がない.

 

関連記事リンク:山岳の道、瓶ヶ森と天狗高原

        龍馬のレポート1 集団の利用とネットワーク

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

2016年1月21日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学34 高知は日本のどこにある?四国はどこにある?

高知に引っ越した、というと、瀬戸内海に面してよいところですね、と返事が帰ってきたことがある.

これは極端としても、日本の中で、高知はどのように見えるのだろう.

日本全体の中で、高知はどのような位置づけになるのだろう.

北海道、九州の各県と比較するとどうか.

四国の中ではどうか.

交通から見てみよう.

 

2018年7月4 日 修正版

 

 

harajyuku

(表参道)

 

1.飛行機

 

もっとも早い交通手段は飛行機である.

ANA、JALの通常期運賃は、距離を反映している.

東京-高知は35,200円である.

これと同額は、東京-函館35,200円である.

東京から見て、高知と函館が等距離になる.

四国の中で、高松、徳島が33,100円で近く、33,800円の青森より少し近い距離である.

松山は35,800円で、高知より少し遠い.

米子は32,800円、鳥取が30,800円だから、山陰は四国より東京に近いことがわかる.

逆のように思うが、それはメルカトール図法に慣れているからで、地球儀を見ると納得できる.

ちなみに秋田はもっと安く、東北はほとんど「準首都圏」である.

 

akitahuyu

(秋田駅)

 

高知のライバルは函館である.

観光なら高知か函館か、ということになる.

ビジネスなら立地の比較になる.

 

hakodatesiden

(函館の街)

 

haromayabasiyuu

(高知のはりまや橋)

 

⒉.高速バス

 

もっとも安い交通手段は高速バスである.

東京との夜行バスが、四国各県、山口を除く中国各県、北陸各県、東北各県で運行されている.

ディズニ-ランド見物、学生の就活には必須の交通機関である.

しかし北海道からの運行はない.

九州は福岡-東京に日本最長距離のバスがあるが、14時間半かかるので日常的とは言えない.

北海道、九州、いずれも東京との行き来は、高価な飛行機が中心である.

東京からすると「海外」である.

札幌、福岡を首都とする「北海道国」、「九州国」なのである.

実際、すべてのバスは道内各地から札幌に向かい、九州では福岡に向かっている.

 

hakataekimae2

(博多駅前)

 

3.新幹線

 

博多には山陽新幹線、函館には北海道新幹線がある、これはどうだろうか.

そこには乗車時間の壁がある.

4時間である.

東京-秋田は新幹線で4時間かかる.

これだけ座っていると、エコノミー症候群を心配する.

東海道・山陽新幹線も同様で、実用的には東京-広島が限度だろう.

東京-博多、5時間を通して新幹線で行く人は少ないと思われる.

北海道新幹線は東京-函館が4時間だから、これが限度である.

札幌まで延伸されても、東京-札幌を新幹線で行くことは一般的でない.

「4時間」は意味のない数値ではない.

1日8時間労働では、午前、午後各4時間である.

生活リズムの上で意味を持っている.

しかし一方で、新幹線で4時間以内の地域は、東京でコントロールされているのではないか.

sinkansen040

 

4.四国各地と東京

 

東京から新幹線を利用した場合の、四国各地への到達時間である.

高知、松山は6時間、徳島は新神戸からバスを利用するのが順路で、5時間である.

高松は4時間15分ほど、四国では唯一「4時間の壁」に近い.

いずれにしても「東京」の傘下ではないようだ.

 

takamatunamiki

(高松の街)

 

昔、宇高連絡船が着く高松は四国の窓口であり、札幌、福岡と同じく四国の首都であった.

しかし瀬戸大橋、明石大橋の開通で状況は一変する.

四国各県はばらばらになり、それぞれが独立してJRやバスで本土と結ばれるようになった.

今、四国各地から関西、関東に向かう自家用車、高速バスは、ほとんど淡路島と明石大橋を通る.

高知、愛媛からは、徳島自動車道の藍住ICを一旦下り、2kmの一般道を通って、淡路に向かう高松自動車道の板野ICに入るルートが普通である.

来る場合も同じだから、この場合の四国の玄関口は、板野町と藍住町である.

 

5.  四国各県

 

matuyamaeki

(松山駅前)

 

高松と岡山は、瀬戸大橋を通る30分ごとの快速電車で1時間かからない.

通勤でも買物でも、香川と岡山は同一圏である.

徳島は、高速バスで神戸まで2時間かからず、四国というより関西圏である.

なお、しまなみ海道は時間がかかるので、愛媛は広島の影響を受けていない.

愛媛と高知だけが「四国」に留まっている.

 

6.移住先

 

中央から地方へ、移住が望まれている.

どこが良いかである.

距離感と気候から考えてみる.

九州では、宮崎の神武天皇が船出したという海岸は素晴らしく、高知の好敵手である.

また、札幌にはボストンのような知的なイメージがある.

 

miyazakieki

(宮崎駅前)

 

sapporoeki

(札幌駅)

 

しかし両地方とも、母国東京と決別し、九州国、北海道国に新天地を求めて移民することになる.

東北は、雪下ろしや雪掻きを毎日繰り返すのがつらい.

北陸は曇天、俄か雨が多く、失礼ながら気分的に明るくない.

山陰西部は意外に積雪がないが、寒いことは寒い.

瀬戸内は温暖であるが、海岸は概して工場地域である.

大小の島々はロマンチックだが、船でしか往来できないとハードルが高い.

高知は函館同様に遠いが、選択肢になる.

 

関連記事リンク:

高知と東京、どこが違う?

高知への移住 その1

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

 

2016年1月11日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一