31 高知・越知町、黒森山上に広がる別世界

野でも山でも、養蚕は農家の大きい仕事であった.

繭を背負って山を上がり降りした、高知のシルクロードを辿る.

高知の西北、越知町から山を上る.

黒森山の中腹、標高500mに広がる、日ノ浦、稲村の集落を訪ねた.

眺めが素晴らしい.

ここは、山上の別世界である.

 

2017年9月21 日 改訂版

 

 

asaotinkabasi

(仁淀川・浅尾の沈下橋)

 

1.あじさい街道

 

黒森山に上がるには、東西二つのルートがある.

東は、浅尾橋付近の、廃校になった中学校近くから山道に入る.

 

kuroisipool

(元小学校のプール)

 

上がって行くと、やはり廃校になった小学校がある.

学校のプールは空中にあり、コンクリートの高い橋脚の上につくられている.

昔は子どもたちの歓声が山にこだましたことであろう.

今は鯉が泳いでいる.

廃校になった学校は、どこも鉄筋の校舎、体育館、運動場、プールが備わっていて、ハコモノとして力が入れられてきたことがわかる.

この辺りから「あじさい街道」になる.

地元の方が、延々10kmに渡って植えたアジサイが連なっている.

 

hinourayuu

(西側から見た日ノ浦)

 

標高500m辺り、黒森山に連なる山腹を巡るように、点々と集落がある.

南向きで、日当たりはまことに良い.

毎年、季節に神社境内で「あじさい祭」が開かれていた.

高齢化のため、準備ができず中止となった.

祭は宴会と同じで、そのときは賑わうのだが、それで儲けが出るというものではない.

主催者の苦労は大変なものである.

しかし、道のアジサイは今も手入れされている.

 

hinouratanada

(日ノ浦.彼方は黒森山と稲村集落)

 

⒉ 山上の集落群

 

山では桑や三椏を主に栽培していたが、水田も希にある.

文字通りの「棚田」で、よくこれをつくり、維持してきたものと思う.

それだけ米への思いが強かったのだろう.

野菜もつくられている.

シカに食べられないのか、道路を調査していた町の職員に訊ねた.

ここにはイノシシはいるが、シカはいない.

イノシシのいるところにはシカはいないし、シカのいるところにはイノシシがいないものだそうだ.

 

hinokagenoie

(日ノ浦のお宅)

 

老婦人が日向ぼっこをしていたので、しばらく話をした.

家の前にある巨岩の割れ目から見事に松が生えている.

この辺りは都合のよい割れ目があると見えて、上の斜面の岩からも松が何本も生えている.

樅の幹はすっかり空洞になっているが、すっくと立っている.

富豪は、豪邸の庭に、と考えるだろうが、移植は無理というものだ.

ヤマガラが何羽も来て、ぶら下げた皿の餌をつつき、山から引いた流れの水を飲んでいる.

ネコもいるのだが.

空家もあるが、定年になったら帰るという人もいるし、茶の手入れにときどき来る人もいるという.

週二日、移動スーパーが来る.

風呂は太陽熱温水器でまかなえるから、薪を割らなくてもよい.

一日2回、町の無料の「患者バス」があり、通院証明書があれば乗れる.

すれ違ったが、乗客はなかなか多かった.

地元でつくったヘリポートもある.

 

inamurasyouga

(生姜の採り入れ)

 

今は山椒、生姜、ゼンマイがつくられている.

漢方薬の企業と提携して、薬草も栽培されている.

 

3.山上の眺め

 

鎌井田夕暮れ

(稲村の夕暮れ)

 

陽が傾き、みんな家に帰った.

狭い谷間に多い棚田の景観とまた違って、広がる眺めはどこからでも素晴らしい.

ここまで上がるのはちょっとした登山だが、上がれば高低差のない山腹を巡るウオーキングは楽しい.

外国人に喜ばれる日本の山村である.

先ほどの職員に訊いてみたが、「以前外国人に道を尋ねられたという人はいたが」ということであった.

外国人ならずとも、ここで泊まることができれば、なおよい.

東側のあじさい街道は昔からの道で、狭く屈曲が多い.

一方、西側の道は新しく、1.5車線あり、カーブも緩い.

20分ほどで上がることができる.

高知市内から1時間半ほどで到達できるのである.

 

4.越知の町

 

otiyoru

(越知の旅館)

 

山を下りて、越知の谷脇旅館に泊まった.

越知は昔から松山への交通の要所である.

黒森山も旧道が通っていた.

築80年、部屋の造作はなかなかのものである.

朝食付き一人5,100円.

都会の格安ビジネスホテルと同程度だが、次の間付きで、占有面積は比較にならない.

廊下の鏡には「サクラビール、ミヨシノサイダー」の文字が入っている.

サクラビールは昭和18年に統合されているので、建築当初からあるのだろうが、剥がれもなく立派なものである.

風呂にでも入ろうかと思うが、おかみさんはどこに行ったのか、所在不明である.

廊下を見当をつけて行ったところ、風呂場があり、沸いていたので勝手に入る.

大分後で「風呂が沸いています」と顔を出してくれた.

気ままな下宿である.

 

otinomati

(早朝の越知)

 

休憩後、夜の街に出た.

入った居酒屋Kでは、ちゃんこ鍋を勧められた.

一人前2,900円.店員さんの話では、これで三人はゆけるという.

実際二人では、おじや迄たどりつけなかった.

力士の一人前なのかもしれない.

「ちゃんこは越知に限る」と引き揚げた.

テイクアウトして、山の上に宿があって、囲炉裏に掛けて味わえられれば最高だが.

 

nabemono195

関連記事リンク:高知にあった蚕と生糸の産地

        池川の養蚕団地と大規模林道

高知学トップページに戻る

 

(おわり)

 

2015年12月12日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一