高知学8 日本一喫茶店が多い高知、なぜ?看板のない料理店、なぜ?

高知は日本一、人口当たりで喫茶店が多い.

住む町には、500人に1軒、喫茶店がある.

なぜ多いのか?

女性のためである.

女性が店主ともども、議論を交わす場を提供している.

確かめてみよう.

また、高知には看板のない料理店がある.

何故なのか?

知っている人には必要ないから.

 

2015年2月 初版

2018年2月4日 修正版

 

 

 

1.高知の喫茶店

 

(町内の喫茶店)

 

住んでいるところは、4千人余りの町である.

ここに喫茶店が8 軒ある.

500人に1軒の割合で、相当の高率である.

高知の女性の夢の一つは、自分で喫茶店を開くことである.

金儲けのためでなく、いろいろな人と楽しく話したいからという.

「何と気楽な!」と思われるかもしれないが、実はそのような店が望ましい.

海を見下ろす風光明媚なカフェ、流行りそうに思うが、これは意外に苦戦する.

近くにあって気軽に行ける、友人や店主と楽しく会話や議論ができる.

地域のコミュニケーションセンターでなくてはならない.

そのような濃厚な人間関係を築くことができる喫茶店が長らえている.

 

(町内のカフェ.金土にオープン)

 

高知には「子連れモーニング」がある.

亭主を送りだした後、共稼ぎなら出勤前、保育園に連れて行く前に、子どもとモーニングに行く.

「それくらいなら、インスタントコーヒーにパンを焼けば済むではないか」などと言うのは他府県の感覚である.

 

(昼下がりの山のカフェ)

 

フリータイムの老婦人にとっては、ランチタイムも同様の趣旨である.

食事中や食後の会話が、重要な目的なのである.

午前や休日は一般女性、平日午後は老婦人に場を提供している.

ある料理店で、ランチの後の会話で女性グループが盛り上がっていた.

店主が「ここは食べるところで、話すところではない」と言ったそうだが、ほどなく潰れた.

当然であろう.

これらの場所で交わされる会話に、聞き耳を立てているわけではない.

しかしどうも、自分が持つ課題の解決策について、互いに意見を述べ合う内容が多いように思う.

課題への愚痴というのではなく、声高に自己主張と議論を行う場になっている.

高知の「はちきん」の喫茶店、それは「いごっそう」の居酒屋に等しい.

 

 2.  わからない料理店


東欧の地下鉄の入口に表示がないので、何故なのか日本人が訊いた.

「知っていれば必要ない. 知らなければ訊けばよい」との答えであった.

看板がない、またはあっても、知らないとわからない料理店が高知のあちこちにある.

「何と商売気がない…」と思われるかもしれないが、看板があっても閉めたところは多い.

派手な電照看板で開店したところでも、早々に店仕舞いしている.

看板と売上は関係ない.

店は主客共々に楽しむことが基本である.

高知の社会は、親密なコミュニケーションを基に成立している.

 

(看板はあるが…)

 

 

京都のように、一見さんお断りで、「しきたりもご存じないお人が来はってもなあ…」などと排他的なのではない.

来たいと思うなら、訊いて来ればよい.

それほどの気持ちがない人を鐘や太鼓で来させて、金儲けなどすることはない.

田園の中に、秋のある日に限って、翌年1年間の予約を受け付ける料理店がある.

一日一組、人数は問わない.

その日を逃すと予約ができないし、店にも行けない.

主人が落ち着いて料理をつくることを楽しみ、お客にゆっくり食べてもらう場を楽しみにしている.

あるグループは、大酒を飲んで不興を買ったとか.

 

saoka

(佐岡.この中に料理屋、レストラン各1軒がある)

 

高知市内にT料亭がある.

高知で知らない人はない.

冬は樹齢300年を超す多数の見事な盆梅の展示が名物である.

しかし暖房を入れると梅が咲きすぎて具合が悪い.

そこで座敷でも火鉢で済ませる.

野暮な客が仲居さんに、「寒い!客と梅とどちらが大事か主人に聞いて来い!」と言った.

しばらくして帰ってきて、「梅と申しております」と答えたという.

 

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(おわり)

 

2015年2月12日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一