高知学6 高知県民の酒の飲み方は?宴会での議論とは?宴席の心得は?

高知県民はなぜ酒が好きなのだろう.

酒を呑む目的は何だろう.

本当に酒が強いのだろうか.

高知の酒には1,000年以上の歴史がある.

紀貫之は「土佐日記」で、934年の土佐出立を記している.

別れに当たって盛大な宴会が続いた.

子供までが酔っぱらってよろよろ歩いている.

幕末、山内容堂は大酒で健康を害した.

山内家当主が、地元酒造会社のCMの宴会シーンに出ていたことがある.

高知では「さすがに呑みっぷりがえい!」と褒められていた.

 

(2018年2月4日 改訂版)

 

1.高知県民と酒

 

2014年3月の地元新聞・こども欄に、都道府県の統計のはなしがあった.

盛り上がっている宴会の写真と共に、「お酒」について次のように記している.

「高知の人はお酒好きと言われています.

ところが「ビール」の量は46位(18.19L).

あれっと思っていると、ビールより安くて味を似せた「発ぽう酒」が断トツトップの56.44L(2位の新潟市は44.77L).

そして、お店で飲む「飲酒代」は全国一の3万4550円.

2位の東京都区部(2万6580円)を引きはなし、全国平均(1万7037円)の2倍です.

家では安めの発ぽう酒をたくさん飲み、外ではお金を使ってでも飲む.

高知の大人たちのすがたが見えてきます」

「高知の大人たち」も形無しだが、これにはわけがある.

 

 

2.酒の看板

 

高知の道を走れば、スーパーでも、ドラッグストアでも、コンビニでも 、「酒」の看板が目につく.

だからといって、各店で焼酎の大ボトルや、「発ぽう酒」のカートンを抱えた客が大変目につくわけではない.

それよりも店に対する認知力、いわば「酒も売っていない店に買い物に行けるか!」ということと思われる.

 

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3.   酒の飲み方

 

高知の酒呑みに「あなたはどこで酒を飲むのが楽しいですか」というアンケート調査を行ったとする.

1)家で晩酌

2)知り合いと飲む

3)宴会・お客

「お客」とは、もともと自宅を開放して、誰が来てもよし、飲んでもよし、という催しを意味していた.

現在では形式に捉われない盛大な飲み会として使われる

4)バー、クラブ

おそらく3,2,…の順ではないだろうか.

ある酒呑みは、「わしゃ家では絶対に酒は呑まん!女房相手に酒を呑んで何が楽しい!」と話していた.

「白露の酒を一人静かに…」という境地は、高知の酒からはほど遠い.

それであれば、家で飲るのはアルコール摂取の生活習慣に過ぎず、高い酒など飲む必要はない.

「ビール」ではなく「発ぽう酒」で十分ということになる.

 

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(夕陽に乾杯!しかしこれは高知の飲み方ではない)

 

3.   宴会の目的

 

司馬遼太郎は、「高知では議論を肴に酒を飲む」と述べている.

しかしこれは少し違うように感じる.

「議論のために酒を飲む」という方が近いように思える.

だがこれも少し違う.

高知に来て間もない頃宴会に出た.

盃を差し出す相手がしきりに意見を述べる.

宴会の喧騒の中で聴きとろうとするが、やかましくてわからない.

大変疲れる.

しかし何回かの内に、聴き取る必要などないことがわかってきた.

相手が意見を述べれば、それを上回る大声で自説を述べればよいのである.

一般に議論とは、お互いに意見を述べあって、それらをすり合わせ、よりよい結論を導く(アウフヘーベン)ことである.

高知の宴会での議論とは、一定の結論を導くことではなく、互いに自説を声高に主張することを意味している.

したがって、「意見を大声で言うために酒を飲む」というのが正しい.

宴会の人数が多いほど、相手が多くて張り合いがあるというものである.

 

 

 

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(仙頭酒造)

 

4.酒呑みの分類

 

高知の人は酒が強いと言われるが、いろいろである.

1)毎日大量に飲む

入院前の検査で、医師に「お酒は飲みますか?」と問われ、「毎晩5合ばあ飲んじょります」と胸を張って答えたという.

ただ、そのような人は少なくなっているように思う.

2)普段は飲まないが、何かあれば際限なく飲む

「何かあれば」の頻度が問題で、三日に一回かもしれないし、年に数回かもしれない.

今はこのタイプが多いように感じる.

近所の奥さんがウチのお母さんのところに来たが、ふらふらしているので、どうしたの、と訊くと

「昨日集まりがあってビール5,6本飲んだ」

「え~、どんな瓶?」

「大瓶に決まっているやないの」

ただこの人は年数回派ではないかと思われる.

3)全く飲まない

男性でも飲まない人は多い.

しかし、既に述べたように、宴席での酒は、議論を盛り上げるための促進剤、興奮剤である.

飲めなくても「飲まない!」と宣言すればそれで通る.

飲まなくても、飲んだと同様に、自説を声高に主張すればよい.

大体、飲めない人に酒を強要するなど、酒がもったいないと思っている.

 

(夜の盛り場、女性が多い)

 

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(おわり)

 

2015年1月27日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

5 四国遍路で歩き遍路.どんな人が歩く?フットパスなのか?

お遍路さんが歩いている.

歩き通すにはかなりの覚悟が要る.

どんな人たちが歩いているだろうか.

どれくらい歩けるだろうか.

難所はどこだろうか.

 

(2018年4月26日 改訂版)

 

 

1. お遍路さん

 

(26番金剛頂寺)

 

住む家の下に遍路道がある.

30分ほど歩くと、大体一組のお遍路さんに出会う.

歩き遍路は、修行者や、お金がない場合などと思われがちである.

そうではない.

大荷物を載せたカートを押し、汚れた衣服で野宿貫徹の人もいる.

スケボーや一輪車もいる.

もっとも意表を突いたのは、人力車を引いた若者であった.

車道を走るので、坂道では渋滞を起こすのではないだろうか.

隣村の方が、心細そうにしている若い女性の遍路を家に呼んで食べさせた.

5杯お代りをした.

ただこれは例外的である.

若い男女は大体一人で歩いているが、シニア、外国人も多い.

 

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(室戸岬から.はるか向こうは徳島県、海岸が遍路道)

 

50代の頃、旧街道を東海道、中山道を始めとして、奥州街道を青森まで歩いた.

ついには、明治10年に東北の辺境を歩いた英国人女性旅行家、イサベラ・バードの後を辿るなどした.

11年間で3,000kmを歩いた.

遍路道は、1,116kmとされているので、遍路に直せば4年で一回りした勘定になる.

2ヶ月に1回くらいの土日で、休憩含め時速3km 、10時間で一日30kmを目安にした.

尺取虫方式で、あるところまで行って帰り、次回はそこまで行って再開する.

 

(愛媛県御荘、40番観自在寺へ)

 

このやり方で2日連続して歩くのは問題ないが、3日となるとかなり疲れる.

歩き遍路もこのような区切り方式なら容易だが、通して歩くことはたやすくない.

ウチのお母さん、小学生の女の子と歩いたこともあるが、一日25kmは十分歩ける.

全行程を一日20-25km、50日くらいで区切って歩くのが無難と思われる.

 

2. 難所

 

昔、遍路道最大の難所はどこだっただろう.

23番薬王寺から、24番最御崎寺に至る室戸岬東岸、中でも野根から椎名に至る25kmと思う.

 

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(夕暮れ、野根から室戸を遠望)

 

崖を削って、明治40年に国道がつくられた.

今は、距離は長く疲れるが危険は少ない.

しかし、昔は波打際を伝うしかなかった.

砂利に足を取られ、突端では岩を攀じ登る.

潮の加減を見ないと、満潮で取り残され、前にも後にも行けなくなる.

高潮になれば波に持ってゆかれる.

 

(室戸の道)

 

この地域は、急斜面の山が海に面しているので、豪雨になり易い.

ワイパーを高速で動かしても、先が見えない雨に出会ったことが何回かある.

波打際でこのような雨に出会ったら、無理にでも崖を攀じ登って木にしがみつくしか助かる道はない.

野根には善根宿(無料で泊まれる家)が多かった.

天候や潮の加減で、何日も留まらなければならないことがあった.

畑仕事を手伝いながら、地元の人が「今日なら」という日を待つ.

朝暗いうちに出れば、天候の急変がなければ、夜には室戸に着く.

野根から見る室戸への海岸は、死を目の前にする光景である.

お大師様におすがりしつつ、足を踏み出したことであろう.

 

 

3. フットパス

 

遍路はお参りをし、お経を唱え、祈願することが目的である.

しかしその間は、ロングウォークである.

遍路道はパブリックフットパスである.

一部では、地元の人の努力で整備がなされ、歩きを楽しむことができる.

 

しかし大部分の道は、フットパスにほど遠い.

国道を排気ガスを浴びつつ歩く.

歩き遍路は想定外の存在であり、国道の歩道は、車道の横に補完的につくる構造物、という認識と思われる.

しかし歩きは、格安バスツアーに比べると、長時間の旅を楽しむクルーズである.

 

(近くの元遍路道)

 

遍路が国際的に認知されるには、次のことが必要と思う.

1)  生命の危険がないこと

国道の改良が進み、大型トラックの隙を縫って、ガードレールの切れ目を走り出るような場所は減ってきた.

しかし歩道のない主要国道もまだ多い.

峠のトンネルなど、歩き遍路のためにつくられた地図では、懇切に迂回路が示されている.

しかし「八十八箇所貫徹!」が目標で、国道が最短距離と信じ、歩道のない暗いトンネルに突入する人もいる.

2) 風雨に対する避難所

晴れていれば、どこにでも腰を下ろして休むことができる.

小雨なら、レジ袋を敷いてガードレールに腰掛けることができる.

しかし風雨が強いとどうにもならない.

街道歩きでは駅やコンビニを利用したが、田舎の遍路道には少ない.

蜘蛛の巣を払って、機材置場のコンクリートの脚の下に潜り込んだことがあった.

人里離れた所では、嵐のときの避難所があると大変助かる.

田舎によくあるバス停の待合所程度で、風雨が吹き込まなければよいのである.

隣村の老人ホームにある休憩所はよくできている.

壁は格子だが、軒が深いので暴風雨でない限り安心で、傍にはトイレもある.

 

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(老人ホームにある遍路休憩所)

 

3) 歩道の構造

地道がもっとも歩きやすいのは間違いない.

たとえ砂一層があっても違う.

歩道の舗装を剥がせばよいが、集落の近くでは、老人の買物車は通り難くなる.

木材チップを固めた舗装は、クッションもあり、なかなか良い.

 

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(おわり)

2015年1月24日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

3 高知の山道ランク付け.出会う棚田と山の子ども

高知県を地図で見ると、東から西まで大きく湾曲して、太平洋に向かっている.

桂浜のイメージもあって、県外の人は、九十九里浜や遠州灘のように、広大な砂浜が連続するように思っている.

しかし海に面した平地は、高知市周辺などのごくわずかの部分で、高知県の84%は山林である.

海に面していても背後はすぐ山である.

また、各地域は岬や崖でセパレートされているので、山の間に海があると言ってよい.

高知は山国である.

高知に来たので、高知らしいところで住みたいと考え、海を見下ろすところに家がある.

高知の人が来て、「高知とは思えないね!」と感想を述べた.

高知の観光では、山道のドライブが入ると、範囲が広がる.

 

(2017年7月27日 修正版)

 

 

(暮れ行く西熊渓谷)

 

1. 山道

 

山道は狭い.

何万年に渡って土地が隆起し、侵食されて谷ができているので、斜面は急峻であり、大雨があると崩落が続く.

広い道をつくることができない.

主要な国道は2車線だが、山道はほとんど1車線である.

程度はさまざまである.

通行容易な順からA,B,C,Dとランク付けする.

 

A:1.5車線と称される.

センターラインはないが、普通車同士なら離合に差支えない.

トラックが来ても、端に寄ればやりすごすことができる.

 

(Aランク.安芸市畑山)

 

B:文字通りの1車線である.

 

(Bランク.県道香北赤岡線)

 

高知の山道は、ほとんどこれである.

対向車がくるかどうか、カーブミラーや先を確認しつつ、運転する.

滅多に来ないが、来そうなら、ところどころのやや広くなったところで早めに待つか、または向こうが待ってくれる.

互いにハンドルから手を挙げ、礼をして離合する.

材木を満載したトラックや、工事の大型ダンプが来ることがある.

普通は離合できるが、死角で運悪く鉢合わせすることがある.

この時は乗用車がバックせざるを得ない.

どうしてもバックに自信がなければ、向こうの運転手に頼むという手がある.

仕事のない日曜は、その心配がない.

C: もっと狭く急カーブで、大型車は通れない.

中型トラックは通るから、乗用車も通行不可能ではない.

ただ、ほとんど車に出会わないので、バックするような場面はまずない.

 

(Cランク.香南市中西川)

 

(かなりのDランク.島ノ川林道)

 

D: 舗装がないダートである.

ガタガタするが、手入れがしてあれば、必ずしも困難ではない.

 

観光と道の関係には難しいところがある.

秘境に通じる道路が整備されたのはよいが、行けば観光バスの大型駐車場と土産物センターばかりの「がっかり秘境」もある.

また、屈曲の激しい峠を越えてたどり着いたので、「はるばる来た」という気持で休憩、食事をした.

ところが、ショートカットするトンネルができた途端、見物が終われば、「はい次」と店にも寄らず、早々に立ち去る.

 

2. 棚田

 

高知は平地が少ないから、各地に棚田がある.

棚田は絶好の山岳ドライブアイテムである.

それぞれに美しい景色をつくっているが、特に大豊町、本山町、土佐町の吉野川南岸に、広く棚田が広がっている.

大豊町八畝(ようね)、怒田(ぬた)では、見た人が、「マチュピチュだ!」 と言った.

頂近くから谷底まで、棚田と家々が広がっている.

棚田の耕作は大変であるが、朝昼の温度差が大きいので、おいしい米ができるとされる.

細やかな手入れの下で、「棚田米」としてブランド化されている.

 

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(大豊町・怒田)

 

3. 山の子ども

 

(夜須町.耕作放棄地を遊び場として活用?)

 

棚田でスケッチをしていると、小学生の男の子が二人、山道を上ってきた.

絵をのぞき込んで、 「おっちゃん、うまいな!どこから来たん?」と言う.

もう一人は、「あれこれ訊いたら失礼やんか!」と注意する.

「図画は好きか?」

「きらいや!描くのんしんどい」

「何が好きや?」

「体育! ぼくらこれから家まで30分かかるねん」

「迎えに来ないんか」

「おとうちゃん町で働いているんや. そやけど帰りにパチンコするから遅うなってあかんねん」

などと話して、「さよなら」 と棚田を上って行った.

 

(大豊町 八畝)

 

なかなかの体力練磨であるが、これは例外的である.

山の学校の校長先生が話してくれた.

集落が離れ離れになっているから、生徒の登下校は通学バスになる.

少し歩かせたいと思うが、保護者には、危ないからできるだけ家の近くまで送ってほしい、という要望が強い.

したがって歩かなくなる.

家に帰っても近所に友達がいないから、ゲームなどやって外に出ない.

せめてもの対策として、朝に校庭を走ることにしている.

体育でも生徒数が少ないから、サッカーやソフトボールなどできない.

勢い体育館でバドミントンなどすることになり、日にあたらない.

山の子どもほど色白で足も弱い.

 

(安芸城跡)

 

20年前高知に来た頃、安芸市の城跡に行った.

水を湛えた堀の石垣の中ほどを、男女の子どもたちが五、六人、石に手足をかけ、横に伝っている.

中にガキ大将がいて、「そこの石に手をかけて!」などと指示をしている.

今ならボルダリングである.

洟を二本棒垂らしたのもいて、文化財だな!と感心したが、今はどうだろうか.

 

 

(廃校になった物部村・久保小学校)

 

関連記事リンク:

外国人観光と本山の棚田

楮佐古林道のダート道

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(おわり)

2015年1月11日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学2 高知の居酒屋ベストスリー.ひろめ市場、葉牡丹、そして?

高知県民が、男女を問わず酒好きであることは間違いない.

どこで呑むのだろうか.

どのように呑んでいるのだろうか.

代表する居酒屋はどこだろうか.

べストスリーを挙げる.

 

(2018年5月14日 改訂版)

 

 

1.県民性

 

四国各県の県民性は次のように言われている.

思いがけない金が入ったらどうするか.

・愛媛では、買物に使ってしまう.

・香川では、貯金する.

・徳島では、元手にして金を増やす.

・高知では、喜んで飲んでしまう.

いずれも思い当たるが、特に高知は自他ともに許すところである.

 

1. ひろめ市場

 

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(ひろめ市場の朝)

 

繁華街にある「ひろめ市場」は、高架駐車場下の空地利用のための、一時的な施設として始まった.

今や高知の観光では、外すことのできないスポットである.

要は屋内屋台村であり、室内あちこちに食事と酒を始め、いろいろな店が並んでいる.

藁焼きたたきを始め、鮨、刺身、定食、おかず、生ビール、カクテル、珈琲、ケーキ、ラーメン、何でもある.

お客は好きなものを買ってきて、中央で飲みかつ食べる.

朝は大体10時開店であるが、すでに大ジョッキを傾けている人がいる.

昼どきにも飲んでいる人がいる.

近くには高校が多い.

午後に女子高生が、アイスクリームを舐め、宿題などしている.

同じ机で、お姐さん方が大ジョッキで盛り上がっている.

この光景は、高知以外どこにも見られないであろう.

ただ余りにも内外観光客が多くなって、今は勉強の場がなくなってしまった.

「ひろめ市場」のコンセプトをそのままに、姫路、高松に出店したが、早々に失敗に終わったという.

衆人環視の中で、一人でも集団でも、好きなときに好きなように飲む.

周囲には目もくれず勝手に盛り上がる、これは高知でしか成立しない文化である.

 

2. 葉牡丹

 

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(葉牡丹)

 

葉牡丹は、市の中心、電車通りにある居酒屋である.

ビルに挟まれた小さな店だが、高知の呑み助で知らない者はない.

朝の開店から閉店まで、呑み客が途絶えることはない.

居酒屋といっても、昼は定食のサラリーマンで賑わう.

ではランチタイムかというとそうでもなく、大ジョッキを傾けている客もいる.

もちろん勤め人が飲んでいることはないが.

高知で繁盛しているところは、居酒屋と食堂のコラボである.

呑むこと、食べることの間に特段の差がない.

路面電車は、お金を出せば車体一面に広告の塗装をしてくれる.

一時、葉牡丹の全面広告電車が走っていた.

しかしこれは洒落であり、今さら知らぬ者はないのに葉牡丹を宣伝することはないと思うが.

もっとも居酒屋の広告電車が走るのは、高知ならではである.

もう一軒、近くに「とんちゃん」という店があった.

戦後間もなく開いたホルモンの店であり、これも居酒屋の定番であった.

先年、店主の高齢のため閉じることになり、地元新聞の一面大見出しで「とんちゃん閉店!」の記事が出た.

文化人が集う場所でもあり、あらゆる種類の人たちに親しまれたところではあった.

しかし、居酒屋の閉店がトップ記事とは、さすが高知である.

 

3. 結婚披露宴会場

 

結婚披露宴会場が居酒屋の三つめ?

しかし高知県民ならハタと膝を打つであろう.

 

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(結婚式場)

 

もちろん「真面目な」?結婚披露宴も多いが、盛大な「飲み会」披露宴が存在する.

まず出席者が多い.

300人くらいは普通である.

以前あまり記憶のない方から招待状が来て、だれだったか、と首を捻ったものである.

沢山の客が来て、楽しくやることが重要なのである.

ご祝儀は飲み放題の宴会の会費と心得ることができる.

宴会だから、黒い礼服を着ているのは親族くらいで、普段着でよい.

黄色のジャケットを着た人も見た.

主賓の挨拶は殊勝に聞いているが、「今日の挨拶は長い」、などとテーブルを指で叩いて待っている.

挨拶が終わるや否や、徳利と盃を手に立ち上がり、誰彼と献杯をする.

新郎、新婦の前にはたちまちビール瓶や徳利が林立する.

やがてあちこちに飲み友達の集団ができ、中にはテーブルと椅子を引き寄せて、自分たちだけの席をつくるグループもある.

 

 

以前、キャンドルサービスの火がクラッカーに燃え移り、新婦のドレスに引火して救急車を呼ぶ騒ぎがあった.

幸い、たいしたことはなかった(後にテレビの「新婚さん」番組に出演).

しかし、出席していた知人の女性は、この騒ぎのあったことを知らなかったという.

翌日近所で、「昨日は大変だったね」と言われて初めて、事件のあったことを知ったそうだ.

宴会の騒ぎが想像できるというものである.

東京での披露宴に高知の同窓生達を呼んだ.

盛り上がって、「ボーイさん、ワイン!」「お酒!」などと騒がしいのは、このテーブルだけであった.

他地域で、結婚式に高知の人たちを招待する場合は、注意が必要である.

 

リンク:

高知の酒の飲み方

ビヤホールと宴会

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(おわり)

2015年1月9日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一

高知学1  高知駅、高知空港、高知インター、高知港

高知の旅行を始めよう.

入口は、駅、高速バス停、空港、高速IC、港の四つである.

 

(2018年5月14日 改訂版)

 

 1.  高知駅

 

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(高知駅)

 

高架になって新しくなった駅には最初、「高知駅」の表示がなかった.

新聞の投書に「高知駅の表示がない」と出たのがきっかけだった.

議論の多い高知である.

「誰が見ても高知駅とわかる」、「いや倉庫と思われる」など論争があった.

「記念写真を撮るにもあった方がえいろう」ということになって、表示が取り付けられた.

東欧の都市で地下鉄の入口に何の標識もないので、日本人が現地の人に訊いた.

「わかっている人には必要ない. 知らない人は訊けばよい」との答えであったとか.

駅前には、坂本龍馬、中岡慎太郎、武市半平太の三人の像が立っている.

桂浜、室戸、横浪にある像のコピーである.

「そんな偽物を正面に作ってどうする」などと大議論であったが、結構記念写真スポットになっている.

軽いので台風の時には避難する.

 

三人像

(三志士の像)

 

駅前に、龍馬が生まれた町の光景が広がっていれば、「高知に来た!」というイメージがふくらむ.

しかし、全国どこの町とも同じ風景である.

そこで、三人の像の背後に、大河ドラマの龍馬の屋敷セットが移設された.

入れば、龍馬の風景がイメージできるようになっている.

「たかがセットの移設にそんな大金を使うのか!」などと言われたが、役立っているようだ.

 

2. バスターミナル

 

安さでは高速バスが一番である.

四国内はもちろんだが、岡山、神戸、大阪、京都から運行されている.

東京、名古屋、福岡は夜行である.

高知駅、はりまや橋が停留所になっている.

高速道路高知IC付近にも駅があって、乗客用の駐車場がある.

 

3.高速IC

 

高知道は2車線で車も少なく走り易い.

高知ICで降りるが、付近は新開地で、目立つのはどこの町にもある全国チエーンである.

ここは高知城方面に向かうのが順路であろう.

地下駐車場、立体駐車場があるが、最近は路面電車の大通りの南にコインパーキングが増殖中である.

空地が増えていることを示すのだが.

 

4.空港

 

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(高知大学農場と空港)

 

飛行機なら東京から1時間半、大阪からは45分で到着する.

空港の前には、高知大学農学部の農場があり、牛が草を食べている.

牛が目の前にいる空港は、ほかにないのではないか.

ただターミナルビルとは、駐車場を隔てているので、少し見え難い.

写真撮影でも近づけばよいのだが、研究用で、病疫防止のためこれ以上進入できない.

一部を観光用にして、駐車場の上に橋をかけ、空港ロビーまで牛が出迎えるようにしてはどうだろう.

戦後食糧難の時代、腹を空かせた学生たちが、1頭くすねて食べてしまったことがあったという.

 

(高知空港)

 

空港は小さいからすぐ乗り降りできる.

羽田では、1キロありそうなウオーキングをさせられる.

プロペラ機は、滑走路を歩いて搭乗する.

送迎の人たちも、作業着や野良着にサンダル履きである.

空港というよりバス停に近い.

「高知龍馬空港」としたのは、H前知事のアイデアであった.

議論があり、「龍馬など付けなくても高知空港とわかる」「また龍馬か」などであった.

「JFKやダビンチなど、人名を加えた空港は世界中に多い」ということで決まった.

その後全国に追随者が増え、やたらと冠詞をつけた空港が氾濫することになった.

 

5.  高知新港

 

高知の港は、もとは外洋から浦戸湾に入り、市内に近いところにあった.

今もフェリーターミナルが残っている.

以前は、東京からも、大阪からもフェリーがあったし、室戸へ足摺へ、船で行くことができた.

しかし、貨物ターミナルとしては土地が狭いため、桂浜近くの外洋に面した浜を埋め立て、新港がつくられた.

当初あまり船が入らなかったので、「巨大な釣堀ができた」と揶揄された.

貨物船の他に、海洋底掘削船、南極観測船、自衛艦も入る.

水深があるので、大型クルーズ船が入港できる.

 

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(高知新港のクルーズ船)

 

観光の目的は何だろう.

名所旧跡の見物とされる.

しかし、身内やグループの旅行を見ているとそうではない.

主目的は、食べることとショッピングであり、名所の見学はきっかけに過ぎないように思われる.

どの観光地でも、人で賑わっているのは、食事処と土産物店である.

クルーズ船の乗客は、お金を使いたいと意気込んでやってくる.

しかし高知では、まだ干物か饅頭以上に、金を落としてもらう物品が提供されていないように思われる.

三、四万の珊瑚がよく売れたとも聞くが、一桁、二桁違う気もする.

 

 

以前、中国の土産物店をひやかすと、「このお茶は深山の崖に1本だけ残る貴重な木から摘んだものである」などという.

眉唾に思ったが、せっかくなので、と買ったら、おばさんから「日本人金持ちね」と言われた.

今は逆かもしれない.

 

関連記事リンク:

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(おわり)

2015年1月5日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一