高知学100 いごっそう・はちきんと高知県民の行動.高知学総集編1

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おかげさまで高知学の記事が100編となった.

これを機会に、総集編として、よく読まれた記事を中心にしながら、改めて「高知学」を見直してみる.

最初は、高知県民を特徴づける「いごっそう・はちきん」である.

どこでもそうだが、そこに生まれたときから長く住んでいると、それが当たり前であって、特段変わってはいないように思う事柄がある.

しかし他所から来ると、その土地で当たり前のことであればあるほど、そこに異質さを感じる.

自分も高知に来た当初、「異文化との接触」に毎日が驚きであった.

22年過ごすうち、段々それを普通に思うようになってきたのだが.

 

(ピンクの部分をクリックすると関連記事にリンクします)

 

2018年10月17日 最終版

 

 

1.いごっそう・はちきんとは何か

 

一般に、高知の男性は「いごっそう」、女性は「はちきん」を自称している.

いごっそうとは頑固な男、はちきんとは活発な女を意味している.

それが愛すべき段階で留まっていればよいが、最高レベルになると問題を起こす.

 

(突然狭くなる道.何年経っても変わらない)

 

高知の道を走ると、突然狭くなったり、新道の建設が途中でストップしている光景によく出会う.

これにはいごっそうが関わっていると見てよい.

どの地域でも用地買収がこじれることはある.

しかし人口当たり、面積当たりでのこの光景は、日本で断トツではないだろうか.

自分が知っている範囲だけでも、近くの国道を始め5件はあり、解決の目途を一向に聞かない.

地域の事情通は「ああ、あそこは無理だね」と片付けている.

日常的な風景なのでだれも気に留めていない.

いごっそうは前向きであれば、幾多の困難があっても自分の信念を貫く、ということになる.

一方で「わしはいごっそうじゃきに」と、誰にも耳を貸さない免罪符となっている.

ではなぜ高知にいごっそう、はちきんが生まれたのか.

それは狩猟民族の土地だからである.

 

2.いごっそらーめん

 

(いごっそらーめん)

 

高知東部に「いごっそらーめん」の店がある.

最初知り合いに道を訊いたら、「車が沢山止まって整理のガードマンがいるのですぐわかる」と言われた.

大将は高知の出身で奈良で店をしていたが、あまりの人気で身体を壊しそうになり、ご夫婦で戻って来たという.

キャベツを縁にかけた茹湯の加減、網を振って湯を切る回数、冷蔵庫から出してモヤシを一袋破いて入れる手さばき、すべてが一定に間断なく繰り返される.

といって「俺のラーメンは黙って食え!」などと言う頑なな「職人」ではない.

また「秘伝のたれ」などとやたら効能書きがあるわけではない.

すべてがお客に旨く食べてもらおうという発想からきている.

「命がけで握っている」と評された寿司職人がいたが、同じである.

仮にもう10秒さますとより旨くなる(あり得ないが)、という「新発見」があれば、大将は間違いなくそうするであろう.

高知にはさらに、山の温泉、ご夫婦のとんかつなど、心が暖まる、いごっそう・はちきんが現れるのだ.

 

3.坂本龍馬

 

高知県民が愛してやまない坂本龍馬、龍馬はいごっそうなのだろうか.

 

(龍馬の生まれたまち記念館)

 

龍馬の目指すところは、現在の世の中が抱える問題を解消して新時代をつくる、ことであったといってよいであろう.

一貫しているところはいごっそうである.

しかしその狙いは、攘夷から始まり、国防、貿易、倒幕と移ってゆく.

目的のためには、旧師の武市半平太を死に追い込んだ後藤象二郎と、長崎で手を結ぶことも辞さない.

 

(長崎のグラバー邸)

 

とてもいごっそうではない.

暗殺で倒れはしたが、さらに薩長の先の大目標を考えていたのではないだろうか.

 

(津野町の吉村虎太郎像)

 

吉村虎太郎は龍馬と同じ武市門下で、脱藩を行い社会の改革を目指す.

ただ行動の規範は勤王党の尊王攘夷を徹底している.

大和の山間で天誅組を組織するが、世の流れはもうそこにない.

討死する結果となるが、これはいごっそうだ.

 

4.お山の大将

 

(越知町鎌井田)

 

いごっそう、はちきんを徹底するとどうなるか.

すべてを自分中心で考える.

結果、各人がお山の大将になる.

それぞれのお山に他人が侵入することを許さない.

 

(立札)

 

このことは高知への移住者の心得である.

と言って恐れる必要はさらさらない.

自分もその日から、即お山の大将になる.

しかし考えが違ったとしても、「お言葉を返すようですが」などと、相手を全否定する発言は厳に慎まなければならない.

大将としての自分の考えを堂々と述べればそれでよい.

相手もどうせ他人の意見など聞いていないのだ.

 

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高知学総集編 高知県民の行動2

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(おわり)

 

 

 

 

2018年10月14日 | カテゴリー : 高知学 | 投稿者 : 河田 耕一